チック賞
草原に九人のプレイヤーが横並びになっていた。各々ストレッチや屈伸をして入念に身体を慣らしている。
手練れの集まりだ。自分こそがトップに相応しいと自負する猛者が一堂に会したことで緊張感はいや増すばかり。一見すると選手一同は気負いのない様子であるが、余裕の表情の裏に隠しきれない闘志をひしひしと感じる。どうやらみんな万全に仕上げてきたな。見応えがありそうだと期待するのと同時、予想が難しくなるのは困りものだとも思う。なんにせよ、贅沢な悩みというやつだ。
「どう見るよ」
「初参加の1番と2番は、申し訳ないけど外させて貰おうかな。期待を込めて先行投資をするのも悪くないと思うけど、それで彼らが勘違いするようなことがあったら興醒めだ。ビギナーズラックが通るほど甘くない。それを学ぶ機会にしてほしいね」
「となると……軸は5番6番あたりか?」
「僕はもう少し踏み込む。7、8番を軸に流そうと思う。新入りが二人いて、かつその並びが近い。荒れるよ」
「どうだかな……俺は手堅く5、6番軸で行かせてもらうぜ」
「まあ、選択肢としてはありじゃないかな」
これは選手同士の戦いでもあり、観客である僕ら同士の戦いでもある。そしてなにより自分との戦いだ。容易くブレてはならない。故に軸。他人に惑わされることなく己の軸を通す。これはそういう戦いだ。
音楽担当がファンファーレを鳴らす。軽快ながらも雄大なアップテンポが囃し立てるように音を連ね、いやが上にも高揚感が増していく。紫電のような緊張感が走り抜けた。僕らは彼らの勇姿に望みを託し、彼らは僕らの期待を背負って駆ける。信頼というものを最も簡潔に示すとしたら、それは投資という形を取るだろう。これはその最たるものだ。
ファンファーレが心地よい残響を引いて天へと昇る。ザッと整列し直した九人が闘争心を剥き出しにした笑みを浮かべた。
1番、コエダメオンライン
2番、フキダマリ
3番、ブッコロスゾー
4番、ウェルカムトゥヘル
5番、ヘンキンソウドー
6番、クソウンエー
7番、ブラッディシャワー
8番、クソゲーバクシオー
9番、キルウララ
天候は晴れ。馬場状態は良。大地の息吹を感じさせる天然芝が風に溶けるようにその身を揺らす。絶好の日和と言っていい。
錚々たるメンバーに囲まれた1番2番がどういったムーブを取るかで結果は変わるだろう。このレースは……荒れる。そんな確信を裏付けるようなスタートだった。
タァンと乾いた銃声が激闘の開幕を告げる。気合が逸って――逸りすぎて、1番と2番が大きく先陣を切った。後先を考えない疾駆は若さの証。吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る。
選手一同が向かう先には鬼が一匹。敵意を察知した鬼がバッと勢いよく振り返り、眼をスゥと細めて彼我の戦力差を素早く分析する。
1対9。勝てない。弾き出した直感に従って鬼も駆ける。スプリンターのように美しいフォームでドヒュンと草原を走破し、どこからともなく駆けつけた仲間と合流していざプレイヤーを返り討ちにせんと牙を剥く。その数はこちらと同じく九体だ。
二対九組。これより幕を開けるは信頼と絆の大一番である。
土煙を上げて駆けつけた鬼と惹かれ合うようにして選手がぶつかり合う。邂逅の先駆けは1番のコエダメオンライン。次いで2番のフキダマリ。血気に任せた先行逃げ切りの構えだ。ハマれば強い。だが危うい賭けの側面が大きい。一朝一夕で為せる型ではないだろう。
いや、だからこそか。常道ではベテランに劣ると判断したが故の奇策。拙速を尊ぶスタイルは嫌いじゃない。僕は二人の評価を上方修正した。
