神様側の事情
「まず、大前提として、お前は死んでおる。これについては異存はないな?」
「はい。あれだけ痛い思いをして死にましたから」
ついさっきのことなのに、神様ととコーヒーをのみ、一緒におせちを食べたことで、不思議と遠い日の出来事のように感じていた。本当に不思議なお爺ちゃんだ。
もちろん、あの痛さや苦しさは忘れようにも忘れられないのだが・・・。
「しかし、今は落ち着いておるじゃろう?」
いたずらっぽい目で神様は言う。
「わたしが・・・」
「うん?」
「わたしが・・・痛みや苦しみから、気持ちを離すことが出来るように、コーヒーを淹れたり食事をとったりさせて、日常を取り戻させてくれたのでしょう・・・?」
ふと、神様の目に憐れみの色が浮かんだ気がした。
「ふむ・・・。まあ、取り戻すといえばそういうことになるかの。
じゃが、この状態にそう長く置いておくことは出来ぬのよ。お前さんは、行くべきところにゆかねばならぬ。」
わかってはいた事だ。けれど、失ったはずの世界をしばし見せられて、気持ちがそこから逃げていた。もう、わたしはきっと、あの世に送られるのだ。
病気で死んだわけじゃないし、誰にもお別れを言えてはいない。
両親は、誰からわたしが死んだことを伝えられただろうか?
そう思うと、無いはずの身体が強張る気がした。
「死ぬのが怖くなったかの?」
「いえ・・・もう、死んだんですよね?今は怖いとかはないです。
でも、ここは天国とか地獄とかではないみたいですし、多分・・・この先があるってことですよね?」
私が送られるのは天国なのか地獄なのか。
いや、もしかしたらそんなものは無いのかもしれない。
「うむ・・・そんなものは無い」
「え?」
「天国とか地獄とか、それは人間が作ったイメージである。
行った先がその者にとって素晴らしいところであれば天国であろうし、そうでなければ地獄だと思うのではないかな?」
(じゃあ、生まれ変わるんだ・・・)
漠然とそう思った。
「じゃが、人間が言う輪廻転生とは少し違うぞ。
魂がそのままの形で次の生に移るわけではない。一度、生命の流れに溶け込み、再構成されて次の命に生まれ変わるのだ。だから、次の世界にお前さんが生まれたとして、それは全く別の人間になる。しかし」
そういうと、神様は残りの珈琲を飲み干した。
「おかわり」
私はまた台所でお湯を沸かし、珈琲をいれることになった。
しかし・・・のあとは何なのだろう?
何かイレギュラーなことになっているのだろうか。
もう、死んでしまったのだからどうにもならないのだけれど、このまま家族や友だちのことも忘れて、消えてしまうのは何だか怖い。自分が消えて、その先に真っ暗な世界が広がっているように感じられた。いや、それももう感じなくなるのかも知れないな。
「しかしな、それは本来の寿命を生きたあとの転生である。」
「本来の寿命って?殺されたりじゃなくて病気で死ぬとか?」
「いや、本来であれば事故や殺人などであっても、それは定められた寿命での死じゃ。」
ドクン
もしかしたら私は、本来死ぬ予定ではなく何らか別の力が働いて死んだ?
「輪廻転生とは、この世界での生々流転の範囲で起こるものじゃ。だが、このところ外界から干渉が起きておってな。人生が思う通りにゆかず、不満を抱えているモノに対して、、お前を私の世界に特典付きで転生させてやるから道連れを大量につれてこいと命じるのじゃよ。
本来、世界のエネルギーは世界の成熟に伴って時間をかけてゆっくりと増えていくものだが、成熟した世界を構成するエネルギーの総和は変わらない。自然に増えていく以上のエネルギーを欲するのなら、異界から補填するしか無い。それ故、自分のもつ世界を育てていくために、ほかの世界から生命のエネルギーを掠め取ろうとする神もいるということよ。」
「じゃあ、わたしを刺したあいつは、そのために私を殺したというの?」
「そうじゃ。故にお前さんはまだ死ぬ予定では無かった。」
何ということだ。異世界転生なんてラノベの世界だけのことだと思っていた。死んで違う人生を生きるのは、ちょっと面白いかなと思ったことも正直いって無いわけではない。
けれど、誰かがそれを手に入れるために巻き添えにされるなんて・・・。
「っ! そいつは望み通り異世界に転生したのっ?」
つい、語気が荒くなってしまう。
「いや、そのものの魂は儂が捕獲してある。更に言えば、そのものに殺された命も確保してある。」
「じゃ、じゃあ生き返らせることは?」
「無理じゃな。生命の器である肉体が命を失っておる。」
「じゃあ、せめて新しい命に転生・・・」
でもそれは、元の自分では無いのだろう。異界に行っても同じではないのか?
