爆発の秋
このゲームのクラフト要素は実に自由度が高い。そして奥が深い。ついでに言うとクソほど不親切である。システムの補助の有り無しで難易度や取っ付きやすさに雲泥の差があるのだ。
サービス開始直後、殺し合いオンラインでブチ転がされ続けて限界を迎えた鍛冶師が、リーチのある武器を作ろうと一念発起して木の枝と蔦と石で槍を作った。粗末すぎて武器とは言えないような一品であったが、もたらした功績はとても素晴らしいものであった。武器作成というシステムが解放されたのである。
これによりプレイヤーは規格化された得物を獲得。殺し合いオンラインはその激しさを増すのだが、それはまた別のお話。
重要なのは、武器作成というシステムの補助を利用することでクラフト要素が飛躍的に楽になったことである。
適度な長さの木の棒を見繕い、樹皮をかっ剥ぎ、先の尖った石を蔦でキツく巻き付け……などといった原始時代の追体験をしなくても武器が作れるようになったのだ。
各種素材をインベントリに放り込み、メニューから武器作成を選んだら現在作成可能なリストがズラリと表示されるので、追加のオプションとして装飾や着色、ちょっとしたデザインの変更をしてから作成となる。
作成作業は物によって様々だ。剣なら刃を叩いて鍛造まがいのことをするし、釘バットならバットに釘を刺す。爆弾の場合は爆薬を詰める作業がそれに当たる。素材を揃えてハイ完成、とはいかないものの、かなりユーザーフレンドリーに調整されたシステムであると言えよう。
作成可能なリストは各種職業のレベルを上げることで解放されるので高レベルの生産職は重宝される。着ぐるみ装備などの珍しいアイテムでマウントを取れるのは高レベル生産職の特権だ。
システムの補助を活かしたクラフトは概ね好評である。
では、システムの補助が無い分類の物を作るにはどうすればいいか。答えは、手動で設計して作成する、である。
この設計というのが非常にダルい。使う素材や設定する数値によって性質や肌触り、重量や靭性や硬度といった要素が変化するのだ。鬱陶しいほどに設定されたパラメータとにらめっこすることになるので、モノ作りというよりはゲームのプログラミングに近いかもしれない。
もちろん日曜大工的な遊び方もできるが、ホームセンターなどというDIYの強い味方といえる施設は無いので、DIYに使う素材を設計して作るという下準備をする必要がある。システムの補助を使わないクラフトがしたい場合、設計という拷問作業からは逃れられないのだ。
さて、スポーツ大会を開くにあたって必要なものは何か。
球技ならボールは当然必要になる。野球ならバットにグローブ。サッカーやバスケはゴールが必要だ。バレーボールやテニスではネットやポール、ラケットも必要になるだろう。
剣道は竹刀や審判が使う旗。相撲は土俵にまわし。挙げ出したらきりがない。とにかくありとあらゆるモノが要求されるのだ。
それらをシステムの補助無しで作ろうとすればどうなるか。その答えが目の前にある。
「グリップ摩擦68……フレーム強度1138……靭性625……ガット強度252……靭性431……総重量364」
「あぁ……丸が、丸じゃない……歪んでる……どこの数値を間違えたの……もう無理」
「野球チームのマスコットキャラクターのデザイン原案がひどすぎるんだけど……この小学生の落書きを立体にしろって、嘘でしょ? どんな数値を入れればいいのよ……」
「えー、皆さま……グローブ100、野球ボール300、テニスラケット50、サッカーボール20、バスケットボール10、竹刀30、各種ユニフォーム合計1000の追加発注です……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
うーん、地獄。
全員目が血走っていておっかないよ。どうして彼女らは楽しいはずのゲームでこんな苦役を課せられているのだろうか。こんな理不尽な仕打ちに晒される重大な理由でもあるのだろうか。僕はユーリに問いかけた。
