初心者向けユーザーイベント
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにゲーム内イベントの少なさがある。
イベント。ゲームの中で行う催し物の総称である。
イベントの内容はゲームカテゴリによって幅広く存在する。
一定期間内のモンスターの討伐数を競うもの。
決められた装備でいかにモンスターを早く討伐出来るかのタイムアタック。
持てる全てを振り絞り勝者を決める対人戦。
ギルド対ギルドの多人数戦。
魅力的な一瞬を切り取って披露するスクリーンショットコンテスト。
釣った魚の大きさを競う釣り大会。
これらの多くには結果に応じた魅力的な報酬があり、プレイヤーは上位入賞を目指してしのぎを削る。
MMOにおいてイベントとは、ユーザーを楽しませるための舞台装置の構築であり、ひいてはユーザーが飽きて辞めてしまわないための環境整備の一環である。
NGOにおいては、運営が強烈に押し出している『あらゆる全てがユーザーによって新たに創り出される』というコンセプトを盾にして、安易なイベントを実装してこなかった。
おおかた、ユーザーが協力して世界を創り出していくその過程こそが一つの大きなイベントであるなどと考えていたのだろう。
検索エンジンのサジェストワードが『クソゲー』『虚無ゲー』『やることない』などの後ろ向きなもので溢れていることから、その試みが功を奏したか否かは一目瞭然であるのだが。
そんなNGOでも二回ほどイベントのようなものを実施したことがある。クリスマスと元旦に、街と各種フィールドに特殊な装飾が施されたのである。
クリスマスはきらびやかなイルミネーションが、元旦は雪と正月飾りがそれぞれ世界を彩った。
突然のサプライズにプレイヤー達は大いに沸き立ち、どのようなイベントであるのかを調べるためにこぞってフィールドに繰り出した。
特殊なモンスターがいるかもしれない。期間限定のアイテムがあるかもしれない。
そうしてプレイヤーによるローラー作戦が敢行された結果、目新しいものは何一つとして見つけられなかった。これらは徹頭徹尾ただの飾り付けであったのだ。
日付け変更と同時、定時上がりの役所仕事のように飾り付けは消失した。NGOが初めて催したイベントは、数多くのプレイヤーに徒労感を植え付けて幕を閉じた。お手本のような骨折り損のくたびれ儲けであった。
これを受け、ゲーム内掲示板ではもはや恒例と化した糞運営書き殴り祭りが開催された。そちらのほうがイベントよりも盛り上がっていたのは皮肉と言う他ないだろう。
世論は常に私刑であり、私刑は常に娯楽である。
後にパンドラの箱逆開封事件と呼ばれる、NGOをプレイするよりも、NGO運営を叩いているときのほうが楽しいという意見が大勢を占めることとなった出来事であった。
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自宅でせっせと爆弾作りに精を出していると玄関の鍵がピッキングされ、一人の男が【踏み込み】でギュンと接近してきた。
「死にすぎだ。レベルを上げろ」
能面と見紛うような表情でそれだけ呟くと、【踏み込み】でギュンと去っていった。心霊現象かな? 僕は無視した。
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自宅でせっせと爆弾作りに精を出していると玄関の鍵がピッキングされ、ショチョーさんがズカズカと上がり込んできた。
ショチョーさんは持っていた輝くコインを指でピンっと弾いて寄越した。僕はそれをパシッと受け取り金額を確認する。百万G。デカい案件だ。僕はほんの少し身構えた。
対面に腰を下ろしたショチョーさんは僕の思惑を察してか、凶悪犯罪者のようなツラにほんの少しの笑みを浮かべた。
安堵させようとしているのだろうが、むしろ逆効果なのがポイントだ。
「この間の仲直り企画と出会い厨制裁。どっちも好評でな。これはその謝礼の側面が大きい。そう警戒すんな。あとは、ほんの少し知恵を借りてぇってところだな」
「ああ、そういうこと。僕もその配信はあとから見たよ。物で釣られて友情を売ったとかいうコメントがあったのは残念だったけどね。正義を理解していない視聴者が多すぎるよ」
「当事者じゃない連中ってのはそんなもんだ。本題に入るぞ」
ショチョーさんはインベントリから紙を取り出すとこちらに寄越した。
見出しは『初心者向けユーザーイベントを開催して新規プレイヤーを少しでも定着させようキャンペーン』だ。もう少し捻りを効かせられなかったのだろうか。
「新規プレイヤーってそんなに増えてるの? 僕はここ数日だと例の二人と、あとはホシノがナンパしようとした時にいた二人くらいしか見てないんだけど」
「驚くことに数十人見つかってる。それに、数日で四人も見かけりゃ上等なほうだろ」
「そっか。そうだね」
酷い評価かもしれないが、紛れもない事実なのだから驚きだ。
たまたま配信を見かけて興味を持ち、いざ始めてみようと思い立って検索エンジンでNGOと打ち込むとネガティブな話題しか出てこないのだ。
ここで多くの人間が目の粗いふるいにかけられる。立ち入り禁止の看板を見たような、肥溜めを前にしたような、よく分からない感覚に陥るらしい。
警鐘を鳴らす本能に抗いNGOを始めたプレイヤーは、そのリアルさに驚き『案外悪くないんじゃないか』という錯覚を抱く。
そしてヤク中のような表情をした店主ばかりのバザー通りを抜け、森に出向けば猪に轢かれ、平原に出向けば鬼に潰され、海に出向けばその何も無さに立ち尽くすこととなる。
