アップデート
アップデートだ。
アップデートである。
我らがクソゲーの、NGOのアップデートである!
自宅にログインした瞬間に公式のウィンドウが出現したから何かと思って眺めてみると、ゲームに新要素を追加したとの告知が記載してあった。
おいおいどうしたというんだクソ運営。明日は世界崩壊のXデーか? それとも世界中の国々が一斉に武装解除でもするのか?
我らが運営は本当にどうしようもない致命的な要素以外は徹底的に放置するという、ユーザーを目の粗いふるいにかけてぶん回すスタイルを一貫してきた。
オンラインゲームにアップデートは不可欠だというのに、我らが運営はそんなごく当たり前のセオリーの横面を張り倒してクソを引っかけてきた。それが、そんな運営が、無告知でアップデートを決行した。
にわかには信じがたい。まだホシノがナンパに成功したと言われたほうが信じられる。シリアが改心して真人間になったと言われたほうがギリギリで信じられる。そういうレベルだ。
一体どういう風の吹き回しなのか。
まぁ、最近物騒だったからね。レッドネームが暴れまわったり、プレイヤーが団結して戦争なんてやらかしたりと話題に事欠かなかったし。
飛び抜けて頭がおかしいプレイヤーしかいないゲームであるとSNSで話題になったこともあった。どれだけこのゲームがクソであるかを表す大喜利が開催されていたのは面白かったね。『燃え続けるゴミ』というシンプルな罵倒が僕の個人的なお気に入りだ。
なるほど、このアップデートは火消しやテコ入れの側面があるのかもしれない。しかし、夏休みが終わって暫く置いてからのアップデートか。最適な時機を逸した感は否めないが、それでも起爆剤にはなるかもしれない。
このゲームの開発は天才の集まりだ。間違いなくゲーム史に名を遺すことになるだろう。VRの技術水準を一段階も二段階も先へと押し上げ、ここまでやれるのだという可能性を提示してみせた。
間違いなくVRゲームというジャンルにおいての特異点。このゲームに初めてダイブしたときは、肌で感じるリアルさよりも開発の執念に舌を巻いたものだ。ここまできたか、と感慨に浸ったものである。
ただ、どうボタンを掛け違えたのか、運営がゲーム史に名を遺すほどのクソだった。これ以下を探せと言われたら、ちょっと有識者を呼び付けて協力を仰がなければ見つからないくらいのクソだった。
それだけでの理由で世間からは惨憺たる評価を下されることになった。当然だ。どんな高級料理もソースとしてクソをぶち撒けたらそれはクソになる。素材はいいよね、なんて安い言葉では誤魔化せない程にクソになる。そう、このゲームだ。
だが。
開発や運営が本気を出せば、或いは。
そんな淡い期待を持つプレイヤーは多い。というより、今もこのゲームにしがみついている者がそういう未練を抱いていないはずがない。
正しくボタンを掛けたとき、このゲームはクソゲーから一転して神ゲーになる。それが共通認識だ。他ならぬ僕もそう信じて疑っていない。運営仕事しなくていい。退陣しろ。首を挿げ替えてくれ。
さて、では、本題だ。アップデート……その内容を見ていこうじゃないか。このゲームがクソから神に成り上がる瞬間を拝めるかもしれない。僕は期待を胸にお知らせをスクロールした。
……ほう、まずは、スタンプ機能の実装か。悪くないんじゃないかな?
そこかぁという斜め上感とライト層に媚びている感は否めないけど、コミュニケーション手段が豊富になるのはいいことだ。
ふむふむ。無料のものと、有料のものがある、と。有料のものの値段は……百円。
え? やっす。一つ百円じゃなくて全部込みで百円!? 僕は即行ポチった。どうしてこのゲームはこう極端なのか。よく運営できてるよねこのゲーム。
よしよしいいぞ。いい感じだ。いい幸先を切っている。このまま行けばメインコンテンツにも期待が持てるというもの。僕はお知らせをスクロールした。アップデート内容は終わりだった。
「えっ!?」
終わり!? これだけ!? 嘘だろ!?
