闇堕ちデビュー
街の中心部へと近付くにつれて戦場は混沌の様相を呈してきた。屋根の上ではレッドネームと一般プレイヤーが飛び交いながら刃を鳴らしている。状況はレッドネームの優勢だ。やはり大型爆弾の力は大きい。
自軍に有利な陣容の構築。一点突破の抑制。いよいよとなった時の道連れ。実に用途の幅が広い。更に個々人の練度が高く連携も淀みないとくれば一方的な蹂躙が完成する。
十数人に囲まれたレッドネームの一人が肩に斬撃を受けて屋根の上を転がった。苦味を帯びた表情。それに気を良くしたプレイヤーたちが勝機有りと見て攻め込む。あーあ。拙い連携だなぁ。
団子になって襲いかかるプレイヤー集団。レッドネームはわざと追いつけそうで追いつけないという絶妙な位置をキープしながら逃げ回り、頃合いを見てグンと踏み込み距離を離した。
呆気にとられたプレイヤー達の足元が爆ぜる。あわれエサに釣られたプレイヤー十数人はポリゴンになってふりだしに戻されましたとさ。現代の釣り野伏せだね。悪辣極まりない。
完璧なタイミングで爆破を決めたレッドネームと戻ってきたエサ役がポリゴンの乱舞の中を跳び交いながらハイタッチを決め、ハンドシグナルを手短に交わした後にグンと駆けていく。
思考がプレイヤーキルに最適化された者たちの動きは廃人とはまた違う芸術性を帯びる。規則正しさと足並みの整い方が尋常じゃない。軍隊もかくやだ。エンジョイ勢じゃ相手にならないわけだね。
「奴らの連携の恐ろしさは身を以て思い知らされていたが……爆弾が組み込まれるだけでこうも変わるか。なんというか、負ける要素が見当たらないな」
シンシアもすっかりこちら側である。上司の心臓にダイナミック辞表を叩きつけた彼女はどうやら吹っ切れたようだ。後戻りが出来なくなったとも言う。
僕の護衛として控えているシンシアは、散発的に現れる下っ端どもを一切の情け容赦無く斬り伏せてポリゴンを量産している。
合計何人ほどキルしたのだろう。これもう最長の一ヶ月間レッドネームなんじゃないかな。
大丈夫だろうかと不安になった僕はチラとシンシアの顔を窺った。瞳孔が開きかけていた。僕は見なかったことにした。感情を殺すぶー。
「やはりリーダーはこない、か。大型からは逃れられないからな……賢明な判断だろう。しかしライカン、お前の頭がおかしいのは重々承知だが……プレイヤーキルペナルティの押し付けはさすがにシャレにならないぞ。いつからあんな反則技を使えるようになったんだ」
ごまかしの演技の甲斐あってか、シンシアはあっさんにペナルティを押し付けた犯人は僕であると信じて疑っていないようだ。
僕としてはちょっとした脅しとして機能すればいいや程度の考えだったのだが、なんか後々のことを考慮したらやめておけばよかったと後悔し始めている。『検証勢』とか廃人にやたら絡まれそうだ。
プレイヤーキルペナルティはキルした本人の脳波を参照していると言われてきたが……何をどうしたら自殺で他人にペナルティを付与できるというのか。
セクハラペナルティと同様に被害に遭った側の脳波を多少は参照している……とかか。分からない。ただ、カタギじゃないということだけははっきりしている。みずっちはユーリ以上に頭がおかしい。
「シンシアが何を言ってるのかさっぱり分からないな。僕がそんな物騒な真似できるわけないじゃないか。おおかた、シンシアに裏切られたショックでAIがバグっちゃったんでしょ」
色々と考えた結果、僕はすっとぼけてうやむやにすることにした。僕が犯人じゃないと分かればすぐにほとぼりも冷めるだろう。面倒事は誰も取れない棚の上に放り投げるのが最善って相場が決まってるんだよね。
「何を言っているんだ。あれは既にバグり散らかしてる。これ以上バグるものか」
うーん元懐刀からの評価がひどい。今となっては懐に剣を突き入れられる間柄だしね。波乱万丈を謳歌しているようで何より。
「そんなどうでもいいことはさておき……そろそろここら一帯を爆破しようか。離れてて」
「ああ。……いや、面倒なのが来たな。下がってろ。あの人数で来られたら守りきれる自信がない」
