レイドボス
NGOにはパーティーを組むという機能は存在しない。パーティー申請という分かりやすいチーム分け方法がないのだ。
しかしながらこのゲームではプレイヤー四人で組んで狩りを行うことが半ば常識として定着している。三人でも五人でもない。それは何故か。
一つは必中攻撃の存在だ。
都合三発放たれるそれは、ソロ排除用のシステムだとか極まった廃人が無双するのを防ぐための措置だとか言われている。このゲームのガン細胞として名高い仕様だ。
低レベルを問答無用で即死させる理不尽仕様なので、ソロは勿論三人パーティーでも仲良く全滅することになる。犠牲を容認してでも先に進むためには四人でパーティーを組むことは半ば必須条件だったのだ。その名残が根強く残っているのである。
そしてもう一つの理由。なぜ五人以上では駄目なのか。
答えは簡単だ。モンスターが仲間を呼ぶのである。
五人以上のメンバーで攻撃を加えようとすると、数的不利を鋭敏に悟ったモンスターは即座に撤退。数を三倍にして戦力を整えた後に戻ってくる。ゴミのような仕様だ。
ならばこちらはもっと数を揃えればいい。そう思って十人で挑むと三体のモンスター達は即座に撤退。数を更に三倍の九体にして蹂躙を開始する。こうなると熟練プレイヤーでもヘイトコントロールをミスって普通に死ぬ。
『検証勢』の検証によると、4の倍数+1のメンバーで挑むとモンスターが仲間を呼ぶらしい。五人から八人で挑めば相手は三体。九人から十二人のメンバーで挑めば相手は九体。そして十三人から十六人で挑めば相手は二十七体だ。どうやって勝てと?
一時期、交戦中のパーティーに横殴りをして敵に仲間を呼ばせる嫌がらせが流行したことがあるとか。従来のMMOとは比較にならないほどのデメリットを抱えているため、横殴り嫌がらせ連中は念入りにリスキルしたあとに簀巻き放置するのが通例であったと聞く。ゴミを黙らせるために編み出されたのが現在も使われている簀巻き法なのである。
以上のことからNGOでは四人で組むのが常識、というよりはそれ以外の選択肢が無いのだ。極まった廃人はあえて八人パーティーを組んで鬼の乱獲をするらしいが一般人には到底縁のない話。パーティー機能自体はないものの、システムがそう推奨しているので四人組を便宜上パーティーと呼んでいるのである。
さて、そんな苦楽を共にする頼もしいパーティーメンバーはこちらの三人。
廃人ギルド『先駆』のリーダー、あ。押しも押されもせぬ廃人である。
アイテム倉庫用に作ったサブアカウントのようなふざけた名前や適当な容姿からは想像も出来ないガンギマリムーブで今日も廃人の在り様を示す。
ただでさえ高いVR適性に加え、ラグスイッチという意味の分からないバグのような技を使うことで狩りの効率を上げて何処までも突き進んでいくレベル上げマシーンだ。今回の僕はそのおこぼれに預かる形になる。
僕という足枷を嵌めたうえでどこまで高く跳べるのか、それが今回の狩りの成否を分けるだろう。頑張って欲しいところである。
職業はオールラウンダー。
廃人ギルド『先駆』の二番手、シンシア。今日は配信をしていないため、いつもの嘘くさい演技をオミットしている。
彼女と『先駆』はビジネスパートナー的な側面が強い。彼女は自身のパーソナルに商品価値を付けて廃人連中に売り込んだ。これを買い上げた『先駆』は彼女の腕とキャラクターを有効活用。シンシアは二番手の地位に収まることとなった。
最近、待遇改善のための大規模なストライキを起こしたが後に和解。どうやら良好な関係を維持できているようである。
そんな彼女のもっぱらの悩みは配信視聴者層が変わってしまったことだとか。濃密な闇を見せつけられたシンシアリスナー純情派は脱落。代わりに一癖あるリスナーが流入してきたらしい。
罵ってほしいというコメントが気持ち悪すぎると言われても僕は知らないよ。自分のリスナーは自分で飼い慣らすといい。
職業はオールラウンダー。
廃人ギルド『先駆』の三番手、フレイヤたん。堂々とロリコン宣言をして憚らない鋼の心臓の持ち主だ。
成人男性のふくよかボディに水色ツインテールのロリフェイスを乗っけた現代のキメラである。
性癖の影をチラつかせたネタキャラと侮るなかれ、その実力は折り紙付きだ。ノルマキさんとシンシアとの戦いで敗北を喫したことで奮起、一層鍛え直したことで身体のキレが増したらしいが僕には判断がつかない。
なお、シンシアにボロクソ言われたことが切っ掛けで口数が増えた。戦闘以外の雑事にも携わるようになったとか。外見と性癖の主張が強すぎるだけで意外と常識人なのだ。多分。
