災厄の種
噴水広場近くのオープンテラスカフェでせっせと花火玉を作っている。
最近は家にズカズカと侵入してくる輩が多すぎる。人の家をフリースペースやカウンセリング施設と勘違いしているのだろう。こっちの事情はお構いなしだ。腑に落ちないとはまさにこのこと。
差し当たっては安全圏の確保だ。邪魔が入らず集中できる環境が望ましい。そこでこのオープンテラスカフェだ。噴水広場前は基本的に過疎っているので穴場スポットである。
このゲームは空き家を簡単に自宅登録できるので、初回ログイン以降は自宅にログインするプレイヤーが多い。ギルドに所属していたらギルドハウスにログインすることもある。要は噴水広場にログインする理由が無いのだ。
フィールドへの出口からは遠い。NPCが居ないので建物はハリボテ。ショップはメニューに設置されているので街を出歩く理由に乏しい。
いよいよ不人気スポットに拍車が掛かるというもの。ぶっちゃけ新規プレイヤーに粘着する出会い厨くらいしか寄り付かない場所なのだ。静かに作業をするには最適だろう。
だが、あくまで不人気というだけであって全くプレイヤーが居ないというわけではない。新規プレイヤーは必ずここに降り立つことになるし、自宅を登録していないプレイヤーや、一定期間ログインしなかったため自宅の所有権を失った復帰勢なども噴水広場にログインすることになる。
そして、ログイン後にすぐさま拉致されたため自宅登録なんてしていないプレイヤーもここに降り立つことになる。
「ふわぁー、きれいな噴水……」
つい最近聞いた覚えのある声がしたので僕は顔を上げる。噴水を見上げ、ポカーンと口を開けたプレイヤーがぽけーっと突っ立っていた。
ふわちゃんだ。人畜無害そうなキャラで人気を博している大物配信者である。ゲームが下手くそでもめげずに頑張る姿から、視聴者は癒やしと元気を貰うのだそうだ。
一体何をしにきたのだろう。配信をしているわけではなさそうだ。告知があったらこの前のように大騒ぎになるだろうし。
……ロケハンかな? このゲームはゆるいMMO。決まったストーリーがないので、やりたいことは自分で決める必要がある。次回の配信のネタ探しに来たのかもしれない。
もしくは、完全にプライベートでNGOを遊んでいるのか。彼女は前回の体験を面白かったと評した。僕のアシストが功を奏した結果だ。もしかしたらふらっと遊びに来ただけかもしれない。
まあどちらでもいいか。この前の配信の映像を僕は見返した。つまり、僕は既にふわちゃんの配信の視聴者のうちの一人ということになる。ルールは遵守しなければならない。
手伝うことはしないが、妨害行為もしない。アクアリウムのような感じだね。奔放で自由な様を遠巻きに眺めるのが正しい楽しみ方だ。僕もそれに倣うとしよう。
心配なことといえば、ここは最適な住環境が整備された水槽ではなく人の闇と業を煮詰めた肥溜めであるという点だ。
前回と違って僕の庇護がなくなった今、彼女がこのクソ環境に適応できるかどうか……不安だ。不安だが、見守ることしかできない。それがルールであるが故に。
いっそこのゲームから離れてくれたほうがふわちゃんや視聴者のためになるかもしれないな。ここは聖属性持ちのふわちゃんには相応しくない。致命的に汚れる前に脱出したほうがいいだろう。
クソの洗礼を浴びることになるかもしれないが……しょうがない。それもまた経験だ。僕は見なかったことにして花火玉作りを再開した。
「あっ!」
驚きの声。早速何かあったのだろうか。
顔を上げるとふわちゃんと目があった。彼女は僕を見てにへらと締まらない笑みを浮かべると、タタっと駆け足で近寄ってきた。
参ったな……頼られたらどうしようか。君の視聴者だから手伝いは出来ないよと断ればいいのかな? アドバイスくらいはしてもいいのだろうか。配信中じゃないからそもそもセーフ? 僕はトンファーで殴り倒された。
速やかにマウントを取られる。ふわちゃんはトンファーを振り上げて叩きつける。振り上げて叩きつける。僕は死んだ。参ったな……ふわちゃんは既にゴミになってしまったようだ。
すぐさま噴水広場にリスポーンする。僕は大物配信者だろうと女だろうと相手が悪ならば容赦はしない。突然殴りかかってくるようなゴミは消し炭にしてやる。しかし僕はリスポーン後の硬直中に殴り倒されてマウントを取られた。
「てゃー! あたっ! しゅっ! しゅっ!」
僕は殴り殺された。リスキル……だと? もはや手遅れのようだ。朱に交われば赤くなる。ゴミの空気を吸ったふわちゃんは既に精神を汚されてしまったようだ。
なんということだ……。どれだけ闇が深いんだNGO。絵に描いたような人畜無害なふわちゃんをここまでパァにするとは……。どうやら治してあげられるのは僕だけのようだね。
すぐさまリスポーンする。殴り倒されて速やかにマウントを取られる。そこで僕はインベントリを操作した。狼の着ぐるみ。恩恵は防御力上昇だ。
「え!? ろんちゃん!?」
今更気づいたのか。恩を仇で返すとは許しがたい蛮行。もう容赦しない。その腐った性根を焼き払ってあげよう。僕は小型爆弾を取り出した。
「死ぬんだ、ふわちゃん。そして頭を冷やすといい」
僕は指を鳴らして小型爆弾に着火した。ふわちゃんは死んだ。妨害禁止ルールなんて知ったこっちゃない。向こうがその気なら徹底的にやってやる。僕は義憤を燃やした。
「やりましたねー!」
リスポーンしたふわちゃんが飛び掛かってくる。あれは……【踏み込み】! クソっ、僕よりも上手くスキルを使いこなしている……!
