三大ギルド会談
世界観にそぐわない和の装いの一室に錚々たる顔触れが人知れず集っていた。
『食物連鎖』のギルドマスター、ビストロさん。
濃茶色の着物に紺の羽織。風体が完全にスジものである。
彼……いや、彼女? 少し踏み込みにくい話題だ……タイプAだな。タイプAさんの声掛けでこの会談は開かれた。どう話が転ぶかは未知数。まとめ役としての働きに期待したい。
『花園』のギルドマスター、ユーリ。
会談場所が『食物連鎖』の和室ということで、黒と赤の対比が美しい着物を着用している。簪など差しておめかしは充分のようだ。
なお顔色は優れない。床に転がっている大量の花火玉を見る目が険しい。親の仇を見るような目とでも言えばいいのか。もう少し協力的になってくれてもいいのでは? そう思わずにはいられない。
『先駆』のギルドマスター代理、フレイヤたん。
なにやらシンシアもあっさんも忙しいらしい。廃人なのに? と聞いたところ、シンシア強化合宿があっさんによって遂行されているらしい。
シンシアはこの前の海イベで名も知らぬ白ネームの不埒者を数人斬り捨てて赤ネームになった。そしてシリアにキルされてレベルダウンの憂き目に遭った。
ホシノを斬り捨てたフレイヤたんも一時的に赤ネームになった。そしてノルマキさんに釘バットホームランをされてレベルが下がったが、そこは廃人。すぐさま他の廃人と共にモンスターをしばき倒して剣士のレベル20に返り咲いたらしい。
だがシンシアは何やらリアルでの予定がどうのと理由をつけてレベルを上げなかったらしい。そういや赤紙にそんなこと書いてあったな。
そんな調子だったので、先の戦争でなかなかに醜態をかましたらしい。廃人は一日にしてならず。少しでもサボれば瞬く間に腕と戦闘勘が錆びつく。今頃はあっさんとともに錆を落としているのだろう。それでこそ廃人だ。
「シンシアからの伝言だ。ライカンは私が殺す、だと」
バリトンボイスのフレイヤたんが物騒な伝言を寄越す。なんだというのか。そんなに赤紙の招集に応じなかったのが気に入らなかったのか。誰のおかげで配信が成功を収めたのか理解していないらしい。
あの後、ふわちゃんは自身のSNSで面白い体験だったと発言した。さらにはリベンジもほのめかしている。どれもこれも全部僕のおかげだ。
ぶーちゃんとうさちゃんしか居なかったら今頃大炎上だよ。シンシアの采配は片手落ちもいいところだった。それすら分からずに逆恨みするとは……僕は呆れた。
「感情を殺すぶーって伝えておいて」
「お前ほんと人の感情を逆撫でするの好きだな」
「ぶー」
「あー、そろそろいいか。本題に入りたい」
ビストロさんの凛とした声で場が静まり返る。
勿体ぶって各々の顔をぐるりと見回すビストロさん。一拍の溜めをいれ、口を開きかけたところで横槍が入った。
「私はイヤ」
ユーリだ。
ツンと顔を反らしたユーリが、まだ何も言っていないというのに断固拒否の姿勢を示した。非協力的だなぁ。
「ご挨拶じゃねぇか。ユーリ嬢、アンタぁこの会談の目的ぁ理解してんのか?」
「見れば分かるわ。どうせそこの癇癪玉が、インベントリ容量が限界だから花火玉を置くスペースを寄越せって言い出してきたんでしょ」
「……おぅ」
「で、レッドネームの猿が騒ぎ出すだろうから、爆弾の保管をウチか『先駆』に押し付けようって魂胆なんでしょ」
「…………よく、お分かりで」
「近いうちにこうなるってのは血の花火大会事件の時に予想できてたわ。あの量の爆弾を抱えてたら近いうちに限界が来るってね」
予想できてたなら教えてくれればいいのに。気が利かないなぁ。
そんな気分でユーリを眺めていると、濁った目をしたユーリがヌッとこちらを睨んできた。
「私達はもう関係ない。巻き込まないで。あの夜、私達は痛いほど思い知ったわ。もう二度と信じない。もう私達と癇癪玉は関係ないの。これ以上面倒事に巻き込まれるのは絶対に、イヤ」
「まだ割り切れてないの? ねちっこいなぁ」
どうやらユーリは民度浄化作戦の最後で城が爆破されたことに大層ご立腹らしい。あれだけ破壊の限りを尽くしておいて、自分らの拠点が破壊されたらへそを曲げるなんてちゃんちゃらおかしいよ。
それに、何度も言っているがあれはもう無かったことになったのだ。どうしていつまでも引きずる必要があるだろうか。人は忘れることで前を向ける生き物だ。いつまでも過去をチラチラと振り返っては腹を立てるなんて馬鹿らしい。
だがそれは口にしない。僕は気を遣える人間なのである。代わりと言ってはなんだが、友好の表現として努めてにこやかな笑みを返しておいた。
ユーリがすっくと立ち上がって言う。
「帰る」
子供かな? 癇癪を起こしてるのはどっちなのかな? そんな調子でギルドの頭が務まると思ってるのかな?
