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胃袋を掴んでハートを仕留める

 ログイン後の硬直中に簀巻きにされた。自宅でイン待ちしてた『ケーサツ』プレイヤーの仕業である。ログインボーナスかな?


 そのまま淀みなく連行される。驚くことに事情の説明はなかった。不法侵入に拉致。そんな暴挙を無言で粛々と進める『ケーサツ』プレイヤー。


 これはどういった催し物なの? 尋ねたところ、行けば分かるとのお返事。そっか。僕はなんかもう諦めた。


 スキル一つで他人の家に踏み入る事ができ、手頃な布と紐があればプレイヤーを無効化出来るゲームにおいて、基本的人権の価値はヘリウムよりも軽くなる。

 他人の横暴に目くじらを立てても丸損という愉快な世界だ。唯一無二のゲーム性が今日もキラリと光る。


 グンと街を駆け抜け連れてこられたのは噴水広場。特設会場が設えられた広場にはそこそこの人数のプレイヤーが集まっていた。それなりの規模の催し物であるようだ。


 僕は舞台の脇の審査員席っぽい椅子に座らされた。紐がしゅるしゅると解かれ、布がバッと剥ぎ取られる。奴隷もかくやの扱いだ。現代日本ではなかなか経験できないよこんな扱い。


 左右の席を見る。被害者と思しき二名がいた。極道風の装いのビストロさん。そしてエセホスト風のホシノだ。組み合わせにまるで共通点が見当たらない。一体何が行われるというのか。


「あー、あー、テステス。チェック・ワンツー」


 特設会場の舞台に上がったショチョーさんのマイクチェックが入る。どうやら問題ないらしい。スゥっと息を吸い込んで言った。


「第一回! 最強料理王決定戦〜!!」


 だそうだ。


 ▷


 ショチョーさんによる企画説明が行われている。どうやら今回の企画、提案したのは『検証勢』であるらしい。

 なにやら公式怪文書の最新話で料理対決が行われたとかなんとか。それを再現することで新機能が解放されるのではないかという心算らしい。


「ビストロさんは公式怪文書読んでる? 僕は一話で断念したんだけど」


「俺ぁ頑張ったけど三話で音を上げた。あれは人が読むもんじゃねェ」


「ホシノは?」


「一話目の冒頭でアウトだな。意味不明、説明一切なしの固有名詞の連発で脳が拒絶反応を起こした」


 散々な評価だ。新機能解放のためにあんな中学生の黒歴史ノートレベル100を読み進めている『検証勢』には頭が上がらないね。


「しかしあの世界観で料理対決ってどういうことなんだろうね。どういうジャンルの物語なの」


「あれァノンジャンルだろ。既存の型に嵌められるモンじゃねぇ」


「ちょっと前まで神々が恒星間戦争してたらしいぞ。巨大ロボで」


「ギャグじゃん」


「一周回って興味出てきたなァ……」


 随分と愉快な物語のようだ。怪文書と呼ばれるだけはある。ただ、そんな意味不明の物語の中にしれっと重要な情報を混ぜてくるから油断ならない。

 街の解放に噴水を作る必要があるなんてシラフじゃ思いつかないからね。解読担当の『検証勢』にはつくづく頭が下がる。


「ではここで審査員の紹介と行くぜぇ! ビーフ・ストロガノフ氏から順番に一言お願いします!」


 やはり僕らは審査員の立場であるらしい。拉致って来やすい低レベルから選出したのか。僕とホシノは『ケーサツ』配信の準レギュラーみたいな扱いだ。そろそろ現実で謝礼よこせとはホシノの言葉である。


「審査員のビーフ・ストロガノフだァ。中途半端な料理ぁ料理と認めねぇ。味覚のフィードバックが弱めだからっつって手ェ抜いたら食わずに捨てる。妥協すんじゃぁねぇぞ!」


 ビストロさんが凛とよく通る声で言った。ドスを効かせようと頑張っているが、そんな内情が透けて見えるためかえってほんわかしてしまうのが特徴だ。


 カメラ役と思われるプレイヤー達が一斉にこちらへ視線を向けた。僕の番か。

 しかしこれ何か凝ったコメント言わなきゃいけないのかな。台本とかないの? 拉致って来られて五分で趣旨を理解して気の利いた発言をしなきゃいけないって、相当の腕が要求されると思うんだけど。いいか、適当で。


