オール・イン 下馬評を覆せ
コロシアム前で待ち受けていた『ケーサツ』の二人が剣を抜いて襲いかかって来たので、僕は正当防衛のために中型爆弾を起爆して対処した。
いきなり襲いかかってくるなんてやはり『ケーサツ』は駄目だな。一度全員爆殺っておくべきだろうか。僕は恩知らず連中の教育計画を練った。
蜂の巣をつついたようにわらわらと『ケーサツ』連中が出てきたので大型爆弾竜虎を取り出した。レベルも上げたかったことだし、丁度いいかな。
礼儀知らずの集団に歩み寄る。どいつもこいつも腰が引けているじゃないか。そんな有り様で自治集団を名乗っているなんてとんだお笑い種だ。いや、芸人だったか。
なんか爆死芸が好きらしいし、ちょっと協力してあげようかな。みんな一斉に吹き飛んだら、大好きな配信の数字取れるんじゃない?
「待て! 待てッ! 誤解だライカン!」
集団の中からショチョーさんがまろび出て、叫びながら早足で近づいてくる。恩知らず連中の親玉だ。
「誤解? 何が?」
何故か親指と中指が痒いので擦り合わせながら問いかける。
「待てって、ほんと、な? ちょっ、ちょっと、今はさ、良いところだからマジで、な?」
【踏み込み】で加速したショチョーさんが肩に手を回し、人に見えないところで麻の袋をグイグイと押し付けてくる。
「ショチョーさんさ、報連相って知ってる? 別にゲームでまで仕事みたいな関係は強要しないけどさ、相談したなら結果を報告するのって礼儀だと思わない? 僕の案を採用したなら尚更だよね? 僕なにか間違ったこと言ってるかなぁ?」
「いや、いや、ほらお前、対人苦手だろ? だからそこまで興味ないかなって勘違いしてたんだよ。それに俺らも企画煮詰めるのに手間取っててな? 頼むって!」
ショチョーさんが押し付けてくる袋を三つに増やした。僕は大型爆弾と袋をインベントリにしまった。
「次からは、気をつけてね」
「あぁ、分かった! 重々配慮する!」
反省の色を示したショチョーさんに免じて、『ケーサツ』の無礼には目を瞑ろう。更生の余地がある者に酌量するのもまた正義。
僕は寛大な心で彼らを赦し、コロシアムの観客席に足を運んだ。
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初心者たちのトーナメントはつつがなく進行したらしく、決勝戦を残すのみという状況らしい。
プログラムとしては決勝戦後にベテラン同士のエキシビションマッチを複数回予定しているとのこと。わりと終盤に差し掛かっているようだ。
コロシアムの観客席はそれなりに客が入っており、賭けをしているプレイヤーや自作の料理を売っているプレイヤーで賑わっている。
ユーザーイベントは滅多なことでは開催されないので、たまにこういう事があるとわらわらとプレイヤーが集まってくる。バザー広げてボケっとしてるよりは楽しめそうという考えなのだろう。
賭けを仕切ってそうなレッドネームの集団の近くに腰を下ろし、売り子のお姉さんに声を掛ける。
「はーい! 薬草ジュースに薬草サンド、薬草サラダのセットで二万Gでーす!」
ぼったくりじゃん。まぁ買うけどさ。僕は薬草サンドをモチャった。
このゲームは倫理がなんちゃらとうるさい集団に配慮して、過度な味覚のフィードバックを搭載していない。現実となんら遜色ない味まで再現されたら、色々な利権と衝突するのだろう。
故に、手間をかけた料理であっても「なんか塩っぽいな」くらいにしか感じないし、草をモシャっても「なんか少し苦いかも」くらいにしか感じない。