だが口にはしない。にこやかな笑みでユーリの帰宅を見守る。
「ライカン! テメェその人を小馬鹿にする顔ほんとやめろ! ほんと、お前はそういうところなんだぞ……」
笑みの起源は威嚇であると聞いたことがあるが……純度の高い悪意がはびこるこのゲームのプレイヤーは笑みを向けられると悪感情を抱くらしい。不思議な文化だね。
あわや会談は解散か。そう思われた瞬間、室内にバリトンボイスが響き渡った。
「ユーリ。今帰るというなら城を放棄しろ」
既に襖に手を掛けていたユーリの動きがピタリと止まる。ギギギ、と、油の切れた玩具のようにユーリが振り返った。その顔は若干引き攣っている。
さっきまでの威勢を嘘のように霧散させたユーリがゴクリと喉を鳴らす。震えの混じった声で言った。
「フレイヤたん……その話を今持ち出すのは……ズルいわ」
「狡くない。お前らは城を不法占拠しているに過ぎない。いまや誰も文句を言ってないが……だからといって許されたとは思うなよ」
「……誰も文句言ってないなら良くない?」
「戯れるな。【解錠】が効かない建物を占拠する……それがどれほどの暴挙か分かるな?」
「ぐっ……」
スッと睨みを聞かせたバリトン幼女のフレイヤたんが捲し立てる。ユーリはたじたじだ。
それにしても面白い流れだ。不法占拠。不法占拠とは? 僕は尋ねた。
「その話、詳しく聞かせて貰っても?」
「ちょッ、ダメ!」
「知らなかったのか。なら存分に聞くといい」
ユーリが情けない声でやめてと懇願していたが、フレイヤたんは無慈悲にことのあらましを語った。
▷
街が出来たのは『検証勢』の活躍のおかげであることは広く知られている。噴水を一から作るという冗談のような苦行を成し遂げた途端、ポンと街が出来上がったのだ。
これにはプレイヤー達も大興奮。それまでの野ざらしの原始的な生活に終わりが訪れたのである。歓喜に沸いた大勢のプレイヤーが殺到し、その仕様を調べ尽くした。
結果、街はモンスターが侵入してこないエリアであり、かつ新リスポーン地点であることが分かった。また、自宅の登録をすることでリスポーン地点を更新できることも明らかになった。
言ってしまえば、MMOにはあって当然の機能が追加されただけであった。しかも、それまで何の使い道のなかった【解錠】スキルでほぼ全ての家屋のセキュリティを突破できるという事実が判明した。
これは家で安穏としてるプレイヤーに対しての強盗殺人が流行るな。そう全てのプレイヤーが確信していたところ、とある建物の特性が明らかになった。
街の南端に聳える城は、門を閉ざすと【解錠】でも突破できない。
城や大洋館、大型倉庫などの建物は、個人が自宅として登録することは出来なかった。ただし、ある一定の規模を持つギルドが、ギルドハウスとして登録することは可能であった。
ギルドハウスに登録すると、そのギルドに所属しているプレイヤーはその建物へ直接ログイン、リスポーンすることが可能になる。なかなかに美味しい利点であった。
この仕様発覚を受け、ゲーム内では大手ギルド間会談が開催された。お題はもちろんどのギルドがどの建物をギルドハウスとして登録するか、だ。
第一人気はやはり城だった。見た目も素晴らしいし、何より【解錠】が効かないという利点はでかい。ゴミが侵入してこないというのは非常に大きいプラス要素であった。
錚々たるメンバーが集まったギルド間会談であったが、とあるギルドはこの招集を一方的に無視。出し抜けに城をギルドハウスとして登録し、門を閉ざして立て籠もるという暴挙に出たという。
そう、『花園』だ。
突然の蛮行。当然のように殺到したクレームに対し、『花園』は
『女プレイヤーの集まりである当ギルドがセキュリティの固いギルドハウスを所有するのは当然』
という、ジェンダーを盾にした身勝手な声明を発表。頑として譲らなかったという。
