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朱に交われば

 自宅にログインしたら一目で不機嫌と分かるシリアが僕の家のテーブルに足を放り投げていた。

 ダラリと下がった腕が時代錯誤なチンピラ風味を醸し出し、虚空を見つめる目は三白眼。へらへらとした笑みは鳴りを潜め、何を仕出かすか分からない者特有の無表情を貼り付けていた。纏う雰囲気はさながら抜き身の刃のようだ。


 これは面倒くさいことになるな。

 リスクとリターンを天秤に掛ける。沈み込むような勢いで天秤を傾けるリスクを幻視した僕は即座にログアウトボタンを押した。僕は最近撤退を覚えたのだ。これは逃げではない。リスクマネジメントである。


 最近は自宅に侵入してくる輩が多すぎるからね。特にレッドネーム連中が常連入りを果たしてからは作業効率が著しく低下している。

 これに真っ向から抗うのは得策ではない。噴水広場にログインし直し、いつものカフェでやり過ごすとしよう。


 初めから噴水広場にログインすれば解決なのだが……今はクソスポーツ民が噴水広場にログインしてくるから喧しいんだよね。

 静かな時の自宅が一番集中できるので淡い期待を持って自宅にログインしてしまうのだ。そしていつも裏切られる。酷いときはモブ共が四人で集まってるからいよいよ天を仰ぐ以外の選択肢が無くなる。僕の席どこなんだよっていうね。


 身体が光の粒と化す。ログアウト完了寸前、ヒュンという風切り音を従えて飛来した投げナイフがトスンと腹に刺さり、立ち昇った光の粒が十倍速逆再生のようにギュルンと収束してアバターを形作る。

 このログアウトを簡単に妨害できる仕様なんとかしろって。煽りスタンプ実装してる場合じゃないだろ。


「ライちゃんさぁ、最近ご機嫌だよねぇー? ゴミを従えて随分やりたい放題やってるじゃん。いよいよ正義って建前はかなぐり捨てたの?」


 軽い調子の声。しかし隠しきれない苛立ちが泥水のように滲んでいる。……なかなかにキてるな。まぁ最近シリアはオチ担当みたいなところあったしなぁ。イキって死んでレベル下がって、裏で必死こいてレベル上げてるのが日常風景だったし。狂人ロールの努力家とかいうレッテルを貼られてたのは笑ったよね。


 なんというか、慣れつつある。靴の裏にこびり付いたガムよろしくこのゲームに残ってるプレイヤーはシリアにキルされた程度では動じなくなってきてるんだよね。蚊にさされたかー程度の認識だ。運が悪かったな、で済ませてリスポーンと同時に気を取り直すさまは無我の境地のそれだ。精神汚染末期とも言う。


 故にシリアはレベルが下がったら困るレッドやキルされることに慣れていない新規プレイヤーに付き纏う。人の悪感情を食むことで生計を立てる妖怪は迷惑行為を厭わない。世間の目も風評も知ったことかと開き直り、右も左も分からない新規に短剣を突き立て、煽り、死体蹴りをする。イベント破壊にも余念がない。控えめに言ってクソである。


 つまり今は絶好機だ。

 クソスポーツ目当ての新規がボトボトと地獄入りを果たしている現状。入れ食いと言っていい。会場でひと暴れすればそれはもう新鮮な悪感情を補給できるだろう。


 だから僕に突っかかって来たってわけか。


 スポーツ大会イベントの時、僕はレッド達に対して大会参加と引き換えにシリアを抑え込むよう依頼した。確実に妨害しに来るって分かってたからね。レッドに頼るのは不本意だったが、それでも手を打つ必要があったのだ。

 結果として大会は成功。レッド達はクソスポーツをそこそこ気に入ったらしく、大会終了後も邪魔が入らないように連携してシリアをマークしているらしい。要は僕のせいで事が運ばないと言いたいのだろう。


 逆恨みじゃん。僕は呆れた。


「レッド達が勝手にやってることだよ。僕は関係ない」


「あれだけやっててまだシラを切るの? それはちょーっと無理があるんじゃない? V倫リスキルの時なんて完全にレッド側だったよねー?」


「ビストロさんにも言ったけど、相互利用の関係なんだよ。断じて仲間じゃないし配下でもない」


「そう思うのは自由だけどね? 私はちょっと認識が甘すぎるんじゃないかなーって思ってるんだ」


 行儀悪くテーブルの上に放り出していた足を畳んだシリア。スッと表情を消し、僕へと向き直る。

 偏執的なまでに全身を白で飾り、しかし目だけが爛々と紅く光っている。ウサギのようでその実、血なまぐさい本性を腹に抱えた悪魔がほんの少し首を傾げた。


「今のライちゃんはアイツの手のひらの上。正直、見てられないなーって思うわけ。利用しあってるだけなんて甘い認識でいたら、そのうち痛い目見るよ?」


 アイツ。アイツね。十中八九みずっちのことだろう。

 シリアは『渇愛』メンバーではないらしい。(なび)かなかったのだろう。あれの恐ろしさは極めて高い統率力だ。メリットの提示と暴れられる場のセッティングをすることでレッドネームたちの人斬り欲求を掌握し、崇拝に近い忠誠を獲得している。誰彼構わず斬りかかり、イベントを見境なしに破壊して回る狂人なんて組織を乱す毒にしかならない。


