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奈落へ遡る砂時計事件

 僕とα、β、γの即席パーティは草原へと足を延ばしていた。


 相対するは鬼。緑色の肌に映えるパックリ割れたシックスパック、筋肉がみっちりと詰まった上腕、破裂しそうなほどに膨張した下肢。パラメーターを殺意に全振りしたら出来上がるような化け物だ。

 鬼はその恵体で分厚い棍棒を木の枝のように軽々と振るい、数多のプレイヤーをブチ転がして粉微塵のポリゴンに変えてきた。


 サービス開始直後、『アレは戦ってはいけないタイプの中ボス敵存在である。手出し厳禁』との評価が下されたモンスターだ。その実態は雨後の筍のようにポコポコとリポップする雑魚モンスターだったわけだが。


 しかし人は学ぶ。積み上げた屍の数だけ知識も積み上げていくのが人の強みだ。敵方から散る赤のポリゴンの中に正着を見出し、味方から散る赤のポリゴンの中に悪手を認める。適宜改良、洗練されていく戦法が広く認知されるにつれ、プレイヤーはサンドバッグからスパーリング相手くらいには昇格することができた。


 そして【踏み込み】、【空間跳躍】という壊れスキルの発掘によってプレイヤーは飛躍の時を迎えた。理不尽に抗するにはこちらも理不尽に頼る。真理であった。


 プレイヤーがゴキブリの素早さとハエの鬱陶しさを手に入れたことにより、化け物並みのフィジカルを持つが嫌らしい絡め手を使用することの無い鬼は、ボスクラスという評価から一転して二番目に弱いモンスターと呼ばれるに至った。


 このゲームに頭を汚染されたプレイヤーはみな鬼のことを良モンスと呼ぶ。先生と呼んで敬う者までいる。

 後隙が少ない、火力がおかしい、こちらの攻撃に対する反応速度が異常、プレイヤーに遊ばせる気が感じられないというモンスターであるが、言ってしまえば()()()()だ。


 悪意満載のクソモンス郡の中では、という注釈を付けるのであれば鬼は良モンスであると言えよう。極まったプレイヤーはソロで二分以内討伐を成し遂げる。凄腕が四人も集まれば三十秒とかからずにポリゴンと化す。


 なんだ、鬼なんて雑魚じゃないか。

 狩りの動画を視聴し、自分でも出来る気になったプレイヤー達はみな一様にそんな感想を抱く。そして、そんなナメた態度で挑んだプレイヤーはまとめて棍棒のシミになる。


 二番目に弱い。その評価は、けして鬼の攻略難度が低いこと意味しない。

 見てるだけで酔いそうなほどの奇抜な動きをやすやすと繰り出す変態プレイヤー連中のせいで雑魚に見えるだけで、鬼のポテンシャルは他ゲーだったらラスボスに据えられていてもおかしくないレベルの強さだ。研究と研鑽、そして幾度もの死を経験しない限り乗り越えられる壁ではない。


 故に先生。

 このゲームはこういうものだから、という認識をプレイヤーに身体で教え込む熱血教師だ。体罰上等という危険な思想を引っ提げ、今日も今日とて生徒に熱い指導を行う――――予定だった。


 αが鬼を一発斬りつけて注意を引き、逃げの一手を打つ。着かず離れずの位置をキープし、鬼が動き回らないよう留めておく戦い方。あいつ、意外とやるな。

 その隙をついてβ、γ、僕の三人がスタンプを連打する。鬼に被せる形でシュポンシュポンと繰り出し続ける。


 [超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!]


 いきりたつ鬼が等身大鬼さんスタンプに埋もれていく。どうやらスタンプは攻撃判定と見做されないらしい。αにすべてのヘイトを押し付け、僕らはひたすらにスタンプを連打し続けた。

 周りにいたプレイヤーが僕達に奇異の視線を向けている。そりゃそうだろう。他人からはまるで意味のわからない遊びにしか映らない光景だ。トチ狂ったと思われてもおかしくない。


 だが、僕の、僕らの予想が正しければ――


「グォォ――ォ―――ォ―――」


 来た! 来たぞ! この反応ッ!


