32.執事兼護衛ジュリアン
シリウス視点になります。
僕は机に向かいながら「ふぅ」と息を吐き、目を閉じる。
(この間のデートでのアリシアは、いつにも増して可愛かった)
市場での好奇心に満ちた瞳、屋台飯での満足気な瞳、ウィンドウショッピングでの嬉々とした瞳、ぬいぐるみを手にした時の歓喜に溢れる瞳、色々な光に輝いていた。
(あぁ、でも帰る時は少し困惑しているような表情をしていたな)
その理由は分からないが……もしや怖い思いをしたからか!
まさかアリシアが不逞の輩に絡まれるとは思いもしなかった。
(アリシアは可愛いのだから、当然といえば当然のことだ。少しでも傍を離れた僕の落ち度だな)
後で、フェリシアに「何故もっと早く言わなかったのか」と尋ねた。
アリシアが怖い思いをする前に、未然に食い止めたかったから。
でもフェリシアに
「初めて街に訪れたアリシア様に、街には危険があることも知っていただく必要があるかと思いまして。それに、すぐ近くでジュリアンが待機しておりましたので問題ないと判断致しました」
そう言われてしまった。
確かに危険を知ることは大事だし、あの時アリシアのすぐそばにジュリアンがいた。アリシアは気づいていないようだったけれど。
アリシアを掴もうとしたその手を止めるのに僕が間に合わなければ、即刻ジュリアンが対処していただろう。
もしかしたら本当に腕の一本も折っていたかもしれない。
(ジュリアンは、たまに手加減をしない時があるからな)
そう、ジュリアンは日頃にこやかな笑みを浮かべ、そのベージュの髪色と相まって柔和な印象を与えているが、キレると怖い人物だ。
あれは、まだ僕が幼き頃。
出席したパーティーの帰り道、賊に襲われた時のことだ。
馬車が急に止まり、外から金属がぶつかり合う音と叫び声がする。
その声の中に騎士達の音を聞いたジュリアンは「私が良いと言うまで、決して外に出てはなりません」と言い残し、馬車から出て行ってしまう。
僕はジュリアンが心配で、また外の様子も気になって窓から外をこっそり窺った。
賊は執事服を纏うジュリアンを見るなり、使用人がのこのこ出てきたと襲い掛かっていく。賊の手にはナイフが握られていた。
丸腰で武器も持たないジュリアンが危ない!
そう思った次の瞬間、その手からナイフが消えていた。
どこにいったのかと目を凝らすと地面に落ちている。
どういうことだ? と思いながら再び目線を戻すと、賊が吹っ飛んでいた。
それも勢いよく近くの木に叩き付けられている。
僕は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが、その後に繰り広げられた一方的な戦闘を見て理解する。
ジュリアンは相手の武器を叩き落とすか蹴り落とし、そのあと殴り飛ばすか蹴り飛ばしていたのだ。
賊の攻撃は掠りもせず、次々にジュリアンの攻撃だけが当たっていく。
彼が強いとは知らなかった僕は、唖然としながら見ていた。
ジュリアンは賊の腕や足は、もちろんのこと首の骨も折ってしまう勢いで、流石に騎士達に止められていたが「シリウス様に仇を成す者に手加減は不要では?」と言って笑っていた。その瞳が修羅の如くギラリと光っているように見えたのは気の所為か……。
(直前まで華麗に戦うジュリアンを“カッコイイ!“と思ったが、その目を見てすぐに”怖い“と思い直したのだったな)
結局ジュリアンが馬車に戻って来たのは、一人で賊をほぼ一掃し「あぁ、ダメになってしまいましたね」と言いながら血やら何やらで汚れてしまった手袋をポイっと無造作に投げ捨て、懐から出した新しい手袋に取り換えてからだった。
後から聞いた話だが、あの時は貴族を襲う賊が頻出していて、被害も大きくなっていたところだったそうだ。
よりにもよって僕を襲うとは運が悪い。
残党もろとも一味徒党あえなく御用となった。
でも僕がジュリアンを一番怖いと思ったのは、その時ではない。
先の話しは始まりにすぎないのだ。
あれは視察の帰り、馬車まで移動している時だった。
突如現れた暴れ牛の群れが僕達に突っ込み、その騒ぎと混乱に乗じて僕は攫われてしまう。
しかし、その瞬間は特に不安に駆られたりなどはしなかった。
何故なら、居場所を知らせるための魔導具を身に着けていたからだ。
僕の命が目的ならば、すぐにでも殺しているはず。だが、そうしなかったということは“僕自身”が目的ということになる。それなら、すぐ殺されることはないだろう。騎士や護衛に僕の居場所が分かれば、助けにきてくれるはずだ。
そう考えている間に、僕は気絶させられて……目を覚ました時は、魔力封じの部屋に閉じ込められていた。
魔力封じとはその言葉の通りだが、魔法を使うことはもちろん魔導具の作用も無効化してしまう。
これでは探知魔導具が役に立たない。
しかも、ご丁寧に魔法無しで脱走しないようにと両手両足を縛られている。
身動きも出来ず、自分の居場所を知らせる術もないと気づいた時、背中が冷たくなるのを感じた。
それでも僕は「緊急時は部屋の隅にいるように」とジュリアンに言われたことを思い出し、芋虫のように這いながらも部屋の隅に移動した。
それから、どのぐらいの時間が経ったか……おそらく数時間だろう。
