競って落とすは人間性
「オークション?」
「そうだ。君も参加しないか? 威力特化の特殊爆薬を出せば盛り上がるだろう」
当たり前のように僕の家に不法侵入してきた『検証勢』の頭であるヨミさんは、僕にちょっとした企画への参加を持ちかけてきた。
聞くと、生産職自慢の一品を持ち寄って、欲しい人が競り落とすというイベントを『検証勢』が企画したとのこと。
オークション。オークションか。そうだな……いいかもしれない。僕の作品が本当に欲しい人の手に渡るなら本望だし、どれほどの値がつくのかも気になるところだ。
よし。そういうことなら僕もこのゲームを盛り上げるために秘蔵っ子を差し出すとしようか。
「いいね。なら僕は大型爆弾竜虎を出そうかな」
「いや、威力特化の爆薬が喜ばれるだろう。爆弾にしてしまうと用途が限られるが、爆薬のままだと汎用性が高い。出品するならばそちらのほうがいい」
「でもさ、特殊爆薬って既存の爆薬と素材をスキルで混ぜただけだよ? 作品って言わなくない?」
「いや、それでいい。それがいい」
「…………」
新機能解放に心血を注ぐ『検証勢』がオークションなんかを企画するなんて珍しいこともあるものだと思ったが……。この態度。そうか。そういうことね。
「ヨミさんさ、こんな回りくどいイベントを催したのって、特殊爆薬調合のスキルで作った爆薬が欲しいからなんじゃないの?」
「ああ。そうだが?」
「…………」
うーん……。ここまで悪びれもせずに肯定されるとどうしていいか分からない。それがどうした? みたいな顔されても困るよ。欲望に忠実すぎる。
「なんでまたオークションなんて真似を?」
「そうでもしないと君は手放さないだろう? 頼み込むだけでは頷かないのは当然のこと、金をうず高く積もうと動かないし、処刑されそうな時に助ける交換条件として持ち掛けても空振りに終わった。没交渉だ。ならばイベントを催そうという結論に至った」
「何というか……徹底してるなぁ」
血の花火大会事件以来、『ケーサツ』連中が花火玉を何とかして取り上げようとしてくるのと同じように、『検証勢』は何かにつけて特殊爆薬の無心をしてくる。
正直……今のヨミさんの手に渡ったらその日のうちに街を破壊しかねない。喜々として破壊してた前例があることだし、間違い無い。
その振る舞いから知的さを感じさせるヨミさんであるが、同時にブレーキの効かない車のような危うさもある。アクセルを踏み込むことに躊躇いがないとでもいうのか。思慮深い僕を少し見習ってほしいものだ。
「またぞろ引退するなどと言われんうちに確保するものを確保しておきたいのだよ。麻袋で十個……いや、二十個分でいい」
「いや多いよ。遠慮してる風でがめついし」
「調合だけなら直ぐだろう? 何なら元になる素材は融通しよう」
そう言ってヨミさんは麻袋をインベントリからドサドサと取り出した。多い多い。多いよ。なんかもう断るのが億劫になってきた。
「分かった、分かったよ。でも一つ条件がある。街の破壊とかいうトチ狂った目的で使わないこと。それでいい?」
「くっ……そう来たか……。背に腹は代えられない、か。それで手を打とう」
苦虫を噛み潰したような顔をするヨミさん。彼ら彼女らはどうしてそこまでして街を破壊したいのだろうか。本当に、心の底から理解できないよ。
「開催は二日後だ。それまでに品を用意できるか?」
「もうあるよ。いつまた高騰してもいいように作り置きしておいたんだ」
「助かる。くく。君のそういう抜け目のないところを私は高く評価しているよ」
「そりゃどうも」
爆薬を二十袋。かなりの量だ。一体どれほどの値がつくのだろうか。
「五千万Gくらいには届くかな?」
「ん? ああ、言ってなかったな。今回のオークションはEP式で行う予定だ」
EP式って……正気? 冗談でしょ? このゲームの中でもわりと深層の闇の部分じゃないか。
「あの悪しき文化を広める気? 配信禁止にしないとまたこのゲームの評判下がるよ?」
「苦肉の策だ。競り形式にすると初心者は楽しめないし、廃人連中の一人勝ちになる。誰にでもチャンスがあるのだから良いだろう」
良くない。良くないよ。『検証勢』は公式怪文書を読み漁ってちょくちょく発狂してるから慣れてるのかもしれないけど、あの光景はちょっとした地獄だ。
「さすがにやめたほうがいいんじゃない? 新規がドン引きして辞めちゃうよ。それに出品者に得がない」
「それでもいいというプレイヤーから品を集めている。それにあの程度の光景でふるい落とされるならそれまでだ。近いうちいなくなっているだろうさ」
本当にアクセル踏み込むなぁ。簡易式チキンレースとか得意そう。
「ってことは、僕の爆薬には値段はつかないのか……」
ちょっと楽しみだったんだけど残念だなぁ。
そう思っていたところ、ヨミさんが手に握っていたコインを指でピンッと弾いた。僕はそれをパシッと受け取る。
六千万G。超大金だ。
「満足か?」
僕はにこやかな笑顔を浮かべて応えた。
▷
二日後。
コロシアムに集まった面々がオークションの開催を今か今かと待ちわびていた。
『食物連鎖』の連中が腰を下ろしている席にはショーゴ、タクミーといった初心者の姿もある。彼らはあっさんの闇を覗いたから耐性は付いているだろう。
