48.君が愛おしい
シリウス視点になります。(最後アリシア視点もあります)
朝食までの間、自室で本を読んでいるとノックの音が響いた。
入ってきたフェリシア曰く、アリシアが『食欲がないから朝食はいらない』『今日は学園を休む』と言っているという。
それを聞いて僕が椅子から立ち上がると、フェリシアは案内するように歩き始めた。
(今はアリシアの元に行ってもいいということだな)
部屋の前に着くと、フェリシアは少し待つように目配せをして部屋に入る。
アリシアに伺いを立てていたようだが、暫くすると扉が開かれ招き入れてもらえた。
寝巻のままベッドにいたアリシアは少し慌てた様子で「こんな格好で……」と言うから、僕は続きを遮るように言葉を重ねた。
「そのままでいいよ。ごめんね、急に来てしまって」
「いえ、それは大丈夫なのですが」
泣いたのだろう。
アリシアの目元が赤くなっている。
それだけで胸が締め付けられるように痛くなった。
「今日は学園を休むと聞いたよ。昨日濡れてしまった所為で、具合が悪いとかではないかな?」
「それも大丈夫です。ただ……その、シリウス様に言われて考えてみたのです。学園に通う理由を」
「うん」
「私は父に認めてもらいたかったのです。もちろん勉強は楽しいですし、好きです。でも、それだけではなくて……クラスメイト達に私個人を見てもらえると、学園に屋敷以外の居場所を求めていました」
「うん」
「けれど、どんなに良い成績を取っても両親から認めてもらえることはなかった。それに、友達だと思っていたクラスメイト達も去っていきました。認めてくれていた先生達も私を見る目が変わって……学園に私の居場所はなくなってしまった」
ポツリ、ポツリと話すアリシアの言葉に耳を傾ける。
そして思う―――やはり、そう思っていたのかと。
「それで気づいたのです。私は学園に固執していただけなのだと。そう思ったら、何のために通っているのか分からなくなってしまいました」
「そうか」
「あ、勉強するためだということは分かっているのですよ!」
アリシアはハッとして慌てて訂正するから、僕はフッと笑って「分かっているよ」と言った。
「だから今日は……今日だけは休もうと思います」
「うん、それがいいと思うよ」
本当はこのまま卒業まで休んだらいいと思うんだけど、きっとアリシアはそれを良しとはしないだろう。
卒業まであと僅か。
それでも最後まで通うことがケジメだと、そう思っているに違いない。
幸い明日は週末、学園は休みだ。
その間に少しでも気持ちの整理がつくといいのだが。
「それから……」
アリシアは言いかけて、マリーを見る。
それを合図に、マリーとフェリシアは部屋から出て行った。
その目は急に不安の色を宿し、俯きながら何かを言おうとして口を開けては、閉じている。
僕が先を急かせることなく続きを待っていると、少しの間が空いた後、アリシアは意を決したように声を発した。
「あの、シリウス様……昨日あの時、令嬢を突き飛ばしたと騒ぎになった時……どうして、あのような冷たい目をしていたのですか?」
「冷たい目?」
僕は、そんな目をしていたのか?
「私を捨てた父と同じような……」
「捨てたなんて! そんな風に思わないでくれ。そう、あれは……言うならば、僕が奪ったようなものなんだ。クラディア伯爵から君を奪ったんだ。だから捨てられたなんて、そんな風に思わないで……アリシア」
思わずアリシアの手を両手で覆うと、願うように頭を垂れた。
「……シリウス様は、お優しいですね。でも除籍された時点で、私は捨てられたようなものですから」
「アリシア……」
アリシアの愁いを帯びた表情に言葉が出ない。
「シリウス様は……私のことが嫌いになりましたか? 幻滅しましたか?」
「えっ?」
そう問われて、アリシアが言いたいことが、気にしていることが何なのか分かった。
「違う! 違うんだ、アリシア。僕は君を嫌いになったりしない。昨日のは……君を守れなかった自分への不甲斐なさと、君を害そうとする令嬢と、それを止めようともしない周りの人間に腹が立ったんだ。それできっと、そんな風に見えたのだろう」
もしかして僕の所為か……?
アリシアが、あんなことをしたのは。
気づかぬ内に、アリシアを追い詰めたのは僕なのか?
もしかしたら今までも同じような表情をしていたのかもしれない。
アリシアに悪意を向ける相手には容赦する気はないから。
それでもアリシアが今まで気にしなかったのは、いつも庇うように彼女を背後に隠していたから、僕の顔が見えていなかったのだろう。
でも昨日は、僕の正面にアリシアがいた。真っ向から見てしまったということか。
違う、違うんだ。
あれは君に向けたものではないんだ!
