【一世一代】をゲットせよ
一部界隈から【一世一代】というスキルは可能性の塊なのではないかとの声が挙がっている。
このゲームは非常に性格の悪い設計がされていることで有名だ。チュートリアルが無い。物語の導線が無い。用意されているシステムについての詳細な説明が無い。
不親切を突き詰めたらこうなるという見本市がこれでもかと広がっている。ゲーム開発をするにあたっての悪いお手本としてこれ以上のものはそう無いだろう。
極めて好意的に解釈するならば、開発や運営は恐らく未知の体験を提供したかったのだと察せられる。手探りの状態で未開の土地を冒険。言葉にすればなんとも魅力的な響きだが、ゲームとして最低限の体裁を保っていないというのはストレスでしかなかった。未知を解き明かす楽しさよりも不便を被る苛立ちが勝っているのだ。コンセプトとしては大失敗の謗りは免れない。
ユーザーに物を売ると見せかけて喧嘩を売っているこのゲーム。運営が用意した悪意に対してプレイヤーがどう応えたか。単純だ。人海戦術による総当たりである。
このスキルは使えるか否か。敵に使用した際の効果の程は。経験値テーブルはどうなっている。解放された機能の詳細はどういったものか。
『検証勢』とプレイヤー達による血の滲むような努力の末に様々なシステムの謎が解き明かされてきた。中でも特に悪辣とされているのが新エリア開通方法だ。ノーヒントなのである。
森の奥にある不自然な蔦の柵を剣士のスキルで斬り裂くことで毒沼エリアが開通した。
草原の奥にある不自然な花を園芸家のスキルで育成することで花畑エリアが開通した。
山の麓にある不自然な岩塊を採掘師のスキルで打ち砕くことで鉱山エリアが開通した。
鉱山エリア奥にある不自然な岩盤を大型爆弾で爆破することで鉱山最下層が開通した。
新エリア開通という一大イベントがノーヒントというおぞましさ。引退の勢いが止まらず、限界集落と化したこのゲームでは新エリアはもう二度と見つからないものと思われていた。
しかし【一世一代】がそんな懸念を払拭するのではないか。『検証勢』並びに廃人達はそんな見解を示した。
根拠として挙げられているのは大型爆弾で開通した鉱山エリア最下層の造りだ。最下層開通のおかげで鉱山資源が潤沢に採れるようになったものの、言ってしまえばそれだけなのである。メリットが薄すぎないか。ゲーマーとしての勘がこれで終わりな訳が無いと囁いているらしい。
そしてもう一つ。まあ、決定的な証拠と言っていい。鉱山エリア最下層を塞いでいた例の不自然な岩盤が見つかったのだ。
最下層はクソモンスターである石人形と岩玉ひしめくクソ環境であったため、廃人以外はめったに近寄らなかった。しかし昨今のクソスポーツブームで素材が入り用になったため『食物連鎖』の面々が死亡覚悟のゾンビアタックを敢行。プレイヤーの一人が岩玉渾身の爆発に巻き込まれた時、近くの岩壁がボロリと剥がれて岩盤が出現したという。
これを知った廃人は僕の家に襲来。脅すような勢いで僕から大型爆弾をひったくり最下層へととんぼ返り。すぐさま起爆した。
なお結果はお察しのとおりだ。もしも成果があったなら今頃は祭りになっている。クソスポーツ民への奉仕をやめて皆一斉に新エリアへと群がるだろう。そしてレッドネーム連中のテンションが上がって殺し合いになるはずだ。間違いない。
そうなっていないということは、まあそういうことだ。成果なし。だが諦めきれない廃人達は次の策に打って出ることにした。それが【一世一代】で強化した爆弾による新エリア開通案だ。
ドブ川のように濁った目がヌッと迫る。
「レベルを上げろ」
ということである。
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もはや恒例となった米俵式運搬術で拉致られた僕は花畑エリアで立ち尽くしていた。
レベル上げという名目で連れてこられたこのエリア。跋扈するモンスターは藁い草、通称草だ。奈落へ遡る砂時計事件で乱獲して以来の対面となる。
一手のミスでペナルティを負いかねないという極悪な要素を持つ相手だ。スタンプ処理落ち戦法が使えない今、僕が真っ向勝負を挑んだら十秒でポリゴンになる自信がある。だが廃人連中は僕にあれを狩れと仰せだ。簡単に言ってくれるもんだよね。
だから僕も言ってやったのだ。確実に足引っ張るから僕抜きでも勝てるくらい安定してないと厳しいと思うけど大丈夫なの? と。
侮蔑を込めたつもりは無かった。しかしよくよく振り返ってみれば、試すような発言と捉えられてもおかしくなかったのだなと思う。それは礼を失する行為だ。逆鱗をヤスリで整えるようなものであった。
廃人は、廃人であるがゆえに、廃人なのだ。
「ピーフォー、シク、イレ。シク」
「フォー」
「イレ」
「ケー」
極限まで簡略化されたコミュニケーション。ピーとはPのことであるらしい。草の分身には行動パターンが十六通りあって、初動で見極めて早期に潰すことが肝心なのだとか。
バッと散開した廃人が出現した分身に迫る。小さく素早い敵の動きを、パターンの先読みと変態挙動で軽々と凌駕し刈り取っていく。何もない空間に剣を振るったかと思ったら分身が飛び込んでくるという光景は何かの冗談のようだ。