一日二日もすれば『やることなくね?』となるのだ。僕達NGOプレイヤーはその意見に対してこれといった反論要素を提示できない。全くもってそのとおりなのである。
このゲームの最たる楽しみ方として運営叩きが挙げられるが、実際に運営のクソっぷりを味わったことのない新規プレイヤーはイマイチ乗り切れないのだ。
ログインしたら挨拶として運営死ねと書き込み、ふとした瞬間に運営死ねと書き込み、ログアウト前の締めに運営死ねと書き込む文化は、ゲームの部外者からは奇特に映るらしい。そりゃそうでしょっていうね。
そういった諸事情があってこのゲームの新規プレイヤーの定着率は著しく低い。そんな窮状を打破すべくひと肌脱ごうというのがこの企画の主旨だろう。
肥溜めから脱出しようとする新規の脚にしがみついて引きずり込もうというワケだ。ひどいことをする。
「モンスター討伐は『食物連鎖』の連中が補佐して回ってる。魔法が使いたかったってプレイヤーは不満気だったな。おそらく長くは持たねぇ。剣を振ってるだけで楽しいって奴らには概ね好評だ。のちのち戦う運営の悪意の塊みたいなモンスターに適応できるかが懸念点だ。生産職希望の奴らは……どうだろうな。何かを作って売りたいって考えだと駄目だろう。買い手がいねぇ。趣味の一つとして妥協できるかが分水嶺だろうな」
ショチョーさんの報告を聞き流しながら企画書に目を通す。
・【踏み込み】【空間跳躍】を利用した運動会
・ベテラン二人、初心者二人で組んでの鬼早狩り競争
・街中鬼ごっこ(【解錠】スキルを使用して屋内に隠れるのは禁止)
・草モシャ早食い選手権
・弓でFPS
・バトルロイヤル
途中から飽きてるじゃん。粗方目を通したところで僕は所感を述べた。
「運動会はいいんじゃない。現実では不可能な動きが体験出来るのがVRの強みだし。早狩りはベテラン二人の実力に依存しそう。鬼ごっこはアバターの目立ち具合で差が出そう。後の三つは却下。草モシャは意味がわからないし、初心者にデスペナPKペナ強要は駄目でしょ」
「なるほどな。……弓でFPSいいと思わねぇ? 新規ならまだレッドネームの影響少ねぇしさ。そのうち俺らもやりてぇんだよ。殺されても恨みっこなし、その後のキルなしっていう紳士協定結んでさ」
提案者ショチョーさんか。完全に自分の願望じゃん。
紳士協定ね……従うプレイヤーはいるだろうけど、他人の善意に期待すると痛い目に遭うのがこのゲームだ。それに、大事なことが頭から抜けている。
「やるのは自由だけど、頭おかしいPK連中は対策できるの? 普段レッドネームにならないような人がペナ食らったらウキウキで狩りにくるよ? 優勝者は数日ログインできない事態になりそう」
「……駄目か。クソッ。コロシアムじゃ狭すぎて話にならねぇしな」
コロシアム。その手があったか。
コロシアムは『検証勢』が解禁した要素の一つだ。
平原に鎮座するその建物は、内部でのPKペナルティとデスペナルティを免除する効果がある。ペナルティが付くのは嫌だけど人は斬りたいというプレイヤーが集まる対人のメッカである。
しかしながらこのゲームはそこまで対人が盛り上がっていない。【踏み込み】による高速戦闘が強すぎるので、遠距離職が息をしていないなどの欠点がある。
必然、ヤッパを振り回すスタイルに収束してしまうし、なによりもセンスがモノを言うので動けない人は本当に勝てない。僕もその一人だ。
魔法もあるにはあるのだが、詠唱という手順を踏む必要がある以上近接戦闘職の餌だ。身振り手振りで発動できる最下級魔法はそもそもダメージになりえない。
詠唱が必要ない闇魔法なるものも存在するが、発現に成功したのはただ一人だけだ。戦い方に華があり、廃人を幾人も蹴散らした文句なしの最強プレイヤーである。ログイン率が極端に低いのが残念なところだ。
そんなわけでNGOの対人はそこまで盛り上がっていない。だけど、技術に差がついてない今なら楽しめるのではないか。僕は提案してみることにした。
「コロシアムで対人トーナメントなんてどう? モンスター相手だと剣士一択だけど、対人なら好きな武器でそれなりに遊べるんじゃない? その後にベテラン同士で対人やらせて、上達したらここまで動けるっていう例を示そう。興味が出たらモチベーション維持にもなるんじゃないかな」
「なるほどな……。狩りで剣士に飽きた奴も、そのルールなら楽しめそうか。だが、タイマンだとどうしても有利不利武器が出てくる。そこはどうする?」
「覆せない要素を如何にぼかすかは主催者の腕の見せ所でしょ。緩い雰囲気にするとか、禁止ルールを設けるとかさ」
「腕の見せ所か……違いねぇ。よっし! その方向で話を進めるとするか! 聞いてよかったぜライカン」
「人助けは正義の味方の仕事だからね」
すっくと立ち上がったショチョーさんが晴れやかな顔で出ていく寸前、「お前普段からこんくらいまともに過ごせないのか?」などと訳のわからないことを言ってきた。塩を撒く要領で小型爆弾を投げつけておいた。
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数日後。爆弾作りが一段落し、休憩がてら何か動画でも見ようと動画投稿サイトを覗いたら、『ケーサツ』が新規プレイヤーをコロシアムに集めて対人トーナメントを行っている配信を発見した。
ふぅん。そうか。発案者を。差し置いてね。へぇ。そう。
僕はコロシアムへと足を伸ばした。




