無影灯の輝き
噴水広場を拠点に据えた害悪プレイヤー達は総勢二百名程で決死の抵抗を続けていた。屋根の上に強者を配置することで接近を食い止め、後方に配置した弓部隊で援護射撃を行う。それが彼らの敷いた布陣。
僕らの最終的な攻略目標は噴水広場に到達することだ。厳密に言えば、僕が噴水広場に辿り着くことである。穴熊囲いのような堅固な守り……突破は容易ではないだろう。
僕はチラとメニューの時計を見た。あと七分。微妙な線だな。
「いける、これ? 結構厳しそうだけど」
「『ケーサツ』の雑魚や『食物連鎖』の下っ端の水増し込みでこれならどうとでもなるだろう」
「頼もしいね」
「あとぁイレギュラーが起きなけりゃタイムカード切って退勤だなァァ! 楽なタスクだぜェェ!!」
「ん? ノルマキさんは延長戦には参加しないんですか?」
シンシア……なんでそう学ばないんだ。突発的なイベントに応じてくれたということは、リアルで相当無理を徹したということ。その反動がある。それを突っつくなんて……迂闊すぎる。
スッと表情を消したノルマキさん。僕は耳を塞いだ。
「無理言って退勤してきたからな。自宅でまだやることが残っている。おそらくは二時までコースだろう。三時間は寝たいな。睡眠時間が三時間を切るとさすがにキツい。仕事中に意識が飛びそうになるからかえって効率が落ちるのだ。生まれ変わるとすれば、私はショートスリーパーになりたい」
「う……うおおぉぉぉぉ!! お前ら行くぞおおぉぉぉ!!」
「お……おおぉぉぉぉぉぉ!!」
逃げるように跳び出したレッドネームさん達を見送る。総勢五十人ほどが野太い雄叫びを上げて守りを突破せんと雪崩を打つ。
いたたまれなさという強固な結び付きを得た彼らは破竹の勢いで屍を積み上げていった。これが絆、か。
「わ、私達も行こうか……」
「たまに見かけるデスゲームもの。ふとあれが羨ましくなるときがあるんだ。ログアウト不可ということは、会社を休む言い訳が立つということだろう? VRで行うデスゲームと、現実内で行う労働はどちらのほうが辛いのだろうね?」
「ノルマキさん! た、楽しみましょうよ! 廃人に『食物連鎖』! 選り取り見取りのバイキングですよ!」
「レェェッッツ! パァァァリナァァァァイッッ!!」
ドヒュンと駆けていったノルマキさんがボサッと突っ立っていた白ネーム集団に突っ込んでいき、豪快な釘バットの一振りでド派手に弾き散らした。
ゴリラが全力投球したボーリング玉に散らされるピンのような光景。抱えた闇の深さが違う。晒しスレから除名されるわけだ。あれを刺激するのは、良くない。
「すまない……」
「失態は労働で取り返すんだ」
そう言って僕はシンシアにおぶさった。彼女は僕の足役だ。戦場をのこのこ歩いてたら流れ弾で死ぬからね。これが一番効果的なフォーメーションなのである。
「……ノルマキさんに背負って貰えばいいだろう」
「肉体にかかるGで死にそうだし却下」
「それでも鎧を着ている私よりは掴まりやすいだろう」
「あの細身にしがみついたらさ、なんかこう、悲しくなりそうじゃない? 色々とリアルが透けて、さ」
「…………」
シンシアは反論をやめてギュンと駆け出した。返す言葉が見つからなかったのだろう。
そうやってすぐ言いくるめられるから何でもかんでも押し付けられることになるんだよ。だがそれは口にしない。僕は気の遣える人間なのである。ヘイタクシー、噴水広場まで。運賃はツケといてね。
▷
民度浄化作戦リターンズ最終段階。噴水広場に封じ込めた害悪プレイヤーの一掃。
ふわちゃんというサイコパスを神輿に担ぎ、正義の地位を貶めんと企む連中だ。焼き払うことにいささかの躊躇いもない。
レッドネーム部隊は大きく分けて二つ。
八方から奇襲を仕掛け、戦力を分散させるための遊撃部隊。そして露払いと強行突破を試みる主力部隊だ。
状況は優勢。やはりあっさんとシンシアの抜けた穴はでかい。旗頭と指揮官を失った連中は戦力を大きく減じている。統率が取れていないというのは致命的な隙を生む。
対して、惚れ惚れするような連携を崩さないレッドネーム達はベニヤに穴をあけるかのように防衛網を破っていった。
しかしどうしても討ち漏らしというのは出てしまうものである。レッドネームの魔の手から逃れた一人のプレイヤーが、僕の首を獲るべく猛然と吶喊してきた。
「ライカアァァァン! テんメェェ! この、クソイカレ野郎があああぁぁぁ!」
ドブロクさんであった。
無謀とも言える単騎特攻をかましたドブロクさんはシンシアにごくあっさりと剣を弾き飛ばされて転がされた。出オチもいいところである。
