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ケダ森

「どうやらお困りのようッ!?」


 ギュンと一足で距離を詰めてきたぶーちゃんがヒヅメを用いた地獄突きを放ってきた。意識の間隙を縫う一撃に体が硬直する。

 流れるように腹を打ち据える回し蹴り。ぶーちゃんは宙に浮いた僕を怒涛のエリアルコンボで森の外れに運搬した。なんだこのアグレッシブ偶蹄目。


 踵落としフィニッシュで地に転がされた僕は速やかにマウントを取られた。首の横に剣が突き立てられる。コミカルながらもホラーチックな豚の顔がヌゥと迫った。


「何をしている」


 先程までの取って付けたような棒読み声とは違うドスの利いた声。ふわちゃんが聞いたら泣きそうだ。オカルトホラーだよこれ。映画を撮ったらそこそこの興行収入を見込めるだろう。


 だが僕は屈さない。正義は我にあり。


「僕の戦場は街じゃない。ここだ。この配信を救う、それが僕の役目だ」


「要らん。順調だ。街へ向かえ。加勢しろ」


 順調? あれが? これだから廃人は……。ちょっと会話が成立していたからって勘違いしてしまったのだろうか。

 なんだよ脳に新たな領域を作るって。人間辞めることを勧めるのはやめろ。それで正常な思考ができなくなってちゃおしまいだよ。僕はメニューを操作した。


「あっさん、これを見ても順調なんて言えるの?」


 僕はあっさんに画面を共有モードにして突き付けた。ふわちゃんの配信のコメント欄だ。


「…………なんだ、これは」


 ・放送事故だろこれ

 ・ふわちゃん引いてるって……

 ・ぶーちゃんの中身クソ廃人だろ

 ・これがNGOだ。みんな、分かったか?

 ・効率厨さぁ……

 ・出来の悪いAIかよ

 ・動き超キメェ

 ・帰れよブタ

 ・だからこのゲームはやめとけと

 ・スン……ってなるふわちゃんかわいい

 ・他の全ての選択肢をグレーにして無理やり進行させる系のチュートリアルじゃんこれ

 ・トンファーふわちゃん見たかったなぁ

 ・逆に興味湧いてきた

 ・着ぐるみの中の人、闇抱えてない? 大丈夫?

 ・いいえを選ぶと進まないゲームかよ


「見てよこれ。今のとこ流れは最悪だよ」


「…………何故だ」


「あっさんと他の人とでは見えてる景色が違うんだよ。あっさんは先に行き過ぎたんだ。たまには後ろを振り返って足並みをそろえないと、肝心なところで致命的な認識の齟齬を生む。これがその証明だよ」


「……」


 項垂れたぶーちゃんが刺さった剣を引っこ抜く。ヒヅメなのに何故か剣を扱えている。無駄に高性能な着ぐるみだなほんと。

 立ち上がったぶーちゃんは哀愁漂う背中を引き連れ、とぼとぼと歩いていく。振り返らずに言った。


「手伝え」


 僕はコミカルな敬礼をして応えた。


 ▷


 仲良く肩を組んだ僕とぶーちゃんはふわちゃんの元へと舞い戻った。スキル発動の練習をして転げ回っていたふわちゃんが、土をぱっぱと払って立ち上がりあざとい仕草で首を傾げる。


