空中戦の秋
▷剣道
「細かいこと言うようだけどさ、剣道ってスポーツじゃなくない?」
「そんな堅っ苦しいイベントでもねぇし、ゲーム内だからってことでひとつ」
割とアバウトな基準で種目が決められているようだ。普段から剣を振り回してるプレイヤーが多いし、見応えのある画になることを期待したいね。
黒髪黒目、中肉中背、特色皆無の廃人と、バタ臭いチャラチャラとした男が座して向かい合っている。あっさんとやり手のレッドネームだ。
剣道の面や鎧を用意するのはさすがに難しかったらしく、両者とも素顔を晒した着流し姿だ。まあこのゲームでは痛覚なんて無いし、怪我したってポーション一つで綺麗さっぱり元通りだからね。キャラの顔が見えたほうがむしろ映えるかもしれない。
座礼を交わした二人がスッと立ち上がり、竹刀の剣先を向け合う。ピンと張り詰めた空気。静寂を破る審判の声。
「始めっ!」
開始と同時に嵐のような攻防が繰り広げられるかと思いきや、予想を裏切る静かな立ち会いが行われていた。ジリとにじり寄った両者は竹刀の剣先を絡ませた牽制を続ける。
僕は読み合いの妙を理解できないが、そこにはきっと複雑に絡み合った意思のやり取りがあるのだろう。
あっさんの竹刀が上を取ったと思ったら、そうはさせじとレッドの竹刀がカツと剣先を打つ。次はこちらだと言わんばかりにレッドが摺り足で機を窺うと、あっさんがスッと一歩下がり剣先を制する。シンと静まり返った会場にカツ、カツという音の火花が散る。息が詰まりそうな応酬だ。
試合が動く。焦れたレッドが先走る。あっさんの手がブレた。不用意に攻めっ気を出したレッドの隙を突いたあっさんが竹刀を跳ね上げ、ガラ空きになった胴へ一閃。
「ダアアーーッ↑ァァァァァァァァ↓ヤァァァァァッッ↑↑」
気合を爆発させた一撃。対戦相手の胴がくの字に曲がり、バネのように吹っ飛んだ。審判が旗をスッと斜め下に突き出し、ピッと人差し指を立てる。
「反則、イチ」
ラグスイッチはルールで禁止だというのに。あっさんめ、油断したな。
スンと真顔になったあっさんと、頭からポーションを掛けられたレッドネームの両者が再び向かい合う。審判が開始を宣言した。先程とは打って変わって激しい試合展開だ。
「エエェェッ↓アアァァァァァァァァァッッ↑↑」
「ンピャァァァァァァァァッッ↑↑」
互いに迫力満点の剣気をコレでもかと発しながら摺り足で縦横無尽に駆けながら牽制を重ねる。攻め込むその時を誤れば敗北は必至。気圧された観客達がゴクリとつばを飲み込んだ。ふうむ。僕はビストロさんに問い掛けた。
「ねえ」
「言うな」
「絵面キモくない?」
「言うなッ! さっきまではまともな試合だったのによォ……」
なんと言えばいいのか。動いている範囲は広いのに、やってることは摺り足と牽制だから身体の動きは最小限というチグハグさ。【踏み込み】連発の摺り足は、動きに対して移動距離と速度がちょっと考えられないくらいに大きく機敏で、率直な胸の内を明かすと気持ち悪い。
「カサカサって擬音がピッタリだよね」
「言うなって……。【踏み込み】連発ムーブがゴキブリ呼ばわりされてっけど、こりゃその上を行くな」
「フナムシムーブとか?」
「やめろや。定着しそうなのが怖ェ」
フナムシムーブを続ける二人が息をピタリと合わせて駆け回る。摺り足で。いよいよ胃の中身がせり上がってくる感覚を催しそうになった頃にレッドが動いた。
カサカサ移動の推進力から繰り出される突き。堰を切った鉄砲水のようなそれがあっさんを捉える――寸前、あっさんの姿が掻き消えた。
レッドの姿勢は渾身の突きを繰り出したまま硬直している。完全に獲る気でいたのだろう。攻撃をすかされて無防備な背後、修羅道に堕ちたもののふが降り立つ。神立の如き一閃。
「【死々羽織】」
ピシャリと残響。入った。
審判が旗をスッと斜め下に突き出し、ピッと二本指を立てる。
「反則二。試合終了。互いに礼」
「何故だ……」
「面打ちの際は発声が必要ですので」