「例え僕が冷たい目をしていたとしても、それは君に向けたものではないよ。前にも言ったけど、僕が愛しているのはアリシア、君だけだ」
誤解を解かなければ。その一心で言葉を紡ぐ。
片手はそのままで、もう片方の手をアリシアの頬に添えて。
そしてアリシアの瞳を見て、本心を告げる。君にちゃんと伝わるように。
僕の言葉を信じてくれたみたいでアリシアは「良かった」と一言、ホッと溜息を吐くように言うと、はにかむように目を細めて涙を流した。
「アリシア……」
アリシアへの愛しさが溢れ出し、僕は堪らない気持ちになって顔を近づけた。
そのまま唇に口づける……寸でのところで何とか踏み止まり、代わりに涙を拭うように目尻にキスをする。アリシアは驚いたようで身体がビクリと跳ねたが、僕はそれを抑えるように、そのまま抱きしめた。
静寂の中で、互いの心臓の音だけが聞こえ……心地よい時間が流れていく。
「今日は僕も休んで、このままずっと一緒にいたいな」
暫しの後、沈黙を破って僕がそう言うと、惚けた顔をしていたアリシアは慌てて首を横に振った。
「ダ、ダメですよ。シリウス様はちゃんと学園へ行かなければ」
アリシアらしい返答に少し安心して、笑いそうになる。
「アリシアがそう言うのなら仕方ない、行ってくるよ。あぁ、君の分までちゃんと授業を聞いて、帰ったら教えてあげるね」
僕は名残惜しく感じながらも、アリシアから身を離すと「あ、朝食はちゃんと食べるんだよ」と注意を残して部屋を出た。
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いつもアリシアと昼食をとっている東屋。
今日は一人でサンドイッチを食べながら、とある人物を待っていた。
「やぁ、シリウス。今日は珍しくアリシア嬢は一緒じゃないんだな」
「あぁ。彼女は屋敷で休んでいるよ」
「昨日の件の所為か。一通り調査したが、アリシア嬢に咎はないぞ。安心していい」
「もちろん分かっているさ」
「だろうな。ほら、頼まれていた調査報告書だ」
僕は差し出された書類の束を受け取りながら「ありがとう」と礼を言う。
「それにしても、その令嬢といい、昨日の令嬢といい、何のためにあんなことしているんだ?」
「何でだろうね? 大方、誰かを虐めて優越を得たいんだろう」
「まったく、この国の貴族には呆れ返るよ」
「同感だ」
僕は大きく頷いた。
本当に呆れる。
そもそも魔力の有無で人を判断するなんて理解不能だ。
「教育機関である、この学園でさえ人道に対する教育を施せないとは」
「そこは、これからの君の頑張り次第ではないかな?」
「あぁ。実権を握った暁には、せめて人の心を持った貴族が育つよう変えていくよ」
「期待しているよ」
「あ、そういえばシリウス、昨日魔法を使っただろう?」
「緊急事態だったからね」
「まぁ生徒達や他の人間は気づいていないだろうけど、卒業まであと少しだろう? 気を付けろよ」
「分かっているよ」
彼は「それじゃ、もう行くよ」と、手をひらひらと振りながら去って行った。
「ありがとう、ライオネル」
その背中に声を掛け、僕は手にした書類に目を通していく。
そこには一連のアリシアの噂に関する報告が書かれていた。
******
朝、シリウス様と話せて良かった。
涙を拭うようにシリウス様がキスをした時は驚いてしまったけど、抱きしめられたのは心地よくて……あれ? 以前にも同じようなことがあったような?
とにかく、勇気を出して聞いて良かった。
『僕が冷たい目をしていたとしても、それは君に向けたものではないよ』
その言葉に頭がいっぱいで、後の方はあまり耳に入らなかったけど。
あの目は、私に向けたものではないと分かって心底安心した。
「ねぇ、マリー」
「はい、お嬢様」
「私、メイドになりたいの」
「お嬢様……」
マリーは困ったような表情をしている。
「私、シリウス様の傍にいたいから……メイドになって、クロフォード家に雇ってもらって、シリウス様にお仕えできたらなと」
「お嬢様、メイドにならなくてもシリウス様のお傍にいる方法はありますよ」
「え? どんな方法?」
マリーは小さく微笑み「いずれ分かります」と言うだけで、教えてはくれなかった。
肝心な部分を聞き逃すアリシア。大丈夫です、もうすぐシリウスが報われます!