問題なのは、この間のカップル騒動で入ってきてしぶとく生き残っている面々だ。これから何が始まるのかと期待に胸を膨らませている様子を見ると申し訳なくなる。
企画はあくまで『検証勢』だが、進行は手慣れてる『ケーサツ』が務めるようだ。マイクを握った進行役のショチョーさんが企画説明を粛々と進めている。
落札権は一人二回まで、一つでも落札したら終了など、細かいルールが発表されていく。そんな本格的な説明必要ないでしょ。見れば嫌でも分かる。
そして、肝心の落札方法はぼかすという悪質さ。……『ケーサツ』連中はもうネタ方面に振り切ることにしたようだ。むごいことをする。
「さぁお待たせ致しました皆々様ぁ! それでは只今よりオークションを始めたいと思います! 記念すべき一品目はこれだァ! 物好き鍛冶師、タンクです氏による作品だ! 回転式拳銃! 黒光りするコイツぁ素材の切り出しを一から手掛けた執念の一品だ! コイツが欲しいヤツ! 舞台まで降りてこいやァ!!」
一発目から力作が披露され、会場のボルテージは早くも高潮だ。舞台に降りてきたのは総勢百名近くに上った。すごい人気だなぁ。
『検証勢』のメンバーが立候補者に粛々と番号札を手渡していく。その中にはドブロクさん、ショーゴ、タクミーの姿もあった。手に入れられたらいいね。多分無理だけど。
「一品目から凄まじい人気だ! さあこの拳銃が欲しくて集まった皆々様。この中から落札者はただの一人だ。我こそはと思うやつは……叫べ! 唸れ! 思いの丈をぶち撒けろッ! 本気で欲しいと願った時……この拳銃はそいつのモノになる! 準備はいいかッ!!」
非常に曖昧な指示に対し、その意味を理解している者は馬鹿でかい咆哮を上げて答えた。趣旨を理解しているのは八割といったところか。
よく分かっていない二割側に属するショーゴとタクミーはせわしなく周囲を見回している。叫べとか唸れとか言われても戸惑うよね。分かるよ。
でも、まぁ、そうとしか言えないんだよね。
「それじゃァ……ぶちかませぇッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおああああああああああああいいいいいいいい!!!!」
「エアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァィィィィィィィィィィィ!!!!」
「ファアアアァァァァァァァァァァァァァァ!! キョキョキョオオオオオオ!!! プルァァァァァァァァァァ!!」
「ヴァァァァァァァァァァァァァァ!! ヴォォォイイイイイイイイイイイイイ!!!」
「prrrrrrrrrrrrrreeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!quuuuooooooooaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
「ンンンンンンンンン!! んいいいぃぃぃぃぃぃィィィス!!!」
ひっどい光景だなぁ。人間性の底を見た気分だ。
目をひん剥き、足を踏み鳴らし、体を掻き抱き、這いずり回りながら、凄いものだとブリッジしながら。人であることを捨てたプレイヤーは奇行に走りながら奇声を発する。まるで気が狂れてしまったかのように。
いや、違う。気が狂れないとだめなのだ。極限まで精神を壊すことで落札権を得られる。それが、それこそがEP式なのである。
「ンヒィ!! ンンンフゥゥルルルルルル!!! オエオアァァァフュイイイイイイイィォィ!!! ホ、ホァーッ!! ホァーッ!! ホ……ぁ」
両手をバタつかせながら、アマゾン奥地に生息していそうな鳥の鳴き声のような声を出していた男がガクリと膝を折る。ふむ。彼の勝ちか。
アマゾン鳥男さんの体から虹色に発光するポリゴンが立ち昇る。過度な精神乱調状態に達した時、保護の名目で発動する特殊ログアウト演出。
Emotion Penalty。24時間の間、ログイン制限が課されるペナルティだ。
「おおっと63番!! 63番がペナったぁ!! 彼はこの拳銃が欲しくて欲しくてたまらなかったようだ! それこそ、エモーションペナルティが発動しちまうくらいに、なァ」
とある裁縫師が拵えた優れた防具を巡り、ある二人の間で争いが起きた。両者ともに自分のほうが持ち主に相応しいと主張して譲らず、侃々諤々の言い合いになったという。
争いは次第にヒートアップ。互いに罵詈雑言を飛ばし合っていたら、一人がエモーションペナルティに引っ掛かり強制ログアウトするハメになったという。
現場に残されたもう一人は、彼にそこまでの熱量があったという事実に酷く感銘を受け、防具の受け取りを辞退したという。
結果、防具はペナルティを下されたプレイヤーの手に渡ることとなりました。めでたしめでたし。
これは、NGOで実際に起こった童話的な出来事の再現だ。本当に心の底から欲しいならペナ発症してみせろ、という異質な文化。それを娯楽として落とし込んだのがEP式オークションだ。
頭おかしくない? 絵面酷すぎるけど大丈夫?