「将来が楽しみな新入りだな」
「そうだね。だけど大切なのは今だ」
「違いねぇ」
評価は為した結果でのみ下される。それが勝負の世界だ。心意気に値札は付かない。価値は健脚で示すほか無し。
選手一同がインベントリから鞭を取り出した。武器であって、それだけにはあらず。鞭は選手とパートナーとを繋ぐ絆が形を成したものだ。1番と2番がパートナーと定めた鬼に対して鞭を振るう。
「グオオォォォ!!」
篤い信頼に応えた鬼が歓呼の咆哮を上げる。よくぞ俺を見出した。意気投合した両者が足並みをそろえて草原を往く。選手は身を翻して逆走。設置されたコースをいの一番に一周すれば最速の名誉を授かれる。
1番と2番はトップで並走。少し遅れて追い付いたベテラン勢は鞭を片手に睨めつけるような視線を鬼の集団に注いでいる。
個体の厳選。モンスターは全員が同一の能力を有しているわけではない。優良な個体を即座に見極め峻別する眼を養ってこそベテランだ。微々たる差はしかし勝者と敗者を隔てる溝になる。追う側に回った今、妥協は許されない。
「貰うぜ!」
3番、ブッコロスゾーが活きの良い鬼に鞭を打つ。ヘイトを買って反転、1番と2番の背を追いかける。
続くは5番ヘンキンソウドーと6番クソウンエー。その少し後を4番ウェルカムトゥヘルと7番ブラッディシャワー、8番クソゲーバクシオーが横並びで追う。
最後尾は9番キルウララだ。残り物には福があるを信条にしたファイトスタイルはイロモノ枠として見られがちだが根強いファンも多い。最後尾は彼の定位置だ。ここからどう動くかに注目が集まる。
まずは第一コーナーを回った。順位に変動は無し。
「ここまでは大体僕の予想通りだね」
「……1番と2番の鬼は意外と速ぇな。これはもしかしたらもしかするんじゃねぇか?」
ふむ。確かに先頭を走るルーキー二人との差が思ったよりも縮まらない。良個体を引いたか。それとも二人の鞭捌きが正確なのか。
選手は適宜パートナーに鞭を打ってヘイトの更新をしなければならない。ヘイトが他の選手に移ってしまった時点で失格になるからだ。
時に足並みを揃えて鞭を打ちつつ適切な距離を保ち、しかし最高速度で駆け抜ける。言葉にするのは簡単だが、それを実行に移すとなると難易度は躙られた土よりも高く跳ね上がるだろう。先行逃げ切りは特に重いプレッシャーがのしかかる。抜かれることを気にするあまりパートナーと距離を離しすぎ、ヘイトが外れて失格になるのは初心者の通る道の一つだ。だがこの鞭捌き……どうやら今の所はその心配はなさそうである。
息を飲む白熱のレースは第二コーナーを回った。団子状態の選手間で細かな順位変動はあったものの、未だに1、2番の先頭は揺るがず。その少し後に3番が着けている状態。どうなる。僕は知れず渇いていた唇をゆっくりと湿らせた。
「そろそろ第三コーナーか」
「仕掛けるなら……ここだね」
3番、ブッコロスゾー。荒々しくも一本気の通ったサシのスタイル。彼がいるから僕は1番と2番は真っ先に選択肢から外した。絶対にブレない脚質は描く予想図に程よく色を添えてくれる。僕は彼に勝利とは異なる成果を期待している。そしてそれは観客たちも同じであるらしい。思いと熱量をこれでもかと込め、無責任に叫び散らす。
「サせっ!!」
「サせオラァー!!」
僕も叫ぶ。
「ブッサせえッ!!」
声援を一身に浴びたブッコロスゾーが嗤う。ギュンと一駆け。来た、来た、行けッ! させッ!!
「おぉォォらあァァッッ!!」
刺した! インベントリから剣を取り出したブッコロスゾーの刺しがキマったッ!!