「さっきも言ったけどさ、断らないの?」
「……嫌なら城を、明け渡せって」
重大な理由あるじゃん。そうだよね、不法占拠中だもんね。
彼女達は身の安全と血を吐くような労働とを天秤にかけ、前者に重きを置いた。故に発狂と過労ログアウト寸前になりながらも刑に服しているのだろう。
労働の対価が身の安全かぁ。にわかにブラックな世界観を主張しだしたこのゲームはこの先何処へ行き着くのだろうか。
「『検証勢』が適切な数値を割り出したんだよね? 数値を入力するだけの作業なら戦闘職でも手伝えるんじゃないの?」
「甘い考えねー。あの子達はね? 飽きたとかちょっとした好奇心とかって理由で数値をチョイチョイいじっちゃうのよ。何故かオリジナリティーを出そうとしちゃうの」
「料理ができない人にありがちなやつじゃん。直感と閃きでレシピを改造しちゃうそれだよね」
「それもまた個性で可愛いんだけど、いま余計な作業が増えるのはちょっと、ね。じゃああなたにはサッカーボールを作ってもらおうかしら。はい、これが数値表ね」
「システム補助のないクラフトは慣れてないけど、まぁ頑張るよ」
僕はユーリから設計図と各種素材を受け取った。
このゲームの運営は非常に気が利かないので、一度作ったアイテムの数値をセット登録するという便利機能は用意してくれていない。同じモノを作るためには何度も何度も同じ数値を入力する必要がある。一定の集中力を要する単純作業をひたすら続けるのはわりと堪える。一切景色が変わることのないマラソンを続けるようなものだろうか。苦手とする人は多いだろう。
でも僕はわりと得意な分野だ。単純作業の中にも効率化できる部分はある。そういう箇所を洗い出して洗練させていくのは地味ながら達成感を得られるものなのだ。
ふむ。この規則的な数値は五角形と六角形の組み合わせか。三十二面体を数値にするとこういうふうになるのか。へぇ、面白い。さすがは『検証勢』。ディティールの詰め方が偏執的だ。
重量や弾力の数値は……よし。間違いないな。この程度なら記憶できるだろう。ここは短縮ポイントだな。入力完了。あとは出力されたアイテムを組み合わせることで完成だ。
没入していく。こんなの花火玉の作成に要する集中力と比べたらお遊戯みたいなもんだね。はい一丁あがり。所要時間は十分かからないくらいか。
「え? 早っ!」
隣のモブ子氏が驚きの声を上げる。まだ序の口だよ。数値はある程度覚えたし、これからが本番だ。
ルーティンを脳に叩き込む。動かすのは手じゃない、脳だ。脳波っていうのが具体的にどういうものなのかは杳として知れないが、慣れてしまえば現実で手足を動かすのと大差ない。むしろ細かい作業に関しては楽まである。スキルを用いた戦闘となるとまるで駄目になるけども、クラフト作業なら別だ。
はいもう一丁あがり。短縮時間は一分か。まだ行けるな。
「え? 嘘でしょ!?」
神経を研ぎ澄ましていく。数値は全部覚えた。あとは手順の最適化だ。先に同じ数値を連続して入力するか。手間が無くていい。
あとは組み合わせ作業か。出力された五角形と六角形を重ねて持って回すようにペタリ。よし。七分切り達成。
「やば……」
周りの雑音が消えていく。ここから先は己との戦いだ。機械のように正確に、それでいて血の通った人の手でしか為し得ない改善や工夫を織り交ぜる。ああ。邪魔されない環境というのは素晴らしい。集中という名の底なし沼に沈む。頭の天辺から足の先まで没入するこの感覚は嫌いじゃない。
目標数を作成し終えて一息つく。最終的なタイムは五分少々に落ち着いた。これ以上の短縮は厳しいかもしれない。
思った以上に楽しかったので没頭していたらなんと二時間以上経過していた。作成数は二十個。サッカーボールの追加発注分を僕一人で片付けたことになる。これで少しは恩を返せたかな?
