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砂浜での遊び全集

 NGOには海というフィールドがある。

 海には何もない。広々とした砂浜と海岸線。あるのはそれだけだ。驚くくらいに何もない。


 イベントの一つくらいあるだろ? と疑問に思ったプレイヤーたちがフィールドをくまなく捜索したが何もなかった。砂浜を掘り返してみたり、手製のゴーグルを装着して素潜りしてみたりといった努力は全て無駄になり、文字通り水の泡になって弾けた。


 冒険心旺盛なプレイヤーがイカダを作って航海に乗り出したが、分かったのはある一定の距離まで行くと強制的にリスポーンするというクソ仕様の一端だ。


 問答無用でデスペナを食らうので、ハァ逝った的水域とプレイヤーから呼ばれている。正直、センスが皆無だと思う。噂では掲示板に書き込まれた寒いギャグがそのまま定着したとか。どうでもいい話だ。


 そして海にはモンスターもいない。ゲームで海と言ったらモンスターの宝庫という印象を受けるが、このゲームはそんな常識に真っ向から逆らったのだ。


 魔法のヘイト上昇なら釣れるのではないかと砂浜で魔法を詠唱したところ、草原から鬼がスプリンターも真っ青なフォームで駆けてきたというのは有名な話だ。

 ならばとイカダを作って海の上で魔法を詠唱したところ、鬼がメダリスト顔負けのバタフライで泳いできたというのも有名な話だ。


 そのプレイヤーはイカダを壊された挙げ句海に沈められた。地に足を着けられない状況のプレイヤーはこの世界では生物カースト最下位に転げ落ちる。必須スキルを奪われた人間など、足と羽をもがれたゴキブリみたいなものだ。あとは潰されるだけなのである。


 そんなわけで海は不人気スポットだ。不人気というよりは人気(ひとけ)が無いというか、来る意味がないので必然的に人が居ないのである。


 しかしいま、海には鬱陶しいくらいに人が溢れていた。


「おーおー、ゴミどもがわらわら居やがるな」


「すごいね。見たことない光景だ」


 現実の海とは比べるべくもない密度だが、それでも大勢の人で溢れている。ざっと数えても二百人近くいる。そしてそのうちの殆どが恋人同士と思われる男女だ。


「ネットの記事って馬鹿にできないんだね」


「一万人が見て、騙される馬鹿が一パーセントでもいればもう百人だからな。そいつがつがいを連れてくれば二百人だ。ったく、どいつもこいつも幸せそうな顔しやがってクソが」


「もう完全に私怨じゃん」


「いいから行くぞ」


 ホシノが意気揚々と砂浜に向かって行ったので後に続く。浜に足を踏み入れる直前、【踏み込み】でグンと駆けつけてきた十人程のプレイヤーに包囲された。『花園』メンバーだ。


「やっぱり来たわね。あなた達なら絶対に来ると思った。ここから先は通さないわ!」


「シラギクじゃん。なにしてんの? 水着なんか着ちゃって」


 集まった『花園』メンバーは揃いも揃って水着なんかで着飾って僕らを出迎えた。全員やけに気合の入ったデザインだ。

 しかしながら、腰にぶら下がった得物と剣呑な雰囲気は僕らを歓迎しているとは言い難い。むしろ出ていけと言いたげだ。


「何してるか……見て分かりません?」


「うーん、バカンス?」


「違うわ。マスターの煩悩を発散させてるのよ!」


「いやそんなの分かるわけないでしょ」


 シラギクが指を差した方向を見やると、水着販売所と書かれた小屋の中でニヤニヤとしまらない笑みを浮かべたユーリの姿がそこにあった。


 ユーリは凄腕の裁縫師だ。配下のプレイヤーを着飾るために何百、何千と作品を作った彼女は生産職の中でも廃人並みにレベルが高いと聞く。その腕を使ってやることが視姦とは……ろくなことしないなぁ。


「そういうわけだから帰りなさい。今はカップル以外は立入禁止! さっきから不埒な輩が山程突撃してきて辟易してるの」


 そういえば、記事に水着が売ってるとか書いてあったな。あれってユーリのことだったのか。そして水着姿目当ての野郎どもが殺到している、と。覗き見小僧かよ。


 ……? あの記事が公開されたのって一日前だよな。準備が良すぎる……まさかとはおもうけど……まさかね?


「ちょっと聞きたいんだけどさ、あのネットの記事……もしかして自作自演だったりする?」


 僕の問いに対してシラギクは面白いくらいにビクリと肩を震わせた。弁明しようとしたのか口を開きかけ、無駄だと悟ったのかため息を吐き出した。投げやりな態度になって言う。


「……仕方ないじゃない。こうでもしないと、日がな一日城の中で着せ替え人形になるんだから。ちょっとしたツテを使って記事を書いてもらって一般人にもぎせ……モデルになってもらったのよ」


 そうかそうか。犠牲になってもらったわけか。

 チラと海岸を見ると、女キャラクターはやたらと着飾った水着なのに男キャラクターは初期の粗末な下着姿ばかりだ。いっそ清々しいくらい分かりやすい。


「疑問なんだけどさ、なんであれが頭に居座ってるの?」


「あれはあれでカリスマがあるのよ……一応はね。トップはマスターにしか務まらないわ」


 はぁ。よく分からない世界だ。百人近く所属する大組織だと僕が知らない秩序みたいなものが必要なのだろう。難儀なこって。


 色々と感心していると、砂浜に一つの影が走った。誰かが僕らを飛び越して砂浜に侵入していったようだ。

【踏み込み】と【空間跳躍】を活かした強行突破。どうやら僕らにかまけていたせいで侵入を許してしまったらしい。


「フゥ~! 水着イベント最高ゥ!」


 目をかっ開いた男がキョロキョロと首を動かしながら空を駆ける。奇行に走った男は当然のようにレッドネームだった。きっと録画してるのだろう。もしかしたら配信している可能性もある。


