出会い厨
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにキャラクタークリエイトの不自由さがある。
キャラクタークリエイト。ゲーム内で自身が操るキャラクターの外見編集機能である。
細部までこだわって作成したキャラクターを操作することでゲームへの没入感を高めることが出来るため、自由度の高いキャラクタークリエイトを売りにしているゲームは数多く存在する。
編集できる項目の数はゲームによって異なる。顔の造形、体格、性別、声といった基礎部分だけのゲームもあれば、種族、服装、アクセサリー、ペイントなど幅広く設けられているものもある。
あらゆる要素を組み合わせて個性的にするもよし、ひたすら可愛いと思う見た目にするもよし、ネタに走って遊ぶもよし。
人によって様々な楽しみ方を見出だせることが魅力のシステムである。
NGOが発表された当時、最先端の技術を惜しみなく注ぎ込まれたゲームのキャラクタークリエイトはどれほどのものなのかと注目を集めた。しかしながら、蓋を空けたら調節できる項目は顔のみであるという事実が判明し、多くのユーザーの期待を大きく裏切ることとなった。
あまりの自由度の低さにネット上では落胆の声が多数上がったが、何よりも騒がれたのは『アバターの性別、体型、声は現実の肉体に準拠する』という点であった。
これに憤慨した者は多く、発売前からクソゲーの連呼が後を絶たなかった。
不評の嵐を目の当たりにしたNGO運営は即座に弁明を発表した。技術的な課題点、倫理的な問題点、社会通念上のあれこれが長々と綴られたそれらを要約すると
・現実の肉体とアバターの操作感の齟齬を極力まで減らすための措置である
・“ある“と“ない“の差を埋めるのがどれだけ大変なのかわかってんの?顔変えられるだけマシだろ
・他のゲームとは比べ物にならないリアリティを完成させたんだから文句言うな
・お前らどうせロリキャラ作って悪さするつもりだったんだろ?もろもろの被害受けるのはこっちなんだからやめろやマジで
といったところである。
わりとまともな内容ではあったのだが、事前の期待が大きすぎて受け入れられない者が多くいた。世の野郎共はどうあってもロリキャラを使いたかったのである。
自由度の低さを嘆く声が多くを占めるなか、むしろ神ゲーと連呼する集団もいた。出会い厨である。
性別と体型と声が現実の肉体に準拠するという一文は、彼らを強力なフォロワーへと変えた。『超絶美少女キャラの中身はオッサンである』というネトゲの公式が覆ったのである。
彼らは下心を旗印に一丸となり、開発が批判を真に受けて仕様を変えてしまうことのないよう日夜擁護と火消しに奔走した。
その甲斐あってかは知るところではないが、キャラクタークリエイトの仕様は発表時から変わることは無かった。
出会い厨達は歓喜の咆哮を上げ、気合を入れてキャラクターを作り意気揚々とNGOの地に降り立った。
しかし、サービス開始から数ヶ月間はPK上等の世紀末環境でまともなコミュニケーションが難しかったため、彼らの多くは不満を抱きながら志半ばで引退していったというのは別の話。
キャラクタークリエイトに関しての問題はこれで終わりではなく、サービス開始後に再燃することとなった。やり直しが出来なかったのである。
後で直せばいいやとランダム生成されたデフォルトキャラで始めてしまった者。
美少女キャラを作ったはいいものの、肉体が不健康的な中年男性のものという直視できない何かになってしまった者。
渋面のイケメンおっさんなのに内股ソプラノボイスというセクシャル的なデリケートゾーンに一歩踏み込んでしまった者。
ネタキャラ、ネタネームを作ったはいいもののスベり倒してしまった者。
NGOは現実と変わらない視点であるため自分の顔を常に見ているわけではないが、道行く人々の露骨な反応は鏡よりも鮮明に姿見の役割を果たした。
