41.7時間睡眠はルールだそうです
「んん~~~」
私は起き上がると、思い切り伸びをした。
はぁ、よく寝た。
ぐっすり眠った所為か、とてもスッキリしている。
昨日は途中で何度か起きたとは思うのだけど、ぼんやりしていてほとんど覚えていない。あ、薬が苦かったことは覚えているわ!
(今、何時だろう?)
そう思って時計を見たら―――お昼ちょっと前?!
嘘でしょう? どうして誰も起こしに来なかったの? 完全に遅刻だわ!!
私は慌ててベッドから出て、制服に着替えるためクローゼットへ向かおうとした。
その時、ガチャッと部屋の戸が開いてマリーが顔を覗かせる。
「あ、マリー!」
「お嬢様?!」
何故、起こしてくれなかったの? と言おうとしたら、マリーはとても困惑した様子で駆け寄ってくる。
「何をなさろうとしているのですか?!」
「えっ、制服に着替えようと」
そこにフェリシアも入って来て、私を見るなり
「アリシア様、お目覚めでしたか。何かお食事をお持ち致します」
そう言うから、いやいや今はそれどころではなくてね。遅刻はしているけど、まだ午後の授業には間に合うわ!
「それより学園に行く準備を」
「「ベッドにお戻りください」」
マリーとフェリシアは揃って声を上げる。
何やら“ズモモモ……”と背後からの圧がすごい。
「は、はい」
逆らえる雰囲気ではないので、私は大人しくマリー達に従った。
ベッドに戻ったものの、何もすることがない。
というか勉強が気になって仕方ない!
「あの、せめて勉強したいのだけど……」
おずおずと言ってみたけど、マリー達がジトッと見つめてくるので「な~んて、冗談よ」と笑って誤魔化して、運ばれてきたお粥を大人しく食べた。
******
「……学園に……おっしゃって……」
「なんだと……」
途切れ途切れに声が聞こえる。
気づけば、また私は眠っていたようだ。
目を開けると窓が視界に入る。
その外は夕焼け色に染まっていて綺麗だ。
反対側の話し声のする方を見ると、制服姿のままのシリウス様とマリー達がいた。
シリウス様は、私が起きたのに気づいたようで部屋の入口からこちらへ向かってくる。
「アリシア、起きたかい? 具合はどうかな?」
「大丈夫です!」
私は元気に答えた。
もうすっかり治ったもの!
シリウス様はベッドの横に置かれた椅子に腰かけながら微笑む。
「そう、それでベッドから飛び起きて学園に行こうとしたって?」
「はい」
「アリシア、少し話そうか」
笑っているのに、シリウス様の背後からは“ズモモモ……”とマリー達と同じ圧が。
「シリウス様?」
「アリシア、自分がどうなったか分かる?」
「えーっと、鼻血を出して倒れて、熱を出しました」
「うん、そうだね。では原因に心当たりはあるかな?」
「いえ、全く」
正直に答えたら、シリウス様の表情は曇った。
「そう……医者に診てもらったらね、過労だって」
「過労ですか?」
どうして私が?
特に疲れを感じたりはしていないのだけど。
「そう、過労。多忙だったわけでも、過酷な重労働をしていたわけでもないのに……原因は睡眠不足だよ。心当たり、あるよね?」
「えーと……」
あるような、ないような?
「ジョンから聞いたけど、クラディア家にいた時は月明かりを頼りに勉強して、月が出てない時に眠って、朝日と共に起きていたんだって?」
「え……えぇ、そうです」
別に知られて困ることではないのに、何だか不味い気がする。
「それでクロフォード家に来てからは、ランプがあるから勉強が捗るって?」
「えぇ、そう言いました」
「アリシア。君、何時間寝たの?」
「へ?」
「一昨日は何時間寝たの?」
「えーと、多分2時間ぐらいかと」
確かそのぐらいだったと思う。
時間を計っていたわけではないから正確ではないけど。
本当はもう少し短い気もするけど、何だか言ったらいけない気がする。
「その前の日は?」
「同じぐらいです……」
「その前は?」
「同じぐらいです……」
段々とシリウス様の圧が増して、私は徐々に委縮してしまう。
「まさか! クロフォード家に来てから、ずっと?!」
「えっ、いえいえ! ここ数週間は2時間ぐらいでしたけど、その前は3時間ぐらいは寝ています!」
「3時間?!」
強くなった語気に私は慌てて否定したけど、シリウス様は更に驚きの声を上げていた。
「それは倒れるのも当然だよね」
「え? 何故です?」
「人は寝不足だと身体を壊すものだからだよ」
「え、そうなのですか?」
知らなかった……えっ、人間の身体ってそうなの?