「ッ!」


 夏場に放置して異臭を発した生ゴミを見るような目をしたシラギクが、胸元にかけていたホイッスルを吹き鳴らした。

 ピーという甲高い音。プールサイドで走り回るやんちゃな子供を注意するような光景だが、ここはNGO。悪人には注意という過程をすっ飛ばして制裁が下る。


 ギュンと飛び立つ影が一つ。日差しを受けてギラつく刃が不埒者の頭をスイカのように真っ二つにした。果肉のように朱が散る。どうと倒れ伏すレッドネーム。


「やるな廃人……しかし、なんだ、お前なかなか良いモンもってるじゃガハッ!」


 不埒物を一瞬で斬り捨てたのは廃人ギルドの二番手ことシンシアだった。トップクラスの廃人はどうやら浜の用心棒をしているようだ。

 剣をビーチフラッグのように突き刺してオーバーキルを敢行した彼女は、フンと鼻を鳴らしてそのまま元のポジションへと戻っていった。


 なんで廃人が『花園』なんかにこき使われているのだろうか。

 ……新規プレイヤー獲得、か。ここにいる一割でも残ればゲームの接続者数が少しとはいえ増える。それすなわち延命にほかならない。あわよくばゲームに残ってもらおうと、邪魔しに来るゴミを排除して快適な空間を提供しているってわけだ。


 廃人も大変だなぁ。本来は運営が頭を悩ませるような仕事をしなければならないなんてね。僕は同情した。協力する気はないけどね。


「……見ての通り、頭のおかしいプレイヤーが後を絶たないの。あなたたちも、斬り捨てられたくなかったら出ていって」


 廃人が控えてるんじゃどうしようもない。それに、爆殺しなければならないようなプレイヤーはいなさそうだし、帰ろうか。


「ホシノ、どうする? ……ホシノ?」


 反応がなかったので不審に思い顔を覗くと、ホシノは眼球をグリュングリュン動かしながら目をチカチカと赤く光らせていた。スクリーンショットだ。

 さっきからやけに静かだと思ったら……盗撮に熱を上げてたのか。ほんとホシノはホシノだなぁ。


「……チッ!」


 淑女らしからぬ舌打ちをしたシラギクがホイッスルを吹き鳴らす。

 ギュンと飛び立つ影が一つ。愛らしい顔に似合わぬたわわな肉体をバルンと揺らして降り立った廃人が、ホシノの頭をスイカのように真っ二つにした。


 ドシャリと砂の城のように崩れ落ちたホシノ。呻きながらも最後の一枚を撮ろうと顔を上げたところ、強化した脚力で砂を掛けられて何も為せぬまま死んだ。恐るべき手際だ。流石は廃人。


 剣を鞘に収める。チン、という小気味良い音と共に胸がぷると震えた。ふむ。僕はシラギクに問い掛けた。


「フレイヤたんは許されるの?」


「彼は……ストライクゾーンがね……私達を見る目も、ね」


 フレイヤたん。ロリフェイスにたわわに実った成人男性の肉体を持つ廃人。彼は僕らの会話を聞いて首だけで振り返り、珍しいことに口を開いた。


「十二歳までしか愛せねぇんだよ」


 迫真のバリトンボイスであった。僕は彼がリアルで新聞の一面を飾る日が来ないことを祈った。


『花園』メンバーの厳しい視線を一身に受けながらフレイヤたんが持ち場に戻る。理解されることのない男の背中だ。貫禄が違う。

 コホンと咳をして仕切り直したシラギクが眦を吊り上げた。


「そういうわけだから、砂浜は立入禁止なの!」


「強引に話を戻したね」


「いいから! 帰りなさいッ!」


「分かったよ。じゃあね」


 へ? と間抜けな声を上げたシラギクを尻目に僕はザッと踵を返す。

 ホシノは死んだし、カップルを爆殺する理由もないし、廃人トップスリーのうち二人もいるなら安心でしょ。


「えっ……本当に、帰る気?」


「? 帰れって言っておいてその反応おかしくない? こんなところにいる意味もないし、家で爆弾作ってたほうがよっぽど有意義だ」


「…………そう。こんな、ところ……」


 何か拍子抜けしたような表情をしているシラギク。まるで僕が何かをやらかす前提みたいじゃないか。酷い話だ。僕の本懐は悪の征伐。特に問題もないみたいだし帰るよ。普通でしょ。


 こういうときにサッとワープできればいいのに。街までの帰路につきながらこのゲームの不便さを嘆いていると、砂浜の方面からよく通る声が響いた。


「カップルのみんなぁー! NGOにようこそぉ! 夏の暑さに負けないくらいアツアツだねぇー!! 砂風呂は体験した? 水浴びは気持ちよかった? じゃあ次はぁ……彼氏の血しぶきを浴びてみよっかぁー!!」


「ヒイイィィィヤッッッハアァァァァァ!! 『花園』に『先駆』! それに雑魚が雁首揃えてんじゃねェの!! NGOはアットホームな職場だゼェェ!! 全員付き合えサービス残業だオラアアアァァァッッ!!」


 僕は再びザッと踵を返して砂浜に向かった。やれやれ、やっぱり僕がいないとこのゲームは駄目みたいだね。

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