彼らは課金するから再キャラクタークリエイトをさせてくれと要望を送り続けたが、ついぞ運営が動くことは無かった。
NGOはキャラクターデリートが出来ず、バックアップの名目で脳波をサーバーに紐付けするという未知の技術を使用していたため、他の端末で新規キャラクターを作成してやり直すことも出来なかった。引退に歯止めが掛からなかったのは当然の帰結だろう。
この運営の技術力ならば再キャラクタークリエイト実装は簡単だっただろうに、なぜ意固地な姿勢をとったのだろうか。
集金とアクティブユーザー数維持が両立できる千載一遇の機会を棒に振った運営の対応は奇怪に映り、ネット上では様々な説が考察されることとなった。
キャラクターを簡単に作り直せてしまうことで生じるアイデンティティ軽視への警鐘説。
世界観を補強するためにあえて実装しなかった開発の自己満足説。
突飛な発想をする女性プレイヤーをふるいにかけ、残ったプレイヤーをあわよくばお持ち帰りと考えているのだとする、運営出会い厨説。
諸説あるが、筆者は『発売前にキャラクタークリエイトが不自由という点だけでクソゲー連呼された仕返し説』を推したいところである。
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自宅にログインしたら気が狂った女ことシリアに三時間ほど粘着キルされた。自宅でイン待ちしてるとか暇すぎない? 一体僕が何をしたというのか。
街を逃げ回る僕に誰も手を差し伸べてくれなかったあたり、つくづくこのゲームの民度は終わってるなと再認識したよ。何分持つか賭けようぜじゃないよ。
ログアウトすればいいとは言うけど、なぜ僕が頭のおかしいプレイヤーに屈して自らの意思を曲げなければならないのか。正義が悪に屈するなんて冗談にもならない。いつかまた報いを受けさせよう。
さしあたっては戦力補充だ。いつも通り爆弾作りに精を出す。
現在の火薬師の職業レベルは12だ。あと1レベル上げればスキルを覚えるので爆弾作りにも気合が入る。
このゲームは1、4、7、10、13、16、19、20レベルの刻みでスキルを獲得できる。
火薬師は職業に就くことで小型爆弾作成、レベル4で中型爆弾作成、レベル7で特殊爆薬調合、レベル10で大型爆弾作成のスキルが獲得できた。
流れからすると、戦力の幅が広がるスキルか特大爆弾作成あたりなのではないか。期待は高まるばかりだ。
ここ最近、ドブロクさんにキルされたり鬼に轢かれたり頭のおかしい女にキルされたりで経験値が貯まらないのが難点だ。障害が多すぎる。
その分、レベル13に到達したときの感動はひとしおだろう。焦らずマイペースにやっていこう。そう結論づけたところで玄関の鍵がピッキングされ、男が一人ズカズカと上がり込んできた。
……昨日のシリアの言っていた事が脳裏によぎる。
僕がレッドネームになるのを心待ちにしている連中が多く居るという話だ。
あのときは酷い与太を飛ばすものだと思っていたけど、このゲームのプレイヤーはどうにも頭がおかしいためあり得ない話ではないのかもしれない。
警告の意味も込めて爆殺っておくべきだろうか。
インベントリから中型爆弾を出して着火準備を整えながら僕は振り向いた。知っているプレイヤーだった。
「なんだ、ホシノじゃん」
「なんだとはご挨拶だなおい。とりあえずその爆弾しまえって。相変わらずキレてんなぁお前」
僕は警戒を解いて爆弾をインベントリにしまった。この男ならいきなり襲ってくることはないだろう。
僕は爆弾作りの作業に戻りながら言った。
「最近物騒なんだよね、不法侵入は当たり前だし。今日なんてログイン待ちキルからのリスポーンキルされたよ。だから自衛のために爆弾をね」
「不法侵入に関してはもはや気にするほうが負けだろ。自宅に入ったらクソ共がたむろしてるの控えめに言って狂ってるけどなんかもう慣れたわ」
「分かるよ。この間ゲーム始めたての初心者にまで不法侵入されたときは人のモラルの限界を見たようで肝が冷えたね」