これに憤慨したプレイヤーは多数に登った。穏便に話し合いで決めようとした各ギルドの面々はもちろん、出会い厨どもも怒りの声を上げた。横暴を許すなとデモ活動に発展し、最終的には上級魔法がブチこまれる騒ぎになった。
それから何度も何度も衝突を繰り返したが、結局最後まで城を放棄しなかった『花園』にプレイヤーは根負け。街中での魔法使用規制に伴い騒ぐものは居なくなったという。これが大まかなことのあらましだ。
「なるほどなるほど。なるほどなぁ。つまり、えっ、あの城ってそんな狡っ辛いやり方で手に入れたものだったんだ。あっ、ふぅん。あっ、そうだったんだぁ。いや知らなかったなぁ。なんか『花園』メンバーって城に思い入れありそうだったからどれだけ大層な歴史があるのかと思ったら、ふーん、不法占拠。へぇー。すごいなぁ、このゲームの民度って低い低いとは思ってたけど、まさか不法占拠した建物を我が物顔で……あっ、そう。クレームが? 無くなったのを? これ幸いに? 私物化? はぁー。このゲームもまだまだ奥が深いなぁ。深いよ」
「わ、わたしはっ……あの子達を守る、ためにッ! 百人以上もいたのよ! 危険に、晒せないでしょ」
「おやおやおや。守らなきゃいけない人数でいったら『食物連鎖』のほうが多いよね? 駄目だよそんな上っ面な言葉で誤魔化しちゃ。都合のいいときだけ性別を盾にするのもナンセンスだよね。情に訴えかける言葉っていうのはね、清廉潔白の身である人物が放つことで真実味を帯びるんだ。快適さに目が眩んで他人を出し抜いた人間が、浅ましくも、人の情に訴える? いやいや駄目でしょ。むしろ裁判で訴えられる側でしょ。酌量の余地なしだよ。逆に聞きたいんだけどさ、自分達がもしも被害者の立場だったらどうしてたの? 納得してたの? してないでしょ? 駄目だよ。それじゃ駄目。言葉に重みがないんだよね。その場しのぎ。姑息。まあ建物を不法占拠するような集団の長の言葉って聞いたら納得うぷ」
「うるさい! アンタには言われたくないッ」
「なにするのさ! このッ!」
顔を真っ赤にしたユーリがポカポカと殴りかかってきたので、僕も負けじとポカポカと殴り返した。僕は相手が悪ならば女でも容赦しないぞ。目にもの見せてやる。
畳の上を二人でゴロゴロと転がりながらポカポカと殴り合う。このッ、クソッ、なかなかやる……ッ!
「あー、盛り上がってるところいいか? そろそろ話を戻したい」
ビストロさんに注意されたので、肩で息をしながら元の位置に戻る。ふん、やるじゃないか。今日のところは僕の辛勝ということで場を収めてやる。
「この爆弾は俺らじゃ手に負えねぇ。セキュリティの固い城を持ってる『花園』は乗り気じゃねぇ。唯一レッドのクソどもに対抗できる『先駆』はギルドハウスを空けてることが多い。八方塞がりだぁな?」
「ふむ」
「ハァ……ハァ……そうね……」
「ハァ……ハァ……そうだね……」
「お前らほんとクソ雑魚だな……それは置いといて。まぁ俺らにしか解決できない事件なのは事実だ。『ケーサツ』のクソどもは絶対に配信の道具にするし、『検証勢』のもやし共じゃ守り切れるはずもねぇ。ならどうするかって話だが……」
凛とした声で精一杯迫力を出したビストロさんがニヤリと笑う。一拍ためて勿体つけ、掛け軸の下に置いてあった箱を持ってきた。
座っている僕らの中央にドンと置く。金属の掠れるような音が響く。これは一体……?
「どいつもこいつも嫌ってんじゃ話が纏まんねぇ。ここぁ一発博打に負けたやつが全責任を負うってのぁどうだ?」
凶相を歪めたビストロさんが箱のフタを取る。そこに詰められていたのは数十本の短剣であった。
「やろうぜ。簡易式チキンレース」
鹿威しの音が響く。大型クランの一室で、違法賭博の幕がいま、切って落とされた――――。