このゲームの、いわゆる必殺技のようなスキルはロクに使えないものがとても多い。技硬直や溜め時間などがあって隙でしかないものが殆どなのだ。
なかでも嫌われている要素に、『技を繰り出すには技名を言わなければならない』ものが多いことも挙げられる。全てではないというところがまた糞運営の糞調整具合を際立たせる。
なんというか、普通に恥ずかしいんだよね。技名が変に凝ってるし。それを考えれば僕の【一世一代】はだいぶマシな方だ。
【死々羽織】とやらも発声が必要なのだろう。故にルールに抵触してしまった、と。
シュンと背中を丸めたあっさんがトボトボと舞台を後にする。きっと効率優先でルールなど確認していなかったのだろう。無様だね。
「総合的に見たら剣道はまだマシな方だったんじゃない?」
「球技が悪かったのかもな。前半よりはちったぁマシな絵面になることを期待するか。次!」
▷相撲
まぁ儚い願いだったね。
土俵の中心で組み合った二人が【踏み込み】使用の寄り切りでの勝ちを狙おうとするも拮抗。戦いの土俵はそのまま空へ。【空間跳躍】を使用して更に空へ。
「なんでこのゲームのプレイヤーは隙あらば空中戦を仕掛けようとするのさ」
「俺が知るかよ」
ドスンと土俵に降り立った二人がバッと距離を取り土俵際で互いに睨み合う。シュバッと張り手の構えを取った両者はそのまま再び空へ。【空間跳躍】で激突した二人が遥か上空で突っ張りの連打を見舞う。もう完全に悪ノリだろ。
「これを国技として発信したら外国勢を取り込めねェかな」
「国家反逆罪かな?」
都合五回の空中戦を経て、廃人がレッドネームの猛者を空中で突き飛ばし勝利。観客席からはメニューで購入したのであろう座布団が大量に舞った。
「ちょっと盛り上がってるの笑える」
「正常な判断を下せなくなってきたんだろ」
「これスキル禁止にしたら逆に地味でつまらないって言われない?」
「クソゲーか地味ゲーの二択って詰みだろ」
▷レスリング
「相撲のせいでオチが見えてるんだけど」
「まだ分からねぇだろ。そう何度も空中戦になってたまるか!」
空中戦になった。
組み合った両者が跳び上がり空中で組んず解れつの攻防を繰り広げる。そのままくるくると回転しながら落ちてきた。タイミング良く上にいた方のプレイヤーは晴れて得点だ。
「なんか、コイントスレベル100って感じ」
「スポーツとは?」
答えに窮する問いだ。ちょっと今日は満足できる解答を捻り出せそうにない。
レスリングというよりはプロレスの興行のようなド派手さだ。悪ノリしたプレイヤーが高高度ブレーンバスターをキメて試合終了。キメられたプレイヤーは当然死んだ。判定はキメたプレイヤーの反則負けである。
「とうとう死人がでたね」
「今までよく保ったほうかもな」
とんでもない事故映像のはずなのだが、この試合は今日一番の盛り上がりを見せた。やっぱりこのゲームのプレイヤーは頭がおかしい。なんのためのルールなんだよ。
▷柔道
「相手と組み合う系のスポーツやめない? 天丼の予感しか無い」
「足技が多いんだから空中戦になるわけあらへんやろー」
空中戦になった。予定調和である。
直前の相撲とレスリングもどきがなまじ盛り上がっちゃったせいでそうせざるを得なかったのだろう。
逆らえない流れに飲み込まれた二人は地に足をつける伝統的なスタイルをなげうって空へと飛翔。胴着をむんずと引っ掴んだプレイヤーが相手をグイと引き寄せ巴投げを披露。投げ飛ばされたプレイヤーは【空間跳躍】を使い復帰。そのまま無防備な相手に組み付き仕返しの巴投げを披露。だが相手も【空間跳躍】で復帰。ふむ。互角、か。
「観客が『ほぅ……』みたいな空気出すの何なん?」
「投げ技は効果が薄いみたいだね。やっぱり締めか固めが有効? でも痛覚が無いからタップしないし、【踏み込み】使った無茶なムーブでどうにか出来ちゃいそう。折るのはルール違反だし……」
「お前もか」
試合は不用意に【空間跳躍】を吐いたプレイヤーが形勢不利に陥り、相手に空中一本背負いをキメられた。一本!
