それはある年の終わり
うっしゃー!仕事終わったー。
帰って寝るー
何が面白くて年末まで仕事をしなきゃならないんだか。
もうお正月の準備をしてあるしー。帰ってテレビみて、年明けたらあけおめメール打って・・・
そして、三賀日は引きこもってやるんだ。おせちも一人用を通販で頼んであるんだもんねー。
だが、その予定は実行されることはなかった。
背後がなんだか騒がしい、バタバタと落ち着き無く人が動き回ってる音が聴こえる。
渋谷なんか年中ひとだらけで騒がしいから、気にすることもないかと思い、そのまま自宅に向かって歩いていくと。背後の物音が近くなってきた。
「キャー!こ・・殺さないでー」
「誰か助け・・」
「逃げろっ!逃げるんだ」
(え?何が起こっているの・・・・?)
後ろを振り向こうとしたが、それより早く背中から熱いものを押し付けられたような感触・・・。
熱いっ!いや違う痛いんだ。わたし刺されたの?
そしてそれは1回では終わらなかった。
前に倒れたわたしに、多分馬乗りになっているんだろう。
ひゃっひゃと気持ち悪く笑いながら、そいつはザクッ!ザクッ!と繰り返し刺してきた。
ああああああっ痛い!痛い!痛い!
苦しい!苦しい!苦しい!
もう、身体が痺れて手足を動かすことも出来ないのに、そいつは手を止めない。
「何だ、背中からじゃ骨にあたって気持ちよく刺さらないじゃねーか」
そういって、私の身体をひっくり返そうとしたときに、
「お前っ!何をしている。やめないか!」
という声が聞こえ、そいつは私の背中から引き剥がされ、多分だけど警察にでも連れて行かれたのだろう。なんで多分かって?そのまま意識が途切れてしまったので、その後のことは知らない。
結局、誰に何のために刺されたのかもわからないまま、私の命はきっちり年末に終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
真っ暗な闇の中、不思議と意識ははっきりしていた。
痛みは既に無い。痛みどころか、身体の感覚が一切ない。
痛みや苦しみの感覚から開放されたことで、少し気持ちが落ち着いてきている。
わたしは死んでしまったのか?
死ぬとはこういう感覚なのか?
死ぬとお花畑が見えるとか、河を渡るんだとか、そういう設定はどこに言ったのだろう。
三途の川も閻魔様も、実は存在していなかったのか。
それにしても、何であのときもう少し早く振り返らなかったのか。
今更ながらに激しく後悔した。こんなに意識がクリアなら、顔さえみていれば化けて出てやることくらい出来たかも知れないのに。
「そうか、そりゃあ残念なことをしたのう」
目の前には白髪の老人がいた。
いつの間にか辺りから暗闇は消え、わたしは○リー・○ッターの映画の中に出てくる校長先生の部屋のようなところにいた。校長先生の部屋に白髪の老人。ここは魔法学校ですか?って突っ込みたくなるような状況だ。
「ほほほ すまんのう。お前さんの記憶から、一番それらしいものを選んでみたのだが、お気に召さないかね?」
「いえ、そんな事ありません。なんか自分が映画の中に入ってしまったみたいで・・・・あ」
さっきまで身体の感覚は無かったのに、声が出た。
気がつくと、私はソファーに座っていて、刺されたときと同じ服を着ている。しかも、その服はベッタリと血で汚れている。ぬらぬらと光っている。
「あ、ごめんなさい!ソファーが汚れちゃう」
慌てて立ち上がろうとする私を老人が制止した。
「いいんじゃよ。ソファーには血はつかない。その血はお前さんが考えている自分の今の姿だ。だから椅子を汚すことは出来んよ。まずは慌てず『わたしはこの世界では刺されていないし無傷だ』とイメージしなさい」
わたしは目をつぶり、頭の中で言われたとおりイメージしてから、そっと目を開けた。すると、服の汚れも傷も消え、刺される前の姿に戻っていた。
「ふむ」
老人は片目を開け、ちらりとわたしを見た。
「面白いのぉ。お前さんにはもう瞼も脳もないのに、それでも目をつぶり、頭で考えようとする。まだ生前の感覚を捨てきれていないということじゃな。
よろしい。ではこうしよう。」
老人が指をパチンと鳴らすと、校長先生の部屋の片隅に台所が出現した。
なんと、私の部屋の台所だ。
「じゃあ、まずは美味しいコーヒーでもいれてもらおうか。気分を落ち着かせるために」
「わかりました。」
私は、無いはずの身体で立ち上がり、台所に向かった。