「スタンプやめ! 一時退避!」


 γが機を見て指示を飛ばす。僕らはスタンプ攻撃をやめてザッと鬼から距離を取った。見守る。固唾を飲んで見守る。

 十秒。二十秒。いつの間にか近寄ってきていた他プレイヤーがゴクリと喉を鳴らした。


「お、おい……これって、まさかッ」


 彼らはどうやら僕らの意図を理解したらしい。笑みで応える。これは、ともすれば、神アップデートの資質を秘めている。その確信があった。


 六十秒。静寂を破って鬼が吠えた。


「――――ォォッ!」


 鬼は誰もいない場所を棍棒で薙ぎ払った。より正確に言うならば、さっきまで囮を務めていたαが直前までいた場所ということになる。それは、まるで、鬼の時間が止まっていたかのような光景で――


「ハハッ!」


 αが笑みを浮かべて駆ける。どうやら続いて囮役を買って出てくれるらしい。

 僕らも続く。と、そこでβは不意に後ろを振り返り、唖然とした表情を浮かべているプレイヤーに言い放った。


「おい! 数を呼べ! 暇してる奴らを全員引っ張ってこい!」


 僕とγも足を止めて振り返る。そこにあるのはとてもいい笑顔だ。片方の口端を吊り上げて牙を見せ付け、ギラついた目をひん剥いた穏やかな笑み。叫ぶ。


「祭りだ! 乗り遅れてもしらねぇぞ! 狩りの時間だッ! クソモンス狩りだああぁぁぁぁッッ!!」


 ▷


 総勢百人ほどが花畑エリアに集っている。

 草原を抜けた先にあるこのエリアはNGO屈指の絶景エリアとして名高い。色彩豊かな花が風に煽られて花弁を散らし、仄かに甘い香りを漂わせる。幻想的。まさにファンタジーの世界に降り立ったという気分を味わえる。


「フヒッ……ヒッ……ヒッ……」


 あれさえいなければ、ではあるが。


 プレイヤーから藁い草、もしくは単に草と呼ばれるモンスターだ。畳のような材質のワラ人形の姿に、黒いテクスチャを笑みの形にして貼り付けただけの手抜きデザインのモンスターである。


 藁い草はなにがそんなに面白いのか知らないが、常に呼気を漏らしたような笑い声を上げている。非常に鬱陶しいことこの上ない。

 心が洗われるような光景の花畑にこんな悪趣味な敵を配置する運営のセンスはどうなっているのか。今更言っても詮無きことではあるのだが、時々なにがしたいのか分からなくて困惑する時がある。


「さて、鬼の時は上手くいったがこいつはどうかな」


「分裂が機能してたら厄介だな」


「まずは様子見で俺らから行くか。おい! 離れてろよ! 万が一があったらことだ!」


「レッドネームになりかねないしね」


 α、β、γが藁い草へと接近する。僕も続く。ここから先は危うい賭けだ。特大の危険を孕んでいるが、勝った時のリターンの大きさは計り知れない。


 藁い草。呪いのワラ人形モチーフということもあり、途轍もなく厄介な性質を備えているモンスターだ。


 第一段階はおとなしい。地中から根の槍をノーモーションで繰り出してきたり、腕を伸ばして超広範囲を薙ぎ払ってきたり、デバフが掛かる笑い声を広範囲に撒き散らしたりといった程度だ。これだけ聞くとただのクソモンスだが、勿論これで終わりではない。


 藁い草はこちらが攻撃を加えることで本領を発揮する。本体が分裂するのだ。この第二段階がとにかくキツイ。

 奴は被ダメージに応じて、子供でも産み落とすかのように小さな藁い草をポンと発生させる。小さくはしっこいそいつらは戦場を縦横無尽に飛び回り、隙を見せたプレイヤーに取り憑き寄生する。するとどうなるか。


 敵が一人増える。


 アバターのコントロールを奪われたプレイヤーは、ついさっきまで肩を並べて共闘していた仲間に対して刃を振り下ろす操り人形と化す。取り憑かれたプレイヤーを救う手立ては藁い草本体の撃破以外には無く、形勢不利を強いられたまま討伐を続行する必要に駆られる。


 取り憑かれたヤツはもう殺したほうが早いんじゃね?