「審査員のライカンです。何でも食べます。箸かスプーンがあればそれだけで満足です」


 手掴みで丼ものはね。あれはちょっと絵面がね。うん。配信を見直したけど普通に引いてるコメント多かったよね。


 カメラ役と思われるプレイヤー達が一斉にホシノへと視線を向けた。

 ホシノは頬杖なんてついてやる気なさげだ。投げやりになって言う。


「スターライト。ホシノって呼んでるヤツ、いい加減にプレイヤーネームで呼べや。とりあえず自宅でイン待ちしてる『ケーサツ』のクソどもはいっぺん死ね。鬼にすり潰されてミンチになって死ね」


 ホシノはハンバーグが食べたいようだ。肉団子でも可、か。料理人はこのアピールをしっかり読み取れるかが肝になる。僕もカレーが食べたいくらいアピっておけばよかったかな。


「以上三名のプレイヤーが審査員を務めます! ちなみに、不満と文句タラタラのホシノ氏ですが、女プレイヤーの手作り料理が食べられるぞと耳元で囁かれた途端にあっけなく抵抗の意思を捨てたとの情報が入って来ております!」


「余計なこと言うんじゃねぇ!」


「くれぐれも審査は平等にお願い致します! では早速一人目だァ! 『食物連鎖』所属ぅ! 初心者プレイヤーのショーゴぉ!」


 壇上に上がったのはまさかのショーゴだ。チャラ男風カスタムが珍しく緊張した面持ちを浮かべている。


「ショーゴっす。えー、なんかそこにいたからって理由でオジキに首根っこ掴まれて連れてこられました。料理はそこそこ作る方っすけど、ゲーム内で作ったことは無いんで頑張りたいと思うっす!」


「とのことです! トップバッターらしい毒にもスパイスにもならないお言葉ありがとうございます! それじゃ行くぞ! レッツクッキング!」


 このゲームは三時間何も口にしないと唐突に餓死するというわけの分からない仕様が存在している。そのため、初期は森に生えている資源の奪い合いが深刻だったらしい。


 そこで運営はあらゆる食材と調理器具セットをメニューから買える機能を追加した。運営が重い腰を上げた数少ない例である。

 概ね良アプデと言われているが、この世界観に電化製品が普通に存在してるのはどうなのかという疑問は尽きない。


 追加されたのは器具と食材だけだ。調理済みの料理は売っていない。作るのは自分でやれというのが運営のお達しなのだろう。


 しかしながらプレイヤーはみんなして薬草をモシャる。コスパと効率を考慮した時、候補に残るのは薬草だけなのだ。悲しすぎる食文化である。

 バザーを広げてボケッと中空を見つめている店主が、おもむろに草を取り出してモシャりはじめる絵面は中々にインパクトがある。悪い方面で。


 そんなクソのような食文化が浸透している状況で料理対決というのは面白い試みだ。これがきっかけで料理界隈が盛り上がれば面白いことになるかもしれない。消費される食料の99%が草という現状にメス、いや、包丁を入れてほしいものだ。


 さてショーゴはというと、自己紹介にあった通りそこそこ手慣れている様子。キャベツと人参、玉ねぎをそこそこの大きさに切り分けていく。

 油をひいたフライパンにそこそこの量の豚肉を投入し炒める。そこそこ時間が経った頃、野菜とうどんを投入した。ダシと醤油も投入する。そこそこの火加減で炒めれば焼きうどんの完成だ。


 審査員席に料理が運ばれてくる。箸はあるようだ。僕は安堵した。


「さぁショーゴ選手が作ったのは焼きうどんだ! 無難な選択! だがシンプルな料理ほど奥深い! 審査員の方は実食、のち評価をお願いします!」


 ふむ。みてくれは普通の焼きうどんだな。僕は焼きうどんを完食した。うん。なるほどね。


 評価が下される。点数式だ。1から5点までの札が用意してあるので、審査員は出来栄えに応じた点数の札を掲げる。僕は2点の札を掲げた。


「お〜っと、これは厳しい採点だぁ! 1点、2点、1点。合計点数は15点中4点です! 渋い、渋いぞ審査員連中!」


「えぇ……まじっすか……」


「これにはショーゴ選手も意気消沈! では感想を聞いていきましょう! ビーフ・ストロガノフ氏からお願いします!」


「作り慣れてる料理をとりあえず出したって感じがどうにもなァ……。もう少し工夫が欲しかったってのが本音だ。あとァ、炒めるフライパンを分けるくらいの姿勢を見せてほしかったな。おおっ? となるポイントが一つもねぇ。参加賞ってとこだな」


 えぇ……厳しいなぁ。そんな深いコメントしなきゃだめ? そんな本格的な企画なの?


