限界の時
半円状の容れものに星と爆薬を詰めていく。日課である花火玉作製だ。
先のふわちゃん降臨騒動の折、街は結構な規模の争いになったらしく多くの被害を出した。レッドネームはレベルが下がったのでモンスターをしばき倒しに、一般プレーヤーは街の復興にと大忙しだ。飽きないねほんと。
そして、だからだろうか、今日はいつものように邪魔が入ることは無かった。作業が非常に捗ったので嬉しい限りである。
これなら僕の与り知らぬところで延々とドンパチやってくれた方が助かるかもしれない。破壊と創造をひたすらに繰り返してれば、暇を持て余して僕なんかに絡んでくるやつはいなくなるはずだ。雇用の創出ってやつだね。
出来上がった花火玉にぐるぐるとテープを巻きつける。完成したのは目の覚めるような黄をイメージした力作だ。いつか夜空に綺麗な華を咲かせてくれるだろう。僕は期待を込めて玉をポンと叩いた。
さて、インベントリにしまっておこうか。いずれ来たるその日まで。
【インベントリの容量が一杯です。所持品を整理してください】
…………え?
▷
「ライカンだああああぁぁぁぁっ! ライカンが来たぞおおおおぉぉぉぉ!!」
「爆弾を持ってやがるッ! 大型だ! クソがッ!」
「何でだ!? もうあいつにはノータッチで行くって話で纏まっただろうがッ! 襲撃される理由がわからん!」
「うだうだ言うな! 貴重品からインベントリに突っ込んで退避! 急げッ!」
僕は『食物連鎖』がギルドハウスに指定している大型倉庫を訪れていた。五階建ての立派な建物は『花園』所有の城よりも総面積が大きく、大型爆弾一発では建物を全壊させることは敵わないほどだ。
居住空間もあるのでそこに部屋を構える者も多いとか。『食物連鎖』は所属人数がとにかく多い。バザー通りでボケっとしてる店主の殆どは『食物連鎖』プレイヤーだ。個人のインベントリに収まらない物が膨大な数にのぼるので、こういった大規模な設備が必要になるのである。
ここなら僕の花火玉を保管するのに最適だ。そう思って爆弾片手に訪れたところ、どういうわけか蜂の巣を突付いたような騒ぎになった。何だというのだろう。なにかやましいことでもあるのかな。
「ああッ! ああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
おお。タクミーじゃないか。どうしたんだろう、そんな尻もちついて後ずさって。怯えてる……いや、なにか後ろめたいことでもあるのかな? 僕はタクミーに詰め寄った。
「どうしたのさ。そんな大声出してみっともないなぁ。あんまり騒ぐとエモーションペナルティに引っ掛かっちゃうよ?」
「はっ……はっ……」
「おやおや。随分体調が悪そうだ。平気かい? あんまり体調が良くないならログアウトしたほうがいい」
「テメェのせいだろうがッ! このクソイカレ野郎がッ!」
おっとドブロクさん。
険しい表情で剣を抜き放ったドブロクさんがタクミーを庇うように立ち塞がった。物騒だなぁ。なんでそんな喧嘩腰なのか。
「落ち着いてよ二人共。僕はちょっとしたお願い事をしに来ただけなんだ。まずは話を聞いてほしい」
「ならまずはその爆弾をインベントリに突っ込め!」
「いや、それは無理」
「……ッ!」
「テメェ……ほんとにイカれてんのか!?」
酷い言い草だ。剣を大きく後ろに引き、ジリジリと間合いを測るドブロクさん。今にも斬り掛かってきそうだ。
このゲームのプレイヤーは頭がおかしい。話し合いに応じようという気概がまるで無いのだ。対話という機能をリアルに置いてきてしまう人が多すぎる。
これはやむなしか。倉庫を半壊させれば少しは大人しくなるかもしれない。いつだったかの打ち壊しのときも、それくらいしないと一席を設けてもらえなかったし。
