人狼だーれだ?
「猪……あれ、猪って言っていいんですか……? わたし、もう少し、こう、チュートリアル的なモンスターと戦いたいかなーって」
「あれが最弱ぶー」
「あははー。甘えたこと言ってるなぁ。あんなの慣れたら一分で牡丹鍋だよー」
「……ろんちゃん」
慈悲も情けもない畜生どもの発言に尻込みしたふわちゃんが縋るような視線を向けてくる。うーん、今回ばかりはフォローできないな。
「うん、まあ、事実なんだよね。このゲームはチュートリアルとかないし」
「うへぇあぁ……」
表記しにくいヘロヘロボイスを出したふわちゃんが一歩後ずさる。まあそうなるよね。
猪は今でこそ雑魚扱いだが、必須スキルが発掘される前は多くのプレイヤーを森の栄養の一部にしてきたモンスターだ。初心者が無策で挑んで勝てるわけがない。
今回のパーティーメンバーはこちらの三人。
大物配信者ふわちゃん。ふわっとした外見に粗末な初期服。地獄に落ちたてホヤホヤの新人だ。
何をトチ狂ったのかこのゲームに興味を持ってしまい、周囲の猛烈な反対を押し切って肥溜めダイブをキメた。そして早速その洗礼を受けている。
VR適性は低い。並外れた根性と底抜けな明るさを持ち、濃度の高い闇を浴びても今のところは正常な精神を保っている。聖属性持ちなのかもしれない。
今まではトライアンドエラーによる傾向と対策の把握でえっちらおっちらとやってきたようだが、気合だけではどうにもならない運営の悪意を前に心を折られないかが当面の心配事である。
職業はトンファー使い希望だったのだが、チュートリアルAIによる改宗の影響を受けた結果、紋切り型の剣士に落ち着いた。
ぶーちゃん。豚の姿をした出来の悪いチュートリアルAIだ。
しきりに人間であることを辞めるよう勧めてくる彼は控えめに言って頭がおかしい。ゲームを始めた新人に、まずは感情というフォルダをゴミ箱にドラッグアンドドロップすることを推奨してくる。
ちょっとでも間違った操作をすると、けたたましい音とともにポップアップウィンドウを出して地獄への道案内を始める。お前を消す方法を知りたい。
こんなポンコツAIだが、その実力は折り紙付きだ。偶蹄目とは思えない身軽さと鋭いヒヅメでエリアルコンボをキメる。戦力としては申し分ない。
職業はオールラウンダー。
うさちゃん。うさぎの皮を被った妖怪だ。
人参よりも人の悪感情が大好きなうさちゃんは、人の嫌がることをしないと寂しくて死んでしまう特殊な体質を有している。いたいけな配信者にパイルドライバーをキメて機嫌が良さそうだ。
今日は随分と上質な悪感情を吸い取れるということもあり、体のキレがすこぶるよろしい。仕留めるのに苦労しそうだ。
なぜか仲間面をしてパーティーに混ざっているが、普通に異物混入案件である。ここぞという時に背中を刺してくるのは明白。早めに駆除しておく必要がある。
職業は暗殺者。
討伐対象は猪とうさちゃんだ。
猪にかまけているとうさちゃんに背後から刺され、うさちゃんにかまけていると猪が暴れまわる。なかなかにクソゲーだな。倒れてくる木にも注意を払う必要があるだろう。一瞬たりとて気を抜けない。
「まずは攻撃を避けてみるぶー。スキルを使って直上に跳ぶだけぶー」
「う、うん。やってみるね!」
「頑張れふわちゃん!」
「気負わず行けばいいよ」
「ありがとね! うさちゃん、ろんちゃん! 行ってくる!」
ふんすと両の手で握りこぶしを作ったふわちゃんが猪の前に歩み出る。猪がいきりたつ。フゴフゴと鼻息を鳴らし、前足でザッザッと地を掻き、ジャキンと牙を展開させた。
「そんなふうになってるのっ!?」
「上に跳べば問題無いぶー」
「慣れだよ慣れ。縄跳びみたいなもんだって!」
「それならいける……かな?」
猪が迫る。数多プレイヤーを森の生態系の輪に組み込んできた突進だ。ろくな受け身を取れないプレイヤーは轢かれたら最後、死ぬまでハメ転がされるのでノーダメージで討伐するのが基本となる。
「わっ、結構速いっ! ……ここッ! ぅえっ!?」