その上、空腹度回復値も大して変わらないし特殊な効果も付かないんだから、そりゃメニューから五Gで買える草をモシャろうとなってしまうのだ。僕はこのゲームの食文化を嘆きながら薬草ジュースをすすった。
なぜかイベント進行が一時中断していたらしいが、そろそろ決勝戦が始まるようだ。
アウトローぶっている集団に近づいて声を掛ける。
「決勝戦のカードは? 賭けはまだ間に合う?」
「あ? 賭けはもう締め切っ……ライカン……!」
「えー。もう締め切ったのか。残念だなあ」
折角のイベントだったのに、どうやら遅きに失したようだ。『ケーサツ』の報告が徹底していればこんなことにはならなかったのに。僕は中指と親指を擦り合わせた。
「分かった! 分かったからそれ止めろッ! 特例で認めるから早く選べ! 大剣のエミリンラブか短剣のタクミー、どっちだ」
「オッズは?」
「タクミーが圧倒的人気だ。強さってよりも……エミリンラブってやつが気に食わねぇって理由のほうがでけぇがな」
「じゃあエミリンラブで」
心優しいアウトローさんたちのご厚意に預かり賭けに参加できた。僕は投票券を受け取りながら、このゲームもまだまだ捨てたもんじゃないなとNGOの民度を見直した。
下馬評を覆すのが好きなのでエミリンラブ氏に有り金を全てつぎ込んだ。大剣のほうがなんか強そうだし。
席に座り直したところでいよいよ始まるようだ。舞台袖から両者が歩み寄り、線が引かれた地点で足を止めて向かい合う。
よく見れば、エミリンラブ氏はホシノ制裁事件の時にいた筋肉質長身金髪イケメンだった。観客席から黄色い声援を飛ばしているのは、同じくあの時の女性プレイヤーだ。
エミリンラブって、そういう……。今時いるんだなあ。ネーミングセンスにケチつける気はないけどね。
甘い雰囲気を受けて観客席からは大ブーイングと、タクミーに対する野太い声援が飛んでいる。聞くに堪えないヤジの数々を聞いていると、公開処刑が娯楽として扱われていた時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。
ヤジを背に受けた二人が動く。タクミーは盆踊りを、エミリンラブはブレイクダンスを引いたようだ。なるほど、ダンサー縛りルールか。
ダンサーはレベル上げが不可能に近いジョブなので、お互いに初期レベルというイーブンな状態で戦うことができる。攻撃力補正もかからないので、ある程度の試合時間も確保できるという公平性と競技性に重きを置いたルールだ。
踊りが進むに連れ、両者の間と会場内に緊張が広がっていく。一分。それがダンスの硬直解除までの時間だ。ダンスの内容で勢い的にはタクミーが既に一歩劣っている感があるが、果たして……。
両者がポーズを決めてピタリと停止した。一分経過。戦いの火蓋が切って落とされた。
グンと迫るエミリンラブは大剣を構えて初手奪取を狙う。
対するタクミーはスキルを使わないバックステップからの【踏み込み】で反転して前に出る。動きと間合いを見切った上で、相手の勢いすら利用するカウンターだ。
大剣の振りが届かず、かつ今から振っては迎撃が間に合わないという絶好のポジションを確保したタクミーが仕掛ける。相手のしたいことをさせず、自分のやりたいことを徹す。理想的な展開だ。
跳躍と同時に捻り込むような短剣の突き出し。受ける側は腕が伸びたと錯覚するであろう鋭さだ。
これは一発貰ったか。誰もがそう思ったが、エミリンラブが選択した行動は、【踏み込み】で強化した脚力で跳ね上げた膝による迎撃!
