読書の秋
NGOは転換期を迎えた。
現実と遜色ない環境。違和感のないアバター操作。VRスポーツゲームとの親和性はもともと高かった。良質な下地はあったのだ。そしてプレイヤー達がそこに立派な広告塔を建てた。策は見事功を奏し、新規顧客の獲得を達成。さぁ、これからだと思ったらどうやら雲行きが怪しい。誰もが皆スポーツにしか興味を示さないのである。
なんと表現しようか。特売のチラシをバラ撒いて客が大量に押し寄せてきたまでは予定通りだが、特売品だけしか売れなくて不良在庫が残ったようなものだろうか。
店員が必死に残ったゴミを勧めるものの、客は白い目でチラと確認するとツバを吐きかけて去っていく。店に残ったのはゴミと倒産寸前の会社と露頭に迷いそうな店員だけ。まぁ、そんな感覚で概ね間違っていない。
ならば特売品の供給を止めてゴミを無理やり買わせるか。論外だ。客が飛ぶのは目に見えてる。ゴミしか無いならそもそも客は寄り付かない。ならばと情に訴えかけているのが現状だ。
いやね、ゴミあっての特売品なんですよ。ゴミも買ってもらえないとウチら困るなーって。特売品の供給が止まるのはお互いにとって利益がないでしょ? だから少し、ほんの少しでいいからゴミにも目を向けてくださいよ。このままだと自分ら首を括るはめになっちまいやすぜ旦那ぁ。こんな感じだ。そしてそれらしい成果は上がっていない。大変だね。
現状を憂いた役員達は何度目になるか分からない会合を実施。消費者に何としてでもゴミを売りつけるべく頭を突き合わせて会議を重ねた。
そして一つの結論に至った。ゴミは売れない。そもそも商品じゃない。見向きもされないのは至極当然である。ならば品質をあげよう。ゴミから粗悪品にランクアップしたなら少しは目を瞑ってくれるのではないか。要は品質改善だね。
「新機能解放だ! 少しでもマシなゲームになるよう体裁を整えるんだッ!」
だそうだ。
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連れてこられたのは『検証勢』のアジト。噴水広場の近くにある、それなりの大きさの家の壁をぶち抜いて一つの広間にした、居住空間というよりは研究施設としての機能性を重視したギルドハウス。
そこには各ギルドから選ばれたメンバーと、後はレッドが数人集められていた。まとまりがなく、ガヤガヤと騒ぐ集団の前にヨミさんが歩み出る。バッと白衣をなびかせて一言。
「読書の秋だ。各員、公式怪文書を読み漁れ。そして気になった点を洗うんだ。どんな些細なことでもいい。さあ、開始しろ」
僕はそそくさとギルドハウスを後にした。ヨミさんにグイと襟首を掴まれ拷問施設に収監される。なんなのさ。
「ライカン。君の着眼点には我々一同感服しているんだ。その智慧を今度は我々にも供与してもらいたい。無論、報酬は払う。何が不満なんだ?」
「怪文書解読なんて僕の分野からは外れるよ。あれを読めるのは才能だ。あの、読み進めるたびに頭の奥でミミズが這い回るような感覚がするの苦手なんだよね」
「酷なことを言う。我々は常にその脅威に晒されているのだぞ? スポーツ大会の準備で我々を酷使したのに、こちらの要望は聞き入れてくれないというのは筋が通らないだろう」
「……分かったよ。力になれるか分からないけど、少しだけなら」
「助かる」
僕は大人しく刑に服することにした。周囲のプレイヤーは皆おクスリの中毒者のように虚空を見つめている。解読作業を進めているのだろう。律儀なことだ。
さてどうしようか。少し迷い、僕は百話から読み進めることにした。以前は第一話を読み切ったところで頭が痛くなったので断念したけど、途中からなら大丈夫かもしれない。甘い考えだった。
僕はスッと手を挙げる。巡回していた『検証勢』のモブがササッと寄ってきた。
「何か?」
「人類と神? の連合軍がカジノで勝負してるシーンなんですけど」
「九十七話から百三話までの話ですね」
「なんというか、意味がわかりません」
「理屈を考えないでください。矛盾点を指摘しないでください。あらゆる全てをご都合主義で片付けてください。勢いで読み切ってください。作品の出来を評価するのではなく、何か引っ掛かる点や再現出来そうな事象を洗い出してもらえれば結構です」
「あっ、ハイ」
まいったな。思った以上の苦行だよこれ。真面目に読んでると頭がおかしくなりそうだ。
なんで全知全能の神がカジノで勝負してるのっていう疑問は置いておくとして……普通に劣勢に追い込まれてるのが謎だ。神って何なんだ。全知全能とは?