 シリアにとってレッドの連中は敵でもあるし、味方でもある。そんなところか。基本的には敵だけど、目的の一致を果たせば味方になる。街中FPSの時は敵対していたのに、カップルイベントの時は協力していた。なかなかに混沌とした関係であるようだ。


 付き合いが長い。因縁とか腐れ縁なんて表現が適切か。つい最近接触した僕とは違ってその本質をより良く知っているのだろう。


 傾聴の余地あり。僕は視線で続きを促した。


「あれはねー、本当に厄介。ぶっちゃけ、アイツはやろうと思えばこのゲームをメチャクチャにできる。廃人達なんてあっという間に全員レベル1にされて終わりだよ。今そうなってないのは、単純にそんな結末はアイツらにとってつまらないからってだけ」


「……なるほどね」


 キルペナの押し付け。あれは外道の所業だ。

 廃人達だって無敵じゃない。レッドネームにされて四六時中張り付かれたら打つ手無しだろう。


「極論、このゲームって全部アイツの胸三寸で決まってるんだよねー。そう誘導されてる。廃人も、大手ギルドの連中も、みーんなね」


 つまらなそうに吐き捨てたシリア。

 小さく息を吐き出すと、顰めた顔をフラットに戻して僕を見る。射抜くような、見透かすような視線が熱を帯びて這い回るようだった。


「でもライちゃんは違った。思い通りに動いてくれず、何を仕出かすか分からない核弾頭。今の今まで接触が無かったのは、きっと持て余すと思われてたんじゃないかなー。下手につついて爆発したら被害は甚大。招き入れるよりは遠ざけておいたほうが得策。イレギュラーだったんだよね」


「ちょっと意味が分からないし、話が見えてこないよ。結局何が言いたいのさ」


「言いたいことは一つだよー。……ライちゃんはさぁ、つまらなくなったよね」


 声が熱を帯びていく。いつもひた隠しにしている激情が、燻る火のようにチラついて光っている。


「牙を抜かれた狼みたい。群れることを覚えて落ち着いちゃったのかな? 常に周りを敵視してた頃のギラつきはどこにいっちゃったの? そのうち飼い慣らされた牧羊犬になっちゃうよ? レッド連中の手先にされて言いなりになるか、案外面白くないオモチャだと思われて壊されるか。なんてつまらない結末」


 随分と酷い評価をくれるものである。

 レッドを扱き使ってシリアの邪魔をした意趣返しかと思ったが……いやに真に迫っているのが気に掛かる。


 フルダイブのVRゲーム、とりわけこのゲームでは、目は口ほどに物を言う。激情を抑え込んで愛想笑いを作り、空惚(そらとぼ)けた軽口を叩いても隠せない熱が瞳に宿る。どろどろと滾る熱視線。どんな感情が入力されているのか、僕は未だにその全貌を掴めない。


「ライちゃんはさぁ、意外と懐が深かったのかなー。パーソナルスペース的な領域が狭いだけで、一度内側に入っちゃったら案外甘いんだよねー。それに正義を名乗るだけあって変に義理堅い。誠意には誠意で応える度量もある。攻略法がね、広まってるの。レッド連中は、アイツは、それを利用してライちゃんにすり寄ってる。食い物にされるのは時間の問題だよ?」


「シリアは僕がそんな浅はかな思惑に気付かないほどの無能って言いたいわけ?」


「どちらかと言えばアイツの手腕を認めてるってだけ。癪だけどね。あの、何でもかんでも自分の思い通りにできるって態度が私は気に入らないの。だからさー」


 椅子から立ったシリアが真っ直ぐにこちらを見つめる。狂熱に顔を蕩かせた笑みを湛えて手を差し伸べた。


「私と組もうよ。アイツら全員ブチ殺そ?」


 うーん、やはりこの狂人はブレないなぁ。僕は舌を巻いた。


 要するに邪魔されまくったフラストレーションを晴らすために僕を利用しようってだけじゃないか。恐らく、何度もブチ転がされてレベルが下がったのだろう。そしてとうとう我慢の限界を迎えた、と。


 やっぱり面倒くさいことになった。誘いを受けたら大人しくなり始めたレッドが活発化するし、断ったらこの狂人は暴れ出す可能性が高い。参ったな、利点が一つもない。爆殺()るか? だけど粘着されるのもなぁ。


「……チッ」


 判断に迷っていると、唐突に顔を顰めたシリアが舌打ち一つ打って身を翻す。そして玄関前に等身大鬼さんスタンプを展開。……何を?


