未経験者歓迎!
砂浜は乱戦の様相を呈していた。頭のおかしいレッドネームのプレイヤー達が雪崩を打って押し寄せてきたのだ。その数およそ二十人。
その中には狂人筆頭のシリアの姿もある。あいつほんとイベント破壊が好きだなぁ。人の悪感情が栄養源のサイコパスは初心者狩りを躊躇わない。屈指の害悪プレイヤーだ。
迎え撃つのは『花園』戦闘職十名と廃人複数名。数では負けているが、練度ではこちらのほうが上だろう。レッドネームは殆どが下っ端だ。これはどちらに転ぶかわからないな。僕は混沌としだした戦場を見渡して戦力分析を終えた。
戦場の中にいるはずのとある人物を探す。お、いたいた。声がしたから探してたんだよね。
僕は後方で腕を組みながら目をひん剥いて舌をベロンと出しているガラの悪すぎるプレイヤーの元へと向かった。
「お久しぶりです、ノルマキさん」
「ん? おォォうラァイカンくぅんじゃねェか!! どう? 最近ヤってるぅ? 今日も景気良いのを頼むよォ! とりあえずナマみたいな感じでさあァ! 駆けつけ三杯後輩の義務だぜェェェ!!」
「今日は随分機嫌いいですね。連休ですか?」
「おっ!? 分かる? 分かるゥ!? 夏季休暇下りたぜぇぇェェェ!! 二連休もだ!! 連休なんざ久しぶりだからなァ! ハッハァー! 上機嫌も上機嫌よ!!」
「夏季休暇で、二連……久しぶり……いつも、お疲れさまです」
「まあ明日からまた十二連勤なんだけどね」
「あッ……」
先程までテンションが振り切れていたのに、唐突にスンと真顔になって社会の黒い一面を覗かせるノルマキさんに、僕は気の利かせた言葉を返せなかった。僕は無力だ。
ノルマキさん。正式なプレイヤーネームは『ノルマがキツい』だ。
最古参勢の一人である彼は、高いプレイヤースキルを遺憾なく発揮して数々のプレイヤーを血祭りにあげてきた。
驚くことに、晒しスレに初めて名前が刻まれた人物であるらしい。初期の殺伐殺し合いオンラインでトップの座を争った凄腕だ。
ふらっと現れてはひたすらプレイヤーキルを繰り返すという所業からゲーム内外で名を馳せ、非常に煙たがられたプレイヤーであったのだが……特定班が動き、ノルマキさん本人のSNSのアカウントを突き止めたことで扱いが一転した。
呪詛のように書き連ねられた社会の闇。悲惨な労働環境。深淵よりもなお昏い底の底。
誰も彼を責めることは無くなった。むしろ、ここでストレスを発散させてあげないと大変なことになるのでは? と心配される始末。
そんな経緯もあり、晒しスレのテンプレから除名されたという凄絶な過去を持つ。彼は恐らく害悪プレイをしても唯一許される人物だろう。
そういった事情を知らずに動画や配信を見てる人からすれば不快だろうが、NGO内で彼を悪し様に罵る人は居ない。僕も彼を爆殺する気にはなれない。
彼は赤いモヒカンと三角形に尖ったサングラス、耳にジャラジャラといくつものピアスをつけ、裸の上に革ジャンを羽織るという独創的なセンスをしている。肩に背負うのは物騒な釘バット。いつ見てもインパクトの塊だ。
こんなナリをしていても、廃人二人組とタメを張るくらいに強い。シリアには勝ち越していると聞く。流石にあっさんには勝てないらしいが、それでもレッドネーム集団の中では最強に近い。
PK大好き、無駄にテンションが高いといった特徴で嫌われているが、ふとした瞬間に覗かせる闇が深すぎるので責めるに責められない。そんな特殊すぎる立ち位置にいるプレイヤーだ。
「まあ、そんな私の事情は置いておいて……ラァイカンくぅんも混ざりなよォォ! なんならあのレッドネームのバカ共のケツに火を付けてやれや!」
「え? 仲間じゃないんですか?」
「ハッハァー!! サッカーボールを蹴ッ飛ばして遊んでたガキンチョは、大人になったら同僚の背を蹴ッ飛ばすのが仕事になんだぜぇェェ!!」
「あッ……はい。では、お言葉に甘えて」