「身内贔屓一切なしの辛口コメントありがとうございます! では続いてライカン氏!」


「ちょっと塩っぽいかなって思いました」


「イカれたコメントありがとうございます! それでは最後にホシノ氏!」


「なんつーかな……まず言いてぇのは、ビストロ氏との発言とも被るところがあるんだが、それ作り慣れてる料理をポンと出しただけだろってとこなんだよな。新鮮味がねぇ。料理工程もだ。はっきり言うけど、お前料理レシピが載ってるサイトの手順を完コピしただけだろ。そういうウラが透けた時点でちょっと食うのを躊躇うくらいに萎えた。楽しませようって気概がねぇよな。向上心もだ。もっと何かしらあって然るべきなんだよ。それが無ぇ。独りよがりだな。審査員を驚かせようって気持ちより、自分これだけのモノが作れるっすよ! どうすか? って内心が勝ってる。そういう自尊心はあってもいいと思うぜ? 俺は誰よりも美味い料理を作れるっていう自負はあってもいい。だがな、表に出した時点でシラけるんだよ、そういうのは。あれだな、SNSで中途半端な料理を上げて女連中の気を引こうと必死なヤローどもに似た匂いを感じるんだわ。うまいメシを食いたいから料理を作ってるんじゃなくて、他人に見せびらかすのが目的で料理を作ってるような連中。いるんだよな。マジで多いんだよ。今日はこんな料理を作ったぞーってよぉ。小洒落た食器なんかも使ってさ。馬鹿かと。画角にこだわってる暇があるなら冷める前に食えよと。しかもな、ああいう連中の中には絶対に自分で作ってねぇのに見栄はってるやつが居るぜ。間違いねぇ。狡っ辛い連中よ。そんな連中と同じ匂いを漂わせた時点で減点対象だ。本来なら0点でもいいくらいだぜ。レシピ通りに作るのが料理だ。だが、それだけじゃ駄目だって事を学ぶ機会になったんじゃねぇかなと思う。今後に期待だな。言いたいことはまだまだあるが、まぁそんな感じだ」


「イカれたコメント二連続ありがとうございます! 審査員は人選ミスだったかも知れませんが、今から変えるのは公平性を著しく損なうためこのまま行こうと思います! ご了承下さい! ボロクソに言われてしまったショーゴ選手に暖かな拍手を!」


「もう二度とこんなイベントに出ないっす……」


 辛口コメントにメンタルをやられたショーゴが拍手喝采のなか舞台からトボトボと降りていった。かわいそうに。初心者の心を折るんじゃないよ。


「さぁ続いての選手はなんとあの男だ! 『先駆』の頭! 一文字様の登場だぁ! その腕はまさに未知数! 何が出てくるのかまるで想像が出来ないぞぉ! ではあっさん、一言お願いします!」


「自信はある」


「とのことです! 短いコメントの中にひしひしと闘志を感じさせる佇まい! これは今大会のダークホースとなり得るかぁ!? それじゃ行くぞ! レッツクッキング!」


 あっさんの手がブンとブレる。それだけで卵の殻が割れ、生卵がぷるんと姿を現す。そしてミキサーに投入。ほう、これは予想外だ。何を作るというのか。

 野菜と果物を引っ掴み、これもミキサーに投入。缶詰の中身。サラダチキン。牛乳。全部ミキサーへ。


 ヴィィィィンとミキサーの音。出来上がったのはグロジュースだ。それをコップに注ぐ。コポコポと泡を吐き出すグロジュースが僕らの席へと配膳された。


「効率メシだ」


 効率メシである。腹に入ればすべて同じと言わんばかりの清々しさだ。料理にはその人の人間性が出る。混沌のようなそれを僕は一息に飲み干した。両脇の二人はグロジュースを飲まずに捨てた。


「採点は……おっと!? これは何ということでしょうか! 札が一つしか上がりません! まさかの審査放棄! それではビーフ・ストロガノフ氏からコメントをお願いします!」


「手ェ抜いたら食わずに捨てるっつっただろうが!」


「ちょっと甘かったかな。2点」


「論外だろ。何をコメントすりゃいいんだよ」


「んんド正論の嵐! 一名ほど強靭なメンタルを保有しているプレイヤーが居るのが面白いところ! これ以下は出ないであろう最低点数を叩き出してしまったあっさん、一言コメントお願いします!」


「何故だ……」


「はいお忙しい中ありがとうございました! おっと彼の私生活を想像するコメントを流すのはお止めください! お止めください!!」


 辛口コメントにメンタルをやられたあっさんが舞台からトボトボと降りていった。かわいそうに。廃人をいじめるんじゃないよ。


「さぁ続いての選手はなんとなんと! この女だぁ! 狂人! サイコパス! 害悪プレイヤーの名をほしいままにするPK大好きイカれ女ことシリアだぁ! では一言お願いします!」