いやいや。いやいやいや。僕はページを再読み込みした。きっとアクセス集中か何かで表示しきれていなかったに違いない。他にも目玉となるコンテンツが追加されているに違いないんだ。
僕は一縷の望みに縋った。何度見直しても結果は変わらなかった。
「スゥー……フゥー……」
危ない。もう少しでエモーションペナルティに引っかかるところだった。僕は深呼吸をして落ち着き、凪いだ湖面のように澄んだ心の赴くままに公式掲示板のスレに運営死ねと書き込んだ。十回ほど書き込んだ。
その日、通称運営死ねスレと呼ばれるスレッドには数万を超える数の書き込みがあったという。
まず希望を見せて、それから昏い絶望の淵に叩き落とす。この運営独自のやり口は以前から指摘されていた悪しき風習であった。
パンドラの箱逆開封事件と呼ばれる事件がある。大規模なイベントかと思わせておいて、実際は何のイベントでもなかったというクソみたいな事件を簡潔に風刺した言葉だ。
アップデートを銘打ってユーザーの期待を煽っておきながら、羊頭狗肉と呼ぶに相応しいこのお粗末さ。
これを受け公式掲示板では侃々諤々の議論が交わされた。次々と浮かぶ案。有志達による改廃。厳正な審査を重ねた結果、この肩透かし騒動は親しみやすさなどを勘案して『再来のパン逆事件』と呼ばれることとなったのであった。
▷
このゲームの、というよりはVRMMOにおけるコミュニケーション手段はとかく独特になりがちだ。液晶越しに意思疎通を図る従来のMMOだと省略していたあれこれが通用しないのである。
全体チャットという大層便利な意思発信ツールが無いゲームは、パーティー募集や雑談をするには足を動かして顔を突き合わせる必要がある。
キーボードを叩いて数十秒で出来ていたことに数分、下手すれば数十分要するという点は間違いなく従来よりも不便な点と言えるだろう。
酷い作品だと、わざわざゲーム外で募集を掛けてからログインして現地集合するという面倒な手続きをしたほうが早いという例もある。
VRという特徴を活かしたい開発者側と、面倒な手続きは極力放棄したいというユーザー側のすれ違いとしてよく挙げられる点だ。
いざパーティーを組むという段階に漕ぎ着けてから生じる問題もある。
プレイヤーのセンスが実力を大きく左右するVRゲームは能力の数値化が非常に難しく、名刺代わりのステータス表を用意していないことが多い。
希望条件に満たない者の足切りが容易でないため、一度はへこへこ頭を下げながらパーティーを組む必要があるのだ。
連携が取れる相手であったなら幸運だ。そうでなかった場合は中々に悲惨である。解散からの再募集は非常に手間がかかるうえ、次も上手くいかない可能性があるとなれば楽しさよりもダルさが顔をのぞかせる。
固定を組む努力をプレイヤー側が積極的に行わないとまともなゲームにならないのだ。気楽に楽しみたいプレイヤーが敬遠する環境の出来上がりである。
また、固定のパーティーを組んだあとに発生する諸問題もある。距離感の測り方だ。
液晶に映る文字でするような軽いやり取りを、いざ顔を突き合わせてやるとなると遠慮してしまう人がいる。略語や指示語がバンバン飛び交う状況をVRで再現すると絵面が酷いのだ。無言プレイなど以ての外である。
そうした環境に息苦しさを感じてVRMMOから手を引く人は多い。それがアバターであると理解していても、感じる物理的な距離が近くなれば対応も変わってしまうものなのである。
これは感情がそのまま表情に出てしまうNGOでは特に顕著な問題として挙げられる。連携が上手くいったと思ってパーティーメンバーの顔を見たら、全員からこいつ使えねーなと言わんばかりの表情で見られていてトラウマになった人もいるとか。
さて、そんなVRMMOにおける不便な点を完備したこのゲームの意思疎通事情はどのような歴史を歩んできたのか。
まずは殺し合いオンラインだ。挨拶代わりに隣人を叩っ斬るのが文化として定着していた時代。