職業はオールラウンダー。
討伐対象は草。範囲薙ぎ払い、ノーモーションの地中攻撃、範囲デバフ、無視厳禁の分身などのゴミ戦法を恥ずかしげもなく搭載したクソモンスだ。
開発はプレイヤーに親でも殺されたのか? そう勘ぐってしまうほど悪意が濃縮されたモンスターに鬼すらろくに倒せない僕が挑む。はてさて、何の因果でこんなことになったのやら。正直、僕はこのゲームの戦闘要素にはちっとも魅力を感じていないというのに。
「お前には分身の処理を頼む。使うのは中型だ。大型は私達を巻き込む可能性が高い。分身の体力は低いから中型でもやれるはずだ」
「なるほど」
「まずは私達がヘイトを引き付けて複数の分身を発生させる。然る後に後ろで控えてるお前に分身をなすり付けて高速で離脱する。そこでお前は中型を起爆して一網打尽。ヘイトが向いて根の槍を食らうだろうが、そうしたら食らいポーションで命を繋げ。分身を倒せば戦闘に参加したと見なされて経験値が入るだろう。それを繰り返す」
「なるほどね」
このゲームには手放しで賞賛されているシステムが少ないながらも存在している。それが、寄生防止システムだ。
NGOでは一発だけ攻撃して後は観戦する、といった行為は戦闘に参加したと見なされず、アイテムや経験値を取得することが出来ないのである。基準は定かではないが、与ダメージの他に『戦闘に参加するという意思』が必要なのだとか。
お決まりの脳波である。もはやブラックボックスと言っていいそれは悪しき風習である寄生行為の横行に終止符を打った。
人というのは自分が苦労しているのに同じ立場の人間が楽をしているとムッとなるものだ。重いものを複数人で運ぶ時、明らかに手を添えているだけのやつに腹が立つのと理屈が似ている。狡い抜け駆け行為はたちまち非難の的と化す。それを極力まで排除したシステムは概ね好評を博している。身内でのパワーレベリングができないという理由で廃人達からは不評のようであるが。
まあ彼らは私情とかを差し挟むようなステージに立ってないからね。スタンプハメの時も、自分達が苦労して狩ったのにズルするな! などと言わず、むしろさっさとこっちへ来いと言わんばかりに協力していた。価値の尺度が違う。それでこそ廃人だ。
「中型準備! 五、四、三……」
そうこうしているうちにお膳立てが整ったようだ。シンシアのゼロという掛け声に合わせて僕は指を打ち鳴らして中型を起爆。分身を爆殺することで貢献する。介護プレイに見えなくもないが……むしろ僕にこれ以上の活躍を期待されても困る。
【踏み込み】と【空間跳躍】が使えないというのはそれだけで詰みだ。僕がこのゲームの戦闘に魅力を感じない理由である。足切りの対象が広すぎるでしょ。戦えないなら生産でもしとけというスタイルが気に食わないよね。僕は指を打ち鳴らした。
点火一秒。爆炎が華と咲く。
爆発までのタイムラグまで視野に入れた指示だ。さすがは廃人。ここまでされるともはや畏敬の念しか湧いてこない。僕は根の槍に吹き飛ばされた。
くるくると舞いながらポーションを使う。いつだったかの岩玉討伐の時に取得した食らいポーションのスキルだ。僕は唯一インベントリ操作だけは上手いと廃人達から太鼓判を押されている。なんか大して嬉しくないよね。僕は地面に叩きつけられた。
「定位置に戻れ! 次行くぞ!」
シンシアに促されるまま僕は定位置へと移動する。流石というべきか、廃人達はすでに草を取り囲んで準備を終えていた。
あれだけ動ければさぞ楽しいことだろう。毎日毎日同じモンスターを狩っていてよく飽きないものだと言いたいが、戦闘職は戦闘職で日がな一日部屋にこもっている生産職に対して似たような感想を抱く。
僕らは根本のところで相容れないのかもしれない。悲しいね。僕は指を打ち鳴らした。
▷
二度目の必中攻撃がフレイヤたんに炸裂した。即座に体勢を整えて討伐を続行する。そこには一糸の乱れもない。
当初の心配はどこへやら、なんとも呆気ないことに僕は指を打ち鳴らすだけでこのまま終わりそうである。これなら逃げ出さずとも何とかなるかもしれない。
これが廃人の本気か。荒肝をひしぐような空恐ろしさを覚えつつも、これでレベルが上がるならばそれに越したことはないという安堵も抱く。キャリーという表現は正に、である。僕はひたすら上へと運ばれているだけだ。楽ではあるが……これでいいのかと思う気持ちもある。言っても詮無きことか。僕は合図に従い指を打ち鳴ら――――
ん? あの分身、明らかに中型の爆発範囲外じゃないか? 今起爆したら失敗しない?
