デッド・デートスポット
うららかな昼下がり。愛着のある自宅に無事引っ越しを果たした僕は日課の爆弾作りに精を出していた。やはり住み慣れた家は落ち着く。実家のような安心感とはまさにこのこと。今日も一日頑張ろう。
非常に良い気分で爆弾を作っていたところ玄関の鍵がピッキングされ、ホシノがズカズカと上がり込んできた。
怫然とした表情のホシノは乱暴に椅子を引いてドカッと腰を下ろした。自分は苛立っていますと全身で表現している。VRでここまで表情が変わるのは珍しい。腹に据えかねる何かがあったのだろう。
まぁ僕には関係ない。僕は日課の爆弾作りを再開した。
ドンと机をブッ叩くホシノ。なんなのさ。構ってちゃんかよ。
「外は、暑いな」
「は? なに? リアルの話?」
VR空間では痛覚を始めとした暑い、寒いという不快な感覚は極力カットされている。
火山や雪山といったフィールドの特性として行動阻害の判定を強いる作品はあるらしいが、NGOでは聞いたことがない。
故に暑いなんて話はリアルに限られる。確かに今は夏真っ盛り。暑いのは当然だろう。
「あぁ。今日だって熱中症警報が出てる。危険な暑さだ、ってな。こえぇ話だ。ちょっとした油断で体調を崩す。下手すりゃ死ぬこともある」
なんだ。ただの世間話か。何をそんなにイライラしてるのかと思ったら……暑さにやられて頭おかしくなったのかな?
「怖いね。気を付けないとね」
僕は適当に返して爆弾作りを再開した。ホシノが再び机をブッ叩く。話半分で聞かれるのは我慢ならないらしい。子供じゃないんだから駄々こねないでよ。僕は嘆息した。
「何が言いたいのさ」
「これを見ろ」
ホシノがメニューを操作し、ネットニュースの記事を見せてきた。一度は名前を聞いたことがあるくらいの大手サイトの記事だ。どれどれ。
『この夏、VRデートスポットがアツい!
連日続く猛暑で参ってませんか?
カップルの皆さんはいかがお過ごしでしょうか!
テーマパークに行ったら
行列で汗ダクになっちゃった経験は?
映画館に入ったら気温差で体調を崩しちゃった経験は?
海やプールに出向いて、人の多さに疲れちゃった経験は?
そんなカップルにオススメなのがVRデートです!
今回注目したのはNew Generate Online
現実と相違ないほどの世界で、
カワいい、カッコいいキャラクターに変身して
一風変わった経験をしてみませんか?
この世界にはチョット怖いモンスターが生息していますが
そんなモンスターから彼女を守れば、
頼もしい姿に高感度爆アガり間違いなし!
現実では出来ないドレスアップで
カレのハートを射止めることだって……!?
最もオススメなスポットは海!!
危険なモンスターがいないので遊び放題です!
VRなので日焼けの心配もナシ!
まさに穴場! これ以上ない条件でしょう!
今ならなんと水着の販売サービスもあるとか……?
デートをしたくても外に出るのが億劫な季節
暑さのせいで関係が冷え込んでしまわないよう、
VR空間で快適なデートを楽しんでみては??』
ひどい記事だなぁ。ニワカが過ぎる。
このライター絶対NGOプレイしたことないでしょ。少しでもこのゲームのクソな部分に触れたらこんな記事書けないよ。家族でも質に取られたのかな?
内容もひどい。チョット怖いモンスター? ちょっと? どこを見てその感想なのか。リソースの八割を殺意に振り分けたモンスター群を捕まえて、ちょっと怖いで済ませるとは恐れ入る。
始めたての初心者が勝てるわけないだろ。ひき肉にされるのがオチだ。
総じてクソ記事だな。批判コメントが多数に登ったとのことでコメント欄が非表示になっているのが乾いた笑いを誘う。
きっと彼らは、この記事を見て騙される人を減らそうとしたに違いない。だのに荒らし扱いとは悲しいね。
「酷いねこれ。悪意しか感じない記事だ」
「そう思うだろ? だが、騙されるやつはいる。いるんだ。残念ながら、な」
ギリ、と音がしそうなほどに歯を食いしばるホシノ。憤怒の形相で手を握りしめ、ポツリと呟く。
「バカップルどもが……!」
我慢の限界が来たのか、ホシノが両手で机をぶっ叩いて立ち上がる。吠えた。