「ぶーちゃん、その人は……?」


「友達ぶー」


「ぶーちゃんの友達のローンウルフです」


 僕はペコリとお辞儀をした。


「あ、これはどうも」


 ふわちゃんもペコリとお辞儀をした。まずは好印象といったところか。


「友達だったんですね……なんかすごい勢いで殴られてたから、敵モンスターなのかと思っちゃいました!」


「ははは。このゲームでは殴り合いなんて友好の証明みたいなものですよ。なんなら殺し合いですら挨拶の延長みたいなものです」


「お、おぉ……? 独特な、文化なんですねぇ……」


「ほんとにね」


 軽い世間話で流れは上々。まずはぶーちゃんによって汚染された空気を入れ替えることから始めなくてはならない。


「ところで、ふわちゃんはあまりVRが得意ではないようだね」


「あははー。自分では動けてるつもりなんですけどね? なんか、平均よりはだいぶ下みたいです! でもでもっ、裏を返せばそれは上を目指せるって言うことですよね!?」


「その通り。実は僕も動くのが得意じゃなくてね。まずは二人で基礎的なスキルの発動を学んでいかないかい?」


「いいんですかっ!? うわぁー嬉しいっ! ありがとうございます、ろんちゃん! あ、ローンウルフだからろんちゃんって呼んでいいですか?」


「はは。可愛い名前をつけてくれたね。気に入ったよ。今度からそう呼ぶといい」


「はいっ! では、よろしくおねがいします!」


 僕はコミカルな敬礼をして応えた。

 完璧な流れだ。会話ってのはこうやるんだよぶーちゃん。

 腑に落ちないと言いたげに僕を見ているぶーちゃんに話をふる。ここから先は君の仕事だ。


「じゃあぶーちゃん、スキルの発動のコツを噛み砕いて説明するんだ。初心者にもわかるように、だ。できるね?」


「コツと言われても、さっき言ったことが全てなんだぶー。リアルからの脱却が出来て初めてスタートラインに立てるんだぶー。初心者こそまずは感情を殺すことから始めたほうがいいぶー」


 僕はぶーちゃんの頭をひっぱたいた。


 ぶーちゃんの手がブレる。顎をピンってされて足の力が抜けたところに豚足で喧嘩キックを叩き込まれた僕は数メートルふっ飛んで木の幹に背を打ち付けた。着ぐるみを着てなかったら即死だった。


 化け物め。あの廃人……着ぐるみを着こなしてやがる。もう着ぐるみラグスイッチなどという変態挙動をものにしたというのか。


「うわぁ、これが友好の証明かぁ……ちょっと過激だね。わたしうまく馴染めるかなぁ?」


「【踏み込み】と【空間跳躍】に慣れるぶー」


「あっ……はい」


 まずい。ぶーちゃんが出来の悪いチュートリアルAIモードになってしまった。

 シンシアめ。こうなるってことは簡単に予想がついただろうに、なんであっさんを指導役に任命したんだ。人選ミスも甚だしい。自分がやればよかっただろうに。


 ……戦線維持にシンシアは欠かせない、か。

 突出した力を持つあっさんだが、その代償とばかりに対話能力が欠落している。何も言わずとも着いてくる廃人連中を纏めるには向いていても、有象無象を言葉で従えるのは厳しいか。


 フレイヤたんもあれだしなぁ。僕の見立てでは普通に喋れるはずなのだが、キャラの都合上めったに声を発さないという特殊な呪いを患っているプレイヤーだ。集団を纏め上げるのには向かない。尖りすぎだろ廃人連中。


 やはり頼れるのは自分だけ。ポーションを振りかけて回復し、足早に戻る。

 すってんと転んだふわちゃんが四肢を放り出して情けない悲鳴を上げた。傍らにチンピラ座りをしたぶーちゃんがささやく。


「どうしてリアルと同じように動こうとするんだぶー? それはアバターであって自分の肉体じゃないんだぶー。無駄を極限まで削ぎ落とすんだぶー。無意識を飼い慣らすぶー。現実で何か行動を起こすとき、一から十まで意識して動かないぶー? 無意識で動かしている部分があるぶー。ここではその割合の濃度を引き上げるんだぶー。意思を混ぜるのはほんの少しでいいんだぶー。スキルを使う、膝を曲げる、力を込める、力を解放する、体勢を維持する、なんていちいち考えなくていいんだぶー。最適に跳ぶ、という結果を無意識に出せるようになって初めて最初の一歩なんだぶー。手続き的記憶にスキルを用いた体の動かし方を刻むんだぶー。それができてようやく初心者卒業ぶー」


「あぅ……あぅあぅあぅ……」


「やめるんだぶーちゃん! 洗脳するのはまだ早い! 人間をやめさせる気か!」


 いたたまれなくなった僕は洗脳を施しているぶーちゃんに蹴りをかましたが、どういう原理なのかチンピラ座りのままスライドして躱された。

 コンビニにたむろするチンピラのような睨みを効かせたぶーちゃん。くそっ、爆殺()るか……?


