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蛇の道は蛇

 正義の焔が燃えている。


 爆発が病巣を吹き飛ばし、焔が溜まった膿を灼いていく。これは荒療治だ。いつまで経っても学ばない愚か者へと下す正義の鉄槌。

 僕を仮想敵だって? 冗談にもなっていない。『検証勢』の口車に乗せられて同盟という名の犯罪組織を立ち上げた連中に加える手心など皆無。灰になるといい。


『花園』所有の城が陥落した。病巣の一つが光の粒となって立ち昇っていく。浄化の光景だ。神秘的ですらある。


 街が外周から更地と化していく。高度に統率された連携と手際の良さに言葉を呑む。敵に回すと厄介だが、味方にするとここまで頼もしいとは思わなかったよ。


 そろそろ僕も動こうか。心地よく響く閧の爆音をBGMにして、僕はカツカツと音を鳴らしながら見張り尖塔の階段を降っていった。


 ◁


 伝言役のシンシアから同盟締結の報を受けた僕はレッドネームの溜まり場である北西区画に足を向けた。敵の敵は味方、などという都合のいい展開を期待していたわけではなかった。互いに手札を晒し合い、欲しい物を交渉で借り受ける。それで終わり。そういう目論見だった。


 僕が欲しかったのは人足だ。五大ギルドを相手に単身で挑むなんて裸で登山に行くようなものだ。ちょっと手間をかけて自殺しにいくのと同義である。

 おそらくは『食物連鎖』の下っ端あたりをけしかけられて消耗戦を強いられる。爆弾を使えば僕の戦力は減る。使わなかったら簀巻きにされる。近いうちに詰むのは目に見えていた。


 群れるのは最上の自衛方法だ。そして最強の戦略でもある。数の暴力が戦局を大きく左右するのは歴史が証明している。採れる策が違う。多少の無茶が利く。覆すのは至難と言っていい。

 一騎当千なんてのは物語の主人公だけに与えられた特権だ。僕は自分の力を正しく認識している。一人ではこの牙城は崩せない。故に数がいる。


 そして力を欲している連中がいた。レッドネームの連中だ。

 人を斬り倒すことにお熱な連中は、その危険思想故に誤解されがちだが戦法に限って言えば正統派だ。闇討ちも騙し討ちもするが、それはレッドネームを相手取る連中にも言えること。


 彼らは殺し合いの中で研ぎ澄ませた感覚を芯に据え、切った張ったの世界を腕と得物だけで駆け抜けてきた猛者だ。やることは白兵戦の一手に限られる。彼らの中には対人戦は得意でもそれ以外はからっきしというプレイヤーも多いと聞く。


 要は一定の規模に達した相手に対して弱い。人は囲まれて叩かれたら死ぬのだ。メアリスやあっさんとかいうイレギュラーが暴れまわるから勘違いされがちだが、【踏み込み】や【空間跳躍】は無双を可能にするスキルでもなんでもない。


 シリアもシンシアもフレイヤたんもノルマキさんも、カンストプレイヤーに四方八方を囲まれたらわりとあっさり詰むだろう。攻撃したら隙を突かれるし、空に逃げても【空間跳躍】を吐けばあとは無防備だ。【濡れ烏羽】持ちのシリアならなんとか逃げ切れるか、といったところだろう。もっとも、囲まれないよう立ち回るのが腕の見せ所ではあるのだが。


 しかし、五大ギルドが同盟を組んでの飽和攻撃を繰り出してきたらもはや腕がどうのという次元を超える。純粋に無理ゲーだ。採れる手段は緊急ログアウトくらいのものだろう。


 そして、そんな状況を覆せるのが僕だ。正義を宿した者にのみ許された火薬師のレベルアップ。得られる力は特殊爆薬調合、及び大型爆弾作成。齎される恩恵は範囲爆撃。それはレッドネーム勢力が有しておらず、喉から手が出るほどに欲している力。盤面をひっくり返す切り札。


 戦国時代にミサイルを持ち込むようなものだ。本丸にぶち込んでよし、機先を制して無防備な陣中にぶち込んでよし、武威をチラつかせて戦局を有利に運ぶもよし。


 力と人足が手元に揃ったとき、採れる選択の幅は見違えるほど多くなる。お互いにとって利害が一致している状況。悪くない取引が期待できるはずだ。


 ギブアンドテイクで行こう。そんなドライな関係を構築しようと思ってレッドネームの根城に足を運んだら諸手を挙げて迎え入れられた。ピュイと口笛を鳴らされ、拍手喝采の中を進む。よっ、待ってました! などと気さくに声をかけてくる者までいる始末。誰だよ。