グッと伸びをしてから周りを見ると、僕の周囲から人が消えていた。集中できる環境を整えてくれたのだろう。こちらとしてはありがたいね。
「さてと」
一息ついて納品カゴにサッカーボールを放り投げた僕は、本来の目的を果たすためにメニューを開いた。インスピレーションの獲得。僕はピンときたね。爆弾の容れ物をサッカーボール風にしてみるのはどうだろうか。
ちょっとした遊び心ってやつだね。型に嵌まった作品を作るだけが創作じゃない。型破りな一品があってもいい。僕はそう思うね。
サッカーボールを先程と同様の手順で作り上げる。半円状になるようアイテムを組み合わせたら、空洞に爆薬を詰めていく。……導火線が無いな。強い衝撃で爆発するよう発火石を内部に仕込んでおこう。悪党どもの住処に上空から落としたら楽しいことになりそうだ。
カポッと組み合わせて作成完了。出来上がった作品をポンと叩く。いいね。これは記念として自宅にでも飾っておこうかな。
「あのー、ライカンさん? ちょっとしたデザートを作ったんですけどお召し上がりになりますか?」
丁度いいタイミングでモブ子氏が顔を出した。デザート。いいじゃないか。勿論頂くとも。
「それで、なんですけどね? もし良かったら野球ボールの作成のほうもお手伝いいただけないかなーなんて思うんですけど、どうですか……?」
なるほどね。妙に気が利くと思ったらご機嫌取りの一環というわけだ。だがそれを指摘するのは野暮というもの。僕は努めてにこやかな笑みを浮かべた。
「微力を尽くそう」
「やったっ! ありがとうございますッ!」
そんなわけで息抜きのティータイムが開催された。クラフトのコツなんかを聞かれたが、集中して効率を上げるとしか答えられないよね。帰するところはそれが全てだから。
あ、デザートはちょっと甘かったかな。2点。
▷
野球ボールの設計図と素材を受け取った僕は先程の作業部屋へと戻ってきた。さて作業再開……あれ?
「ねぇ、ここにあったサッカーボールは?」
僕の作ったサッカーボールが無くなっている。分かりやすいようにテーブルの端にどけておいたサッカーボール爆弾もだ。誰が持って行っちゃったのさ。
「ああ、それならさっき『食物連鎖』の回収係の人が来たので渡したらしいですよ?」
「…………テーブルの上にあったやつも?」
「えっと……この部屋にあったのは全部だと思いますけど……」
「スゥー…………そっかぁ」
既視感を感じる。最近、ごく最近似たような事があった気がする。まさか。まさかね? 僕は『ケーサツ』プレイヤーの配信を開いた。サッカー中継は……あった。なんということだろう。今まさにキックオフを迎えるところであった。
「いま納品したボールってさ……今日いきなり使われるなんてこと、ないよね?」
「え? さあ……どうでしょう。ただ、このゲームのスポーツプレイヤーって変に贅沢なんですよねー。使い回しは嫌だーとか言って新品のボールとか欲しがるんですよ。贅沢すぎると思いません!?」
そっか。僕は諦観を抱いた。
いやまて。諦めるのはまだ早い。確率で言ったら21分の1。いや、もっと低いはずだ。元々の在庫がゼロってことはないだろう。何十分の1。それを都合よく引き当てるなんてね? まさかね?
小首をかしげてこちらを見ているモブ子氏の視線をあえて無視する。どうやら始まるようだ。カメラ役のプレイヤーが実況を交えて盛り上げ始めた。
『さぁ強豪同士の因縁の対決! 対戦成績はお互い三勝三敗! 互いに譲れない一戦と言えるでしょう! 雌雄を決する運命の戦いがいま、満を持してキックオフ!』
空中戦を仕掛けるべくボールを蹴り上げた選手の姿を最後に映像がぷつりと途切れた。爆炎を纏ったシュートを放つ選手の映像が脳裏へ鮮明に焼き付いている。彼の必殺シュートってことでどうにかならないかな。僕は彼が漫画の世界から飛び出してきた強キャラである可能性に賭けた。
窓の外から心胆を震わせるどぉんという音が響く。ハッとした顔で僕を見つめるモブ子氏。さてさて。僕は薬草ティーを優雅に口に含む。たっぷり余韻を楽しんでから言う。
「僕は今から極限まで集中して野球ボールを作る。だからこの部屋には誰も通さないでくれ。面会謝絶だ。よろしくね」
なお即座に身柄を引き渡された。テロ行為だってね。
『ケーサツ』連中に連行されていたところレッドネームに襲撃された。爆発に巻き込まれてレベルが下がったプレイヤーがわりと居たらしい。
流れるようにぐるぐる簀巻きにされた僕は更地になったサッカー会場跡地に運ばれた。僕を転がしたレッドネームがニッコリ笑って言う。
「サッカーしようぜ! お前ボールな?」
人をボールに見立てた冒涜サッカー配信は記録的な炎上を達成。このゲームのプレイヤーは頭がおかしいという事実を改めて世間に知らしめ、クソスポーツ民の約三割を吹き飛ばすことになりましたとさ。生産職の負担が減ったね。めでたしめでたし。