「まさか知らなかったの?!」
「はい……」
「アリシア、君はもう少し健康とかの知識を身につけた方がいいのではないかな?」
シリウス様は「栄養素については知っているのに」と眉間に皺を寄せて溜息を漏らす。
確かに。
今まであまり感心を持ったことがなかったけれど、医学も学んだ方がよさそうね。今後の課題に加えよう。
それはそれとして
「で、でも今まで倒れたりはしなかったですよ」
「それは曇りだったり月の出ない晩もあるし、月が君の部屋を照らさない時間もあったお陰で、ギリギリ倒れない程度に睡眠が取れていただけだろうね」
「そ、そうなのですか? 別に寝なくても平気だと思っていました……」
「ハァ。君ね、僕がどれだけ心配したか分かるかい?」
溜息を吐きながらシリウス様は、私をジッと見つめた。
「君が倒れたと聞いて血の気が引いたよ。そして、ぐったりとした君を抱き上げた時、不治の病だったらどうしようかと動揺した。医者から診断を聞くまで、不安で仕方なかったよ」
シリウス様の声から、どれだけ心配したのか伝わってくる。
その表情がとても物悲しく辛そうに見えた。
「僕だけではない。マリーやジョン、フェリシアやジュリアン、他の使用人だって皆、アリシアが倒れて心配したんだよ」
「す、すみません」
子どもを叱る親みたいに、諭すように言われて返す言葉もなかった。
私、皆に心配を掛けてしまったのね……ごめんなさい。
「とにかく。今後は、7時間は寝るように」
「はぃ? 7時間ですか?!」
そんなに寝るの?! 今までの2、3倍も? 時間が勿体ないのでは??
思わず抗議の声を上げようとしたら、シリウス様がズイっと身を乗り出してきた。
「アリシア。7時間睡眠というのは、とても一般的な時間なんだよ。それに、これはクロフォード家のルールだから。ちゃんと守れるよね?」
シリウス様は、にっこりと笑みを浮かべているのに目が全然笑っていない。
その背後から、またも“ズモモモ……”と重い気配を感じて、私は頷くしかなかった。
「は、はい……!!」
「うん、よろしい。では、少し休んで」
「え、さっきまで寝ていたので、もう眠くは」
「おや、寝かしつけて欲しいのかな?」
シリウス様は「子守歌でも歌おうか? それとも絵本を読み聞かせようか?」なんて冗談っぽく言いながら椅子から腰を上げ、ベッドに下ろすと布団の上からポンポンと優しく叩く。
(そんな、子どもを寝かしつけるようなことされても、私は眠たくは……)
眠たくないと思っていたのに徐々に瞼が重くなっていき、終いには閉じてしまった。
******
数時間ほど私は眠っていたらしい。
目が覚めるとシリウス様はいなかった。
フェリシアが持ってきてくれたお粥を食べ終わった私は今、ベッドで暇を持て余している。
せめて本を読ませてもらえればいいのだけど。
マリー達に「今はゆっくり休まれてください」と言われ、全然取り合ってもらえない。
そうこうしていると、再びシリウス様が部屋を訪れた。
「まだ熱があるみたいだね。顔が赤いよ」
「そうですか? もう十分休んだから元気なのですが」
「自分では分からないんだろうね。さぁ、休んで」
「いえ、今日はもう」
ハッ、今日は沢山寝たから、約束の7時間は果たしているのでは! と思い、言おうとしたらシリウス様に遮られてしまった。
「アリシア、7時間寝るようにと言ったけど、病気や体調が悪い時はその限りではないからね」
「うっ……」
「それから、医者から3、4日は安静にと言われたから、明日も学園は休むように」
「えぇ! そんな……」
「異論は許さないよ。ほら、もうお休み」
そう言って、シリウス様は私をベッドに寝かせた。
「今日は、もう十分寝たので眠くは」
「おや、今度は添い寝して欲しいのかな?」
シリウス様は悪戯っぽく言いながらベッドに上がってきて、布団の上からピッタリと私に沿うように横になると自身の腕に頭を乗せて、こちらを見つめてきた。
(近い、近い、近いですー!!!)
布団の中に入っているわけではないけど、こんな近くにいたら……ドキドキして逆に眠れませんが?!
「アリシア、顔が先程より赤くなっているよ。熱が上がってきたのではないかな?」
心配そうにシリウス様は私の頬に触れてくる。
違います! それは! シリウス様の所為です!
「ほら、目を閉じて」
私の心境などお構いなしの様子で、シリウス様は私の目元に手を当て強制的に瞑らせると、先程と同じようにポンポンと。その規則正しいリズムに心地よさを感じる。
眠れないと思っていたのに、シリウス様の手の温もりを感じている内に段々と意識が遠のいて……いつの間にかに私は夢の中へ旅立っていた。
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