血の花火大会リターンズ
◁
「ボクのことをどう思う?」
作戦開始前。メアリス対策について話し合っている時にみずっちが唐突に問い掛けてきた。
薄気味悪い笑み。異常な精神性。ほんの少しも共感できない思考。それらを一つに纏めるとしたら答えは一つだ。
「変人」
「素晴らしい。それはボクのことを確りと観ているということだ」
褒めたつもりは一ミリも無かったのだが、彼にとっては大層お気に召す回答だったらしい。
貼り付けたような笑みをそのままにパチパチと拍手をする様はこちらを小馬鹿にしているとしか思えない。そういうところだよ。
「内面を見ている。君は表情や仕草から相手の人となりを探ろうとする努力を欠かさない。それを不快だと評価する人もいるだろうけど、ボクはそうは思わない。むしろとても真摯に人と向き合っている証拠だと感じる。尊敬に値するよ」
「そんな深く考えてないけどね。みずっちのことを変人か猿以外の評価をする人がいたら見てみたいよ」
皮肉半分、本心半分のつもりだった。いいようにしてやられた腹いせも含まれていたと思う。あの狂態を目の当たりにして彼を褒め称える人間がいたらそれはもう同種の人間だ。手遅れである。
「あぁ、やはり君はボクと同種の人間だ」
「この世でトップクラスに不名誉なこと言うのやめてもらえない?」
酷い人格否定をされた気分だ。軍隊のシゴキでもこんな罵倒は浴びせ掛けられないよ。
「質問を変えよう。ボクのキャラクターの見た目をどう思う?」
まだ続くのかと思いつつ、両手を広げたみずっちのアバターを再度検める。
一言で言うなら地味だ。目立たない。すれ違っても目に留まらないし、一日経ったら忘れてしまいそうな印象の薄さ。あえて狙わない限り作れないアバターだろう。
「コンセプトはね、街中を歩いているNPCと言われても納得してしまいそうな外見だ。特徴をできる限り消すことで、主人公や主要人物を目立たせるよう配置されたモブ。良く出来ているだろう?」
言い得て妙な表現だな、と思った。それを意図して作成したならば良く出来ていると言っていい。
僕はもうあの狂態を見てしまったので二度と忘れられないほどに記憶に刻まれてしまったが、もしもこれがおとなしい性格をしていたならば街中で幾度となくすれ違っていたとしても記憶に残っていないだろう。
このゲームのキャラクリは顔だけしかいじれないが、その分変更できる幅は広い。
シンシアやフレイヤたんのように執念を感じるキャラクリをする人もいれば、ショチョーさんやビストロさんのようにイカつい系で攻める人もいる。そういやオッドアイにしてるモブなんかもいたな。
サービス開始当時はノルマキさんのようにネタに走るプレイヤーも多かったと聞く。……あれはネタだよな。ネタだろう。うん。モヒカングラサンピアスはネタだろう。
もちろんキャラクリに頓着しない人も多い。そういう人はランダム生成された地味目のキャラで始めることが大半を占める。あっさんやヨミさんなんかはそのクチだろう。もしかしたらドブロクさんもそうかもしれない。
ランダム生成で作られたキャラは目を引く要素や奇抜さがない。例えるならばプリセットの二番か三番目に置かれるキャラ、とでも言えばいいのか。よく言えば無難に整っている、悪く言えば地味で目立たない、である。
みずっちのキャラも似たようなものだが、みずっちはそれに輪をかけて地味だ。ランダム生成キャラ群の中に放り込んでも埋没しそうな個性。なかなか狙って作れるもんじゃない。
「人ってのはね、対面の相手をその第一印象だけでぼんやりとランク付けするんだ。君はしないみたいだけどね? あぁ、こいつは自分よりも下だなーって認識を持った相手に対して、人は無関心になりがちだ。まぁ、ボクはそれを逆手に取りたかったんだよね」
「……あえて地味に作って不意打ち特化にしたってこと?」
