神様との食事
あんな風に刺されたんだし、わたしは死んだのだろう。
白髪の老人は、この状況だと神様ってことになるのかな?
コーヒーを淹れろだなんて、何を話すつもりかしら?
神様が指鳴らし1回で出した台所は、見事なまでに死ぬ直前までわたしが住んでいたアパートの台所そのままだった。
ストックのコーヒーも、いつも使うドリッパーも、冷蔵庫のコーヒーフレッシュもそのままだし、冷蔵庫の中にはお正月に1人で食べるために自然解凍するために入れてあった冷凍のおせちがそのまま入っていた。
わたしは愛用のドリップケトルに水を入れ、ガステーブルでお湯を沸かした。
いつものコーヒーをいつもどおり入れているわけだが、死んだというのならこうやってコーヒーを淹れるのも最後になるのかも知れない。そう考えると、もう身体は無いと言われているというのに涙が流れてきた。
私は涙を拭き。小さなトレーに2杯のコーヒーと、角砂糖(もうダイエットシュガーじゃなくていいよね。身体無いんだし。)とミルクを乗せてテーブルまで運んだ。
「お砂糖とミルクは入れますか?」(ウエイトレスかよ。学生時代にバイトでやったなぁ)
「おう、たっぷり入れてくれ」
そんなことを話しながら、私は老人と向き合ってソファに座り、コーヒーを啜り始めた。
「あなたは神様なんですよね?」
「そうじゃ。気付いていたのであろう?」
「じゃあ、おせちを一緒に食べませんか?もともと年神さまと一緒に食べるものですし」
「ほうほう?じゃあ頂くとするかな。準備してくれるのかい?」
なんだか嬉しそうである。
「もちろんですよ。神様と一緒に頂くものを、本当の神様と一緒に頂けるんですもの。
ただ、電子レンジとかで上手く温める自信がないので冷たいままですけど」
すると神様はいたずらっぽく微笑んでこういった。
「もう、さっき言ったことを忘れておるな。ここはお前さんのイメージの中の世界であるのだから、形も色も味も暖かさも、イメージさえすればその通りにできるであろうよ」
いやだ、何その便利なシステム?それじゃ料理に失敗もないじゃないの。
あ、味音痴ならダメってことか。
「なんかそれ便利ですね。じゃあ用意しますね。お雑煮も作っちゃいましょう」
わたしは再び台所で作業を始める。
餅を網で焼いている間に、おせちをイメージの電子レンジで温める。
じゃあ、餅を焼くのもイメージでいいんじゃない?
出来上がりをイメージで作っちゃえばいいんじゃないの?
と、思いはしたものの、どうやら作り方を覚えているので、なかなかそれをすっ飛ばして完成した形をいきなり発生させるなんてことが出来ないようなのだ。
でも、おせちとお雑煮を完成させて、神様と一緒に食べて、その先はどうなるのだろう?
わたしは死んだのだ。その先に、この長閑な時間の延長は存在していないんだよね?
子供の頃には、人間は死んだら閻魔様の裁きをうけて、地獄や天国に送られるんだと聞かされていた。じゃあ、この老人がその閻魔様なのだろうか?
ふと振り向くと、神様は鼻歌交じりでおせちの出来上がりを待っている。
おせちと雑煮を完成させて、とり皿と箸をもってテーブルに向かうと、そこにはソファーとテーブルは無く、大きめのこたつがセットされていた。
おせちを取り分けようと箸を構えると
「やるやるー。何だか面白そうじゃ。わしにやらせてー」
まるで子供である。呆れて見ていると
「この黄色いのは何?こっちの黒いのは?」
と、質問攻めがやってきた。
「黄色いのは栗きんとん。黄金色なので豊かな年になるように。黒いのは黒豆です。まめっていうのは健康にってことですよ。健康でよく働けるように。小魚のは田作りで五穀豊穣を願って、鯛は『めでたい』にかけて、昆布巻は『喜ぶ』。おせちに入っているものには意味があって、全部縁起担ぎなんですよ。」
「なるほどなぁ」
「神様なのに、知らなかったんですか?」
「わしは年神さまとやらではないし、人間が思う神の姿などバラバラであろう?
いま見えているこの姿も、話し方も、お前のイメージが作った形にすぎぬ」
「じゃあ、神様って声も姿も無いんですか?」
おせちを美味そうに食べながら、何を言っているんだか・・・。
「神はな・・・・」
そういうと、雑煮をちょっとすすった。
「形とか姿とかに決まりはない。なぜならもっと本質的なものだからじゃ。
世界中の神の姿が、日本人に似て、日本語を話すわけがないであろう」
そう言い終わると、今度はおせちを食べる手が止まらないようだ。
やっぱり、おせちって神様の好物なんだろうか。
「ねえ神様?」
「何じゃ?」
神様はこっちを振り向きもせず、せっせとおせちをつついている。
「きんとんや黒豆は、甘いのでコーヒーとも合うんですよ?」
「何じゃと?(キラーン!)」
振り向いた神様の目が輝いているように見えたのは気のせいだろうか?
すると、残っていたコーヒーを神通力で増量したのか、先程のカップにも手をつけコーヒーを飲みながら黒豆をつつき始めた。
「ほう!これは、豆と豆で相性がいいのか、非常に美味いなっ」
「でしょう?」
神様と名乗る老人(もう、ただの老人としか思えない)は、なおも箸が止まらないようだ。
何だこいつ?神様って、もっと威厳があって崇高で、恐れ多いものじゃないのか?
これじゃただの、ゲンキンな調子のいいジジイである。
なんだか、うちのお爺ちゃんと普通に茶のみ友だちでも不思議じゃないような気がしてきた。もしかしたら、これは不思議なセットで、私はまだ騙されているんじゃないだろうか・・・。
まあ、いいや。相手が油断しているうちに本題をぶつけてやるか。
「コーヒーと黒豆なんて、お国は全然違うんですけどね。だから神様も国なんか関係なくて、すごく忙しい方なんだと思うんですけれど、今日は何の用事で私のところに来てくださってるんでしょうか?わたしは、このあとどうなるのですか?」
すると神様はニヤッと笑ってこう言った。
「そうだ、お前の口からそれを問われるのを待っていたよ」