速やかにマウントを取られた。膝で両腕を抑えつけられる。爆弾を封じられた。戦闘職か……っ! 生産職は戦闘職に比べて肉体スペックが劣る。レベルはこちらが上なはずなのに、被弾ダメージの身体力低下もあって抜け出せない!
「へやっ! たあっ! あたたたたぁ!」
「やめっ、こ……のっ、ちょ、いつまで」
僕はひたすら殴られ続けた。着ぐるみを着た結果防御力が上がったので死ぬまでの時間が延びたのだ。
ふわちゃん……いつの間にこんなゴミに変貌を遂げてしまったんだ。視聴者が見たら悲しむぞ。
「爆発の音がしたから何かと思って来てみれば……君はまた何かしたのか、ライカン」
必死に抵抗していたところ声が掛けられた。この声……丁度いいところに来てくれた。
「ヨミさん助けて! 頭のおかしい配信者にリスキルされてるんだ!」
「むむっ! 新しいプレイヤーの方ですねっ? これはご挨拶です! 死んでください!」
僕からバッと飛び退いたふわちゃんはトンファーを構えてヨミさんに突っ込んでいった。なんだあのバーサーカー。人を殺すことしか考えてないのか?
ふわちゃんが飛び掛かる。まずい。ヨミさんが戦ってるところは見たことがない。もしかしたらやられてしまうかも――
「甘い」
そんなことはなかった。
体を躱したヨミさんの掌打がふわちゃんの顎に入る。よろめいたところに追撃の膝蹴り。みぞおちを強かに打ち据えられ、体を曲げたところに後頭部へのエルボー。え、強くない? そんな肉体派だったんですかヨミさん。
倒れ伏したふわちゃんを足蹴にして抑えつけ無力化したヨミさん。手足をバタつかせて暴れているふわちゃんをチラと見て言う。
「ふわちゃん……ほう、彼女がか。興味など無かったが、噂は耳にしたぞ。小動物のような小娘だと聞いていたのだが、随分と印象が違うな?」
「何があったのか分かりませんが、数日経ったらなんかゴミになっちゃったみたいです」
「うぅー! 殺し合いは、挨拶の延長、なんですっ! ろんちゃんが、そう言ってたじゃないですかっ!」
ん? んん? 言ったっけそんなトチ狂ったこと?
…………いや、言ったな。そういえば言った。ぶーちゃんが僕にエリアルコンボを決めたとき、誤魔化すために殴り合いは友好の証明だとか殺し合いは挨拶だとか言ったな。うん、とっくに忘れてたよ。
えっ? まさかあの戯れ言を信じてたの? 本気で?
そっかぁ……いるんだなぁ……人の言うことを疑わない人って。僕はふわちゃんがリアルで詐欺の被害に遭ってないか心配になった。
「だからリスキルなんて暴挙に出たのか……ふわちゃん、あれは」
「待てッ!! 待つんだライカン! リスキル、ということは、だ。ふわちゃんは君をキル、したんだな?」
突然の大声に僕は気圧された。冷静沈着が常のヨミさんらしくない態度だ。
ヨミさんの顔は強張っている。眉間に刻まれた皺は深く、頬がヒクリと震えていた。
このゲームの表情は感情によってコロコロ変わる。正確には脳波らしいが、詳しい理屈については定かではない。
作ろうと思えば笑みや怒りの表情は作れるが、そこにはどうしても嘘くささが混じる。作り物じみてるとでも言えばいいのか。シリアの笑みがいい例だ。あれほど嘘くさい笑みを僕は知らない。
それに比べ、ヨミさんのこの真に迫る表情……なかなか出せるものではない。本気で動揺し、思考の海に身を投げている状態。尋常な集中力ではない。
「逸材、か」
意味深なセリフをポツリと漏らしたヨミさんがスゥと顔を上げる。そこにあるのは普段通りの表情だった。不敵に口の端を吊り上げて言う。
「ふわちゃんは君をキルした。だというのに……コレはどういうことなのだろうな?」
そう言ってヨミさんはふわちゃんの頭を指差した。いや、頭ではない。その上。プレイヤーネーム。ふわちゃん。真っ白なそれを。
「まさか……!?」
「ああ。彼女はプレイヤーキルペナルティを踏み倒せる」
「……はぇ?」
すっとぼけた声を出したふわちゃんがキョロキョロとあたりを見渡す。虫も殺せなさそうなふわっとした人物である彼女はその実、特大の爆弾を抱えた問題児であった。