「【空間跳躍】の使い方、か。攻めに使うのは悪手なのかもね」
「だが両者とも守りに使ったら試合が動かねぇ。どう吐かせるかっていう立ち回りを突き詰める必要があるな」
「だね。戦法に関しては様々な発展系、派生系が生まれると思うよ」
「その後に自然淘汰や取捨選択が行われるわけだ。奥が深いな」
僕らは『ケーサツ』の中継カメラが近くに来たので評論家を気取った。腕と足を組み、背をのけぞらせてしたり顔で語る。印象操作に抜かりはない。
茶番を繰り広げていたら次の準備が整ったようだ。スポーツ大会は次の種目が最後。ラストに相応しい盛り上がりを期待したいところである。
▷ドッジボール
「球技かぁ……」
「最後の試合は大人数でわちゃわちゃした盛り上がりを期待したんだが……前半のアレを見ると不安だな」
若干の不安要素を抱えながら試合開始。先ずはジャンプボール。高く、高く放り投げられたボールを【踏み込み】使用のジャンパーが競り合う。ボールを奪取したのは『先駆』&『食物連鎖』連合。迎え撃つは『花園』&レッドネーム連合。
「一本! 行くぞッ!」
「来るぞ! カバー出来る陣形維持! 【踏み込み】は控えろ! ラインを超えたらファールだ!」
淀みない声掛け。緊張の糸がピンと張り詰めた。
ボールを持った廃人は【踏み込み】を付与した片脚で地を蹴った。コマのような回転。遠心力を借りた一投が『花園』プレイヤーに襲いかかる。リリースの瞬間を悟らせない一球。タイミングを逸したのか、キャッチし損ねたボールがコートを舞う。
「しまッ……」
「お任せぇ!」
コート外に跳ねて行きそうだったボールをギュンと踏み込んだレッドがキャッチし反転。【空間跳躍】で直上へと舞い上がる。ラインは超えていない。ファール回避。
「助かりましたわ!」
「チョロいもんよ」
ボールをキャッチしたレッドが空中で片手を挙げて応える。そのままコート上に降り立つ――直前、ブンと片手を振るう。放たれたボールは完全に油断していた廃人の脚を捉えてコートに落ちた。相手の意識の間隙を縫う一投。
コロコロと転がったボールはそのまま『花園』、レッドチームへと戻ってきた。拾い上げたレッドがニヤリと笑みを浮かべて一言。
「審判、宣言忘れてねぇか?」
「ッ! 8番、アウト!」
歓声が沸く。刹那の攻防。機先を制したのは『花園』、レッドチームだ。
「狼狽えんな! 取り返すぞ!」
『オー!』
火の点いた廃人、『食物連鎖』チームの反撃が始まる。地力を活かした力技と連携を活かしたパス回しが相手チームを追い詰める。
対する『花園』、レッドチームは搦め手やふとした瞬間の色仕掛けで相手のペースを乱しこれを迎撃。主導権を握り返す。
一進一退。目まぐるしく移り変わる状況の中で戦法が洗練されていく。三次元殺法。空中パス回し。【踏み込み】によるカバーを許さない陣形の構築。
避けるだけでは勝てない。ボールを掴まなければ攻撃の機会が回ってこない。そんな当然のルールがメリハリとして十全に機能している。
「ビストロさん」
「あぁ」
「これ、面白くない?」
「……あぁ」
見入っていた。コロシアムに集まったプレイヤー全員が、例外なく。さっきまでのヤケクソな盛り上がりとは違う。純粋に一競技として観客を唸らせていた。
基礎的な身体スペックは勿論、駆け引きや心理戦が戦況に大きく影響を与えている。加えて、スキルという追加要素が強すぎないというバランス。分かりやすいルールも相まって、スポーツの持つ熱がダイレクトに伝わり、観戦している者同士の感覚の共有がスムーズに行われる。熱狂が伝播していく。
「今のカバーすんのかよ!?」
「レッドネームって、あんな動けたんだな」
