チュートリアルAI
うららかな昼下り。せっせと新作の花火玉を拵えていると玄関の鍵がピッキングされ、あっさんがギュンと接近してきた。
バトル漫画の瞬間移動のような動き。背後に回って『どこを見ている?』とか言い出すあれだ。そんな離れ業を呼吸のように御する人間性を捨てた廃人は、不法侵入するやいなや挨拶もなしにスッと紙束を差し出してきた。赤紙かな?
無視してもいいが……廃人は怒らせると後が怖い。とくにあっさん。彼は常に目が死んでいる。正常な描写をVRシステムが拒むほどの闇。それを突っ付く勇気は僕にはない。僕は廃人に屈した。
紙を受け取る。そこには結構な長文が書き記されていた。なるほど、あっさんは伝書鳩代わりか。
余程のことがない限り単語一つで会話を済ませようとするあっさんは、絶望的なまでに対話に向かない。一を聞いて十を知るというが、彼は0.1しか言わないのでどう頑張っても一しか理解できないのだ。効率って何なんだ。
紙を受け取ったのにあっさんは帰らない。返信も希望ということか。……緊急性を要する事態。厄ネタか。僕は少し身構えた。
『ライカンへ。
シンシアだ。お前がこの手紙を読んでいる頃、私は既に戦場に居ることだろう。
本日10時の出来事だ。ある大物配信者が13時からNGOに参入することを表明した。
【ふわちゃんのフワッとゲームチャンネル】。名前くらいは聞いたことがあるだろう。
知らない可能性も考慮して詳細を記しておく。
ふわちゃん。女配信者だ。ゲームは下手くそ。だというのに難易度が高いゲームを好んでプレイするスタイルで人気を博している。
めげない姿勢、情けない悲鳴、ムキになって泣く、ごくごく稀に台パンが飛び出すなど、あざとさを全面に押し出したキャラが好評だ。
ちなみにあれは素だな。私なら分かる。あれを素でやれるのは才能だ。羨ましいよ、まったく。
それはいい。とにかく、そのふわちゃんが周囲の猛反対を押し切ってNGOに参入することを表明したのだ。この機は逃したくない。
夏休みシーズンということもあり、昼でも視聴者数は相当数に上ることが予想される。
視聴者層も、普段から『ケーサツ』連中のクソのような配信を見ているクソ共とは違う。彼らをどうにかして取り込みたい。
そこで我々はふわちゃんの指導をリーダーに任せることにした。
彼女一人では百時間かけてもモンスター一匹すら倒せないだろう。
そうなれば評判は上がらない。新規も増えない。彼女には早急に上達してもらう必要がある。
ふわちゃんの配信には『視聴者はふわちゃんの手伝い、及び妨害を禁ずる』という鉄の掟がある。
彼女の視聴者が動かない以上、我々が動くほかないのだ。
そして、妨害を禁ずるなどという掟を見ると疼き出す連中がいる。分かるだろう。レッドネームのクソどもだ。
奴らは既にふわちゃんの配信を全力で台無しにしようという計画を企てている。視聴者が発狂するさまを見たいそうだ。
我々『先駆』は『食物連鎖』との合同でレッドネーム達を抑え込む共同戦線を築くことにした。
『ケーサツ』もこちらへと殺到するだろう。奴らは配信に対して一家言もつ連中だ。妨害禁止ルールを律儀に守ると思われる。
だが『ケーサツ』は正直戦力としては当てにならない。むしろ邪魔になる可能性もある。背中を預けるには足らない存在だ。
そこで、だ。ライカン。お前の力を借りたい。お前の武器は強力だ。その爆弾を、レッドネームを誅するという正義のために存分に振るってもらいたい。
本来は我々だけでどうにかしたいのだが……リーダーの抜ける穴はでかい。
情けないことだが、先日の海イベで下げられたレベルもまだ上がっていない。
忙しかったのだ。察してくれるとありがたい。
私はAIじゃない。AIじゃないんだ……! 私生活のすべてを犠牲にするのは難しいのだ!