「包丁捌きには自信がありまぁす! 隠し味はぁ……私の愛情!」


「はいロクでもないコメントありがとうございます! 低評価をつけた瞬間に暴れ回るんじゃないかと今からヒヤヒヤしているのは私だけでしょうか? 切るのは食材だけにしていただきたいものです! それじゃ行くぞ! レッツクッキング!」


 なんでシリアなんだ。絶対にイベント破壊するじゃんね。ネタ要員にしたってもう少し人を選ぼうよ。


「食えるもん出てくると思うか?」


「無理じゃないかな。毒とか平気で盛るでしょ。ホシノはどう思う? ……ホシノ?」


「女の……手料理……」


 ホシノ……とうとう誰でも良くなったのか。この前のカップル騒動が相当心に来たのだろう。かわいそうに。僕はホシノの冥福を祈った。


 しかし意外や意外。シリアは普通に……いや、とても手際よく料理を進めている。包丁捌きに自信があるという言葉は嘘でも何でもなかった。ピーラーを使わずに鼻唄を歌いながらしゅるしゅると野菜の皮を剥いている。


 適度な大きさに切られた具材が大鍋で煮込まれていく。カレーだ。今のところ毒を盛った形跡もない。おいおいまさかガチなのか? 本気で優勝を狙ってるのか?


 ショチョーさんが絶句している。会場の全プレイヤーもだ。絶対にロクでもない事になると思ったのに。

 ビストロさんを見る。首を左右にゆったりと振った。予想外ということだろう。一体何が起きているんだ……。


 ホシノを見る。ホシノは目をひん剥いてシリアの調理を眺めていた。両の手の五指がテーブルの上で固く握りしめられている。ホシノ……飢えてるなぁ。女に。


 シリアがカレーを煮詰めている間にすりりんごを作っている。隠し味だ。ハチミツも忘れない。なんだこれは。たちの悪い冗談か? あまりにも手際が良すぎる。そしてまとも過ぎる。


 お玉でカレーを優しくかき混ぜていたシリアが良い頃合いを見計らって火を止め、少しすくって味見をする。


「うん!」


 満足な出来栄えなのかにっこりとした笑みを浮かべたシリア。会場が湧く。出来上がったのは完璧に近いカレーだ。

 ライスは無いが、それでもその完成度は高い。シリアは大量の食塩の入った袋をガッと引っ掴むとそのままドバドバとカレーに投入した。もう一袋おかわりで入れた。お玉でぞんざいにかき混ぜる。グチャグチャと。盛り付けて、配膳する。高血圧まっしぐら塩分過多カレーの出来上がりだ。


「私の愛、召し上がれ!」


 まあこんなオチだろうとは思ったよ。このゲームは塩分を過剰に摂取すると唐突に死ぬので注意が必要だ。

 試した動画がある。塩を食い続けた結果、なんの前触れもなく死ぬプレイヤーの動画はそのインパクトのおかげで一時期有名になった。これを食べたら同じ末路を辿るだろう。


 なんか逆に安心したよね。さすがシリアだ。味見の後の「うん!」は何だったんだよ。味変したならその後の味見もしろよ。僕とビストロさんは同時にカレーをドバドバと捨てた。


「ああっ! 酷いっ!! 私の愛がたぁっぷり詰まってるのにっ!!」


 わざとらしい声。頭のおかしいプレイヤー筆頭であるシリアはこういうことを平気でやる。彼女にとって最も美味しいご馳走とは人の悪感情なのである。詰まってるのは悪意だろ。


「ホシノも早く捨てなよ。……ホシノ?」


 神妙な顔でカレーを見つめるホシノ。いや、冗談でしょ? それ、もはやカレーの形をした劇毒だよ? 食べる気?


「……いただきます」


 食べる気らしい。何が彼をそこまでさせるのか。グロジュースとどっこい……いや、グロジュース以上の危険物だというのに。彼の中の基準はどうなっているのか。推し量る術は無い。


「ゴフッ!」


 ホシノが吐いた。テーブルに倒れ伏す。震える手で札を引っ掴み、ダンと突き立てた。


「天にも……昇る味だぜ……」


 ホシノは死んだ。ホシノー!


 彼が立てた札は5点だった。まさかの毒物を出したシリアの優勝である。泣けよショーゴ、あっさん。


 ちなみに新機能は解放されなかった。

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最後の一文で追い打ち食らったわ すき
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