 促されるまま進んでいたが、あまりにすっとろい僕の行進に痺れを切らしたのか一人のプレイヤーに担がれてギュンと運搬される。ごみごみしている区画を高速で駆け抜けた先にあったのは薄暗い空き地だ。

 無計画な増築で発生したデッドスペース。日の当たらない陰鬱とした空間には使い道のなさそうな廃材がゴテゴテと積まれている。そして一人の男が頂点に腰掛けてこちらを見下ろしていた。


「やあライカンくん。君ならばきっとボクらを頼ってくれると思ってたよ。歓迎しよう。ようこそ『渇愛』へ。さぁ、共に戦争をしようか」


 穏やかな声色。しかしどこか神経に障るような響き。凄いなと思う。ここまで複雑な感情を植え付ける声はなかなか出せるものじゃない。きっと狙ってやっているのだろう。直感で理解する。相容れないな、と。


 両手を広げて歓迎の意を示す男。嘘くさい笑みが貼り付けられた顔は、五秒後には記憶から抜け落ちてしまいそうなほどに特徴が無い。過去の記憶を掘り起こしても会ったことがない、と思う。自信がない。


 誰にも悟られることなく一癖も二癖もある連中を一手に纏め上げていた存在。なんの因果か、僕はそんな化け物との邂逅を果たしてしまった。


 ▷


 レッドネームギルド『渇愛』。リーダーの名前はみずっち。どちらも初耳だ。レッドネームが大規模なギルドを結成していたなんて話は聞いたことがない。

 ギルドシステムが解放された直後は小規模な犯罪者コロニーが乱立したと聞くが、悪目立ちしてPKの的になるのでわりと早い段階で解散していったらしい。


 残ったのは好き勝手に暴れるという方針で一致した集団である。彼らは普段は個々人で活動しつつ、必要に迫られれば適当にパーティーを組み、面白そうなイベントがあったら徒党を組んで邪魔しに行く。そんな、刹那主義の集まりだと思っていた。


「まあ旗印ってのはあったほうが何かと都合がいいんだよね。んでボクは旗振り役ね。好きなんだよねー、暗躍。暗きに躍るって響きがまずカッコよくない? この前の戦争でさぁ、『食物連鎖』に忍ばせてた札を一枚切った時の混乱騒ぎは見ものだったなぁ。すでに配信を十回以上見直してるよ。もうね、最高。出るよね、汁が」


 みずっちはさっきからこの調子だ。何が面白いのか、へらへらとした笑みを貼り付けて悪だくみの成果発表会を一人で進めている。


「そろそろ本題に入りたいんだけど?」


「おっとごめんごめん。やっと憧れてた有名人に会えてちょっとテンション上がっちゃってさぁ。普段はあんまり目立たないようにしてるから接触の機会がなかったんだよね。こんな難儀な役回りを熟してると表に出るのを控えることになって、必然口を回すのが仕事みたいになってきちゃうんだ。正直ボクはVRのセンスが皆無に等しいからさ、何かで抜きん出なきゃならないってなるとまぁ口になっちゃうんだよね。舌先三寸ってやつね。ウチは個性派が多いからさぁ、ヒアリングとケアを怠ったら何しでかすか分からないのが多いんだ。ちょっと不満があったら情報持ってとんずらこいて向こうサイドに寝返りそうなのとかもいるしね。んでそういうのに限って優秀だったりするわけよ。だから必死に繋ぎ止めようとするじゃん? そうすると勝手に育つよね。口が。神経使うよー? どっかを立てたらどっかが凹むんだ。中間管理職だよねもう。でもそれらしい失敗は今までしたことないし、概ねよくやってると思わない? 悪の組織経営とかいうニッチな経験なんてなかなか積めるもんじゃないよ? いやー最高だよねこのゲーム。最初はボクも下積みだったんだよ? ハーメルンって知ってる? 新規プレイヤーを口八丁で騙して敵に突っ込ませる戦法なんだけどさぁ、あれやらせたらボクの右に出る者はちょっといないよ? 相手のキャラクリとか身振り手振りから性格を分析してさ、コンプレックスとか自尊心とかを上手いこと刺激してあげて火中の栗を拾いに行かせるゲームね。あれほんと神ゲー。またやりたいなぁ。そうそう新規といえばさ」

「僕もう帰っていい?」


「あー待って待って! ほんとごめんって。ネトゲって反論を許すと負けみたいなところあるじゃん? 水掛け論になる前にウォータージェットで相手の首を刎ねた方の勝ちみたいな。判定にもつれ込む前にKOで沈めるのが上策っていうかね? はは! 脳死で喋ってたら自分でも何言ってんのかわかんないや! じゃあ本題に入ろうか。こっちはいまログインしてる百七十二名を総動員する準備がある。君の期待には応えられるはずだ。代わりにボクらが所望するモノは……言わなくても分かるでしょ?」