『考え方が古い貴様らは知らないだろうがな……ポーカーには必勝法がある。カードカウンティングだ』
『何だと……っ?』
これギャグでしょ。乾いた笑いを獲ろうという熱い信念をひしひしと感じる。その後のセリフにwikiの説明文を貼っつけたような解説が入るのとか、こう、うん。言葉にできないモヤモヤが消化できないまま胃に居座っている。説明文の修正をし忘れたのか、イキってる男がたまにですます調になるのとかいい味出してるね。
なんだろう、自由律俳句に通じる理不尽さと斬新さを感じる。季語も定型もブチ壊し、これが俳句だ! で押し通したらそれで勝ちみたいな。高度な力技で対象の脳を破壊しにくる何かだ。まずいな。脳がしくしくと悲鳴をあげている。脳ってこんなふうにざわつくことがあるのかという複雑な心境だけがあった。寿命が削れていく音を、僕は確かに聞いた。
「はっ……はっ……はっ……」
そして犠牲者が他にも一人。
全力疾走したあとの犬のような呼吸をしているプレイヤーがいるので、誰かと思って見てみればタクミーであった。顔がブルブルと小刻みに震え、瞳孔が開きかけている。末期症状だ。
「ちょっ、タクミー大丈夫っすか!? すんません! タクミーの様子が!!」
異変に気付いたショーゴが大声で助けを求めた。駆けつけたヨミさんが目を覗き込み、首に指を当てて脈を取る。
「エモーションペナルティ寸前だな。おい、タクミーとやら、どうした?」
「おか、しい……誤字、多すぎる……言葉の用法、デタラメ……なんだ、これは……」
「ふむ……几帳面か。割り切れ。でないと苦しい」
「苦、しい? 読書、楽しいもの、違う……?」
「お前はこれが本に見えるのか? 怪文書だ。娯楽を求めるな。理解を進めるな。ただ散りばめられたそれらしい要素を拾い上げるだけでいいんだ」
「……? ??」
「チッ……彼はもう駄目だ。適性が無い」
ヨミさんが言い終わるが早いか、タクミーはビクンと一つ大きな痙攣をすると虹色の光になって天へと昇っていった。体内に溜まった毒を消化する機能が弱いのだろう。人間向き不向きはあるからね。仕方ないね。
「タクミー!? タクミーっ!!」
ショーゴの気遣いむなしくタクミーは電子の海に散った。尊い犠牲だったね。南無。
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その後、追加で五人ほどの犠牲者を出しながらも刑の執行は続いた。三人寄らばなんとやらと言うように、『検証勢』以外のメンバー複数人が集まったことで今までにない視点からの意見が吸い上げられたそうな。
僕も提案した。カジノでも建てたらどうかな? と。答えは否だった。これ以上NGOに興味のない人間が増えたらいよいよお手上げになるとのこと。さもありなん。
といった所で休憩時間だ。ぶっ通しで読み込むと発狂確率が右肩上がりで増していくようなので、ちょっとしたリフレッシュ期間を設けるとのこと。
「いっせーの3」
「おい、いま親指あげたろ? 戻すなよ」
「は? 言いがかりやめろ。第一よぉ、何なんだよその掛け声。タイミングが取れねんだわ」
「普通、いっせーのーで、だよな?」
「ちっちーの、じゃないの?」
「チッチチッチバリチッチだろ」
「さすがにねーよ」
[草][草][ハァ?]