「それな。家に上がり込んでるクソ共がさぁ、実物をひと目見たくてゲーム始めました! とか言ってくるわけよ。馬鹿かと。他のことに時間使えよっつーね」
「ほんとにね」
僕たちは一頻り不法侵入トークに花を咲かせた。ホシノはホシノで苦労しているようだ。
ホシノ。プレイヤーネームはスターライト。伝説の出合い厨だ。
とある配信に釣られてしまったのが運の尽き。痛い言動と本名をデジタルタトゥーとして刻んでしまった男だ。
更にナンパ中の映像を全国ニュースでお茶の間に垂れ流されたあげく、コメンテーターに発言の一つ一つをあげつらわれた過去を持つ。
指名本数No.1アホスト。一億回連絡先を聞いた男。出合い厨の星。様々な称号を持つ有名人である。おそらくこのゲームで一番か二番目に有名だろう。
あまりにネタにされすぎてすっかり荒れてしまったが、それでもなお出会いを求める不屈の精神を持っている。
ホシノが対面の椅子に腰を下ろして言った。
「しっかしいつもお前の周りだけ殺伐としてんのな。サービス開始直後に比べたら今はクソ平和だぞ。過疎ってきてるとも言うが」
「世紀末を引き合いに出すのは違うでしょ。それより何か用? ここに女プレイヤーはいないよ」
「茶化すなよめんどくせぇ。用ってのはあれだ、爆弾譲ってくれよ。昨日ケーサツどもの配信で使ってたド派手なピンク色のやつ」
爆弾を?珍しいことを言うな。僕は訝しんだ。
ホシノはこのゲームのことを出会いツールとしか認識していない。あの規模の爆弾が必要になる事態……ちょっと思いつかないな。また懲りずに何か企んでいるのだろうか。
爆弾はモンスターの討伐に向かない。運営謹製の減衰補正が働くからだ。
ゲーム開発者の中には、手塩にかけたゲームを簡単にクリアされたら悔しいという心理が働く者がいるらしい。戦法を極端に限定される、クリアに必要な工程や手間が多すぎるというのが最たる例だ。
ユーザーに楽しんでもらおうという根本的な理念を下に置き、開発の自己満足を押し上げていった結果は総じて苦行となる。
NGOにおいては、モンスターが特殊な攻撃に対して持つ減衰補正がよく挙げられる。ひと一人を確殺できる小型爆弾はモンスター相手だと剣士の二撃程度の威力にしかならない。弓に至っては五発ほど当ててようやく剣士の一撃相当となっている。調整ミスですか?仕様です。
そんなわけで、爆弾は悪人を成敗するくらいにしか使えない。大型爆弾ともなると新エリアへの道を封鎖していたオブジェクトを破壊した実績があるが、言ってしまえばその程度の使い道しかない。
まあ聞き出せばいいか。僕は素直に問い質した。
「大型爆弾ともなると、取り扱いには充分以上の注意が必要になるよ。とても危険な代物なんだ。何に使うつもり?」
「どれだけ危ないかはこの家の周りの更地具合を見れば分かるっての。用途は、言っちまえばシチュエーション作りだな。絶景スポットで俺がキメた直後に遠くでドカン! どうよ?」
まさかのナンパの小道具目的だった。僕は呆れた。
「論外だね。被害者が出たらどうするのさ。ゲームだからって感覚が麻痺してるみたいだけど、本来爆弾っていうのは気軽に取り扱っていいものじゃないんだ」
ガチャリと玄関の鍵がピッキングされ、ズカズカと一人の男が上がり込んできて僕のプレイヤーネームをチラ見して舌打ちしながら出ていった。
すかさずインベントリから小型爆弾を取り出し着火しながら家を飛び出す。爆発までの猶予は五秒。ダッシュで駆け寄り不埒者にタッチダウンを決める。巻き起こった爆発が最高峰のプレイに沸く客の歓声のようで晴れ晴れしい。名も知れぬ悪は滅びた。
まったく、話の腰を折られてしまった。僕は悠然と帰宅して会話を再開した。
「ごめんごめん、何の話だっけ」
「お前の言葉の説得力がすげぇなって話。そんだけ気軽に使ってるんだから少しくらい譲ってくれてもいいだろ?」
「気軽になんて使ってないよ。正義のためだ。それにさ、なんかシチュエーションが古くない?」