もしかしたらそういう文化なのかもしれない。なるほどね。僕は指を花火玉の導火線に添えた。
「こんのッ……!」
「ああぁぁ……こっ……殺される……ッ」
「そこまでだ。あんまウチの若ぇ衆をイジメてくれんなや」
お望み通り倉庫を半壊させようとしたところ、背後から凛とした声が響いた。『食物連鎖』のボスのお出ましだ。
「オジキ!」
「オジキッ!」
「お久しぶりです、ビストロさん。ちょっとここの礼儀に則って建物を半壊させようと思うんですが、いいですか?」
「開口一番トチ狂ってんなぁテメェ……とりあえず来い。話くらいは聞いてやる。爆破はやめろ。ウチにんな風習はねぇ」
「さすがビストロさん。話が分かるなぁ」
「黙って付いてこい」
額に傷、深みのある渋面、白髪に顎まで伸びたヒゲという貫禄を感じさせる風貌。
『食物連鎖』のボスであるビストロさんは、凛とした女性の声でそう告げた。
▷
ビストロさん。プレイヤーネームは『ビーフ・ストロガノフ』だ。
顔が完全にボス。名前がイカつい。絶対に強い。そんな意見が大勢を占めたため、本人の意志とは無関係に大組織のボスに祀り上げられてしまったという過去を持つ。
なお本人はレベル10くらいだ。完全にお飾りだが、それでも強い求心力で組織を回している。というか勝手に周りが盛り上がっている。
通されたのは和室だ。
スライド式の襖、畳張りの床、薄紫の座布団、『食物連鎖』と達筆で書かれた掛け軸など、ファンタジー世界の横面を張り倒すような内装が展開されている。凝りすぎだろ。
「で、要件は?」
着物に羽織という古式ゆかしきファッションを着こなし、豪快に胡座をかいたビストロさんが頬杖をついて尋ねた。中身大学生の女の子って話を聞いたことあるけど、大丈夫なんだろうか。色々と。
まあ人のリアルをどうこう言う気はない。重篤なマナー違反だしね。それに、リアルの話で一番やばいのは廃人連中だ。とくにあっさん。彼のリアルを探るのはタブーだ。触らぬ廃人に祟りなし。
それに比べたら、イケオジを作ったらよくわからないうちに祀り上げられて、それっぽい雰囲気を作るために極道モノの作品を漁りまくったというビストロさんはいじらしいくらいだ。僕はスッと爆弾を差し出した。
「今日はオジキにこちらを上納したく」
「いるか。厄介事の種持ち込むんじゃねェ。帰れ」
カコーンと鹿威しの小気味いい音が響いた。隣の部屋は庭園風の内装だ。松のような植物に手頃な岩、申し訳程度の枯山水など、とりあえずそれっぽい要素をごちゃごちゃと詰め込んだ部屋だ。雅だね。僕は花火玉をインベントリからドサドサと出した。
「ッ! やめろやめろ! ちょ、やめて! なになにほんと怖い! 唐突にそういうことするのホントやめて! 分かった、分かったから! 話聞くから落ち着いてよ!」
僕は落ち着いた。かくかくしかじかと、ここに至るまでの経緯を説明する。インベントリが一杯なんだ。スペースを貸して欲しい。要約するとそんな感じだ。
眉間に深いシワを刻み、左手でヒゲをちょいとつまんだビストロさんがムムムと唸る。あまり良い反応ではない。何故だろう。こんなに立派な建物なんだから少しくらいスペースを貸してくれてもいいのに。
「駄目ですか?」
僕は中指と親指を擦り合わせながら尋ねた。
「それやめろって言ってんだろッ! どっちが極道か分かんねぇんだよッ! テメェ話し合いって言うくせにすぐチャカ突き付けてくるじゃねぇか! タチ悪すぎ……待てッ! いや、待ってホントお願い! この建物の立て直し費用バカにならないんだからほんとやめて! 分かった! 分かったから!」
僕は待った。気が抜けたようにヘナヘナとへたり込むビストロさん。こんな姿部下に見られたらメンツが丸潰れだろうに。