うさちゃんが動いた。ギュンと踏み込みふわちゃんを羽交い締めにしたうさちゃん。二人は仲良く猪に撥ねられた。あいつ、ほんとクズだなぁ……。
ぶーちゃんが跳ぶ。【空間跳躍】で体勢を立て直したうさちゃんに踵落としを見舞い、猪の進路上に叩き落とした。あわやピンチのうさちゃん。しかし今日のうさちゃんは一味違う。
うさちゃんは強烈な踵落としを食らいながらも、咄嗟の野生を覚醒させてぶーちゃんの足を引っ掴んだ。文字通り足を引っ張られて二人は落下。仲良く猪に撥ねられた。ふわちゃんは轢かれて死んだ。
そのままとっ組み合い、互いが互いを邪魔し続けるという泥仕合を展開した二人はゴム毬のように跳ね飛ばされ続けた。
やがて先に一発もらっていたうさちゃんが死んだ。ぶーちゃんは生き残ったかに思われたが倒れてきた木に運悪くぶつかり死んだ。僕は轢かれて死んだ。もうこの配信終わりだよ。
▷
その後、凄絶な足の引っ張り合いの果てにふわちゃんが都合三回死亡したので残り時間が無くなった。結果、次の挑戦がラストということになった。
このまま良いところがないと本物の事故配信で終わってしまう。なんとかして猪を討伐して実績を残さなければならない。
僕は醜い足の引っ張り合いをただ見ていたわけではない。この泥沼の状況をひっくり返す秘策を考えた。
ふわちゃんonぶーちゃん。これだ。
うさちゃんの妨害を躱しつつ、猪の機動力に追い付く脚を手に入れる。頑張って猪をチクチクと削り、倒した後はドッキングを解除してうさちゃんとぶーちゃんのタイマンを見守る。これで行こう。
「うわっ! 視点高っ! おお……バランス取るの、結構、難し……」
「目を塞ぐな」
「あっ、はい……ごめんなさい……」
おんぶは無理だったので肩車式だ。早くも連携にほころびが見えるのが不安の種か。
一方のうさちゃんはやる気だ。拳をくるくると回し、足をぷらぷらさせてコンディションを整えている。何が何でも邪魔をする構えだ。今日のうさちゃんはいつも以上に血に飢えている。
猪の戦意も充分。ジャキンと武装を展開させた猪が、同種であるはずのぶーちゃんに牙を剥く。人に飼い慣らされた猪は豚に成り下がる。自らの野生を誇示するような突進。
しかしぶーちゃんはただの豚ではない。鬼すら屠るアグレッシブ偶蹄目は中途半端な突進では仕留められない。
ぶーちゃんの姿が掻き消える。ドンという音が遅れて響く。疾い。すでにイノシシの背後に回っている。攻撃が通りやすいケツがすぐそこにある。ぶーちゃんが豚足をパワフルに動かし並走しながら言う。
「やれ」
「はいっ! ご、ごめんなさい、猪さん! こんなところ……っ! えいや!」
今日初ダメージだ。やはりこのフォーメーションが最強、か。僕の目に狂いは無かったようだ。必中攻撃さえどうにかできれば勝ちの目は見えてくるはずだ。
僕はチラと横を見る。あとはこいつだな。
うさちゃんは今のところは傍観の姿勢を貫いている。あと一歩というところで台無しにする気なのだろう。悪感情には質がある。今は熟成の時を待っているといったところか。
崖を登り始めた人を引きずり落とすよりも、苦労して崖を上り詰めて頂上に手をかけた人の、その指を踏み砕いて奈落の底に突き落とす方が達成感が得られるのだろう。
ゴミめ。僕は小型爆弾を投げつけたがカウンターのウサキックに蹴り飛ばされて転がった。僕じゃ勝てないな。あとは任せたぶーちゃん。この配信を成功に導いてくれ。
「てゃー! あたたたー!」
気の抜けるような声で連撃を浴びせるふわちゃん。ぶーちゃんという脚パーツが優秀すぎるのだ。猪のケツにピタリと並走するため攻撃し放題というヌルさ。あの正確さ……やはりAIか。
「転倒。必中全飛ばし」
「はいっ!」
全飛ばし……? 行けるのか、ぶーちゃん。
……いや、やる。ぶーちゃんはそういう男だ。常人の常識を裏切り続けた先駆者。出来るという確信があるからこその言葉だろう。
「……!」
ぶーちゃんの豚足がブレる。あれは……完全なるラグスイッチ……! 戦いの中で成長したというのかッ!
一蹴。しかし乱撃。
後肢に嵐のような蹴りを見舞われた猪が転倒する。今だッ!