「王道と言えって。音と光で脳内バグらせればワンチャンありそうだろ? VRの中だとなおさらさぁ」
この言い方よ。もはや形振り構っていられないようだ。
「なぁ頼むって! 大型が無理なら中型の派手なやつでもいいからさぁ。てか花火みたいな爆弾は作ってねぇの? お前くらいの腕なら作れるだろ」
「あるけど、それは僕が引退する時に撒き散らす予定だからあげないよ」
「地獄みたいな引退式になりそうだな」
失礼なことをいう。僕は純粋に盛り上げようとしているだけなのに。爆発は、芸術だ。人々の心に正義の光を焼き付けるのだ。きっと忘れられない出来事になるだろう。
「頼む! 一つだけでいいからさ! ほら、動作確認的な? 感じでさ」
「……そんなに花火が好きなの?」
「おう! 最近じゃARに取って代わられた感あるけど、やっぱ迫力がちげーよ。ARは技術力はすげぇんだろうけどさ、響き方の違いは如何ともし難いっつーかね」
「そこまで言うなら分かったよ。でもさ、そもそものアテはあるの? 言っちゃ悪いんだけど、ホシノがナンパ成功してるところ見たことないんだけど」
なにせ知名度が段違いだ。うまくいってると思ったら、例の配信を真似した二匹目三匹目のドジョウだったなんてことしかない。
動画投稿サイトで『NGO ホシノ』で検索すると数十パターンのナンパ動画が出てくるの一芸として確立されてる感あって笑えるんだよね。配信中ドッキリをバラされて無表情になる瞬間を集めた切り抜き動画にはセンスを感じた。
「っしサンキュー! アテならあるぜ。ちょうど夏休み期間でゲームを始める新規がチラホラいるんだ。お前なら心当たりあるだろ? SNSとかゲーム外の掲示板で、今はそこまで荒れてないって複垢で宣伝し続けた効果が出てきたのかもしれねぇな。興味本位でやってみようって層が現れた。そこを狙う。ハメを外した大学生がベストだな。JK以下はヤクネタになりかねないからパスだ。社会人以上が来るってことも考えられなくは無いが、望み薄だろうな。希望的観測程度にとどめておくのが吉だ。やはりJD。出来れば二年か三年、もしくは就活を終えた四年だな。コマ割りに余裕ができたり、就活を終えて開放された時ってのは気が緩むもんだ。そこでMMOを選んでるってのがキモになる。そのチョイスがいい。野郎付きの可能性を大きく削れる。これはでかい。スレてなきゃパーフェクトだが、それはさすがに高望みだな。とまぁ……こんなところよ」
ホシノが早口で取らぬ女の肌算用を披露した。要約すると運に任せた見切り発車なのでは?
「そんなにうまくいくかなぁ」
「いく。いかせる。これから張り込む予定だから着いてきてくれよ」
「なんでさ。僕はナンパ自体に協力する気はないよ?」
「分かってる。悪いが弾除けになってもらいたいんだ。最近ケーサツ連中がパトロールと称して配信のネタ探しに躍起になってやがる。クソ自治厨はいつも俺の邪魔をする……。そこでお前だ。俺とお前なら、奴らは絶対にお前に釣られる。使い古された俺に比べてお前はインパクトが違うからな。配信映えがダンチだ。おっさんと美少女がハンカチ配ってたら列に並んででも絶対に美少女から渡されたいだろ? 要はそれよ。抗えない本能ってもんがある。そこを衝く」
どうやら見切り発車というわけではなく、それなりに下調べをして計画を立てていたようだ。努力の方向性を変えたら色々とうまくいくんじゃないかっていうのは言わぬが花か。
「そこまで考えてるならまあ、お役に立てるかわからないけど着いてくよ」
「助かる! んじゃ行こうぜ! 善は急げってな」
すっくと立ち上がって意気揚々と出ていったホシノに続く。
出会い厨は世間一般的に蛇蠍の如く嫌われているけど、ここはNGO。何でも有りを公式が推す世界だ。あまりに度が過ぎるようならその時に止めればいい。
なによりも、ホシノの玉砕シーンが生で見られるかもしれない。ほんの少しの期待を胸に僕らは噴水広場へと足を伸ばした。
 