 それまでの笑みをスッと消したみずっちが唐突に交渉を切り出す。情緒不安定……いや、それすらも演技か。まいったな、このゲームにわざとらしい無表情というものがあるなんて思いもしなかった。この男は、探れない。


 まあいい。もとより仲良しこよしの関係を作りに来たわけじゃない。交渉は不得手だ。手札を叩きつけて是非を問う。それだけだ。


「大型爆弾五十発。それでどうかな?」


 だいぶ奮発したと思う。頭のおかしいレッドネームたちに渡す量としては破格だ。これだけの量を揃えた彼らならば五大ギルド連盟を突き崩すことも可能だろう。そう思っての判断だった。


 みずっちが首を傾げる。壊れた玩具のような無機質さ。眼球を動かして中空を見つめ、再度こちらへと狙いを定める。機械のようで、昆虫めいてもいる。少なくとも、人のする反応じゃない。そんな感想が脳を巡った。


「出し渋る? ここで? ええ? そっかぁ……そもそも勘違いしてたかな? 君は戦争がしたいんじゃなくて私怨を晴らせればそれでいい、と。うーん困った。アテが外れたな」


 まるで困ってなさそうな顔で、しかし声だけはやけに情緒を含んでいる。ちぐはぐだ。いや、これも演技……か? 何もかもが嘘くさくて判断しかねる。観察してると頭がおかしくなりそうだ。なんなんだ、こいつは。


「……一つ断っておくけど、私怨を晴らすんじゃない。非道な行いに手を染める連中に誅を下すんだ。戦争なんて下らない目的に消費されたら困るよ」


 僕は彼の根本的な勘違いを正した。

 一体何が琴線に触れたというのか。みずっちは今日一番の笑みを貼り付けた。体裁を整えただけのそれ。福笑いのパーツを最適な位置に貼り付けたかのような笑みに怖気が走る。


「それ! いやぁ君の口上はいつかナマで聞いてみたいと思ってたんだよねぇ! 正義ね、正義。うん。ほんと素晴らしいと思うよ。胸に一本芯が通ってる人の言葉は心を強く打つ。やっぱり君は有象無象とは違う。いいなぁ。ウチにおいでよ」


「……戦争なんて頭おかしいイベントには興味ないから遠慮しておくよ」


「相互理解を拒むものじゃないよ。君が正義に拘るように、ボクたちだって戦争やプレイヤーキルについて譲れない一線があるんだ。頭がおかしいなんて薄い言葉で否定しないでくれ。それは、耐え難い屈辱だ。少し冷静じゃいられなくなる。やめてくれ」


 みずっちは嘘くさい笑顔から無表情に移りつつ喋るという器用な真似を披露した。これは……どうしたものか。まるで掴み所がない。理解への取っ掛かりが一向に見えてこない。僕はレッドネーム達と組むという判断をしたことを後悔し始めていた。


 いや、今更か。開き直ろう。向こうがこちらを――内心どう思っているかは別として――認めてくれている以上、頭ごなしに否定するのは失礼か。僕は精一杯の歩み寄りの姿勢を見せた。


「……もし良かったら、戦争にどんな譲れない一線があるのかを聞いてもいいかな?」


「愛だよ」


「は?」


「愛だ。愛なんだよ!」


 突如として大声を出したみずっちが両手をバッと広げて天を仰いだ。狂気を感じる。あっさんやシリア、ヨミさんなんかとは比べ物にならない……吐き気を催すような異物感。まずいな。歩み寄るんじゃなかった。


「内に秘めた感情をッ! 剥き出しにしてッ! 互いが互いを狂おしいほどに求め合うッ! システムを通して、脳波を介してッ! 飾らない思いの丈をこれでもかとぶつけ合うんだッ! ボクらは君たちのことをこれほど想っているのだと表明し、彼ら彼女らはボク達の想いに対して熱い返礼をよこすッ! 理性の柵を取っ払った本能の対話はもはや濃厚な蜜月に似る! あぁ、あぁッ! これを愛と呼ばずして、一体何を愛と呼べばいいんだろうね?」


 今日、この時、この瞬間。僕の中の頭がおかしいプレイヤーリストの殿堂入りにみずっちの名前が刻まれることになった。

 底を見た気になっていたが、認識を改める必要がある。こんな爆弾が今まで隠れてたのか。僕は戦慄した。抱えた闇の深さが尋常じゃないよ、NGO。

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[良い点] 求め愛!奪い愛!殺し愛!
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