「あっ、あのあの! わたし結構トライアンドエラータイプなので、一回実践で試してみたいんですけどダメですかね?」


 めげないという評価はどうやら本当のようだ。精神を蝕むような闇を浴びてなお気丈な態度のふわちゃんはビシッと手を挙げて尋ねた。


 時代錯誤の半グレぶーちゃんが僕を見る。僕は頷いた。

 これだけメンタルが強いなら猪に惨殺されても折れないだろう。むしろ奮起するかもしれない。なによりこれ以上事故映像を垂れ流すわけにはいかない。流れを変える必要がある。


 すっくと立ち上がったぶーちゃんがヒヅメをクイッと森の奥へ向けた。


「案内するぶー」


「ありがとっ! ぶーちゃん! ろんちゃん!」


 心機一転。まずは運営の悪意を肌で感じてもらい、スキルを使いこなす必要性を学んでもらおう。

 にへらと笑顔を浮かべたふわちゃんがすっくと立ち上がる。さて行くかと思った矢先、茂みからうさぎの着ぐるみがヌッと現れた。怒涛の新展開やめろ! もう僕の手に負えなくなるだろ!


「わぁ! うさちゃんだぁ!! わたし動物だとウサギちゃんが一番好きなんですよー! かわいいっ!」


 目を輝かせたふわちゃんがうさぎのように跳ねながら着ぐるみに近づく。うさちゃんはテーマパークのキャラクターのように手を振っていた。

 ……あれは民度浄化作戦のときにユーリが着ていたものだ。何をしに来た? 彼女の動機になりそうな事といえば女プレイヤーだ。まさか、ふわちゃんのファン、とかか?


 大きく手を広げたうさちゃんにふわちゃんが抱き着く。……あいつ、そういうことか。着ぐるみを利用してセクハラを……。よく考えるなぁ。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。


「どう見る」


「無害だとは思うよ。でも邪魔だな。事がスムーズに運ばなくなるかも」


「消すか?」


「折を見て処分しよう。その時は宜しく」


「ああ」


 ぶーちゃんと共に速やかに今後の方針を練る。はからずも現れた不穏分子により、僕とぶーちゃんの思惑は奇跡の一致を果たした。早めに消しておきたいが、懐いているようだししばらくは様子見だな。


 戦闘のドサクサに紛れてカメラ外で猪の突進に巻き込まれた、というていで行くか。それが穏便な片付け方だ。


 うさちゃんに抱きついて頬ずりしているふわちゃん。うさちゃんはそんなふわちゃんをクルッとひっくり返して上下逆さまにすると、ガッチリとホールドしてギュンと空へ身を躍らせた。すぐに鬱蒼とした木々を突き抜けて姿が見えなくなって…………は?


「あの動き……まさか!?」


「……ッ!」


 あっさんが遅れて跳ぶ。……駄目だ、間に合わない。木が邪魔だ。座標の特定も厳しい。後手に回った。

 やられた。プレイヤーネーム隠蔽機能があるから油断した。あの後にうさぎの着ぐるみもオークションに出されていたのか?


「あっははははは! NGOにようこそぉー! 歓迎! だぁい歓迎だよぉ! 殺し合いは挨拶の延長! まずは自己紹介といこうよぉー! 私の趣味は配信をメチャクチャにすることでーす!」


「びゃあああああ! なにこれっ! やめてっ! 浮いてる! 浮いてる! あっ、落ち! 落ちてる! ひゃぁわぁあああぁぁぁあああああぴっ!」


 ふわちゃんはシリアに高高度パイルドライバーをキメられて死んだ。配信はまだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなく読み始めたけど大変面白いです。
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