僕は指を鳴らして小型爆弾に着火して乱戦の渦中に放り込んだ。レッドネーム二名と、巻き添えで花園プレイヤーも一名吹き飛んだ。二・一交換か。尊い犠牲だな。
「Fooooooooo!! 相変わらず弾けてんねェ!! 俺にもキルペナの踏み倒し方教えてくれよなァ!!」
「正義ですよ」
「ジャアアアァァァスティィィィス!! ハイなワードだねェ!! 社長と専務のアラームにして四六時中聞かせてヤりてェぜェェ!!」
ノルマキさんのことは尊敬している。けど、正直、こう、なんて返してあげればいいのかわからないことを言われるのは少し困る。
適当な相槌を打つと、たまに虚空を見つめるような目をするのだ。あれほど心が痛む瞬間はそう無い。僕は無力だ。
「ライカン! 貴様はッ! 邪魔をするな!!」
ギュンと接近してきたシンシアが目にも留まらぬ速度で剣を抜き放つ。しまった、油断した。慰めの言葉の引き出しを漁っていたせいでシンシアの接近にまるで気付かなかった。
これは、死ん――――
「そうは労基が許可しねェ」
水平に振るわれた剣をノルマキさんの釘バットが上方から打ち据えた。体制を崩したシンシア。ギュンと踏み込んだノルマキさんがその無防備な腹に喧嘩キックを見舞った。つ……強い。
「ぐゥ、ッ! ノルマキ、さん」
「あァー? 腕ェ落ちたんじゃねェのか廃人さんよォ。そんなんじゃ定時に上がれねェぞオラァ!!」
豪速の【踏み込み】。廃人となんら遜色ない動きで先手を取ったノルマキさんは物騒な得物を無造作に、しかし的確に放った。
見てくれのいい女キャラクターに釘バットが振るわれるという、あわやサスペンスかスプラッターな状況。しかしシンシアは鋭く体を躱し、バックステップで距離を取った。土壇場の身の熟しのキレは目を瞠るものがある。
「ッ、フゥ。……腕が落ちたとは、言ってくれますね」
「実際鈍いだろォが? 何をナメた態度キメてくれてんだァ、えェ?」
「あいにくと、砂浜がここまで動きを阻害するとは思わなかったんですよ。むしろ何でノルマキさんはそんな動けてるんですかね……」
「馬ァ鹿がよォォ!! 手取り足取りの研修制度が充実してると思うんじゃねェぞ!! オン・ザ・ジョブ・トレーニィィィング!!」
…………。
「…………ノルマキ、さん。闇をちらつかせるの、ホントやめて下さい。やりにくいです……」
ほんとにね。唐突だからこっちとしても反応できないんだよね。
気の抜けたシンシアの隙を見逃さずノルマキさんが仕掛けた。卑怯と蔑まれるような手。しかし、社会の荒波に揉まれたノルマキさんは手段に拘ることが下策だと知っている。それはもう、痛いほど。
「二十四時間戦えますかあああァァァ!!」
「システム的に無理だッ!」
迎え撃つシンシアの剣は勢いが足りてない。ギチギチと釘バットとの均衡を保っているが……押され気味だ。踏ん張る右足がジリジリと砂浜に線を描いている。
……やはり強い。ノルマキさんは社会への負の情念を溜め込むほど強くなると言われている。それは、シリアが敵対者の負の感情を感じ取ると体のキレが上がる原理と根本のところで同じなのかもしれない。
ここ一ヶ月近くログインしていなかった間に溜め込んだ鬱憤はどれほどであろうか。久しぶりの連休……。ちょっと想像できない。したくない。
言いたくないけど、やっぱりこのゲームのプレイヤーって頭おかしいよ。
砂浜に影が差す。ノルマキさんの目が見開かれる。見つめるのは上空。フレイヤたんだ。雑魚を無視してこちらへと標的を定めたらしい。頭上から容赦のない唐竹割りが振るわれる。
二対一。しかし卑怯の言葉は通らない。それは先程ノルマキさんが通った道だ。
「ワンオペッ!?」
心にしくしくと染みる驚き方をしたノルマキさんが釘バットを強引に振り払う。シンシアに競り勝ち、且つ襲撃にも対処するという途轍もない一撃。ワンオペに何か深い恨みが……いや、よそう。
「四週ッ、四休ゥ! 労災ィィ!!」
さすがのノルマキさんといえど、シンシアとフレイヤたんの二人がかりは厳しいようだ。防御を崩された隙にシンシアの突きが肩を捉えた。被弾ボイスどうにかなりませんかね。