「あー、まだ彼女らがいたか。僕は死んだら死んだで別にいいよ。リスポーン位置更新したばっかだし。でもあっさんなら二分くらいで片付けられるよ?」
「AIと一緒にするな」
軽口を叩いていたらザッと降り立った集団にぐるりと周りを取り囲まれた。『花園』の戦闘職だ。総勢十名。平均レベルは17くらいだったかな。
廃人や手練のレッドネームには及ばないが、それでも上澄みの部類だ。シンシア一人では荷が勝つかも知れない。
一様に険しい顔をした集団の中からシラギクが歩み出る。ビッと僕にレイピアを突きつけて脇目もふらずに叫び散らす。
「またッ……懲りずにアナタという方はッ! この短期間でどれほど人に迷惑を掛ければ気が済むんですのッ! この狂人!」
開口一番罵りときたよ。シラギクってなんかいつもカリカリしてるよね。もうちょっと心にゆとりを持とうよ。僕は努めて穏やかな笑みを浮かべた。
「あっ、城を不法占拠してる『花園』所属のシラギクさんじゃないですか。あっ、城を我が物顔で不法占拠してるのに一切悪びれることなく人を弾劾しようとするツラの皮八分咲きのシラギクさんこんにちは。何をそんなに怒ってるんですか?」
「……ッ!! …………!!」
「あはは。顔がプチトマトみたいになってますよ? ギルド名を家庭菜園とかに変えてみては?」
「ライカン、煽るな。誰がツケを払うことになると思ってるんだ」
えぇ? ほんの挨拶のつもりだったんだけどなぁ。煽るなんてとてもとても。僕は友好の笑みを浮かべた。
「この男は……ッ! シンシアさん! なんでこんな連中に協力してるんですか! 貴女らしくありませんわ! 今からでも遅くありません! 戻って来て下さいまし!」
顔を真っ赤にしたシラギクは僕ら側に寝返ったシンシアに再びの翻意を促した。
『花園』と『先駆』はそれなりに長い付き合いだ。どちらも最古参メンバー同士ということで互いに物資や人材を融通しあっていると聞く。
『先駆』はモンスター由来の素材を大量に納品し、『花園』はお抱えの生産職が作成した有用な商品を卸す。経済的にも密接な結びつきがある。その橋渡し役は女プレイヤーであるシンシアが務めていた。『花園』からしたらシンシアの寝返りは衝撃的だったに違いない。
だけどそれは駄目でしょ。そんな安い言葉じゃ今のシンシアには届かない。むしろ火にガソリンをぶち撒ける愚行。爆発の余波に焼かれてもしらないよ。
シンシアがスゥと目を細めた。射抜くような視線に友好的な色は無く、怨敵を前にした復讐者のような憎悪に染まっている。感情を殺すことをやめた反動なのか、底の抜けたバケツのようにマイナスの数値を吐き出している。それは殺気とよんで差し支えないモノだった。
「私らしくない、か。一つ問おう。私らしさとは何だ?」
突如豹変したシンシアに気圧された『花園』メンバーが一様に驚愕を貼り付け一歩後ずさる。長い付き合いでも『花園』はシンシアの表の顔しか知らなかったらしい。
よく隠し通せたものだと思うと同時、なぜ見抜けないのかという疑問もある。僕は割と初期の頃から嘘くさいなぁって印象を抱いてたんだけどね。
「シンシア、さん?」
「上の方針に唯々諾々と従うのが私らしさか? 愛想を振りまいてほうぼうに媚を売るのが私らしさか? 誰も彼も私を都合のいい駒扱いだ。面倒事はとりあえず私に投げておけばいいと、そう思っている連中が、多すぎるッ!」
ダンと地を踏み鳴らしたシンシアが剣を乱暴に抜き放つ。ヒィンという刃音が心という器のヒビから漏れ出た悲鳴のように響いた。
「気持ちは分かる。分かるさ。トップ二人がアレだから私を頼りたくなるのは分かる。だが納得はしていないッ! なんで私が戦争の指揮から伝言役なんていう雑用までこなさなければならないのだッ! 客寄せパンダとしての契約だったのに次から次へと仕事が増えていくじゃないかッ! 八方美人キャラで売っていたから断ることもできない! クソっ! 最近はもっと人格の設定を煮詰めておけばよかったと後悔する日々だ!」
「……あの、シンシア、さん。私達、この凶行を記録するためにいま配信中で……」
「知るか」
「……え?」
「知るかと言っている。これは潮時なんだ。このクソみたいなキャラクターを捨て去る、その時機が来た」