「その先を行きたい。大勢に紛れて堂々とプレイヤーキルをして、そのまま悠々と立ち去る。どうかな? 暗殺ものの主人公みたいでカッコいいだろう?」
「いや無理でしょ。まず逃げ切れないって」
プレイヤーキルはとにかく目立つ。赤いポリゴンが散る光景は嫌でも目を引くし、凶行に走ったプレイヤーをみすみす見逃すほど平和ボケしているプレイヤーは少ない。
明日は我が身を恐れたプレイヤー達はこぞって武器を取りレッドネームを追い詰める。故に北西区画はレッドネームのたまり場になっているのだ。小魚が群れをなして天敵に抗うように、数を恃んで自衛する。
歴戦の猛者でもそうせざるを得ないのに、VRオンチのみずっちが衆目のある中でキルをして逃げおおせられるはずがない。当然の結論を述べたつもりだった。
「違うよ、逃げるんじゃない。悠々と立ち去るんだ。そも、逃げる必要がない状況を作りたい。誰もボクがプレイヤーキルをした事実に気付かない、たどり着けない、そんなシチュエーションに憧れるんだ。カッコいいだろう?」
「……それはもっと無理があるんじゃない? いくら目立たないキャラクターを作ったっていっても存在を消せるわけじゃないんだし」
「そう。だから君の協力がいる」
インベントリから弓を取り出したみずっちが張られている弦をピンッと弾いた。弦楽器の音を確かめるかのような仕草。
「蒸発現象ってやつだね。強い光と光の間に挟まれたものは著しく視認性が落ちるんだ。眼を惹き付ける光が二つあれば、ボクならやれる」
「それ、結局僕頼みじゃん」
「場を整えるっていうのはそれも込みさ。何から何まで一人でやれると思うのは自惚れだ。さっきも言ったけど、ボクは筋金入りのVRオンチでね。どれだけ練習してもまるで動けるようにならなかった。自慢できるのは弓と投擲だけだよ」
続けて矢を取り出したみずっちが掌中でそれをクルクルと弄ぶ。
「その一方で、いとも容易く最強の座に腰を据えるプレイヤーもいる。何から何まで一人でやれる最強が。嫉妬するよね。でも、感謝もしてるんだ」
みずっちが弄んでいた矢を番え――――弓が消失した。
ヒュンという風切り音。間を置かずして響くタァンという小気味良い音につられて振り返れば、ダーツの的のような模様が描かれた木板に突き刺さる一本の矢があった。ド真ん中。寸分のズレもない。
……発射と同時に弓をインベントリへと格納した、のか。大した芸当だ。撃つ瞬間を見られていなかったら本当に気付かれることなくキル出来るかもしれない。
「……手品みたいなことするね」
「最大限の賛辞と受け取るよ」
僅かに口角を上げたみずっちが滔々と語りだす。
「ボクはいま白ネーム。メアリスはこの前コロシアム外で白ネームをキルしてたから赤ネーム。まるで誂えたような舞台だ。最弱が最強を打倒する……なんて甘美なシチュエーションなんだろうね?」
みずっちが空想上の弓を構える。
それはバットを持たずに素振りをする野球少年のようであり、クラブを持たずにゴルフのスイングをするオジサンのようでもあった。
みずっちが空想上の弓を射る。背後でタァンと乾いた音がした。
「さぁ、鴉狩りだ」
▷
メアリスが死んだ。
重力の加護が働かない直下から顎を貫く一射。ヘッドショット判定。即死だ。
赤を散らしたメアリスの身体が反り返り、四肢を放り出して宙を舞う。
最強、墜つ。爆弾以外でのデスは恐らく初だろう。みずっち……大言を吐くだけはある。レッドネームの長は言葉だけでは務まらないということか。
「誰だ! やったのはどこの馬鹿だ!?」
ヨミさんの罵声が響き渡る。しれっと混ざっているみずっちの犯行現場を誰も目撃していなかったのだろう。噴水の周りには弓部隊が展開されている。メアリスの狙撃をするのに絶好の位置取りだ。
皆が一様に僕やメアリス、狙撃されるレッドネーム達を見上げていたこともあり、下手人の特定は不可能に近い。場を整える……まさか、この布陣を敷くように誘導したのか?