何もない原っぱにログインした彼らは特に理由なく斬りつけ合い、食料を奪うために斬りつけ合い、レベルを上げるために斬りつけあった。
およそ正気とは思えない光景を目の当たりにしたプレイヤー達は次々と脱落していくこととなる。後々まで残る頭のおかしい文化の多くはこの時代に創られたものが形を変えたものだ。激動の時代と言っていい。
そこからおよそ一ヶ月後。最低限の理性を獲得したプレイヤー達はようやっとゲームの攻略に着手し始めた。
しかしながら調整ミスのように悪辣な敵モンスターを前にしてプレイヤー間の軋轢は加速する。最適解以外を認めない排斥運動の始まりだ。
剣士至上主義。未だに根強く残る価値観はこの時代に確立された。剣士と剣士を補佐する鍛冶師以外は人権無しとまで言わしめた暗黒時代である。
剣士以外は経験値という迷言がこの時代の悲惨さを象徴している。敵は斬る。味方は審査をした上で不合格ならば斬る。剣士以外は味方と言えないので斬る。そんな時代だ。意思疎通もへったくれもない。
そんな意識が大きな変化を遂げたのは街の解放の瞬間だ。
衣食足りて礼節を知るというが、それだけでは礼節を弁えられなかったプレイヤー達も住環境が整備されたことにより一応の人間らしさを獲得した。自分とその他大勢を隔てる物理的な壁というのは思った以上の安らぎをもたらしたのだ。
そしてそんな安らぎは【解錠】スキルにより破壊される。強盗致傷戦法の流行りだ。
自宅で安穏としているプレイヤーを奇襲することでレベル上げとアイテムの強奪を行う。この一石二鳥の戦法は広く認知され、モンスターを狩るのが苦手なプレイヤーがこぞって真似をした結果、多くの生産職がその凶刃の犠牲になったと聞く。
殺されたので自宅にリスポーンしたらさっきとは違う強盗が既にリス待ちしていたとはよく聞く語り草だ。控えめに言って魔境である。
それからしばらく経って今に至る。人はそれなりに理性を取り戻した。少なくとも街を歩いていたら唐突に斬りつけられることは少なくなった。ゼロにはなっていないのがポイントだ。
まあ随分と陰惨な歴史を歩んできたものである。
挨拶代わりに刃を見舞っていたため、人はよろおつの挨拶すら交わさなくなった。
剣士であることが当たり前な風潮なので、人は相手の職業を尋ねて戦法を構築することが無くなった。
強盗致傷が頻発する環境だったため、人は不法侵入することにもされることにも慣れきってしまった。
どんなMMOだよ。終わってるという評価すら生ぬるい。
『全体チャットがないなら公式掲示板を利用したらどうか』という意見に対し、『頭のおかしいプレイヤー達に自分たちの居場所を教えるなんて自殺行為だろ。詐欺師に電話番号教えるようなもんだぞ』と返すのが模範的なNGO民だ。隔離施設扱いも納得の民度である。
さてさて、こんな殺伐としたコミュニケーション事情を抱えるゲームに突如として実装されたスタンプ機能。
ポップなイラストでデフォルメされたモンスター群が、シュポンという小気味のいい音を立てて飛び出すさまはとても癒やされる。モンスター以外にも色々なスタンプが用意されており、円滑なコミュニケーションの一助となること請け合いだ。
課金スタンプはなんと、動く。空中を駆け回る猪はとても躍動感があって素晴らしい。一番の目玉は等身大の鬼さんスタンプだろう。二メートルオーバーのムキムキな肉体の主張がとても暑苦しい。
これにはプレイヤー達も大はしゃぎ。今までのクソみたいなコミュニケーション事情が一新されてマナーの改善に繋がったりするのではないか。
その答えが、これだ。
シュポン
シュポン
シュポポポポポン
僕の目の前に居るのはモブα、β、γの三人だ。当然のように不法侵入してきた彼らは、爆弾を作っている僕の手元に鬱陶しい量のスタンプの乱舞をかましている。邪魔だよ。見えないだろうが。
僕は抗議をするように顔を上げた。面白がったα、β、γがシュポンとスタンプを繰り出す。
[イイネ!][イイネ!][イイネ!]
ゴミがゴミクズになった。もうどうしようもないよこのゲーム。