ドン引きする『花園』連中を知るかの一言でバッサリと斬り捨てたシンシアが追撃の笑みを浮かべた。いつもの外向きの媚びた笑みとは違う。片方の口端だけを吊り上げた邪悪な笑み。闇堕ちという言葉が脳裏をよぎった。
「リーダーは……いや、『先駆』の頭は私が殺した。ふふっ。馬鹿みたいに油断していたところを後ろから一突きだ。あっけない最期だったよ。準最強が聞いて呆れる。私はもう、あれの下で家畜を演じるのは御免だ」
シンシアが壊れた。ひたすらに餌を与え続けて腹の中で育てた闇を飼い慣らせず、全身を蝕まれた廃人の成れの果て。
手遅れだったんだ。あとはもう早いか遅いかの違いでしかなかった。同盟がそれを加速度的に早めた。これはその結果だ。
「見ろッ! 私は今、こんなにも自由だッ! 何が先駆け! 何が垂範! 成果と立場に固執した狂人の奴隷はもう終わりだ。さて。手始めに貴様らを血祭りにすることから始めようか。クソ下らないイベントの護衛なんて理由で休日を潰してくれたな。これはその礼だ。神妙に受け取れ」
どうしよう。ここへ来てシンシアが属性を盛ってきている。清純派で売れなかったから毒舌キャラに方針転換したアイドル崩れみたいになっちゃってるよ。
今日という日が終わって騒動が落ち着いたその時、彼女は一体どの面を下げてこのゲームにログインするのだろうか。八方美人から四面楚歌に堕ちたシンシアの明日はどっちだ。
「……この人数に、勝てると思いまして?」
「一回や二回は死ぬかもな。だが知ったことではない。多少レベルが下がったところでやることは変わらん」
シンシアが高々と剣を掲げる。刃が陽の光を受け、翻る反旗のように瞬いた。
「戦争だッ! 人を使役する側に立つことに慣れきったクソ共の傲慢をッ! 性根をッ! 焼き払う!」
話はいよいよ民度の浄化ではなく同盟罷業の側面を持ち始めてきた。仮想現実内の劣悪な労働環境は彼女をとんでもない化け物に仕立て上げてしまったようだ。
錆びついて動きの鈍った歯車を、それでも強引に回そうとしたら回ってきたのは手痛いツケだったというお話だ。VRって怖いね。アットホームすぎるぜNGO。
「……シンシアさん、すぐに目を覚まさせて差し上げますわ」
「眠たいことを言ってくれる。私はついさっき蒙を啓いたばかりで、こんなにも世界が明るく見えるというのに」
もはや交渉の余地なしと悟った『花園』連中が各々の得物を抜き放った。十対一。もちろん僕は戦力外である。
有利不利の差は明らかだ。なにかしらの奇跡でも起こらない限りシンシアは死ぬ。レベルも下がる。そうなれば待っているのは悪循環だ。
なにか突破口さえあれば。
それは、或いは奇跡ではなく必然だったのかもしれない。
割れ鍋に綴じ蓋。錆びて、欠け落ちた歯車が二対、拠り所を求めるように惹かれ合う。奏でる不協和音はまるで権利の主張のように。
「ストラアアアアアアアァァァァァァァイキッッ!!」
豪速の【踏み込み】。死角からの急襲に反応できなかった『花園』プレイヤーの一人が、社会への反発を強烈に示唆する釘バットに脳天をカチ割られてポリゴンと化した。
ああ……来てくれたんですね、ノルマキさん。これほど心強い味方はいない。
社会の荒波に揉まれた戦士と仮想現実のしがらみに揉まれた廃人の両雄が並び立つ。
卑怯な不意打ちで味方をキルされた『花園』が気色ばむ。今にも斬り掛かろうとして、しかしギロリと睨めつけるノルマキさんに威圧されて二の足を踏んだ。
戦場に吹き荒れた台風。その目の中で背を預けた両名が互いの死角を補い合う。表裏が混じりて一つの力と化す。たった一人の参入、しかし戦況は一気に傾いた。
「ハッハァー!! ロックでハイな宣言だったぜシンシアくぅんよォォ!! 血祭りなら混ァぜてくれよなぁァァ!! サァァァンクスッッ! ギビングデェェェッ!!」
「あなたをこんなに頼もしいと思ったことはありませんよ。やりましょう。ここでは、それが許される」
劣悪な労働環境という一点で繋がれた二人が武器を手に取り大勢を敵に回す。いま、永きにわたる因縁の垣根が取り払われた。
チーム歯車、ここに成る。
「ギア上げて行こォォぜええェェェェェッッ!!」




