砂時計は回る
アップデートによりスタンプ機能が実装されたが、結果としてプレイヤーのゴミさ加減をもアップデートしてしまう運びとなった。テコ入れしたら悪化するって完全に末期のそれだよね。メスを入れたらそのショックで死にかねないってオンラインゲームとしてどうなの。
死亡時にまともな感性を落っことし、リスポーンするたびにゴミになっていくプレイヤー達にとってスタンプ機能は他人の邪魔をするオモチャにしか見えなかったらしい。今もシュポンシュポンと飽きもせずスタンプを連打している。つける薬が見当たらないよ。
こういう輩は相手にすると付け上がる。僕はα、β、γを無視して爆弾作りを再開することにした。
何百回と繰り返してきた作業だ。例え手元が見えなくとも完璧に作り上げてみせる。僕は集中した。
[わーい!][わーい!][わーい!]
デフォルメされた三匹の猪がニッコリとした笑顔を浮かべてとても楽しそうに僕の目の前を駆け回る。当たり判定こそ無いものの、実に鬱陶しいことこの上ない。僕は目を閉じて集中した。
シュポン シュポシュシュポン シュシュポンシュポポポポポポポポン
シュポポポポポポポポポポポポポポポポポン
このゲームのプレイヤーは頭がおかしい。人の足をくす玉のヒモみたいに引っ張り合ってきた連中は、新要素でどのように他人に嫌がらせをするかという研究に余念が無い。耳元でサラウンドスタンプ音をしつこく鳴らされ、集中の糸はプツリと儚く切れた。
スタンプ機能ごときにどれほどの技術が使われているのか、このゲームのスタンプは念じるだけでシュポンと繰り出せる。やろうと思えば連打もできる。そして三メートルほど離れた位置にまで出せる。
ここまで条件が揃ってしまうと、もはやコミュニケーションツールではなく害悪プレイヤーのオモチャに成り下がるらしい。
ふざけた話だ。辟易した僕はモブ三人組を睨みつけた。
[イイネ!][イイネ!][イイネ!]
α、β、γは、緑肌の鬼さんが非常ににこやかな笑みを浮かべてサムズアップしているスタンプを繰り出した。ポップ体のフォントで書かれた『イイネ!』の文字は早くも煽りとしての立場を獲得したようだ。
ネトゲ界隈では古来からアクサンシルコンフレックスを二つ並べたニコニコ顔の煽りが横行していた。これもその一種だろう。嘆かわしいね。僕はスタンプを繰り出した。
[くらえ!][くらえ!][くらえ!]
石人形さんの課金スタンプだ。シュポンという音と共に現れた全長三十センチほどの石人形さんが、ポンッという軽い音を響かせてロケットパンチを見舞う。
ロケットパンチはα、β、γの脳天に吸い込まれ、そのまま貫通して消滅した。当たり判定は無いからノーダメージだ。
[草][草][草]
三人組は、プレイヤーから草、藁い草などと呼ばれるモンスターのスタンプを繰り出した。畳のような材質のワラ人形がホラーチックな笑みを浮かべたモンスターだ。
い草で出来たワラ人形。藁い草。転じて笑い草。
このゲームでは笑いの表現を草の一文で表す文化がある。主に公式掲示板などでよく使われている『草生える』、『草』という書き込みは笑えるという意味だ。独特な文化である。
ただしプレイヤー達は藁い草を相手にすると笑みを浮かべている余裕などない。悪質さで言うとトップクラスの藁い草はプレイヤー人気最下位を争うほどのクソモンスだ。まともに狩れるのは廃人連中くらいのものだろう。
そんなクソモンスもデフォルメされたら可愛く見え……ないな。馬鹿にしてくれる。全員爆殺るか……?
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうになってきた。だが、ここで考えなしに爆殺するのは悪手だ。
新要素が実装された直後である今、街はどうやって人に嫌がらせをするかで考えを巡らせているゴミ達で溢れかえっていることだろう。爆発の炎はそんなゴミをおびき寄せる誘蛾灯になりかねない。詰みかな?
もういっそほとぼりが冷めるまでログアウトしてようか。そんな考えが脳裏をかすめたところ玄関の鍵がピッキングされ、男が一人ズカズカと不法侵入してきた。ホシノだった。
おっ! と顔を輝かせるα、β、γ。僕の対面に座っていたβがガタッと席を立ち、勢いよく椅子を引くと同時、手のひらをピッと差し出してホシノに着席を促す。
床のテクスチャを突き抜けて沈んでいきそうなほどに重苦しいため息を吐き出したホシノがポツリと呟く。
「…………三人、か」
ゴミの勘定を終えたホシノが渋々といった態度で椅子に腰を下ろす。どうやら三人程度ならば許容範囲内だったらしい。ふむ。僕は尋ねた。
「ホシノの家には何人くらい集まってたの?」
「……五十から先は数えてねぇ」
[草][草][草][草]
「草やめろや」
そりゃ笑うでしょ。
ホシノ邸は僕の家以上の魔境だ。ホシノはナンパが成功した時に女プレイヤーを連れ込むため、それなりの大きさの豪邸を自宅に設定している。そのためか、何かあるたびにプレイヤーの憩いの場として集まる場所となっている。何もなくても人が集まっていることも多い。
ナンパ成功ドッキリ配信の舞台になることも多々あったため、ホシノファンは聖地巡礼と称して挙って豪邸に不法侵入する。そして荒らし回る。ホシノ邸爆破RTAという業の深すぎる競技があるくらいネタにされきった家だ。スタンプ機能の嫌がらせ考案会場としてはこの上ないスポットだったのだろう。
「毎回律儀に自宅登録するホシノもホシノだよね。もういっそ諦めて小さい家を自宅登録すればいいのに」
「……あの家以外を自宅登録するとクソどもに粘着されて自宅爆破されるんだよ」
[草][草][イイネ!][わーい!]