寝ながらの狩りなんて出来ないよ……。ほんと、そこは人としての最終防衛ラインだから。無理なものは無理なんだ……。
納得してくれとは言わない。だが、理解してくれ。
願わくば、君がこちらへと付いてくれることを。戦場で肩を並べよう、友よ。
シンシアより』
赤紙じゃん。僕は辟易した。つい最近海で僕を斬り捨てようとしたってのに、こうもあっさりと手のひらを返すとは……事態はよほど切迫していると見える。
【ふわちゃんのフワッとゲームチャンネル】。見たことは無いが、名前は聞いたことがある。大手だ。
そうか……そんな大物がこのゲームに……そんなことになっていたのか。これは一大事だね。
少しでも売れている配信者はこのゲームを配信しようとは思わない。リスクが勝つからだ。配信画面に火刑シーンなんて映り込もうもんなら放送事故一直線だしね。
『ケーサツ』くらい突き抜けたらクソにたかるハエのように視聴者が集まるが、あれは特例のようなもの。本来NGOというコンテンツはフタをして閉じ込めておくべきなのだ。衆目に晒すべきではない。
だというのに、反対を物ともせずに大物が参入することになった。
ふわちゃん。随分とやんちゃな配信者のようだ。彼女と彼女の視聴者が耐えられるかは、まさにこのゲームのプレイヤー達にかかっている、と。なるほどね。
「僕の微力で良ければ役に立てるといい。シンシアは?」
「噴水広場」
「あっさんはどうする気?」
「森へ」
森? ……なるほど、対象を森へ拉致するのか。
猪。このゲームで最弱と呼ばれるモンスター。
あっさんは優しい先発プレイヤーの皮を被り、必須スキルと最低限の仕込みをするつもりか。そして協力しつつ猪を倒して大団円。
思ったよりも悪くなさそうだな、となった視聴者がこのゲームに参入、と。ふわちゃんがゲームを続けてくれればなお良し。なるほどそういう筋書きね。完全に理解したよ。僕は羽根ペンを走らせた。
「これをシンシアへ。僕もすぐに発つ」
あっさんは手をブンとブレさせ僕の手から紙をひったくった。たまに川べりに打ち上げられて死んでいる魚のような目で僕の返信を精査する。
『シンシアへ
死力を尽くす。正義は我々にあり。
ライカンより』
「…………」
素頭を落とされたあとの魚のような目が僕を射抜く。
僕は努めて柔らかな笑顔を浮かべた。
あっさんはギュンと駆け抜けていった。僕は椅子を蹴っ立った。首をクイッ、クイッとまげて骨を鳴らす。ぐっと伸びをしてコリをほぐしてフゥと息を吐けば、滾る戦意で視界がクリアになっていく。
さぁ行こうか。僕の正義を焼き付けに。
▷
大物配信者ふわちゃん降臨。その報と衝撃は瞬く間に全プレイヤー間に広がった。
動いた勢力は三つ。
一つ。レッドネームのプレイヤー集団。
目的も動機も異にしておきながら、しかし高度な社会性を有する彼らは、害悪プレイに躊躇いがないという共通点を有している。
モラルよりも享楽を優先し、数多の屍を築く釁りの歴史を土足で歩んできた彼らは、今回の件に対し総力を以って妨害することを宣言した。
闘争本能の赴くままに無法の修羅場を潜り抜け、哄笑を上げながら凶刃煌めく死線を踏み越えて来た練達が今、牙を剥く。
二つ。『先駆』『食物連鎖』連合。
頭のおかしいレッドネームの蜂起を重く見た廃人は、広く声を掛けこれを迎え討つための組織を結成した。練度ではレッドネーム集団に軍配が上がるが、プレイヤーの総数は大きく水を開けている。
彼らは凄惨な事故映像がお茶の間に流出する事態を阻止するため、ひいては新規プレイヤーが大量に流入してくる輝かしい未来を手中に収めるため轡を並べた。無益な血が流れることの無いよう、彼らは進んで血を流す。
三つ。『ケーサツ』。