前だけに意識を向けていた2番フキダマリの背に突き立つ一刺し。油断する者から脱落するのが勝負の世界。動きが鈍ったフキダマリはパートナーの鬼に叩き潰されて死んだ。まずは一人リタイア。
「ヒュウ! 鮮やかだねぇ!」
「名は体を表す。文句無しだ」
並走していたフキダマリが脱落したため、コエダメオンラインが警戒の眼差しで後方を注視する。近付かれれば危険だ。だが距離を離し過ぎればヘイトが散って失格になる。ヘイトの更新はいつ行えばいい。考えることがあまりにも多すぎてタスク処理の限界を迎える。それが先行逃げ切り型の大きすぎる弱点。晒した背中は的になる。真剣勝負の世界には情けや容赦が割って入る余地は無い。濁った悪意の奔流に足を掬われた者から転がり落ちて消えていく。
それはベテランだって例外ではない。
「か、は……ッ」
ブッコロスゾーもまた隙を晒した獲物の一人。常に好戦的な姿勢を崩さない彼は刺しつ刺されつの展開になりがちだ。
凶手を振るったのは6番クソウンエー。ここを勝負の際と見定めたのだろう。流れるように淀みなくコーナーを曲がりながらの一刺し。勢いそのままにコエダメオンラインの背を視野に収める。順位が大きく変動してきた。やはり、荒れたな。
「クソがッ! 誰かしら死ねェーッ!」
そしてもう一波乱あるらしい。致命の傷を負って取り残されたブッコロスゾーが持っていた剣を投擲した。団子状態の選手へと凶刃が迫る。まずい。当たるな! 7番と8番には当たるなッ!!
「ゲェーッ!」
一念、天に通ず。
4番ウェルカムトゥヘル、痛恨の被弾。もつれた脚の赴くままに芝生を転がったウェルカムトゥヘルはパートナーに不甲斐なさを咎められるかのように叩き潰されて死んだ。ブッコロスゾーも満足そうな顔で死んだ。これで計三名がリタイアだ。
「第四コーナーまでそろそろだぞッ!」
「日和ってんじゃねぇ! もっと刺せッ!」
「刺せェーッ!」
会場の熱気は最高潮を更新し続ける。第四コーナーを曲がってからゴールまでの直線では刺しは禁止。純粋な脚力での勝負となる。故に決めるならここだろう。
現在の順位は
1番、コエダメオンラインがトップ
6番、クソウンエーがそのすぐ後ろを追い
5番、ヘンキンソウドーが中間をキープ
7番、ブラッディシャワーと
8番、クソゲーバクシオーが虎視眈々と上位を狙い
9番、キルウララは少し遅れて付随する
いい。良いぞ。冷静だ。7番と8番は古豪の練達。焦りがない。ヘンキンソウドーが顔を歪めている。追わねばならず、かつ追われるポジション。板挟み。極限の状況下で昂ぶった精神はふとしたことで燃え上がる。僕らはただ、そっと火種を落とせばいい。
「刺せ」「刺せ」「刺せッ」「刺せーっ!」
ひび割れんばかりの刺せコールに背を押されたヘンキンソウドーが風と化す。勝負際に差し掛かる前のスパート。その行きかけの駄賃とばかりに目障りなクソウンエーをその手に掛けた。これで残るは五人。
「クソがッ!」
5、6番軸を組んでいた隣のレッドが夢破れた失意に声を荒げる。そんな罵声も直ぐに歓声で上書きされて消えた。悲劇も喜劇も一緒くたに煮込んでぶち撒ける。それが鬼レースである。
第四コーナーに差し掛かった。ここから先は刺しは封印される。要求されるのはテクニックと駆け引き、そしてパートナーとの信頼だ。
鞭を打つ音が響く。仕掛けたのはキルウララだ。速度を上げたが故に大きく膨れ上がった選手一同とは逆行するように敢えて速度を緩め、他選手のパートナーの眼前を横切るようなアウト・イン・アウト。凶悪な戦法。ヘイトの撹乱だ。