 そう思い操られているプレイヤーをキルすると、当然の権利のようにプレイヤーキルペナルティが付与される。また、操られているプレイヤーが味方をキルした場合にもペナルティが付与されることとなる。藁い草が最も嫌われている点がこれだ。


 従来のクォータービューのMMOでやるならまだしも、前方180°にも満たない視界の中で四方から攻撃の波が押し寄せて来るという極悪難易度。そして、一手でも選択を誤れば特大のペナルティが付与されるという理不尽さ。


 倒したあとに残るのは腸が煮えくり返るような苛立ちである。アクションゲームに必要不可欠な要素である達成感がまるで無いのだ。

 ストレスに始まりストレスで終わる。悪意がみっちりぎっしり詰まったこのモンスターは、どこまでクソ要素を詰め込んだらプレイヤーがキレるかの試金石として用意されたストレスチェック用のモンスターなのではないかとささやかれている。僕もこの説を推している。でなければ開発は頭がおかしい。


 さて、そんな害悪筆頭である藁い草。特大のデメリットを負ってまで倒すメリットはあるのか。答えは、わりとある。


 こいつの素材を使わなければ作れない装備が結構あるのだ。高レベルの生産職にとっては垂涎(すいぜん)もののモンスターである。ユーリの着ぐるみ装備にもこいつの素材が使われているとか。


 それに経験値もおいしい。『検証勢』が弾き出した計算によると、その経験値はなんと、およそ鬼の十八倍から二十倍とのこと。狩れればリターンはデカいという点も腹立たしいというストレスの化身のようなモンスターなのである。


 従来は廃人連中や高レベルのレッドネーム達が万全の態勢を整えてから挑むようなモンスターであった。一般プレイヤーには手出しできない開発の悪意。

 いま、その悪意に並以下のプレイヤー達が挙って牙を剥こうとしている。


「拳で行く! これなら分裂しないはずだ!」


「頼む! 俺らは背後から行くぞ!」


「食らったら俺が代わりに引き受ける!」


「僕はスタンプをひたすら連打するよ」


 αが【踏み込み】付与の脚力で突っ込み、藁い草の顔面に勢いの乗った拳を見舞った。ヘイトの奪取。駆け抜けていったαを追って背中を晒した藁い草にβ、γ、僕が迫る。


 [超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!]


 筋肉を誇示しながらサムズアップをしている鬼さんスタンプで藁い草を押し潰す。プレイヤー並の大きさしかない藁い草はあっという間にスタンプに埋もれた。だがまだだ。恐らく、五十から六十。それが処理落ちの発生点。


 課金スタンプである等身大鬼さんスタンプは、どんな超技術が使われているのか知らないが、どの方面から見ても鬼さんのご尊顔が拝める仕様だ。それがどういう判定を及ぼしているのか僕らには到底理解できない。

 そんなスタンプを一処に固めるとどうなるか。結果はホシノや鬼で見てきた通りだ。


「フヒッ、ヒッ――ヒ――――ヒ――」


「効き目あり! 斬れ! 斬れッ! ライカンはスタンプ連打継続頼む!」


「了解!」


 反応が途絶えた藁い草をα、β、γが囲んで斬りつける。ひたすらに斬りつける。僕はα、β、γに被らないよう一定の間隔を置いて鬼さんスタンプを出し続けた。


 長いようで短い時間だった。緊張がそうさせたのかもしれない。実際にかかった時間は一分も無かっただろう。


 藁い草はポリゴンとなって消滅した。分裂はしなかった。


 これ以上は無いであろう害悪モンスターを相手取り、ノーダメージの完封勝利。それも、ろくなセンスを持ち合わせていない一般プレイヤーパーティである僕たちが、である。

 後で知ったことなのだが、この討伐時間は廃人たちをも上回る過去最速のタイムであったらしい。


 風に吹かれて花が舞う。一瞬の静寂。

 のち、爆発のような快哉が巻き起こった。NGO史に刻まれるほどのジャイアント・キリング。集まったプレイヤー達がその偉業を称えるかのように雄叫びを上げる。それは人類の躍進を象徴するに相応しい鬨の声であった。