自警団ロールを徹底する彼らは連合の末席に名を連ねようとするも、集まった錚々たるメンバーを目の当たりにして萎縮。自分達が戦力になる予想図を早々に破棄。傍観の運びとなった。
結局、普段通りカメラマンとしての役割に落ち着いた。この戦いはもう俺たちでは付いて行けないとはショチョー氏の談である。足を引っ張られるよりはマシだな、とはフレイヤたん氏の談である。
噴水広場を挟んで睨み合う各勢力が動いたのは十二時半を過ぎた頃。
『食物連鎖』陣営から突如として味方を斬り捨てるプレイヤーが現れた。スパイ工作。何ヶ月も前から大手ギルドに潜伏し、来たるべき時が来るまで雌伏を命じられていた獅子身中の虫の仕業であった。
戦線の崩壊を確認したレッドネームの集団が雪崩を打つ。正面衝突部隊、ゲリラ部隊、リスキル部隊の三手に分かれた彼等は圧倒的な練度で連合を侵食する。
廃人連中には必ず二人以上で掛かることでイニシアチブを握り続ける。怪我人は敢えて止めを差さず転がしておくことで、五体満足でリスポーンされることの防止とリスキル部隊の負担の軽減を両立。
この策が上手いことハマり、状況はレッドネーム優勢で終止するかに見えた。
連合の秘策が切られた。懐から筒状の小型爆弾を取り出した集団による自爆特攻。
自分の爆弾では自分は死なない。なので、事前に他人が作った爆弾を懐に忍ばせておいたのだ。
相討ちと回復リスポーンの両立。そしてリスキル担当の負担の急増。精彩を欠いたリスキル担当が狩られていく。均衡が再度傾く。
レッドネームはキルされればされるほどレベルが下がっていく。長期戦はどうあっても不利だ。
見逃せない展開。
そんな中、シャンシャンと降り注いだ光。現れたのはふわっとした外見の女プレイヤー。
キョトンとした表情を浮かべた彼女は、次の瞬間にはギュンと戦場を駆け抜けた影に抱えられて消えていった。
その影は、見間違いでなければ、カートゥーン調の豚の着ぐるみの姿をしていた。
僕はケーサツの生配信を閉じた。
▷
『はーい、みなさん見えてますかー? ふわちゃんでーす! 今日は告知通りニュージェニェ……ニュージェジェ……ニュー、ジェネ、レート、オンライン、言えました! ニュージェニェレートオンライン、やっていきたいと思いまーす!』
『えーと、それでなんですけどね? なんか街の方でちょうどイベント? みたいなのやってたらしくてですねー、危ないとのことなので森に来ました! 見てくださいこの景色! 凄いですね! ほんとにリアルですよ! 森林浴ですねこれ! マイナスイオンが来てますよー!』
『それじゃあ早速、ひゃあわあっ! 凄い音! そう、さっきからずっと木の倒れる凄い音が響いてるんですよー! モンスターの仕業らしいんですけど、なんかちょっと今から不安になってきちゃいますよ!』
『でもみんな安心して! わたしにはなんと秘策があるのです! 秘策、なんて言ってもただの偶然なんだけどね? 配信が始まる前に強力な方と知り合いになれたの! 見て見て! ぶーちゃんでーす!』
『ぶーちゃんだぶー』
『かわいいっ! 見て見てみんなっ! ほら、すごいモコモコなんですよー!』
『ぶー』
『このぶーちゃんは凄い人でね、うん? すごい豚さん、なのかな? まぁ、とにかく凄くてね? ジェットコースターみたいに動けるの! ね?』
『ぶー』
『それでこの人……人でいいよね? 人から、動きを学んだら、わたし絶対に上手くなれると思うんだー! みんな事前アンケートでぼろくそに言ってくれたけど、今度こそ絶対に期待を裏切るからねっ! しっかりと目に焼き付けておくよーに! それじゃ、よろしくねぶーちゃん!』
『ぶー』
『それじゃ、早速モンスターを狩りに……ん? どうしたのぶーちゃん?』
『獣戦士と軽業師に転職してスキルを取得するぶー』