高度に洗練された連携が織りなす狩りは綿密で周到な計画に基づく演劇を見ているようだった。まるで打ち合わせたかのように、予定調和であるかのように各々が役割を遂行して舞台がまわる。
シンシアの突きを受けた藁い草が雑なモーションで甲高い声を上げた。都合三度目の必中攻撃だ。
原理不明の謎攻撃を受けたシンシアが宙を舞う。すかさず追撃が見舞われた。槍の穂先のような鋭さを持つ木の根が天を目指すかのように林立する。今の体力であれに貫かれたら死亡は必至。この狩りは危うい均衡の上に成り立っている。一人でも欠ければたちまち総崩れとなるだろう。
中空で交差する影。フレイヤたんだ。
視野の広さと咄嗟の機転に定評がある彼は何でもそつなく熟してみせる。すれ違いざまにポーションを振りかけた彼は伸びた木の根を足場に地上への道を駆け下りた。
体力が回復して肉体のパフォーマンスが戻ったシンシアも追従する。槍衾のように迫りくる穂先を【空間跳躍】で躱して根に接地。【踏み込み】の連続使用で跳弾のように爆ぜながら駆ける。一手でも損ずれば終わりの綱渡りを一切臆することなくやってのける様は熟練の軽業師を思わせる。
廃人の成長は青天井。窮地に立てば立つほどノウハウを蓄積して己の格を更新し続ける。危機の中に好機を見出し、か細い可能性の糸を力強く引き寄せた上で勝つ。
言葉にすれば物語の主人公に抜擢されそうなものだが、人間味を感じさせない意思疎通方法と機械じみた体捌きが彼らから主役としての適性を剥ぎ取る。昆虫じみた狩りの様を見た者は声援よりも悲鳴を上げるだろう。廃人の二文字が背負う業は、まこと悲しいことに見映えしないものなのである。
だが、彼らはオンラインゲームの中では一廉の存在足り得る。是非や賛否の矢面に立つ。世界は彼らを中心にして回る。嫉妬や羨望、悪罵の声に晒されながらも、より大きな期待を背負って立つ。それは正しくヒーローの在り方だ。
あっさんが藁い草の正面に立つ。小刻みに微振動する眼。定点を見つめていない。全ての分身体を視野に収めた上で初動からパターンを割り出すためだろう。
控えめに言ってグロ映像であるが、それが効果的ならば躊躇わないのがあっさんという存在だ。人として成立する閾値の限界を攻めるプレイングに思わずため息が漏れる。底が知れない。良い意味でも、悪い意味でも。
「ピーワン、スリー、エイト。エイト」
「ワン」
「スリー」
「ケー」
バッと散開。これが彼らの見出した最適解なのだろう。
適度なダメージで分身を誘発。猛攻を掻い潜りながらこれを処理。ミスなく繰り返せば討伐完了だ。
高度に発達した科学は魔法と区別がつかないというが、僕にはもう目の前の三人がチートツール使用者との区別がつかなかった。人ってここまで機械のようになれるのかと感心しきりだ。
対人戦では専門の連中に後れを取ることがあっても、モンスター討伐という点に絞ればこれ以上はないと断言できる。そういう次元に彼らはいる。
「ラスト」
「ケー」
ギュンと駆ける影が色とりどりの花弁を散らす。巨大化した腕の薙ぎ払いを三人が必要最小限の動きで躱す。
跳んだ瞬間に上下反転。足を天に向け【空間跳躍】を発動。接地寸前に半回転。勢いを落とさずに駆け抜ける。いつ見ても狂ったムーブだ。鬱陶しい緩急はしばしばハエに例えられるが、まさにと言ったところだろう。
シンシアとフレイヤたんによる全力の連撃。タゲを絞らせないよう激しく動き回りながら交互に攻撃を加えていく。演舞を彷彿とさせる華麗な動きだが、極限の集中状態が生み出す能面のような無表情がどうしようもないほどに昏い陰を匂わせる。そこには底冷えするような熱だけがあった。
分身が凄い勢いで量産されていく。その数、三十は下らないだろう。被ダメージに応じて発生する分身はゴリ押しによる突破を諌めて許さない。
少々ことを急いたのではないか? そんな疑問に対する返答のようにあっさんが跳ぶ。
ラグスイッチ。ブレた剣閃が分身を一纏めに消し去っていく。効率を突き詰めた廃人は一振一殺すら愚にもつかぬと吐いて棄てる。剣を振れば敵が死ぬのは道理であり普遍。そこにそれ以上の結果を求めるのがあっさんという存在なのである。
ここへ来てまだ炉の熱が上がっているようだ。焚べた薪を焼き尽くし灰にするような勢いで跳ぶ。
すでに視認は困難。しかし散るポリゴンは結果を雄弁に物語っていた。
斬れぬ物が無い剣のような男だ。駆け抜けた軌道には何も残らない。存在を死という現象まで昇華させて叩きつける。そんな戦い方だ。
デウス・エクス・マキナ……。苦境も混迷も彼の存在一つで解決へと向かう。反則という言葉でさえ格が落ちる。チーターだよチーター。ラグスイッチってなんなんだ。これもうどっちがモンスターなのかわからないね。
アイコンタクトか、それとも呼吸か。示し合わせたようにシンシアとフレイヤたんが飛び退る。断頭台のように舞い降りた刃。忌まわしい呪いも開発の悪意もスッパリと断ち切られ、光の粒となって消えていった。
決着である。僕は録画を切った。討伐時間五分二十秒。それも一人欠けの三人パーティーで、だ。
え、これに混じって狩りするの? 無理だよ無理。畑違いも甚だしい。
戦果報告を終えてギュンと接近してくる廃人三人組を尻目に、僕はどうやって穏便に脱出を試みるかという思考を巡らせることにした。