 ガチャリと【解錠】の音。……来客を察したのか? どうやって。音か? それ以外思いつかない。


 等身大鬼さんスタンプは目隠しか。扉が開き切ると同時、シリアがスタンプの裏から奇襲を仕掛ける。……疾い。あいつ、成長している。ノルマキさんに連敗を喫し、レッド達の執拗な襲撃を受けた結果、どうやら更なる飛躍を遂げたようだ。


 十秒が経過しスタンプが煙のように消える。そこにあったのは三つの死体と血に塗れたシリアの姿だった。さすがはシリア。ザコ特攻スキル持ちの面目躍如といったところか。

 レッドネームの死体の頭をゴリッと踏み付けたシリアが吐き捨てるように呟く。


「ライちゃんに寄生すんじゃねぇよゴミ共。有用と見るや手のひら返しやがって」


 火の玉ブーメランを全力投球したシリアが戻ってくる。死体がリスポーンし、血塗れの姿から白無垢の姿に戻ったシリアがコテンと首を傾げて問い掛ける。


「で、返事は?」


 そんなの決まってる。僕は毅然とした態度で答えた。


「ノーだ。分かりきった事だろう」


「ふぅん。理由を聞いても?」


「首尾よくレッド連中を滅ぼせたとする。そしたらシリアはイベント破壊や初心者狩りに熱を上げるだろう。そんなの僕が許すわけないじゃないか。レッドは、認めたくないけど、今は抑止力として機能しているんだ。正直に言うよ。いま一番このゲームで害悪なのはレッドネーム達じゃない。シリア、君だよ」


 僕はシリアの要求を理路整然と突っ撥ねた。

 返ってきたのは無機質な瞳。熱を霧散させたシリアが理解出来ないと言いたげに再度首を傾げて言う。


「これだけは言わせて? 一番害悪なのは料理大会を吹き飛ばしたりスポーツ区を吹き飛ばしてプレイヤーを殺しまくったライちゃんだよね?」


 待って。ちょっと待ってよ。それはさぁ、違うじゃん。僕は椅子を蹴立った。反論する。


「誤解だよ。あれには深い事情があるんだ」


 僕はそれなりの時間をかけて海のように深い事情を切々と説いた。

 あれは不幸な行き違いなんだよ。僕は一連の事件が人の手を離れた運命の悪戯的な不慮の事故であったことを熱弁した。


「つまりライちゃんの管理不行き届きだよね?」


 ……ふぅ。やれやれ。やはりこの狂人は爆殺()っておく必要があるようだ。元より妖怪が僕の崇高な正義を理解できるなんて思っちゃいない。そんなに成仏したいなら僕が手助けをしてあげよう。僕は大型爆弾を取り出した。


「あはっ! そう! いま凄くいい顔してるよぉ! その、世界の全てを否定するような目付きが好きなの。ずるいなぁ、羨ましいなぁ。それだけ狂ってて、なんでキルペナを踏み倒せるの? 不思議。でも、それでこそ。その感情、絶対に忘れないでね? 絆されたライちゃんなんて殺す価値もないんだから。ちょっと安心したなー。ライちゃんが腑抜けてきたらまた来るよ? じゃあねー」


 何故か上機嫌になり、言いたいことを言い放ったシリアは逃げるように去っていった。……腑抜けた? 僕が?


 ……確かに、不法侵入されることに慣れきったプレイヤーをおかしいと思いつつ、僕はその現状を受け入れていた。精神汚染が始まっている? まずいな、言われるまで気付かないほどに毒されていたようだ。

 不法侵入してくるプレイヤーをいちいち爆殺していたらキリがないと心の何処かで諦めていたのかもしれない。……あんな狂人に気付かされるなんてね。改めて気を引き締めないと。


 気持ちを新たにしたところ、玄関の鍵がピッキングされレッドネームが三人ズカズカと上がり込んできた。お誂え向きのゴミ共の到着だ。僕は大型爆弾を取り出した。


 ギョッとしたレッド達が両手を挙げて無抵抗を主張する。視線と顎で退出を促す。大人しく従うならよし。従わないその時は……死んでもらう。

 顔を見合わせたレッド三人。一つ頷き、真ん中の一人が口を開いた。


「大貧民、レート1M」


 ふむ? これはこれは。僕は不意を突かれた。

 1M。1Mときたか。そうか。僕は問いかけた。


「ルールは?」


「いつもの」


「やろうか」


 僕は大型爆弾をしまった。すかさずインベントリから自分のトランプを取り出しシャッフルする。

 ……今こそ仕込みを終えたこのトランプで悪を征伐するときだ。注視しなければ気付かない程に小さなマークをつけたこのトランプ。シャッフルと配る役を僕が担当すれば事前の戦力分析が容易だ。奴らだって僕の知らないサインで連携を取っていることがある。よもや卑怯とは言うまいね。


 尻の毛一本まで抜いてやる。賭けに勝つことで奴らの活動資金を削ぐ。それが僕の正義だ。


「さぁ、始めようか」


 僕は努めてにこやかな笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読めば読むほどライカンがリアルでどんな人なのか気になってきます
[一言] 生き甲斐です
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