芸術の秋
「ごめんくださーい! 花火玉の納品に来ましたー!」
『花園』が不法占拠中の城に来ている。三大ギルド会談の違法賭博で敗北したユーリは僕の花火玉を責任持って保管することを命じられた。というわけで溜まった花火玉をお届けに上がったのが事の次第である。
ガッチリと施錠された城はセキュリティ面ですこぶる優秀だ。【解錠】が効かない建造物。その優位性を活かした保管庫としての役割は僕の夢に大きく寄与してくれている。来るべき日まで存分に役に立ってもらおう。
そう思っていたのだが……。
「…………?」
おかしい。呼びかけているのに反応がない。
花火玉の納品に来るのはこれで三度目だ。警戒されているという線は無いとみていいだろう。だとしたら……みんな消えたか?
そうか。古参ギルドもとうとう解散の憂き目か。
諸行無常の響きあり、などと言うが、ネトゲを引退する人はなんの前触れも音も無く忽然と姿を消す。ふと引退を考えた時、ログインが億劫になった時、他に優先したい事が生まれた時、プレイヤーは唐突にいなくなる。まるで元から存在していなかったかのように。
所詮ゲームだからね。ネトゲを辞めるのに誰の断りが要るんだという話だ。ゲームをやらなくなる理由なんて様々。なんとなくやめるなんてこともザラにある。『花園』もその波に呑まれた、ただそれだけのことだろう。
「誰もいないならー、入り口を爆破して入ってもいいよねー?」
一応の許可を取る。まさかとは思うが、僕への応対が面倒だからという理由で無視を決め込んでいるのかもしれないし。まさかね。そのまさかだったようだ。
ドタドタという漫画チックな足音が城の内部から聞こえ、ガチャリという解錠の音が響いた。
渋々という感情が物に宿ったらこんな声を出すのだろうな、と思えるギギっという音を鳴らして扉が開く。顔を覗かせたのは『花園』の下っ端と思われるプレイヤーだ。
憔悴した表情。酷い目付きなのはキャラクリ由来のものではなく、脳疲労によるものであると思われる。
このゲームのプレイヤーの表情は脳波によってコロコロ変わる。最もわかりやすいのは脳が疲れている時のプレイヤーだろう。
単純に怖いんだよね。幽鬼のような、という表現がこれほど似合う表情はそう無い。生気が感じられないのだ。
特に徹夜明けにログインしてきたプレイヤーなどは酷い。目が半分白目を剥いていたりする。そういえば二徹したらどんな表情になるのか検証しようとしてる猛者がいたなぁ。結局、脳疲労を検知されてログインが出来なかったというオチだったっけ。
VRゲーム、及びVR専用デバイスは販売するにあたっての審査が非常に厳しいことで有名だ。専門的な事はさっぱりだが、あらゆる危険性を排除しないと販売許可が下りないのだとか。
その中でも特段に厳しい措置が取られることで有名なのが『ダイブホリックペナルティ』だ。これはVR中毒者を出さないための仕組みである。
脳が疲れる、というのが具体的にどういう症状なのかは判然としないが、恐らくものすごく眠い時のような状態なのだろう。そんな状態に陥ってまでゲームを優先するというのは健康的ではない。精神的にも、また肉体的にも。
故にペナルティを設ける。脳疲労検知時のログアウト勧告に従わない場合は144時間――六日間ものログイン制限が課されることとなる。これを二度破ればBAN直行という特大のペナルティだ。それだけフルダイブ式のVRというのはある種の危険性を孕んでおり、慎重を期する必要があるのである。
空恐ろしくなるようではあるが、それでも用法用量を守ればなんの問題もない。ジェットコースターのようなものだ。安全装置が機能していれば、許容しかねるような体感刺激も一つの娯楽として大衆に認知される。考慮するに、必要なのは歴史だね。実績と言い換えてもいい。稼働年数が積み重なればV倫のような団体もやがて姿を消していくだろう。
さてさて、VR事情に思いを馳せることになってしまった原因のプレイヤーを改めて見てみる。ふむ。これは……ログアウト勧告寸前といったところか。
駄目だよ。用法用量は守らないとね。廃人達のように類稀な適性がない限り、一般人のログイン限界は八から十時間ほどだ。システムで定められた連続ログイン制限の十二時間まで粘れるのはもはや天賦の才と言っていい。廃人とは、人の基準に据えてはならない生態をしているから廃人と呼ばれるのである。
僕は務めて心配そうな表情を浮かべてモブ子氏に言う。
「酷い顔をしているよ? 早くログアウトした方がいい。でないと危険だ」
見ず知らずの相手だろうと関係ない。その身に危険が迫っているのならば忠告するべきだ。僕は気の遣える人間なのである。
僕の言葉を聞いたモブ子氏が僅かに目を開き身じろぎする。震える唇が蚊の鳴くような声の言葉を紡いだ。
「あ……あなたが……あなたが……ぁっ」
そして光の粒になって天へと昇っていった。ログアウト勧告に従ったのだろう。賢明な判断だ。空いた扉からぬるりと身体を滑り込ませて入城する。扉を閉めて鍵をかければ防犯対策は万全。おじゃましまーす!