「出た! キルウララの寝取り戦法!」
彼が好んで最後尾を陣取るのには訳がある。彼の二つと無い趣味は、第四コーナーを曲がり終えて後は直進だけと油断した選手のパートナーを寝取ること。他選手のパートナーに直接攻撃するのは出禁処分の厳罰を課されるが、目の前でウロチョロすることで目移りさせるのは立派な戦略として成り立つ。
先行逃げ切り型の弱み。独りよがりな走法は、ややもすればパートナーに愛想を尽かされてしまうのだ。
1番、コエダメオンラインがハッとするももう遅い。絆を育むことを怠った結果、パートナーだったはずの鬼がカクンと進路を変えた。ヘイトの喪失。即ち、失格。
「1番、アウト!」
審判は公平だ。故に無慈悲である。
独走状態だった。独りで、走っていた。それが敗因だ。
失格を言い渡されたコエダメオンラインが速度を落とし、やがて芝生の上で立ち尽くす。打ち拉がれる彼を置き去りにするように選手一同とそのペアが駆け抜けていった。惨めな己を殺してくれるパートナーは、もういない。
残るは四人。
キルウララのヘイト撹乱に合わせて速度を落とし、鞭を打ちに戻った古豪の三人が再びのスパートをかける。横並びだ。団子状態。
クソゲーバクシオーが頭一つ抜けたか。しかし追い縋るようにブラッディシャワーがピッチを上げてきた。良いぞ。良い。行けッ! このまま二人で突っ走れ!
だがヘンキンソウドー……! ここ一番の粘り強さ! SNSでパンデミックのように広がる返金騒ぎのような苛烈さで迫る。鎮火は容易ではない……ッ!
キルウララも黙っていない。昼行灯のフリをして、しかしその本性は悪辣な一本芯でレースを掻き乱すレース場の死神。ヒタヒタという死の足音がすぐ後ろまで迫っている……!
差が開かない……っ! どうなる!? ブラッディシャワーが落ちてきた! おい! おいッ!! 気張れよ!! お前が負けたらここら一帯に血の雨を降らすぞオラッ!! 根性見せろッ!!
ゴールは目前。抜きつ抜かれつ。人鬼一体となった四人が鍔迫り合いのように火花を散らす。
「勝てッ! ヘンキンソウドー!」
「キルウララ! 散々っぱら引っ掻き回しておいて無様に負けんじゃねぇ!!」
「ブラッディシャワーァァァァ!!」
「クソゲーバクシオー! このゲームの代名詞を背負っておいて負けんなよ!!」
会場の熱気にあてられて叫ぶ。意味を成さない言葉の羅列は、しかし強烈な後押しとなって選手のケツを引っ叩く。グンと勢いが増す。会場の期待と信頼を背負った四者、一斉にゴールイン。ほぼ横並びだ。結果は一目で分かるものではない。
「ビデオ判定!」
共有モードで拡大出力された録画映像に注目が集まる。
ゴクリとつばを飲む音。力み過ぎてクシャリと投票券を握りつぶす音。発信源はどこだと思ったら僕だった。大きく息を吐き出して呼吸を整える。
スロー映像が流れていく。横並びに見えて、しかし微々たる差が生じていた。整えた呼吸が早くも荒れていく。来た。来たッ。着順は――――
「ウオオアアアアァァァァァァッッ!!」
「クソがッ! クソがーッ!」
「バッッキャローがよぉぉぉっ!!」
「死ねっ! 死ねッッ!!」
「フゥゥゥゥオオオオオォォォォォォ↑↑」
狂ったように叫び散らす群衆を前に僕は既にシワだらけの投票券をさらにクシャリと握り潰す。手が震える。
着順――7、8、9
僕はにこやかな笑みを浮かべた。
大当たり……!!
※作者は競馬エアプです。でも、実際の競馬も多分こんな感じだと思う