僕はモブレッド三人組と親指ゲームに興じていた。トランプや簡易式チキンレースは時間がかかるし頭も使うからね。これなら頭を使わず直感的に出来るので丁度いい。
「ライカン……君がレッドネーム連中を支配下に置いたという噂は聞いているが……まさか事実なのか?」
「そんなの嘘に決まってるでしょ。ただ遊んでるだけだよ」
「……なら、いいが」
それだけ言うとヨミさんは去っていった。
噂、ね。みずっちか。僕を隠れ蓑にして楽しいのかね。それとも牽制か。キルペナの押し付け……あれを暴露されないための、いや、暴露されても誤魔化しきれる状況作りの一環。どうやら僕はあまり信頼されていないらしい。そうだろうね。僕だってそうなのだから。彼らは監視だ。十中八九。全く、面倒くさいことになったね。僕は4を宣言して親指を一本挙げた。
「はい一抜け」
「チッ。ほらよ」
「掛け声が悪いんだよな」
「まだ言ってんのかよ」
僕は差し出されたコインを恭しく受け取る。しめて三百万G。
アホほどモンスターを狩る廃人が居て、しかし金銭の用途が少ないこのゲームでは金が有り余ることが多い。個人で億を所有しているプレイヤーもそれなりに居るとか。
でも僕はモンスターを狩れないからね。結構な値段のする大型爆弾の容器代をこういうところで稼がなければならないのだ。爆薬も爆弾も危険だし、商品にするつもりはないので尚の事。僕は勝利の笑みを浮かべながら再戦の準備を整えた。
「あのー、ライカンさん、少しいいですか?」
聞き覚えのない声。誰かと思い振り返ると、そこに居たのは……誰だっけ。なんか見覚えがあるんだけど、それが判然としない。うーん……直接話したこと無かったよな。
「あ、自分連鎖の下っ端なんすけど、ちょっとライカンさんにお願いがありまして」
彼は簡潔な自己紹介を終えるとインベントリから銃を取り出した。火縄銃ではない。黒光りするそれはシステムを通して作られたものではないワンオフの拳銃。あれは……思い出した。
「あぁ、アマゾン鳥男さんか」
「意味が分からないのにくっそ心当たりがある表現止めてくださいよ」
いつだったかのオークションで拳銃を競り落とした人だね。手をバタつかせて奇声上げてたあの人だ。なるほどなるほど、どこかで見覚えがあると思ったわけだよ。
「で、鳥男さんは僕に何の用が?」
「名前はスルーしますね。えっと、この銃なんですけど……既存の火薬だとどうしても勢いに欠けるっていうか、へなちょこ威力なんですよ」
「はぁ」
「だからライカンさんの特殊爆薬を少しばかり恵んでいただけないかと。へへ」
そう言って鳥男さんは諂うような笑みを浮かべた。
特殊爆薬ね。悪用すれば危険な代物だ。それこそ、このギルドハウスを粉微塵に吹き飛ばすくらいは容易な代物。彼はそれを分かっているのだろうか。僕は言った。
「いいよ。その代わり後で僕にも撃たせてね」
「あざっす! 勿論いいっすよ! 後で的撃ちでもしましょう!」
僕は特殊爆薬の入った麻袋を手渡した。なに、試し撃ちで使い切っちゃえば危険は無いさ。へーきへーき。
「おいおいライカンよぉ、俺らにもくれよ」
「火薬の質が上がれば火縄銃の射程も威力も上がるんじゃねぇかって言われてんだ。夢が広がるよな?」
「芋砂が捗りそうだよな。知ってるか? 街の外なら銃が使えるから、外壁の上に立ってちょいと後方に跳べば銃で街の中のプレイヤー撃てるんだぜ? その分エイム力が試されるけどな。射程が延びれば楽しいことになるぜ?」
うーん、ゴミ畜生。こういうのがいるから特殊爆薬の管理は徹底しないと駄目なんだよね。僕はしっしと手を払った。
「馬鹿なこと言ってないで続きをやるよ」
その後三連敗して稼ぎが消えた。チッ。なかなかやる。だが次は勝つ。鋭く視線で牽制しあっているとポカリと頭を叩かれた。
「おいお前ら。休憩は終わりだと言っているだろう。早く解読作業に取り掛かれ」
「……まだやるの? もう親指ゲーム大会会場でよくない?」
「報酬減額するぞ」
「読もうか」
僕は模範囚に戻った。少しでも刑期を短くしないと頭がおかしくなるからね。こんなの斜め読みでぱぱっと終わらせよう。
残る作業は。僕はチラとレッド三人組を覗き見た。
こいつら、真面目に怪文書を読んでないな? 目の動きで分かる。何かしらの配信を見ているに違いない。こいつらを告発して僕は刑期の短縮を嘆願しよう。
僕は決意を新たにしながら二窓でクソ野球の配信を開いた。
【踏み込み】は両チームとも1イニングにつき二回まで。このルールのおかげでなかなかに見応えのあるものに仕上がっている。攻めに使うか、守りに使うか。熱い駆け引き。やっぱスポーツって面白いわ。僕はNGOとかいうクソゲーが人気が出ない理由を噛み締めながら脳内で声援を送った。ナイスピッチ!