「クソうぜぇスタンプやめろ! どいつもこいつも煽りにしか使わねぇじゃねぇか!」
ホシノがダンと机をぶっ叩いて吼えた。予想はしていたけど、ホシノ邸でも似たような光景が繰り広げられていたらしい。
五十人以上のプレイヤーが集まってやることが新機能を用いた嫌がらせとはさすがの民度よ。悪臭を取り除くために芳香剤を用意したらそれにションベンを引っ掛けるのがNGO民だ。水清ければ魚棲まずと言うが、だからって肥溜めに棲み着く必要なんて無いのにね。
[ピコン!]
テーブルの脇に立っていたβが豆電球のスタンプを頭上にポンと出し、わざとらしいハッとした表情を浮かべて言った。
「どいつもこいつも判を押したような反応だ。スタンプだけにってか!」
[イイネ!][イイネ!][イイネ!][ハァ?]
僕らはイイネで返した。なおホシノのツボにはハマらなかったらしい。鬼さんがポカンと口を開け、すっとぼけた表情で耳の裏に手を当てているスタンプを繰り出した。そのスタンプ煽り性能高いな。
これに気分を損ねたα、β、γがいきりたつ。[ハァ?]スタンプをホシノの周囲にシュポポポと展開した。
各種スタンプは最長一分間もその場に残すことができる。物量で埋め尽くすつもりなのだろう。ホシノのアバターが鬼さんのスタンプで埋もれていく。
「このむせ返るようなゴミさ加減ときたらどうだ? てめーらはもう少し捻りってもんを加えられねぇのかよ。終いにゃどいつもこいつもアホみてぇにスタンプ連打しやがってよぉ。シンバル叩くだけの猿のオモチャのほうがまだ慎みがあるってもんだぜ」
[超イイネ!][超イイネ!][超イイネ!]
等身大の鬼さんスタンプを被せられたホシノがむさ苦しいおしくらまんじゅうの中に消えていく。二十匹ほどの鬼がその分厚い筋肉でホシノを抱き止める。僕はスクリーンショットを撮りながら手伝うことにした。
「ハァー……てめーらはあれだな、猿以下だわ。エサが出るボタンを押し続ける狂った猿以下だよ。運営は今頃腹抱えて笑ってるぜ? これが文明を築き上げた――人間の――姿か――って――な―――ぁ――――」
なんだ? ホシノがバグったぞ? 僕らは慌ててスタンプ連打をやめた。
鬼さんハーレムを作り上げたホシノの動きが止まる。いや、総勢六十匹以上と思われる鬼さんに埋もれてるので動きが止まっているかどうかも分からないのだが。
このスタンプはプレイヤーやスタンプ同士に重ねることも出来る。鬼さんとの超融合を果たしたホシノは、つむじを曲げたのか腹上死したのか知らないがツンと沈黙を貫いている。
「ホシノ? いつものペラ回し芸はどうしたのさ?」
さすがにおかしいと思って問いかけるも返事はない。光の粒は立ち昇っていないためログアウトはしていないはずなのだが……一体何が起きているのか分からない。
はて、これはどうしたものか。僕とα、β、γは顔を見合わせて首を傾げた。だがどうすることも出来ずに事の成り行きを見守る。
やがて一分近くが経過し、等身大鬼さんスタンプが古い順から煙のように消えていく。いい笑顔でサムズアップをしているマッチョが消えていき、ホシノが姿を現して――
「――――あぁ!?」
勢いよく椅子ごとひっくり返った。
背と頭を強かに打ち付けたホシノは、しかしそんなことを気にも留めずにガバっと起き上がり、ペタペタと自分の身体を触ったり腕を動かしたりという奇行を繰り返した。
鬼気迫る表情。ホッとため息を吐くと同時にそれを緩め、ポツリと呟いた。
「う……動ける……!」
ニュートンは木の枝から落ちるリンゴを見た瞬間に万有引力の法則を発見したという逸話がある。
実話かどうかはこの際どうでもいい。ある閃きというのは身近な現象一つ切り取って視点を変えたとき、ポンと唐突に生まれるという話だ。それが今だった。
[ピコン!][ピコン!][ピコン!][ピコン!]
僕らは頭の上に豆電球を浮かべた。僕はいま、世紀の大発見をした気分だったのだが……どうやらα、β、γも同様に閃いたらしい。少し悔しく思うと同時、話が早くて助かるという思いもある。言葉は要らないな。
僕らはいつまでも床に転がって呆然としているホシノを無視して草原まで駆けていった。僕があまりにもすっとろかったため、γに抱えられて駆けていった。
NGOのアップデート日。追加されたのがクソ機能というあまりにも酷い肩透かしに誰もが項垂れたのは、ほんの数時間。
熱狂が渦となって伝播する。狂騒がゲーム内外を問わず吹き荒れ、群衆を一緒くたにして興奮の坩堝にブチ込んだ。
その日、僕の家で発見されたとある現象は歴史の転換点として未来永劫語り継がれることになる。
ちっぽけな存在である人類の、反撃の狼煙が今、高らかに打ち上がった。