うまい! 初手で大剣を意識させたのはブラフ! 行動択を絞った上に小技で制する柔軟さ。冷静なのはむしろエミリンラブだ。
胸に膝撃を食らったタクミーは浮いた身体を【空間跳躍】で立て直す。エミリンラブは追わない。それでいい。じっくりと機を見て殺せばいい。
フッと一息吐いたタクミーが【踏み込み】の連続発動で回り込む。攻守交代。得物の短さを活かした小回り戦法だ。
地を這い回るゴキブリみたいな嫌らしさは人間の基本戦術。だがスキルの連続発動は消耗を避けられない。どっしり構えたエミリンラブは余裕の表情だ。
背後に回ったタクミーが馬鹿の一つ覚えのような刺突を繰り出す。エミリンラブはタイミングを合わせて大剣を横薙ぎに振り抜いたが、それは悪手だ。ジャンプからの【空間跳躍】で躱され、後隙に短剣で二回斬り付けられた。
おい焦るなって。まだダメージレースを挑む段階じゃない。小手調べでは勝ってるんだから相手の消耗を誘うんだよ。
【踏み込み】付与バックステップで距離を取ったエミリンラブ。いやなにしてんのさ。相手に休息の時間を与えてどうする! 攻めなくていい! けど距離は詰めるんだよ!
そしてそのまま両者膠着。なにしてんの! アドバンテージ確保! 戦闘の基本!
ようやく動き出したエミリンラブが大剣を構えて踏み込む。そうそう。初手の再現で択を絞るんだ。
距離を測って突っこむタクミー。よし。冷静に対処しろ。さっきと同じことをやればいい。そこで膝蹴り! 【空間跳躍】で、躱されて、斬られて、次の手は!? おいおい何やってんの! さっきと同じことやってちゃ勝てないんだよ!
あーあ負けかな。勢い付いたタクミーの連撃が止まらない。張り付かれるのを嫌がったエミリンラブがヤケクソバックステップ連発で体制を崩した。のはブラフで!? 不用意に近づいたタクミーに大剣の重い一打が入るゥ!
よーしよしよし信じてたぞエミリンラブ。横薙ぎ! は、しゃがんで躱される、が死に体だ。蹴れ! 蹴飛ばせッ!
ん? 片膝立ちに両手を地につけたあのポーズは、まさか、土魔法【石礫】!? 目潰しか!
おい卑怯な真似するなよタクミー! 正々堂々と勝負しろッ! わからん殺しとか恥ずかしくないのかッ! 死ねッ! タクミー死ねッッ! 腹斬って死ねッ!
「こいつうるさすぎだろ……」
「馬鹿! 聞かれたらどうすんだ」
エミリンラブなにしてる躱せ! 距離を取るんだよォ! 連撃が、決まって、ああ……。
あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!
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つまらないイベントだったな。僕は無用の長物となった紙を破り捨てながら一人ごちた。
新規プレイヤーの健闘を称える挨拶が垂れ流されているが心底どうでもいい。
宴もたけなわ、エキシビションマッチが開始されるようだ。賭け金が無いのでいまいち盛り上がらない。どっちが勝つかな。右でいいや。
両者得物は代わり映えのしない剣。代わり映えのしない戦闘風景だ。動画漁ったらゴロゴロ転がってるよこの程度。
なんか盛り上がりに欠けるなぁ。波乱がないよね。僕が一つ花でも添えてあげようかな。
色々と画策しながら観戦していたところ、戦っている二人の眉間に何かが突き立った。硬直した両者の間に一陣の風が吹き荒れる。数瞬の後、両者は首筋からポリゴンを吹き出して倒れ伏した。
一体何が……。『ケーサツ』連中も唖然としている。予定通りではないハプニングということか。
土煙が晴れて現れたのは、白装束に身を包んだ一人のプレイヤー。周囲を見渡す血のように赤い瞳が爛々と狂気を湛えている。
ざわめきが止んだタイミングを見計らって、狂った女が嘘くさい笑みを浮かべて叫ぶ。
「初心者のみんなー! こんな雑魚の戦いなんて参考にしたら雑魚にしかなれないよぉー? 三下のヘボで終わりたくないならぁ、今すぐみんなで殺し合おー!」
盛り上がってきたじゃないか。イベントはやっぱこうでなくちゃね。