「運命に定められた寿命を全うせず死んだ魂を、もとの生命の流れに戻すには、それを引き裂いて壊すしかない。その怨嗟を残した断片は健全な魂を作らない。異界につれていかれても、元の命の痕跡がわからなくなるほどに粉々に砕いて資源にされるだけのことであろうの。」
5
じゃあ、私も粉々にされる予定だったのか。
「魂を引き裂いて壊されることは、非常に苦しいものだ。だから断片に怨嗟が残ってしまう。お前さんたちの世界には『成仏』という言葉があるじゃろう?正しく人生を納得して命を全うすることが、次の転生につながる。しかし、人生を全うするための器がない。困ったことじゃ。しかし・・」
神様は懐から何かごそごそと取り出した。
どういうわけか真っ赤な小さなノートパソコンだ。
「人間はなかなか面白いものを作りおる。RPGとか呼ぶのであろう?」
ま・・・まさかそれは
「左様。お前さんが開発していたゲームじゃよ。劇的な展開がないということで日の目をみることもなくお蔵入りとなったものじゃが、人間の住む世界そっくりに作られたこの世界は、魂が『成仏』につながるまでの間に過ごす世界としてはお誂え向きじゃろう。」
わたしは昔からRPGが好きで、自分でもゲームを作って配信できたらいいなとぼんやり考えていたので、就職もゲーム会社を選んだ。だが、ゲームを作成して配信する会社に就職をしたものの、実際には運営や営業の仕事など事務的な仕事しかさせてもらえなかった。ただ、仕事の中でゲームが作られる経過を知ることができたので、趣味の範囲ではあったが、自分でもゲームを作ってみようと試作してアイディアを密かにあたためていたのだ。
だが、実際にゲームのプレイヤーとして遊んでいるときも、わたしは魔王を倒しにいったりレベルを上げることよりも生産とかスキルを上げるのが楽しくて、ストーリーを無視してプレイしていたフシがある。そんなわたしが考えたゲームだから劇的なストーリー展開なんてのは無いに等しい。だから、試作段階で職場の先輩に見せたときも評価は散々だった。
「うーん・・・微妙っていうか、魅力ないな。仕事の仕方とか見ていてもわかるんだけどさ、仕事の段取りとか組み立てとかはすごく上手いんだけれど、心躍るようなアイディアとかそういうのって出てくるタイプじゃないよね。このゲームはらしいって言えばその通りなんだけど、これを商売にはできない感じだ。」
そう。わたしのゲームは・・・。
劇的なストーリーを持たず、日々をゲームの中で楽しく過ごすことが目的みたいなものだった。ゲームの中に友だちがいて、ゲームの中に生活があって、現実とは似て非なるものではあるけれど、生活そのものだったのだ。
「神様。わたしのゲームは駄目です。わたしのゲームは面白くありません。」
「それで構わないではないか。むしろわしの目的に合っているのではないか?」
「えっ?」
神様はいたずらっぽい目で笑った。
「転生までの生活を安心して送れるのが、その世界の目的じゃよ」
「でも、一応ゲームにしようとして、魔王とか魔物とかはいるんですよ?」
「まあ、そこはそこじゃよ。それはそこに生きるものが工夫して立ち向かえばよい。
それに、お前さんはその世界の創世主として世界の調整をしてもらう。
何しろこの世界はまだスカスカであろう?自分だって若くして生命を落としたのだから、まだまだ知らないことや未熟なところを多く持っている。だから自分が神様になるなんてぇ~不安しかないぃ・・・なんて思っているのではないか?」
白髪のひげをたくわえた老人が、脇を締め、首を傾げて若い女の子みたいな声で「不安しかないぃ~」っていうのが、こんなに気持ち悪いものだとは思わなかった・・・じゃなくてー、それってわたしの真似ってこと?
いやいや、でもそのとおりだ。わたしに何が出来るのだろいうのだろう。
どちらかというと引きこもりに近い性格だ。例えば自分が神様になって立派な世界を創れといわれたら、それは無理に違いない。現実のゲームだってクリエイターひとりが作っているわけじゃない。大勢のスタッフがチームを作って作っているのだ。
「安心することだ。決してひとりで放り出そうというわけじゃない。
お前さんの仲間は現れる。まずは1年。その仲間を探して冒険しなさい。
ひとりでは難しくとも、仲間のアイディアがあれば、彩りの豊かな世界を作り出せるであろう。コーヒーおかわり」
いや・・・何杯飲むんだよ。そして話の腰を折るのがコーヒーなのか。
「ミルクと砂糖は?」
「たっぷりで!」
そんなわけで、わたしは再び台所に向かった。
甘ーいコーヒーを入れながら、緑茶も用意した。そろそろ本題に移ってしまわなければならない。こんな面倒くさい話は断って、とっとと成仏させてもらおう・・・。
甘ったるいコーヒーと緑茶をトレーにのせて、わたしは居間にもどった・・・と思ったが、そこは自分が想像していたのとはまったく違う世界が広がっていた。