「ライカン、テメェふざけた真似しやがって……! なんでレッドネーム側に寝返ってんだこの馬鹿! 俺たちゃただふわちゃんをクソどもの魔の手から匿おうとッ!?」
喚き散らしていたドブロクさんはシンシアに剣を突き立てられて死んだ。今の発言はシンシアにもぶっ刺さってたからね、しょうがない。
「どいつもこいつもふわちゃんときた。あのぽわぽわした女のどこがそんなに良いのか。ちょっと見てくれが良くて癒やし系で見守りたくなるような健気さがあって、かと思えばふとした瞬間に親近感の沸く態度を見せてきたり柔らかなあざとさを覗かせたりといった態度を演技ではなく素でやってのける女ってだけじゃないか。完璧存在か? どうするライカン、勝てる見込みがないぞ……」
「しらないよ」
「チッ。やはり徹底的にやってこの世界から追い出すしかないな」
ちょっと前までふわちゃんを利用しようと考えていた廃人がこうも変わるものかね。秋の空でももう少しゆっくりと移り変わるよ。廃人の心の天気は晴れのち闇。もうすぐ血の雨が降るでしょう。
傘をさすような気軽さでドブロクさんに死体蹴りをかましたシンシアが動く。噴水広場はもうすぐそこまで迫っている。しかし、それは防衛の手が激しくなることを意味していた。
噴水広場前に展開されている矢衾から斉射が飛んでくる。ギュンと加速したシンシアが僕を担いで飛び退った。
このゲームの弓はモンスター相手にはカスダメージにしかならないが、プレイヤーを相手にした瞬間凶器に変わる。
脳天に受ければ即死、その他の部位で受けても大きなダメージを食らうのでポーションを使わなければそのうち死ぬ。
まるで人を殺すためだけに存在するような武器なのだ。一時期は弓を担いでいるだけで宣戦布告と見做されてプレイヤーキルの対象になったと聞く。血なまぐさい歴史に事欠かないのがこのゲームだ。よくサービス続いてるよねほんと。
「……守りが硬いな。ここでやるのは駄目なのか?」
「うーん……範囲的には問題ないと思うけど、やっぱりド真ん中でやりたいかなぁ」
「わがままを言ってくれるッ!」
第二斉射を後退で躱したシンシアが舌打ちを一つ。タイミングを合わせた弓による面制圧。それはシンシアが総指揮を執っていた頃に編み出された対レッドネーム戦略の切り札だ。それがいまとなっては自分に向けられている。数奇な運命だね。
弓の欠点は撃つまでに時間がかかることと、射手の実力に命中率が大きく左右されることだ。後者は特に大きいデメリットとして認識されている。
このゲームにはエイムアシストなどというユーザーに優しい機能は当然存在しないので、力の入れ具合を誤った場合や身体のブレ一つで矢が見当違いの方向へ飛んでいく。我らがクソ運営は弓道の経験がある人間がどれほどいると思ってるのかね?
ただ、面制圧での起用をした瞬間にこの短所は長所に変わる。どれだけ下手くそでも弾幕は張れるし、見当違いの方向に飛んでいった矢が奇跡的に頭蓋を捉えるといった例も少なくない。
攻撃を避けるために高速で動き回ることで逆に的になってしまうという現象が発生するのだ。巻き込まれたレッドネームがチラホラとポリゴンになっている姿も見える。最終防衛ラインの突破は骨が折れそうだ。
「第三射、撃てっ!」
「ううっ! ゾンビパニックもののVRゲームを思い出しますっ!! フルオートのマシンガンかミニガンが欲しいですっ!!」
どうやら弓部隊の指揮はヨミさんが執っているようだ。そしてそこには弓を番えるふわちゃんの姿もあった。要求している武器の殺意が高すぎるでしょ。
ふと獣のような吐息が隣から聞こえた。くつくつと喉を鳴らす音。粘着く声が耳朶を震わせる。
「クク……見つけたぞ……ヤツは、私がやる」
うーんこれはゾンビパニックものって言われても否定できないね。人としての殻を破った先にあるのは哲学的ゾンビだった……? やめよう。この問いに答えはない。
「シンシアくぅん! 豆鉄砲は引き付けるからションベン垂れてるクソ共の処理を頼むぜェェ!!」
ザッと降り立ったかと思えば、要件を手短に伝えて豪速で弓部隊を翻弄しに跳び出していったノルマキさん。やはりあの人は頼りになる。故に職場で重荷を抱え込まされ……やめよう。この問いは心がしくしくと痛む。
「掴まれ。私達も行くぞ!」
「了解」
促されるまま僕はシンシアにおぶさった。ノルマキさんを撃ち落とそうと躍起になった結果、陣形が乱れた矢衾を目掛けてシンシアが突っ込――――まない。
上へ。吸い寄せられるように空へ。
この感覚……覚えている。まさか、来たのか、イレギュラーが!