 時代は変わった。存在カースト最底辺を這いつくばっていた人類が、三角錐をひっくり返したかのように頂点へと躍り出たのだ。


 花畑エリアに集ったプレイヤー達はすぐさま散開。今まで受けた屈辱とストレス。それらに熨斗(のし)を付けて悪質なモンスターへと叩き返した。

 誰でも出来るスタンプ連打でモンスターを無効化。後になぶり殺し。圧倒的強者の立場に立って暴力を振るうことで、溜めに溜め込んだ鬱屈はその感情を反転させる。


 人権が百円で買える神ゲー。


 数多プレイヤーに害意を惜しみなく振りまいてきた藁い草が何もできずに塵になる。その光景はプレイヤー達の昏い感情を励起、拡散させた。草刈り作業の開幕である。


「分裂なしでも経験値据え置き確認! 狩れ! 刈れッ! 枯れるまで狩り尽くせッ!」


「スタンプ買ってねぇ貧乏人は囮に回れ! 下手くそでも三十秒位はもつだろ!」


「必中攻撃も無ぇから低レベル職業上げ放題だぞ! 必須スキルを発掘しろぉぉぉッ!!」


「ダンサーのレベル上げが出来るぞ! こんな機会今しかねぇ!」


「周りの草を抑えてくれ! 魔法職のレベルを上げるッ!」


「うおおお! 神ゲー! 神ゲー! はっはああぁぁぁッ!!」


 宴だ。人類史に新たな一ページが刻まれた、これはその祝祭である。


 誰も彼もが草刈りに熱を上げる。狂騒が場を支配するなか、一際大きい声援が後方から響いた。

 何事か。α、β、γ、そして僕は一斉に振り向いた。


 あっさんだ。単身で花畑エリアに乗り込んできた廃人が人混みを縫うようにギュンと戦場を駆け抜け、その度に爆発的な歓声が上がる。一体なにが起きているのか。


 飛翔。僕らの方へ跳んできたあっさんが、離れた位置に居た藁い草に急速接近し、接敵寸前にカッと目をひん剥いた。


 ワン・セカンド・フリーズ…………ッ!!


 スタンプを秒間六十連打した廃人があっという間に藁い草をデクへと変える。人外の離れ業をなんの気負いもなくやってのけた廃人が肩越しに振り返って一言。


「やれ」


 こちらの返事を待たずにギュンと駆けていくあっさん。辻スタンプ。そういう役割もあるのか……っ!


「ははっ、勝てねぇな……!」


「ああ。追いついたと思ったらすぐに引き離して行きやがる!」


「あの背中は……遠いな」


「でも、それでこそだって思うよね」


 存在カースト頂点に立ってなお埋まらない差がある。だが、僕たちの胸中にあったのは泥のような嫉妬ではなく、むしろ澄んだ空気のような清々しさだった。

 金持ち喧嘩せずというように、強さを手に入れた僕たちの心には今までに無かった余裕のようなものが芽生えたのだろう。超えられぬ高い壁を、圧倒的な差を見せつけられて、それでも僕らは笑顔だった。


 こうしてNGOは本来あるべき姿を取り戻した。滞っていた検証は進み、貴重な素材の供給がなされ、プレイヤー間交流が活発化する。そんな未来が来る。その確信があった。

 耐え、忍び続けた。これはその報いだ。これより先は未知の光景。いざ、光差す新世界へ――――


 ▷


 ロールバックされた。アビューズ行為だってね。


 運営怒りの公式発表文には、なぜ明らかに不具合と分かるような挙動を利用して稼ぎに走るのか甚だ疑問であるとのお気持ちが表明されていた。

 ならまずはバグか不具合か仕様か分からないこのクソみたいなバランスを調整しろとのご意見は、もちろん攻撃的な脳波を検知されて運営のもとに届くことはなかった。


 僕たちは知らなかった。いや、忘れていたと言うべきだろうか。


 糞運営とは。善意を母親のお腹の中に忘れてきた畜生共は――――


 ユーザー有利の不具合を見つけた時は神懸かった手際の良さを見せつける。


 今まではユーザー有利の不具合というのが殆ど無かったので失念していた。このゲームの運営は糞だ。糞なのだ。


 四十五分。それが、人類が天下を取っていた時間であった。

 ユーザー不利の不具合は鼻くそほじって見てみぬふりをする運営陣は、プレイヤーの躍進を見てこれに激怒。重い腰をいとも容易く持ち上げて光の速さで修正を敢行した。


 同時に出せるスタンプは三個まで。

 持続時間は十秒。

 等身大の鬼さんスタンプは一日に三回まで。


 わずか四十五分の間に立案とプログラムの書き換えがなされたらしく、ロールバックと同時に新ルールが適用された。仕事が……早すぎる。


 これによりスタンプ処理落ち戦法は壊滅。人類は再び存在カースト最下位に転がり落ちるという結末を迎えた。


 stamp。踏みつける、という意味もある。運営は何としてでもプレイヤーを下へ下へと押しつぶすことで人の尊厳を踏み躙りたくて仕方がないようであった。


 これはゲームじゃない。クソ運営との戦いの記録だ。

 僕らは今日もまた運営死ねスレで呪詛を吐き続ける。そう、それはまさに判を押したようなスタンプの如く。


 運営死ね

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― 新着の感想 ―
これほど残当という言葉が似合う場面もない
運営流石やな。 運営死ね
[一言] 運営死ね
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