まあ、今は誰も見てないから大丈夫だろう。僕も誰にも口外する気はないし。僕は他人の醜態を言い触らして楽しむ趣味は持ち合わせていないのである。僕はスクリーンショットを撮った。
「組織のトップも大変だね」
「ほんとにねッ!」
ダンと畳をひっぱたいて吠えたビストロさんが体裁を取り繕う。よいしょと胡座をかき直し、作ったような凛とした声で言う。
「だがなぁ……これは正直ウチの手に負える案件じゃねぇ。テメェだってこのゲームのレッドネームプレイヤーのクズさは知ってんだろ? もしもテメェの爆弾が保管してあるなんて情報がバレたら……どうなるか分かるだろ?」
「あー……大挙して押し寄せて来るかもね」
当然の話だが、爆弾は正しく使わないと危険だ。大型ともなれば尚の事。正しく扱えない者の手に渡った瞬間、それは大量殺戮兵器と化す。
人の口に戸は立てられない。大型爆弾が手に入るとなれば、プレイヤーキルが好きで好きでたまらないレッドネームは確実に目を付けてくる。エンジョイ勢が多い『食物連鎖』だけで凌ぎ切るのは至難、か。
このゲームは他人の物はインベントリに入れられないが、言ってしまえばそれだけだ。剣を盗めば使えるし、ポーションをひったくれば回復だってできる。
爆弾を盗めば好きなときに着火して甚大な被害をもたらせる。自身の所有物では無いので着火したプレイヤーも死ぬだろうが、頭のおかしいプレイヤー集団は自爆テロくらいやってみせるだろう。
「そうなった時、正直言って守り切れる自信はねぇ。この前の戦争でも、トップクラスのレッドと渡り合ったのは廃人連中だ。ウチにもカンスト勢はいるが、対人のスキルは一歩劣る。悔しいが、仕方ない。俺らは人間を辞めることを是としねぇ。分かるだろ?」
「そっか。そうだね」
対人のスキルを上げるには人をブチ転がし続ける必要がある。それはもうひたすらに。その作業はなかなかに根気がいる。
従来のキャラクター同士を戦わせるゲームでは平気でも、自身がアバターの姿を借りてヤッパを振り回すVRゲームではプレイヤーキルに拒否反応を起こす人がそれなりにいる。
まあやってることは殺人だしね。所詮ゲームとはいえ、割り切れない人もいる。
生理的嫌悪を催す映像を見せられて、実際に目の前にあるわけじゃないから平気、となる人は少ないだろう。五感で感じたものには精神も引きずられる。それが人間だ。
そんなわけで、VRゲームで対人に慣れるにはまず人に刃を突き立てることに慣れなければならない。躊躇うなどもってのほか。むしろ急所を積極的に狙っていく必要がある。
どうやって相手を殺害するか、日夜頭を悩ませて辿り着ける境地があるのだ。
そうしてるうちにPK中毒になる人が多い。PKが日常の一部になるのだ。そうしてレッドネームプレイヤーは人口を増やしていく。どうしょうもないね。
PK中毒者たちは、あまりにもそれが当たり前になりすぎたため、夢の中でもPKしてたとか、対面の人間を『あ、今ならこいつ殺せるな』といった視点で見てしまうというあるあるネタで盛り上がれるらしい。笑えないよ。
「レッドネームはほんとろくでもないなぁ。人の迷惑とか考えないのかね?」
「……………………」
ビストロさんは沈黙で返した。沈黙は肯定。ビストロさんも呆れてるよ、まったく。
「でも、じゃあどうしようか、これ」
ゴロゴロと転がった花火玉はおよそ三十個。インベントリの中にはまだまだある。
僕が引退するときに撒き散らす予定のそれは、可能ならば五百から千以上は用意したい。盛大なパーティーにしたいのだ。数に妥協はしたくない。
「そうだな……ウチだけじゃ手に負えない。なら、他のヤツらも巻き込むことにするか」
「他の、やつら?」
「ああ。……三大ギルド会談だ」
かくして『食物連鎖』、『先駆』、『花園』のトップが一堂に会することとなった。
風雲、急を告げる――――。