外から僅かに人の声が聞こえるものの、部屋に誰かが訪れることはなく、誘拐の目的は何か分からずにいた時、突如爆音が鳴り響き、部屋の外は一気に騒がしくなる。
何回か爆発音が聞こえた後、強い衝撃が建物を揺らし、ドアとは反対の壁が崩れ落ちた。
僕は部屋の隅にいて良かったと心底思った。でなければ僕も吹き飛ばされていたかもしれないし、瓦礫で怪我をしていたかもしれない。
そして煙の立ち込める破壊された壁から、フッと人影が一歩足を踏み入れてくる。
視界が悪く、よく見えないため何者かと身構え、その人物を確認すると……それはジュリアンだった。
しかし、いつもとは纏っている雰囲気がまるで別人のようで……あれは鬼の形相とでも言うべきか、とにかく鋭い眼光だった。あの目で見られたら誰でも竦み上がってしまうだろう。
何を隠そう僕も竦んでしまったが、絞り出すように「ジュリアン」と発せば、すぐさま僕を認識したジュリアンはいつもの穏やかな笑みを浮かべ「ご無事ですか?」と言い、僕の拘束を解きながら、怪我がないか確認するとヒョイッと抱き上げ部屋から脱出する。
そこで僕は初めて、部屋の外の状況を知ることが出来た。
それは凄惨な光景だった。
(今思えば、あれは地獄絵図のようだった)
僕を捕らえた賊は、恐らく全員がそこら辺で倒れていて、屋敷のほとんどが大破し、あちらこちらから火の手が上がっている。
近くから呻き声が聞こえ、僕がそちらを気にするとジュリアンは
「あぁ、シリウス様はあのような虫ケラなど見なくて良いのですよ」
そう、にこやかに微笑むと僕の顔を自身の胸に向けた。
そしてジュリアンは呻き声など気にすることなく、何なら賊を踏み付けて平然と帰宅したのだ。
他にこちらの騎士の姿は見えないため、間違いはないとは思うが「これをジュリアンが一人で?」とは怖くて聞けなかった。
(あの時やっと、ジュリアンは救出する際に壁を壊す可能性を考え、部屋の隅にいるようにと言っていたのだと知ったよ)
これも後から聞いた話だが、誘拐の目的は僕を人質にして、父上に要求を通すことだったそうだ。
何と浅はかな。そんな計略など上手くいくはずがないのに。
実行犯と首謀者は処刑され、一族郎党も処罰された。
まぁ、そんなわけで執事兼護衛でもあるジュリアンは容赦がないし、時折過激な一面も垣間見える。
(ジュリアンには、僕と同じようにアリシアを守るよう言っておいたから……腕を折っていたな、きっと)
そんな風に思っていると、ジュリアンがお茶を持ってきた。噂をすれば何とやらだ。
僕は紅茶に口を付けながら思考を戻す。
(そう考えると、やはり外は危険だな)
今後、出掛ける時は気を付けなくては。
アリシアと片時も離れないように……あぁ、そうだ!
外では必ず手を繋ぐか、腕を組むようにしよう。
街へ出歩く時は常にそうするものだと言えば、アリシアは信じるだろう。
僕は机に両肘をついて、口元に手を当てながらフフフッと笑った。
くしゅん
その時、庭の方から可愛いクシャミの音がした。
僕は窓の方へと身体を向けると、椅子から立ち上がり外を見る。
まぁ、トラブルはあったものの、この間のデートは概ね成功と言えるだろう。
(アリシアに贈り物が出来て良かった)
どれも気に入ってくれたようで、ぬいぐるみは常に枕元にあると言う。
マリーは話してくれた。
アリシアが玩具を与えてもらえなかったこと、唯一手にした手作りのぬいぐるみも妹によって燃やされてしまったことを。
(だからあの時、店の前でアリシアは憧れと悲しみの入り混じった表情を浮かべていたのか)
それなら、やはり店内全てのぬいぐるみを買うべきでは? と思っていたら、フェリシアに「過度な贈り物はアリシア様の負担になりますので、おやめください」と釘を刺されてしまった。
いったい僕の表情から何を読み取ったというのだろう。
それにネックレスも、とても気に入っているようだ。
アリシアは学園に行く時以外、常に身に着けてくれている。
それならば、やはりもっと沢山のアクセサリーを! と思ったらフェリシアに再び釘を(以下略)
制服だと着けているのが見えてしまうからと外しているらしいが、制服のデザインが違えば(例えば首元まで襟があるとか)、学園でも身に着けてくれているということかな。
宝石やアクセサリーで、どうこうなるとは思っていないけど……アリシアを守りたい。少しでもアリシアの悲しみや辛さが消えてくれたらいいと、そう願ってしまう。
窓の外、庭にいるアリシアは庭師と一緒に、しゃがみ込んで土いじりをしていた。
その首元には願いが込められた、あのネックレスがキラリと光っている。
普通、令嬢は土いじりなど嫌うのだが、アリシアは興味があったらしい。
(あれだけ花が好きなのだから当然か)
それにフェリシアが『土いじりにはセラピー効果がありますから、アリシア様によろしいかと』と言っていたので、それは大事なことだし、特に止める理由もないからアリシアの望むようにしてもらっている。
(少しでもアリシアの心が癒されますように)
アリシアを見ていたら、そばに控えているフェリシアがこちらを見て小さく頷いた。これはアリシアのそばに行って良いという合図だ。
さて、そろそろ次の段階に進もうか。
僕はアリシアのいる庭へと向かった。
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