「メアリスかッ!」
噴水の直上。日輪を背に従えた影が二つ。最強、メアリス。そしてユーリ。
ユーリめ、またリアルで呼びつけたのか……受験生なんだからほっといてやれよ。
僕はメアリスが駆けつけてくる可能性は高くないとの予想だったのだが、どうやら見事に外れてしまったようだ。みずっちの言うとおりだったか……。なんか負けた気分だ。
レッドネームの殆どが宙に浮かされ、弓の名手に一人、また一人と頭蓋を撃ち抜かれていく。闇魔法ってチートだな。敵に回したら正攻法だと勝ちの目がないじゃんこんなの。
「くっ……どうする!? 街中では銃が使えない! 分が悪いぞ!」
「落ち着いて、シンシア。手は打って……!?」
[警告]
[セクシャルハラスメントペナルティ]
[規定を超過した身体接触が行われています]
[直ちに身体接触を中止してください]
[従わない場合は強制ログアウト及びペナルティが加算されます]
[0:59]
これは……このアナウンスは……初めて見る。だが分かる。セクシャルハラスメントペナルティ……僕は今シンシアにおぶさっているが、この程度では警告されることはない。証明済みだ。
であるならば。原因は一つしかない。
「ユーリ……!」
「『私に触らないで』」
メアリスの隣で宙に浮いているユーリが身体を掻き抱いてこちらを睨めつけていた。凍えるように身体を震わせ、怯えるように身を竦める様はまるで暴漢を前に無力を嘆く生娘のよう。
相変わらずふざけてる……。あの被害妄想狂め! どこからどう見ても触ってないだろッ! 冤罪やめろ!
「どうしたライカン!」
「セクハラペナルティを押し付けられた。猶予はあと……五十秒っ!」
「魔女か! 厄介なことをするッ!」
僕はチラとメニュー画面の時計を見た。
20:59。間に合うか……厳しい。もういっそここで切り札を切ったほうが……
◁
「コード・ハリケーンアイにおいての最大のイレギュラーは何だと思う?」
「民度浄化作戦リターンズね。イレギュラーといえばあっさんじゃない? もしくはレッドネームが裏切るとか」
「一文字様はどうとでもなるし、ボクの傘下に加わった連中は裏切らないよ。そんなヤワな躾はしていない」
「じゃあ何さ」
「メアリスだよ。アレが来たら最悪詰む」
「あー。でもこの前暴れ回ったばっかりだし、しばらくは来ないんじゃない?」
「楽観視は良くないよ。ボクはそれなりに高い確率で彼女が来ると思っている。まあこない可能性もあるけどね。判然としない、だからイレギュラーなんだ」
「何が言いたいのさ」
「君にだけは言っておく。狼狽えるな。ボクが場を整える。どうとでもする。ボクはボクの愛を遂行する。君は君の正義を執行するんだ」
「……具体的な説明がほしいんだけど」
「それはその時のお楽しみってところかな」
▷
「…………」
「ライカン! 切り札を切れ! 今を逃したらタイミングが無くなるッ!」
まぁ、僕もそうしたいんだけどね。あいつはどうしようもない猿だけど、奇跡的に日本語を習得した天才チンパンジーだけど、大脳皮質のあれこれを犠牲にタイムスリップしてきた原人だけど、それでもやるといったらやるのだろう。
でなければレッドネーム集団の長なんていう難儀な役回りは務まるまい。
「シンシア、跳ぶ準備だけはしといてよ」
「は? 何を」
「いいから」
視界にちらつく警告の時間が四十秒を下回る。ここからどうこの状況を覆すのか、見せてもらおうじゃないか。僕は大型爆弾を取り出した。
「メアリスッ! 動くな! 動けばこれを爆発させる!」
大音声で注目を集める。噴水広場前に集ったプレイヤー達はにわかにざわつき始めたが、しかしすぐに小憎たらしい笑みを浮かべた。
僕とシンシアの高度が上がる。闇魔法……本当に厄介な力だ。こうまで地上と距離が離れてしまったら大型爆弾でも浄化は敵わない。
「終わりだ狂人。貴様は無念を抱いてそこで散れ」
「ライカン! まさかこの同盟相手にここまでやるとは思わなかったぞッ! やはり逸材ッ! 発破をかけた甲斐があるというものだ! だが、今回は君の負けだ!」
「ライカンさぁーん! 見てますかー!? なんか、私達の勝ちみたいですっ!」
「さァ視聴者の皆さまご覧あれ! これが懲りずに街を破壊し尽くしたイカれ野郎の最期の姿だァ!」
酷い有様だなぁ。誰も彼もが正義を認めない。純度の高い悪意が蔓延るこのゲームにおいて正義は異形にしか映らない。
だからこそ、強く眼を惹き付ける。
僕は仕事を果たした。あとは頼むよ。
残る猶予、二十秒。それは奇しくも作戦終了時間までの時間と同じであった。




