50.もっと大きな穴を!!
シリウス様と二人きりで庭を歩く。
あの新芽を摘んだ花は元気に育っている。
私は決まりの悪さから黙ってしまっていたけど、意を決してシリウス様に尋ねた。
「あの、シリウス様……いつから私が見ていることに気が付いていらしたのですか?」
「んー、最初からかな」
「最初から……」
そ、そうなのですね?!
あの茂みに隠れている時から気づいていらしたと!! それを見て見ぬふりをしていらしたと?!
「うん、あの街に出掛けた翌日の朝の鍛錬の時から」
「えっ?!」
あ、あっ、最初からって……そっち?!
今日のことではなくて、私の奇行を最初から?!
あぁぁぁぁ、ど、どどど、どなたか穴を……大きな穴を掘ってくださいませんか!!!!
あまりの恥ずかしさに、シリウス様の顔が見られない。
代わりに、先程まで木刀を握っていた手を見つめた。ん?
「シリウス様! 手に血が!」
「え? あぁ、さっき地面に手を突いた時に擦り剥いたんだね」
僅かではあるけど、その手には血が滲んでいる。
それなのに、あの池に落ちた時と同じように何てことないという様子のシリウス様に私はやきもきした。
「手当をしなくては!」
「大丈夫だよ、これぐらい」
「ダメです!」
もっとご自身を気遣ってください!
一歩も引かない私にシリウス様は“う~ん”と悩んだ後、魔法の詠唱をして小さな水の球を作り出す。そして手にバシャッと掛けると、ポケットから取り出したハンカチで拭いた。
「ほら、もう血も出てないよ。鍛錬していれば、この程度は普通のことだから気にしないで」
確認するよう差し出された手を見れば、確かに血はもう止まっていて少しばかり擦りむいた傷があるだけだった。
シリウス様の言う通り、鍛錬していれば普通なのかもしれない。
それでもシリウス様の綺麗な手が傷付くのは嫌だと思った。
その手を見ていると、あの時の怪我を思い出してしまう。
傷が治って、痕にも残らなくて良かったけど……。
「アリシア? もしかして、この間のことを考えてる?」
私がジッと手を見ていた所為か、シリウス様は何か気づいたようだ。
やっぱりシリウス様は、私の心が読めるみたいだわ。
「はい、私の所為でシリウス様が怪我を……」
「アリシアの所為ではないよ? 僕が考えて行動した結果なのだから」
「でも」
「君が僕に助けを求めた結果、怪我したのならまだしも、僕が勝手にしたことだからアリシアは何も悪くないよ」
シリウス様はそう言うけれど、私を庇わなければ……そもそも私がいなければ怪我することはなかったのに。
「もし誰かの所為というのなら、それはアリシアではなく君を突き飛ばそうとした令嬢だろう?」
「それは……」
「アリシア、間違えないで。悪いのは危害を加えられた者ではない。加えようとした者だ」
それは、そうかもしれないけれど。
でもやっぱり責任を感じてしまう。私がいなければ令嬢達だって、あんなことはしなかったのでは?
「ねぇアリシア、もしかして何でも自分の所為だと思ってはいないかい?」
「え?」
「僕が怪我したのも、乳母が解雇されたのも、自分の所為だと思っているのではないかな?」
ニーナの件をシリウス様は知っているのね。
シリウス様の言う通り、ニーナのことも私の所為だと思っている。
だって私のことを進言しなければ、ニーナは解雇されなかったもの。
私の所為で、私の大切な人が困るのは嫌。
だから使用人達とも距離を取ってきた。
あ、もしかしてシリウス様と距離を取ってしまうのも同じかしら。
私の所為で傷ついて欲しくない。
だから避けてしまうのかも……いえ、私が避けている理由は違うわね。
私が思案していると、シリウス様は言葉を続けた。
「さっきも言ったけど、僕は自分で決めて行動しただけだよ。それは乳母も同じだっただろう。それなのにアリシアが自分の所為だと思っているのは悲しいな」
「悲しい、ですか?」
「うん。だってアリシアが傷つかないようにと、アリシアのためを思って行動したのに、君が自分を責めてしまうのは本意ではないからね」
あ、そうか……私、自分のことしか考えていなかった。
相手からしたら、厚意を無にされたようなものだわ。
「アリシアは、もっと素直に善意を受け取ったらいいと思うよ。僕や使用人達は皆、君のことを大切に思っているんだからね」
「……はい」
私は反省する気持ちから、俯きながら返事した。
そうよね。
折角の善意を、ちゃんと受け取らないのは相手に失礼だものね。
これからは素直に“私のために、ありがとう“と受け取れるように、感謝が出来るようになりたいわ。
「ところでアリシア、悲しいついでに聞きたいんだけど。最近、僕のこと避けてない?」
「う……」
「僕のこと嫌いになった?」
「そんなことは!」
ガバッと頭を上げたら、そこには少し寂しそうなシリウス様の顔が。
その瞬間、ドキッとして鼓動が早くなる。弁解したいけど、何と言ったらいいのか分からなくて……気づけば、心の内がそのまま漏れていた。
「ち、違うんです。その、今まで、どう接していたのか分からなくなってしまって……怖くて」
「何故?」
「わ、分からないのです……」
「そっか。う~ん、でも今までと同じでなくてもいいのではないかな?」
「え?」
「アリシアにどんな心境の変化があったのか分からないけど、別に今までと同じでなくてもいいと思うよ。アリシアが思うように行動したらいい。ありのままの君でいいんだよ」
私が思うように?
ありのままの私でいいのですか?
「あ、でも、それで避けられてしまうのはイヤだな。アリシア、僕はどんな君でも受け入れるし、嫌いになったりしないから臆せず傍にいて欲しいな」
シリウス様のその言葉を聞いて、私はハッとした。
(そうだったわ!)
私はシリウス様の傍にいるって決めたのに。
自分の気持ちを持て余し、シリウス様を遠ざけ悲しませてしまった。
私ってば、何をやっているのかしら!
私の勝手な気持ちでシリウス様を悲しませてどうするの!
恩返ししたいのに、これでは全然出来ていないじゃないの!
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