「オラッ! 廃人の意地見せろや!」
「『花園』! もっと大胆にいけや! ちょっと恥じらってんじゃねぇ!」
「『食物連鎖』の奴ら、アイコンタクトだけで連携取ってやがる」
ボルテージが上がる。声援に背を押されたかのように選手の動きにキレが増す。コロシアムは興奮の坩堝と化していた。溶け合うように一つになった僕らは、周囲に人がいることも忘れ、心の赴くままに感情を顕わにする。
笑顔も、歓声も、煽りも、罵声も、分け隔てなく受け容れる。所詮ゲームだ。でも、この感動を、熱を、ただの電気信号の一言で片付けられるほど、僕らは機械のように冷めていない。叫ぶ。本能の赴くままに。
果たして、試合の結果は――――
▷
同時接続者数、およそ四倍。
スポーツ大会は大盛り上がりの大成功を収めた。これはその結果だろう。生産職は各種用具の増産に大忙し。戦闘職も素材集めに大忙し。上を下への大騒ぎである。
そして新たな問題も浮上した。予想以上の新規、復帰勢がゲーム内に押し寄せたため、コロシアムがキャパシティオーバーを迎える事態となったのである。クソサッカーやクソ野球をやりたい物好き達の不満が募っていったのだ。
これを重く見た既存プレイヤーたちは緊急会談を実施。合議の結果、北東区画を一部更地にして再開発する事業が発足する運びとなった。
ちなみに解体作業責任者は僕である。盛大にぶっ放し、有名ドーム四個分ほどの敷地を確保することに成功。結構な給金が出た。ボロい商売だね。
今現在はその敷地の割り振りを巡った激しい論争が繰り広げられていることだろう。丁度いい落としどころを見つけてほしいものである。
VRスポーツゲーム。クソみたいなクオリティしかない作品群。
それに失望していた人間の需要を掘り起こし、NGOは見事再興を果たした。好評の声が多数散見され、そんな声に背を押された人が続々と参入してくる。好循環の始まりだ。
なんと、本物のプロの選手が数人ログインしてきたとの報告も上がっている。NGOをプレイしていたら人扱いされなかった以前では有り得なかった事態である。
空前絶後。NGOはまさに転換期を迎えていた。新世代の登場だ。新たな時代を、迎えてしまったのである。
『え? モンスター討伐? いや、興味ないです』
『いやぁ、剣とか魔法とか物騒じゃないですか。惹かれないんですよね』
『え? これスポーツゲームですよね? あぁ……素材が、モンスターを狩ることで……はぁ。いえ、自分は結構です』
僕はケーサツの配信を閉じた。なんというか、まぁなるべくしてなった結果だよね。
スポーツが担ぎあげられる現環境。そこに、本来のNGOのMMO的価値観はまるで求められていなかったのである。
誰得要素
スポーツの合間にやるミニゲーム
神スポーツゲーにへばり付いてるクソゲー
酷い評価だ。だが何より酷いのは、僕らはこれらの意見に対して強い反論要素を提示できないことだ。全くもってその通りなのである。
『先駆』や『食物連鎖』がそれとなく肥溜めへの道案内を推し進めているようだが、良い結果は耳にしたことがない。そのうち北東区画は丸々スポーツ区になってしまうのではないかという懸念まで生まれる始末。魅力的過ぎたんだ。そして、NGOに魅力が無さ過ぎたんだ。これはその結果である。
延命は為った。しかしながら今度は別の要因で瀕死になるという呪いにも似た悪循環。そういう星のもとに生まれて来てしまったとしか思えない。巡り合わせが悪すぎるよ、NGO。
今日も今日とて既存プレイヤーは新規プレイヤーのために汗水垂らしてモンスターを狩る。先発が後発を支える。美しい関係だね。
区画爆破解体工事はいつでもお待ちしております。格安で請け負いますよ。




