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返り咲く血の花

 強将の下に弱卒無しという言葉がある。上に立つ者が精強で優れていれば、薫陶を授かる下の者もその影響を色濃く反映し優れた者になるという意味で概ね合っていると思う。

 好きな言葉だ。人が良い影響を与えあって高め合う素晴らしさを簡潔に表している。正しく導く者が居て、その者の下で切磋琢磨した者がいずれ導く者になる。好循環だ。人の渡世、かくあれかし。


 さて、ではもしも上に立つ者がクソだった場合は。


 クソがクソを育む悪循環の始まりだ。

 上からクソを垂れ流され、なるほどそれが正しい在り方なのだなと勘違いした者は同様にしてクソを垂れ流す。

 反面教師とはまともな比較対象がいてこそ成り立つもの。クソを垂れ流すことしか教わらなかった者たちはそれを当然のことと思い込んでしまう。そうして形成されるのは見るも無惨な肥溜めだ。


 そう、このゲームである。


 運営という神がクソ環境を敷設し、先発プレイヤーがそれにかこつけてクソのような行為に手を染めた。もう止まらない。坂道を転げ落ちるように評判を落としたこのゲームは、まともな人間から排斥するという特殊な文化を形成した。手の施しようがないね。


 これがシミュレーションだったら面白い結果になったものだと笑えていたかもしれない。人から死という現象を取り上げたらどうなるか、というテーマのもとに施行された模擬実験だったなら、あるいは救いの余地はあったのかもしれない。


 だが。まこと信じ難いことにこれはMMOだ。人と人が行き交い物語を紡いでいくゲーム。主人公は他ならぬ己自身。そんな晴れ舞台でやることが足の引っ張り合いとは如何なものか。


 NPCは居ない、明確なストーリーラインもないとくれば、いよいよ外的要因を盾にした言い訳も立たない。一から十まで運営とプレイヤーが作り上げた悪しき風習はいまだ根強くゲーム内に浸透しており、ふとした瞬間に猛威を振るう。まるで生態系を維持するかのように。


 今は平和になったほうだ、などと言われるが……違う。行き着くところまで行っただけだ。正常な判断を下す機能がおしゃかになった、とも言える。平和など、人が持つ順応という機能に抗えなかった者の戯言に過ぎない。


【解錠】スキルを一つとってもそうだ。いとも簡単に人の家に侵入できるような状態はどう考えてもおかしい。普通じゃない。

 これはRPGじゃないんだ。プレイヤーは主人公に不法侵入されても文句一つ言わず、アドバイスを吐き出すことを強制された村人Aではない。


 だというのに、侵入することにもされることにも慣れきったプレイヤーは、もはや現状に疑問を持つことすら忘れている。

 ルーティンワークのように不法侵入を繰り返し、咎める方がおかしいと言わんばかりの堂々たる様には舌を巻くものがある。盗っ人猛々しいとはまさにこのこと。タンスとか引き出しを漁るのはやめろ。ツボを割るな。


 思うに、諦観が蔓延しているのではないか。

 プレイヤーにモラルを求めることが絶望的で、なら自分もそっちに回ったほうがいいよねという損得勘定。殺される前に殺す。どこかで聞いたような理屈だ。

 これがダークヒーローものの主人公なら血なまぐさい物語の序章にぴったりなのだが、MMOでそれやったらサービス終了への舵切りだよね。


 おかげでこのゲームの人口の推移グラフはインパクトが凄いことになっている。限界ギリギリを攻めたジェットコースターのような急勾配が所々で展開されているかと思えば、今は臨終間際の心電図だ。医者が匙を投げるよ。


 だから僕がいる。


 僕は運営をクソだと断じて覆す気はないが、開発の技術力だけは手放しで褒めそやしてもいいと思っている。

 現実のようなリアリティ。とんだ大言壮語を吐いたものだと鼻を鳴らして馬鹿にしたのは昔の話。いまや他のVRゲームには戻れないと断言出来るほどのめり込んでしまっている。僕の夢はこのゲームで成就する。そう信じて疑わないくらいには。