やれやれ、廃人にもミスがあるということか。仕方ないな、ここは僕が華麗にフォローしてあげるとしよう。僕は廃人連中も人の子なのだなと再認識しつつ機を伺った。
「ライカンッ!? そいつはッ!」
焦ったようなフレイヤたんの声。何をそんなに慌てているのか。分身はまだあんなに遠くに――眼の前に藁人形の分身がいた。
いつの間に? ……瞬間移動持ち? いやまさか……そんな悪辣なことする? ……ここのクソ開発ならやりかねないな。
しまった……機械である彼らの判断を疑うべきではなかった。これは僕のミスだ。僕は分身に取り憑かれた。
「お? おおっ?」
身体の制御が利かない。口は動くものの、肉体が意識から切り離されたかのように勝手気ままに動く。機敏な回転。身を翻した先に居るのは廃人達だ。両の眼が彼らに照準を合わせる。完全に乗っ取られちゃったよね。僕はもう成り行きに身を任せることにした。
それは信頼だ。廃人達なら僕のことくらい簡単に止められるでしょ。彼らなら僕をキルしてレッドネームになったところで一日くらいなら平気なはず。そう思っていたのだが……何やら雲行きが怪しい。
「救援要請」
「ッ! はい!」
「了解……!」
あっさんの指示で脇に控えていた二人が街の方面へと駆けていく。何故? 反射的に首をそちらに向けようとするも、肉体の制御が利かないということを忘れていた。視線は一人残ったあっさんに釘付けになっている。
あっさんは気怠げな目をほんの少し見開いた。双眸に剣呑な光が宿る。Pモードだと? どういうことだ?
「……草に操られたプレイヤーの身体能力が何に依存するか」
僕の両足に得も言われぬ感覚が宿る。これは【踏み込み】だ。脚力強化のスキル。
「パーティー内で最もレベルが高い戦闘職だそうだ」
徐々に視点が下がっていく。極端な前傾姿勢。それは高レベルのプレイヤーやレッドネームが好んで使う高速戦闘の構え。それを、いま、僕がしているのだ。
「レベル20の戦闘職の身体能力に、悪辣な行動アルゴリズムが組まれたAI。加えて最適な思考ルーチンの構築」
ダラリと下がっていたあっさんの腕が持ち上がる。剣の切っ先は僕の額へ。それは殺害予告だ。すなわち、敵であると認めたということ。
「勝てるビジョンが見えないのは……初めてだ。だが逃げるのは性に合わない。……草に操られたプレイヤーの強制ログアウトペナルティは五日間になるが……今日は折れてもらえないか?」
「強制ログアウトは……したくないかな。まああれだよ、なんとかして?」
「無茶を言う」
一陣の風が吹く。両者の視線を遮るように花弁が舞う。
そして僕はギュンと踏み込んだ。
▷
大型爆弾百二十発。中型爆弾六十八発。小型爆弾八十五発。花火玉七十三発。
全ロスト。
肉体の制御を失った僕は廃人達を相手に暴れ回った。
愚直に切り掛かってくる者にはカウンターの起爆。様子見を決め込むようならば【踏み込み】で爆殺圏内へと潜り込んでから起爆。爆殺圏外からの遠距離狙撃は【空間跳躍】で悠々回避。なかなかのクソゲーを押し付けて廃人達を血祭りにあげた。
草に乗っ取られたプレイヤーをキルするには囲んで叩くのが手っ取り早い。だが、囲むという戦術が使えないという時点で攻略難度が冗談のように跳ね上がったのだとか。
ならば草を倒そうと試みても無駄だった。開発の汚泥のような執念の籠もったクソAIを搭載した草は即座に僕を呼び付け起爆で廃人を一掃。八方塞がりであった。
草に乗っ取られたプレイヤーを放置すると手近なプレイヤーを襲う狂戦士と化すため放っておくこともできない。渋々対処していたが、あまりにも埒が明かないので廃人は街へと一時退避して作戦を練ることにした。
すると僕は草に操られるまま草原を走破。見かけたプレイヤーを順次爆殺しながら導かれるように街へ到達。流れ作業のように外壁を爆破し始めた。
蜂の巣をつついたような大騒ぎの開幕だ。
プレイヤー総出で僕をキルしようとするものの爆発に阻まれて思うように事が運ばず。そして草を集団で倒そうとしたプレイヤーが居たため仲間を呼んだ草が大繁殖。軽い地獄が展開されることとなった。
そこからはもう何が起きたのか分からない程の乱戦が繰り広げられ、気がつけば街の五分の一程が更地と化していた。
どうする。どうすればいい。どうしようもなくね?
そんな諦念が広がりかけたところで僕の爆弾は尽きた。呆気なくキルされた僕は正気を取り戻して今に至る。
残った大量の草と操られたプレイヤー達は街を破壊する手段がなかったため街の外で立ち往生。十分もすると諦めたかのように草は消え失せ、操られていたプレイヤー達は唐突に死亡してリスポーンしたという。これが今回の事件の顛末だ。
非常に心残りだったのは、藁人形に取り憑かれた時点で死亡判定が適用されていたのか知らないが、あれだけのプレイヤーを倒したのにレベルが一つも上がらなかったことだ。完全に無駄骨である。
今回の教訓は、やっぱりズルは駄目だってことだね。小さなことからコツコツと。キャリーで美味しい思いをしようってのが間違いだったんだ。僕は失った爆弾を補充しながら、そうしみじみと痛感したのであった。