「うわぁあ! 無防備な! 敵を! 斬るのはっ! 心がっ! 痛みますぅ!」
言葉とは裏腹に猪のケツをしばくふわちゃん。結構乗り気に見えるのは気のせいだろうか。
あの剣は最大強化済だろう。これだけ攻撃を加えたなら、残りの体力は半分を切っているのではないか。順調だ。このまま行けば討伐できる。だからヤツが動く。
うさちゃんの姿が掻き消える。ドンという音が遅れて響く。こいつも疾い。すべてを台無しにするという強い使命感を抱いた今、うさちゃんのポテンシャルは限界まで引き出される。
うさちゃんが跳んだ。くるくると回りながらの踵落とし。ふわちゃんに当たれば即死、ぶーちゃんに当たってもドッキング解除からの死。そんな一撃。攻撃を中断してでも避けなければならない。
ああ、ああ。うさちゃん。君は本当にかわいいうさちゃんだ。
そう来ると思っていたようさちゃん。君は肝心なところで詰めが甘い。油断の笑みをのぞかせる。僕が何回君に殺されて来たと思っている。そんな行動は既にお見通しなんだよ。君はここで死ね。
ぶーちゃんが飛び退く。ギロチンのような踵落としは空を切り……そこにあるのは猪のケツと、そこに詰められた小型爆弾だ。手渡しておいたのさ。もう逃げられない。全ては僕の手のひらの上。
「ッ! ライちゃブッ!!」
うさちゃんは死んだ。悪は滅びた。
強敵だった。力を合わせ、知恵を束ねた上での勝利だった。やはり、最後に正義は勝つ。
「ぶーちゃん! ふわちゃん! トドメを!」
「ぶー!」
「やりますよぉー! へやあぁぁ!」
全てが上手く行った。ポンコツAIと殺戮うさぎのせいで一時はどうなるかと思ったが、どうやら全て丸く収まりそうだ。
僕は……この配信を救えただろうか。
街で激戦を繰り広げているであろうシンシアのことを裏切ることになってしまったが……この結果を見たら彼女も納得してくれることだろう。
ふわちゃん。彼女はお世辞にもVRが上手いとは言えないが、こうして一定の成果を出すことができた。これは快挙だ。
もちろん廃人や僕の手助けがあったとはいえ、なかなか出来ることじゃない。僕だって未だにモンスターを倒したことは無いのだから。
そう、僕は未だにモンスターにトドメを刺したことはない。パイルランチャーとかいう反則技でトドメを刺したことはあるが、あれは特殊な例だろう。真っ当に戦って倒したことは無い。
この前の仲直り企画第二弾ではようやくその機会が来たかと思ったが、結局あっさんに邪魔されたしなぁ。ふわちゃんには先を越される形になるのか。
そうか。僕と同じくらい下手なプレイヤーが。それも今日始めたばかりの初心者が。後発プレイヤーが。先輩である僕を差し置いて。僕よりも先に。モンスターを討伐する。そうか。そうか。
これ介護プレイじゃない? というか寄生でしょ。僕はふと思った。
考える。ふわちゃんリスナーの一人になった気持ちで考える。手伝いも妨害も禁止のルールを律儀に守り、ふわちゃんの四苦八苦するさまを楽しみにしているリスナーの気持ちになって考える。
あぁ。この配信はこのままでは駄目だ。これはリスナーが望んだ配信じゃない。むしろ対極に位置する酷い配信だ。僕はふと気付いた。
こんな、他人の敷いたレールの上をトロッコに乗せて走らせるだけの配信は駄目だ。良くない。良くないよ。それじゃ視聴者は満足しない。僕は大型爆弾竜虎を取り出した。指を鳴らして着火する。
点火一秒。爆炎が華と咲く。
ポンコツAIと、介護プレイを甘んじて受け入れる害悪プレイヤーの一人であるふわちゃんは死んだ。ああ、ああ、これでいい。致命的なまでに道を外れてしまった配信を、僕だけが正してあげられる。
「やはり……僕が正義だ」
ヂリヂリと爆炎が拡がっていく中で、僕は猪を討伐したリザルト照会をする。毛と牙片と低級ポーション、そして千Gか。悪くない。
ついでに落ちていたコインも拾う。さすがは廃人とシリアだ。たんまり抱え込んでいる。これは僕の初モンスター討伐記念の御祝儀として受け取っておこう。やったね。
さて、僕の活躍を今すぐ確認しよう。よく撮れていたらお気に入り登録することもやぶさかじゃない。僕はいいと思ったものを素直に評価する人間なのである。
お菓子でも食べながらゆっくりと確認しようかな。非常に晴れやかな気分の僕は光の粒になってこの世界から離脱した。