理不尽なワンオペであわや過労死寸前かと思われたが、そんな折に天からポーションが降り注いだ。シリアだ。『花園』を粗方片付けたのだろう。いつもの目が回るような変態機動で瓶を投げつけたシリアが勢いそのままにシンシアに斬りかかる。
「ノルちゃんさん、それお給料ねー!」
「ヒヤリハァァァット!!」
「あっははは! 意味わかんなーい!!」
相変わらずのハイテンションでシンシアに奇襲をかましたシリア。残ったのはフレイヤたんとノルマキさんだ。これで再び状況は一対一。
ジリジリと距離を詰めるフレイヤたんに対し、ノルマキさんは神妙な表情をしている。構えた釘バットをやおら降ろすと、ささやくような小声で呟いた。
「ウチに来ないか。嫌でも痩せられるぞ。私がその証明だ」
僕とフレイヤたんの視線がノルマキさんの体に向けられる。革ジャンから覗く体は引き締まっているというか、痩せすぎているというか……。なんでこの人はこう、哀愁を誘うんだ。
「……お言葉だけ」
「残念だ」
両者が同時に駆け出す。交差した得物がギリギリと音を立てて火花を散らす。
「人間ドックは自費負担ンンゥゥゥ!!」
「……ッ!」
廃人ギルド三番手の実力は今更疑うまでもない。実力だけで言うならフレイヤたんは二番手だ。だというのに押されている。無表情が常のフレイヤたんのロリ顔に苦味が走る。対面の相手がモヒカンチンピラということもあり構図が最悪だ。
「体調不良で休んだらッ! その分休日出勤追加ァッ!!」
「グッ!」
息もつかせぬ連勤……いや、連撃。僕は今、なにを見せられているのか。聞かされているのか。出るはずのない涙が溢れそうで……どうすればいいのか分からない。心の置き場がわからないよ。
「働き方改革!!」
裂帛の一振り。フレイヤたんの手から剣が飛ぶ。クルクルと宙を舞った剣がトスッと音を立てて砂浜に突き刺さる。それはまるでタイムカードを切ったかのようで――
「お疲れ様でした」
フレイヤたんの腹に釘バットがめり込む。ビーチバレーのボールのように吹っ飛んだフレイヤたんはポリゴンになって退勤した。
なんでだろう、ノルマキさんに称賛の声を掛けてあげたいのに、言葉が上手く紡げない。僕は……無力だ。
「ヤッホー! そっちも片付いたみた」
「定時退社ァァ!!」
シンシアを降して油断していたシリアは不意を突かれて釘バットの一振りで死んだ。もういい。もういいんだ! ノルマキさん!
「残業してるごはいねぇがあァァァ……」
『花園』連中もレッドプレイヤーも居なくなった砂浜には……ドン引きした表情でこちらを見つめるカップル達が。あぁ、あぁ、だめだよ、ノルマキさん。
ノルマキさんの口角が上がる。見開かれた目は血走り、これから始まるデスマーチの惨劇を暗示しているようだった。
「サァァァビィィス残業ォォォ!!」
釘バットを振り回しながら駆け出したノルマキさんを見て僕はもういたたまれなくなった。小型爆弾を取り出し、指を鳴らして着火する。
「ノルマキさん! ボーナスだッッ!!」
「ボーナスッ!?」
僕は小型爆弾を放り投げた。ごめん。ごめんね、ノルマキさん。
「カロシっ!!」
高らかに鳴り響く爆音が定時退社を促す時報の音のようで清々しい。ノルマキさんは解放された。僕は……僕は彼だけは手に掛けたくなかったのに……。
ハッ、カップル連中が僕を非難するような目で見てる……! 違う! 違うんだ!! 僕は砂浜に足を取られながらも全力で駆けた。転がりそうになっても、醜く映ってもかまわない。ぜぇぜぇと肩で息をする。
衆目の前に躍り出た僕は両膝に手を置いて呼吸を整える。バッと顔を上げればそこにあるのは純真無垢な視線だ。
折れてはならない。言わなくては。伝えなくては。それが僕に出来る正義。僕にしか出来ない正義。
僕は声高に叫んだ。
「NGOはッ!! アットホームな職場です!!」
来たらダメだよこんなとこ。