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一分もしないうちに引っ捕らえられて謁見の間に拉致された。なんだというのか。
「あなたのおかげでスポーツが大流行してるわ」
玉座にでろんと腰掛けたユーリが疲労混じりの表情で言う。態度や声にいつものハリが無い。僕は適当にはぁと相槌を打った。
「……あなたのおかげでこのゲームの同時接続者数は数倍に膨れ上がったわ」
「それは僕のおかげじゃないよ。このゲームに携わっている皆が持てる全てを結集したおかげで」
「あなたがッ! 素晴らしい智慧を提供してくれたおかげで私達に仕事がじゃんじゃん馬鹿みたいに舞い込んできて食い詰めることは無くなりましたわーい!!」
ヤケクソに叫び散らしたユーリがわっと両手を挙げた。目が……キマっている。どうやらNGOにおける過酷な労働環境は『花園』内部にまでその魔の手を伸ばしているようだ。でもそれは言い掛かりだよ。僕はきっぱりと否定した。
「いくらなんでもこじつけが過ぎるよ。人が増えたのも、作るものが増えて余裕がなくなったのも、誰か個人が悪いって問題じゃないでしょ。それに嫌なら断ればいいじゃないか」
両手を挙げてフリーズしていたユーリがダラリと手を降ろす。溶け出したようにズルズルと姿勢を崩すと投げやりに言った。
「知ってる。無理があるのは分かってるわ。でも愚痴らせて。今は何かに向けて負の感情を発散させないとちょっと潰れそうなの」
「それは……ご愁傷さまとしか言えないなぁ」
そういうことなら仕方ない。僕は遠回しな嫌味を受け入れた。
『花園』は生産職の割合が高い。ヤッパを振り回してモンスターとじゃれ合うよりも、自由度の高い創作を嗜む方が気質に合っているプレイヤーが多いのだろう。
そんな彼女らはスポーツ大会の準備期間から今に至るまでフル稼働での生産作業を余儀なくされているらしい。設備や道具は勿論、個人用やチームの刺繍が入ったユニフォームの作成に至るまで幅広く手掛けている。激務なのだろう。その苦労は察するに余りある。
そこまで考えてふと疑問が湧いた。誰もが死んだ目をして働いているなか、ピンピンしているプレイヤーが数名いたのだ。問い掛ける。
「戦闘職のプレイヤーにも手伝わせればいいんじゃない? シラギクとかこの前見たとき普通に元気だったよ? 戦闘は廃人達に任せておけばいいんじゃないかな」
人手が足りないなら増やせばいい。至極単純な理屈だ。
名案かと思いきや、返ってきたのは気の抜けた表情。眉を八の字にしたユーリが肩を震わせて呟く。
「シラギクちゃんの料理を見たでしょ……? あれを見て、なお、生産職の手伝いをしろなんて言える?」
「あっ……そっか」
僕は全てを察した。彼女は戦闘職を好んでやっているのではなく、それ以外が……なるほどね。なるほど。僕は考えを断ち切った。あまり憶測で人を測るのは良くない。
とろけきった上体をくぐっと起こしたユーリ。虚ろな目に昏い光が宿る。
「料理大会といえば……あの爆発は良かったわ。少しスカッとした。ねぇ、北東区画のスポーツ会場全部吹き飛ばしてよ。増えすぎたプレイヤーの間引きに丁度いいかもしれないわ」
「馬鹿なこと言うもんじゃないよ。それに料理大会の爆発は僕のせいじゃないからね? 誰も信じてくれないってどういうことなの」
あの件が僕のせいにされてるのほんと納得いかないんだよね。『検証勢』のギルドハウスがゴチャゴチャ散らかってるせいでスパイスと爆薬を間違えるとかいうポカをやらかしたんだ。鳥男さんが必死に弁明しても、何故か僕が脅して言わせてるってことになってるし。レッドのゴミが面白がって事実を捻じ曲げて喧伝したから尚の事収集がつかなくなっている。酷い話もあったもんだよ。
「それは日頃の行いなんじゃない? それに今更一件くらい罪が上乗せされたって痛くも痒くもないでしょ」
「ユーリも大概失礼だよね。はぁ……愚痴はもういい? 僕はいつもの倉庫に花火を置いたら帰るよ。今日も五十個だ。帳簿をつけて順に並べておくから勝手に動かさないでね」
コツコツ作り続けた爆弾はこれで百五十個になった。インベントリにはもしもの時のために常に五十個常備してあるため、合計すると二百個だ。成果が着々と積み上がっていくのはなんとも言えない達成感があるね。
「もうそんなに作ってきたの……早くない?」
「集中力には自信があるからね。それに大型爆弾の在庫が揃ったから花火玉作りに割ける時間が増えたのも大きいかな」
あとは【一世一代】の影響もある。あのスキルは可能性の塊だ。取得したら必ずロールバックされているので検証出来ていないが、あれを花火玉に使ったらさぞ映えることだろう。モチベーションを高い水準で維持できている。要因としてはこれが一番でかいかもしれない。
「集中力かぁ……ならその集中力を活かして私達の手伝いをしてよ〜。花火玉保管の礼にでもさ〜」
端から断られるであろうと決めつけた態度だ。言ってみただけ、という表現がよく似合うやけっぱちな発言。
そうだね。いいかも知れない。いい気晴らしになりそうだ。
何より、発想力とは培わなければ枯れていくものだ。多方面の技術や作品に触れることで他に活かせる感性を養うのは重要なことである。僕は務めてにこやかな笑みを浮かべて了承した。
「いいね。乗った。善は急げだ、何から着手すればいい?」
「えっ? う、嘘でしょ? いいの!? えっ?? 明日って世界滅びる予定入ってたっけ? え?」
「帰るね」
「ま、待って! ウソウソ冗談だから! 宜しくお願いします!」
そんな流れで僕は『花園』の臨時の手伝いを務めることになった。芸術の秋っていうしね。彼女らの手腕を直で見て、僕の創作の糧にしようじゃないか。