 このゲームを終わらせたくない。こんなゲーム終わってしまえばいいのに。

 相反する気持ちが綯い交ぜになって消化不良のまま腹に居座っている。業が煮えることこの上ない。なんだ。なんなんだ、このゲームは。運営仕事しろ。


 悪徳が幅をきかせるこのゲーム。必要とされているのは正義だ。

 誰もが進んで悪に身をやつす。咎めなければならない。正さなければならない。従わないなら、その残機(いのち)を以て贖わせる。


 僕が、正義だ。


「違う。それは歪んだ自己肯定が引き起こした錯覚だ。自分にとって都合の悪い存在は認められないか? それを自己正当化バイアスという。法や正義といった、掲げるに手頃な大義名分を盾にやりたい放題。それが君だ」


 意味がわからない。法や正義に殉ずることになんの問題があるというのか。


「個人の裁量を逸脱している。君は現実の法を持ち出して不法侵入を罪だと言うが、ただそれだけの理由で殺人を犯したら過剰防衛だ。辺りに被害を撒き散らせば器物損壊罪も上乗せされる。何かにつけて法や正義を標榜する君自身が、誰よりもそれを軽視している。いい加減に気づき給えよ」


 何を言っているのか。いくらでも取り返しのつく建物やプレイヤーの命を引き合いに出して他人の否定とは浅ましい。僕は精神の在りようを論じているというのに。


「そら論点がずれてきたぞ。法に殉ずると豪語しておきながらこれだ。脳にどんなフィルターをかければここまでの矛盾を飼い慣らせるんだ? 私はいま、一人の人物と話しているとは思えないよ。多重人格か? 受信と発信を複数のパターンで使い分けている? それが君の本質か」


 話にならないよ。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。


「大勢の意見を借りた否定で自己を確立するのはやめ給え。何をそんなに恐れている? 面と向かって否定されるのは初めてか? くくっ。そんな人に怯える小動物のような愛らしさを見せられたら苛めたくなってしまうよ」


 やはり……今日のヨミさんは少しばかり、いや、だいぶ頭のネジが外れてしまっているようだ。まともに振る舞っているように見える人物でも、やはり心の内に闇を抱えているんだなぁ。僕はため息を吐き出した。


「なるほど、防衛機能が働くとそうなるのか。なかなかどうして靭性も大きいじゃないか。だがヒビくらいは入ったかな? ふむ。それなりに有意義な時間だったよ。今日はこれくらいにしておこうか」


 ヨミさんがようやく僕の上からどいた。やっと自由になった。さて、おかしくなったヨミさんの頭は僕が冷やしてあげよう。すかさず大型爆弾を取り出――――


「まあ、そんなことだろうと思ったよ」


 額に掌底が落とされた。身体が……動かない。これは、あっさんの使う謎拳法……?


壊し屋(デストロイヤー)レベル7、【賦落張打】。素手で急所への打突を食らわせることで肉体の自由を一時的に奪える。適切な角度や勢いが必要なため扱い易くはないが、決まれば勝敗が傾く技だ。モンスターには効かないという欠点はあるがね。廃人連中から提供された情報だよ。今まで秘めておいたが……そろそろ広めてもいい頃合いだ。存分に吹聴するといい」


 壊し屋……素手での補正に倍率が係る職業だ。素手の威力が弱すぎるから見向きもされなかった職業なのに、とんだインチキスキルを抱えてたものだ。金縛りにあったように指一本動かせない。


「このスキルはヒット数によって拘束時間が変わる。『先駆』のトップはラグスイッチなどという珍妙な技術で最効率を叩き出していたが、私には到底扱える技術ではない。それでもあと二十秒は動けないだろう。時間は充分だ。ふわちゃん。来るんだ」


「はいぃ? 呼びましたかー?」


 残虐行為に勤しんでいたふわちゃんがタタっと駆けてきた。にこにことした表情。プレイヤーを血の海に沈めておきながら一切の翳りがない。とんでもない化け物が生まれてしまった。


「さっき渡した爆弾を出すんだ」


「はい! これですね!」


 ふわちゃんはインベントリから筒状の小型爆弾を取り出した。その威力は僕が一番知っている。火薬師レベル12。誰よりも長くこの職業に寄り添ってきた。手に収まる程度のそれは、ひと一人を容易く吹き飛ばす凶器である。