会場をぐるりと見回す。慣れきってしまった古参プレイヤー達は平然とした顔をしているが、最近始めたばかりと思われるプレイヤーは、カタカタと震えてことの成り行きを見守るしかないようだ。
カップル連中が身を寄せて震えている。まるで心霊現象にでも鉢合わせたかのように。肝試しかな?
しかし試されてるのはむしろ古参プレイヤーな気がしてならない。この反応を見て正気を取り戻そうよ。今ならまだ戻れ……ないかな。僕は諦めた。
どうやら今回の自濁作用はこのイベントのようだ。体調を悪くしたのか、本能が警鐘を鳴らしたのか、一組のカップルが無事脱獄を果たしたようだ。もう戻ってきちゃだめだよ。
混沌をブチ撒けながらオークションは進む。まさに阿鼻叫喚という言葉が相応しい。
この世のものとは思えない自由な表現で狂気を披露した彼らは、誰かがペナを食らった瞬間にケロッと立ち直る。駄目だったかーなどと雑談を交わし、互いの健闘を称えながら舞台を後にする様は、見ている者の脳の一部を麻痺させる。
この落差だ。これが精神を削る。
人格否定の暴言をこれでもかと浴びせかけたのち、力いっぱい抱き締めて愛を囁くような所業で以って正常な思考を溶かす。異常に染まる。精神汚染の始まりだ。
このゲームは正常な判断力を揮発させてからが本番だ。それができないものはふるい落とされる。これはその洗礼だ。
地獄の物見遊山はまだ続く。百人百様、百人百色の狂態を披露していく。三点倒立しながらバタ足をしていた女プレイヤーが虹色の光に包まれて昇っていった。ふむ。猛者だな。
脱獄を示す白い光があちこちで立ち昇っていく。残っているであろう適合者は――二割もいれば上々、といったところか。
出品が続く。今度の作品はユーリ手製の豚の着ぐるみだ。
カートゥーン調の馬鹿にしたような顔付きの豚の着ぐるみは、しかし意外なほどに高性能だ。戦闘を生業にしている者が多く立候補する。そこにはなんと、あっさんの姿もあった。
あっさん……やるのか……アレを……。
一見するとまともに見えてその実、他の誰よりもヤバいと囁かれるアレを……。
他の参加者はあっさんと同じ舞台に立ってしまったことでお通夜ムードだ。相手が悪い。僕は同情した。
ショチョーさんが開始を高らかに宣言する。
瞬間、カッと目をひん剥いたあっさんが虹色の光に包まれて天へと昇っていった。
ワン・セカンド・ペナルティ…………ッ!!
廃人が心の内で飼育している闇は時折その片鱗をちらつかせる。心を強く保たなければならない。でなければ、呑み込まれる。ふとした瞬間に正気を取り戻したら、そこに待つのは引退の二文字だ。
ボルテージは最高潮。続く作品はまたしてもユーリの作品だ。狼を模したカートゥーン調の着ぐるみ。あれは……ほしいな。僕は舞台へと舞い降りた。
ライバルは……百人近くか。勝てるだろうか。分からない。だが、僕も全力を出そう。やるからには全力だ。後悔はしたくない。
緊張が走る。ショチョーさんが開始を高らかに宣言した。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁァァァッッッ!! 死ねっ!! 死ねッ!! 死ねッッ!! 誰でもいいから死ねッッッ!! あああああぁぁぁぁぁ!! た、たく……タクミー死ねッ!! タクミー腹切って死ねッッ!! 死ねよオラッ!! 死ィィィィネェェェェェェァァァ!! タァァァァクミィィィィィィィぁ……」
僕は勝った。やったね。