『……ん? えっと、てんしょく?』
『メニューから獣戦士と軽業師に転職してスキルを取得するぶー』
『え、と、ちょっとまっててね……じゅう、せんし……あった! なになに、しなやかな肉体と強力な脚力を持つ戦士の職業……わたし、こう見えても足じゃなくて腕力で解決するタイプなの! この職業はいいかなー』
『スキルを取得するぶー』
『んー、だいじょぶだいじょぶ! わたし根気には自信が……ヒッ!』
『死ぬぞ』
『…………は、はひ。獣戦士、とあと……』
『軽業師に転職してスキルを取得するぶー』
『あ、うん。かるわざし……これかな。身軽な肉体で敵を翻弄し、華麗に戦場を舞う職業! えーなにこれカッコいいー! 気に入っちゃった! わたしやっぱりこの職業でいくー! じゃ、行こ……ぶーちゃん?』
『剣士に転職するぶー』
『……え、どうして?』
『剣士に転職するぶー』
『あ、うん……はい。終わりました』
『これをあげるぶー』
『わ、カッコいい剣! でもねぶーちゃん、わたしこれで行くって決めてるの! じゃじゃ~ん! トンファー! どう? カッコよくない? しゅっ! しゅっ! ……ぶーちゃん?』
『トンファーは基礎攻撃力が低い上に扱いが難しくて戦場のお荷物にしかならないぶー。役に立ちたいならまずは素直に剣を使うぶー』
『……ぶーちゃん?』
『これをあげるぶー』
『…………はい。んんっ! 剣! 剣もいいですよね! この間のVRRPGでも使ってたし手に馴染むなぁ! 最後の面クリア出来なかったけど、わたし絶対にいつかリベンジしますからねー! じゃあ早速……ぶーちゃん?』
『【踏み込み】と【空間跳躍】に慣れるぶー』
『えっと……ああ、さっきのスキルですね! 獣戦士と、か……か……軽井沢?』
『【踏み込み】と【空間跳躍】に慣れるぶー』
『……はい。えーっと、メニュー開いて、スキルの欄を……ぶーちゃん?』
『選択発動式は足手まといにしかならないから任意発動式に慣れるぶー』
『……任意、選択?』
『【踏み込み】を使うって念じるんだぶー』
『念じる! そう、事前に聞いてたんですよね! このゲーム、なんか頭でぐわーって念じるとすごい動きが出来るって! 実はわたしがこのゲームをやろうって思ったのってそれがきっかけだったりするんですよ! 前のVRRPGでは動きをなぞることでスキルが発動するから、わたしなかなかうまくいかなくて苦労したんですよねぇー。でも四面のボスを一時間近くかけて倒した時は達成感あったなぁ! あ、みんな覚えてる? 二面の道中でスキルが暴発して村人を斬りつけちゃったとき……ぶーちゃん?』
『【踏み込み】と【空間跳躍】に慣れるぶー』
『……はい。えーと、念じる。念じる。むむむー!』
『口に出さなくてもいいぶー』
『……えいっ! わっ! ひゃぁわぁ! あいたぁっ! ちょっ、今のナシ! でも見てたみんな! すっっごい跳べたよ! 身長以上に跳べるなんてすっごい! どうでしたかぶーちゃん!』
『ぶー』
ドンッ グリュン ダンッ ズサァッ
『このくらいできるようになって欲しいぶー』
『……………………んぁ! えっ、と、今、何を?』
『ぶー』
ドンッ グリュン ダンッ ズサァッ
『このくらいできるようになって欲しいぶー』
『………………コツとか、聞いてもいいですか?』
『脳に新たな領域を作るぶー。俯瞰視点に立つぶー。アバターと意識を切り離すぶー。感情を殺すぶー』
『……………………』
僕は配信画面を閉じた。限界だ。狼の着ぐるみを着た僕は茂みからヌッと姿を表した。
致命的な人選ミスだよ、シンシア。そのミスは戦場で死ぬほど働いて取り返すといい。是非とも僕の分まで働いてくれ。
地獄と化したこの配信を救う。それが僕の正義だ。