……有り得ない。だが、そう言い切れない底の知れなさがある。口と遠距離攻撃の腕だけで裏のトップに立った男。それくらいやってのけてもおかしくない。……化け物。あれはあっさんよりも恐ろしい何かだ。
「う、おっ!」
ガクンという衝撃が走り、心地の悪い浮遊感に襲われる。メアリスの死をトリガーに闇魔法が切れた。ここだ。決めるなら、いま。
「シンシア! ユーリを!」
視界の端のペナルティ猶予をチラと見る。
[00:15]
時間が無い。早くあの被害妄想狂を仕留めなければ手遅れになる。そうなればすべてが台無しだ。それだけは避けなくてはならない。
「届く、かっ!?」
遥か上空でこちらを見下ろしていたユーリが落ちてくる。【踏み込み】付与の【空間跳躍】でも厳しいかもしれない。矢の斉射を射掛けられた時に噴水広場から距離を離しすぎた。残り……十秒。限界、か。
「三百ヤァァァァァドッッ!!」
ノルマキさん。なんて、なんて頼もしいんだ。視野の広さが違う。最善手を弾き出すまでの判断が速すぎる。これが……ワンオペで鍛え上げられた対応力。これが、チーム歯車。
即座に接地してこちらへと跳び込んできたノルマキさんはバットを担いでいた。釘の刺さっていないそれは攻撃力が落ちた木の棒でしかない。だが、だからこそ出来ることがある。
「ショットォォォォォッッ!!!」
以心伝心。
ノルマキさんの掛け声だけで全てを察したシンシアがバットに両足を着け、スイングの勢いと同時、弾丸のように跳び出した。いける。全ての歯車がいま、噛み合った。
「ホォォォルイイィィィィンワアァァァァンッッ!!」
どちらかと言えばホームランでは?
バックスクリーン直撃確実の一発。放たれた豪快なライナーは落ちてくるユーリの下を潜る軌道だ。このままでは素通りしてしまう。
[00:05]
だが、勝てる。逆転までの条件は満たした。
接地判定。【空間跳躍】を再使用するために必要な条件だ。
それは地面に限られない。屋根の上、建物の壁、空を跳んでいるプレイヤー。なんでもいい。両足が着けば条件は満たせる。
それが、例え武器であったとしても。
[00:04]
「墜ちろ! 魔女!!」
【空間跳躍】。無力で哀れな人間が、空を翔ける翼を得られるスキル。
噴水の直上で強引に軌道を捻じ曲げたシンシアが空へと舞い上がる。陽光を反射して鋭い光を放つ剣の鋒が天を射る。
[00:03]
穿たれた心の臓。澄み渡るような晴天に血の花が咲き乱れる。鮮烈な赤がたなびきながら空へと昇っていく。美しい光景だ。
[00:02]
「シンシア……ちゃ……」
ユーリが死んだ。やり遂げた。なにか一つでも間違ったら掴めなかった結果だ。勝った。崩した。
五大ギルド同盟、ここに散る。
[00:
警告の表示がふっと消える。残る猶予は二秒足らずという綱渡りの状況。それを制した先にある光景は酷く輝いて見えた。
紡がれた命のバトン。託された思いが、僕の正義が、ここに成就する。
[21:00]
シンシアがユーリを仕留める寸前に僕は飛び降りていた。スカイダイビングのように五体を放り出し、空を見上げて心地良い浮遊感を感じていた僕は名残を惜しむように地上へと目を向けた。
プレイヤーが散っていく。蜘蛛の子を散らすようとはまさにこのこと。大型爆弾を抱えた僕から逃げるように足掻くさまは、正義の光から逃れるように闇へと逃げ帰る小悪党そのものだ。
そんな中、逃げずに残っていた一人のプレイヤーと目が合う。みずっち。噴水広場にポツンと残っている彼は、酷く凄惨な笑顔を浮かべて両手を広げた。漏れ出た歓喜を全身で表現するかのように。
凶人め。分かってるよ。誰一人逃さない。
僕はスキルを使用した。
「【一世一代】」
すべての爆弾を寄越せと脅されたあのとき、僕は条件としてある対価を要求した。
『渇愛』メンバー全員を一回ずつキルさせろ。
頭のおかしいレッドネーム連中への制裁と、僕のレベルアップを兼ねた案。
これをみずっちは快く了承した。レッドネーム連中も一切の抵抗なく……むしろ嬉々として命を差し出した。【一世一代】の詳細を語った、その瞬間に。
指定した爆弾の威力を5倍にする。
そんな夢のようなスキルを大型爆弾に使用して、噴水広場で爆発させたらどうなるんだろうね?
屋根に登った愚かなプレイヤー達が僕のことを遠巻きにして眺めている。それで距離を取ったつもりなのかな? 甘いよ。そこは既に致死圏内だ。悪を浄化する太陽の光、存分にその目に焼き付けるといい。
天網恢恢疎にして漏らさず。民度浄化作戦リターンズ、ここに為る。
「僕は……僕だけが正義だ」
僕は高らかに指を打ち鳴らした。