「次はそれで……彼に"挨拶"をするんだ」


「はいっ! 頑張りますよー!」


 ふわちゃんが指を鳴らそうとして失敗した。ぱすっという掠れた音。だが必要なのはモーションだ。

 オーダーに応えたシステムが火を熾す。導火線に火が灯される。長さからして五秒、か。ジリジリと侵食されるそれはまるで僕の寿命のようで――――


「ライカン。君はもう用済みだ」


「ライカンさん! こんにちはーっ!」


 僕は爆殺された。死後の十秒で僕が見たのは白衣を翻して立ち去るヨミさんの後ろ姿と、純白を誇るように輝くふわちゃんのプレイヤーネームだった。


 ▷


 噴水広場にリスポーンした僕は近場にある『検証勢』のギルドハウスに乗り込んだ。そんなに命を無駄にしたいのならば僕が協力してあげよう。


 もぬけの殻だった。


 何に使うのか分からない実験器具も、ゴチャゴチャと散乱していた武器や防具も、何もかもが綺麗サッパリ無くなっていた。手際が良すぎる。時間にして二分も無かったはずだ。白昼夢の只中に放り込まれたような感覚が脳内を満たす。逃げられた。至極あっさりと。


 バザー通りに向かう。ボケっと座り込んでいた店主たちは僕の姿を認めた途端に脱兎のごとく逃げていった。いつもと反応が違う。既に『検証勢』の手に落ちたのか。


『ケーサツ』の姿も無い。逃走先の情報が欲しいのに肝心なところで使えない奴らだ。

 仕方ないので足を使って悪の拠点を探す。このゲームは一度逃げられると追い詰めるのが難しい。だが屈さない。あんな外道の所業を見過ごすわけにはいかない。ふわちゃんと『検証勢』の暴走は僕が阻止する。


 街を血眼になって探していると廃人の一人が接触してきた。シンシアだ。僕は彼女の口からことのあらましを聞かされることとなった。


 ふわちゃん擁立。それが概ねの方針であるそうだ。

『検証勢』、『先駆』、『ケーサツ』、『食物連鎖』、『花園』の五大ギルドは迅速に同盟を締結。稀有な才能を保有するふわちゃんを保護するという名目で監禁、洗脳を施すつもりであるらしい。


 仮想敵はレッドネームプレイヤーと、そして僕。

 面白がって暴れまわるであろうレッドネームと、自身の価値の暴落に自棄を起こして暴れまわる僕を想定してあらかじめ包囲網を敷いたのだとか。

 ふざけた話だ。ここまで来ると呆れてモノも言えない。


 自宅で爆弾でも作っていろ。大人しくしていれば見逃してやる。それが向こうからのメッセージとのこと。ここまで虚仮にされるとむしろ笑いが零れてくる。僕はすぐさま行動を開始した。


 見張り尖塔、その上層に立つ。

 ポツンと建っているその塔はこの街で最も高い建造物だ。その上層ともなると眺望が利く。眼下に広がるのは街。少し向きを変えるだけで平原や森、山の稜線、海の白波まで見渡せる。絶景。これ以上の表現はないだろう。


 風を感じる。見張り尖塔の上層は現実だったら安全性に問題があるため許可が下りないような構造をしている。胸ほどの高さの柵が設置されているだけだ。簡単に飛び越えられる造り。明らかな欠陥構造だが、その分開放感が凄まじい。


 柵を両手で握る。グッと体重を預けると、硬質でしっかりとした感触が返ってきた。鳥が群れを成して羽ばたいていく。一際強い風が頬を叩くように吹き抜け、思わず目を眇める。空は快晴。深呼吸を一つ。活力が漲り、余分な力が抜けていく。


 僕は振り返った。ゾロゾロと列を成すプレイヤー。みんな一様にお天道様に負けないほどに輝く笑顔を浮かべている。いいね。やる気は充分のようだ。僕の思想に賛同してくれた彼らには僕お手製の大型爆弾を握らせてある。悪を討ち滅ぼす正義の焔。存分に振るってもらおう。


 行こう。ゴミ掃除だ。


「さぁ、愚かな連中に目にもの見せてやろうじゃないか」


 僕の音頭にレッドネーム達が歓喜の咆哮を上げた。【踏み込み】を使用してグンと跳び出していったプレイヤーが街へと降下していく。


 民度浄化作戦リターンズ。状況開始。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりこうなったか…! 確かに価値の暴落はハンパじゃないからなぁ…。 傲慢な正義よりも首輪のついた狂人のがマシ。 なんならふわちゃんを火薬師にしてレッドを爆殺しまくれば、治安改善する上に…
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