「リア充がッ! MMOなんてやってんじゃねぇよ!! VRデートだかなんだか知らねぇが、クソ鬱陶しいにも程があんだよッ! 暑いから快適な空間でゲームに興じるって考えは分かる。だがな、だったらMOでいいだろ! なんだってMMOに流れてくんだよッ! 衆目に見せつけるかのようにイチャコラ乳繰り合いやがってクソがッ! クソどもがッ! 大体なんだ、汗ダクだの体調を崩すだの、そんなの甲斐性の見せ所だろうが! シチュエーションの一つだろうが! そこからどうしけ込むかの駆け引きが熱いんだろうがッ! だってのに世の馬鹿どもはもっともらしい言葉に踊らされて肥溜めみてぇなこのゲームにアホ面引っ提げてノコノコとやって来やがる。思考放棄した主体性のねぇ馬鹿どもだ。救えねぇ。救えねぇよほんと。そう思わねぇか? 何だよ海って。VRで海ってお前。日焼けの心配がない、だぁ? 馬鹿が! 少しくらい焼けるのが思い出だろうが! 水着の跡が薄っすらと分かるくらいがそそるんじゃねぇか! そういう男の機微が分かってねぇ。ガッカリだ。落胆を禁じえない。流される野郎も野郎だ。ハッキリと言うべきだろ。VR空間よりもリアルで過ごすほうがいいってよぉ。そういうとこでアピールするのマジで響くからな? それが出来ねぇでこんな肥溜めに飛び込むようじゃお先真っ暗よ! 長くは持たねぇな! ハッ!」
不満と妄想と性癖と捨てゼリフを吐き捨てたホシノがふんぞり返って両足を机の上に放り出した。荒れてるなぁ。
大体分かった。いつものようにナンパに精を出していたホシノは、カップルが多くログインしてきたことでご立腹なのだろう。
サービス開始から出会い厨として活動し、未だにそれらしい成果を得られない彼は幸せそうな男女を見るとアレルギー反応を起こす。
まあ、つまるところ。
「羨ましいの?」
その一言は思った以上にホシノの深いところに刺さったらしい。机の上に投げ出した足をゆっくりと畳むと、それまでの表情をスッと消したホシノが低い声で言う。
「ライカン。なぁライカン。茶化すなよ、なぁ。えぇ、おい。VRMMOでデートをするのがおかしいって話がどうしてそうなるんだ? 話聞いてたのか? 俺は流されやすい馬鹿どもが気に入らねぇんだよ。元からVRMMOが好きっていう奴らがデートの場に選ぶなら分かる。趣味の延長なわけだからな。そこには理屈がある。だがな、こんな薄っぺらな記事を読んだだけで参入してくるような奴らに未来はあるのかって話よ。底が浅ぇんだ。真剣味がないと言い換えてもいい。俺ならもっと上手くやれるってことが言いてぇんだよ。それを、言うに事欠いて、羨ましいだぁ? やめろや、そんな下らねぇこと言うの。お前の底も知れるってもんだぜ?」
僕は動画投稿サイトで『ホシノ NGO』で検索し、新規投稿順に並び替えた。
新規の女プレイヤーに粉をかけたホシノが、後からログインしてきたツレの男プレイヤーに殴られてのされる動画が先ほどアップロードされていた。これかぁ。
「ごめんごめん。僕が悪かったよ」
僕は謝ることにした。ナンパに失敗したどころか、殴られて撃退された心中は察するに余り有る。傷心の友人の傷口に塩を塗り込むことは好まない。僕は気を遣える人間なのである。後でこの動画ゆっくり見よう。
「分かったならそれでいい。で、だ。相談がある」
ズイと身を乗り出したホシノが目に暗い光を湛えて呟いた。
「海に集まったバカップルを全員吹き飛ばしたい。協力してくれ」
おおう……思った以上にキてるなぁ。何をされても暴力という手段に訴えたことのないホシノがここまで言うか。今回の件は彼の中でよほど許しがたい出来事であるようだ。
だけど駄目だね。僕は首を横に振った。
「ホシノらしく無いよ。どれだけ理不尽な目にあっても懲りず……めげずに目標に向かって努力するのがホシノじゃないか。復讐に手を染めるなんて短絡的な手段はやめようよ。VRとはいえ、他人の命を軽視するのは良くない」
「テロ行為に手を染めたやつが言うと言葉の重みが違ぇな」
「テロじゃない。民度の浄化だ。そんなつまんない言葉で片付けないでよ」
「この間クソ廃人を爆殺したのは?」
「初心者二人の教育に悪かったからね。あんなの見せるもんじゃないよ」
「物は言いようだな」
何を言っても理解されないようだ。だが、もう慣れたこと。
蜜の香りに吸い寄せられる虫のように異常者が集まるこのゲームにおいて、正義とは理解されない異物のようなもの。
出会い厨として名を馳せ、鼻つまみ者にされるホシノなら僕の孤独も分かってくれると思ったが……見込み違いだったようだ。そろそろ友人をやめようか悩む。
「なぁ、頼むよ〜。俺はこのゲームをあるべき姿に戻したいだけなんだよ。VRMMOなんて日陰者の避暑地みたいな扱いでいいってのに、陽の者が土足で踏み荒らしてる現状を変えてくれよ〜」
「そんなに我慢ならないなら、あの後あげた幽世渡しを使えばいいじゃん」
「あれは然るべきときに使うから駄目だ。それに赤ネになりたくねぇ」
「わがままだなぁ」
「頼む! この通り!」
何が彼をそこまでさせるのか、ホシノは恥も外聞もかなぐり捨てて土下座を披露した。情けないなぁ。僕はスクリーンショットを撮った。
「はぁ……分かったから顔を上げなよ。でも、実行に移すかどうかは僕が実際に現場を見てから決める。それでいい?」
「ああ! 助かる! やっぱ持つべきものは友だな! お前はそんなこと言いながら結局なんだかんだで爆殺してくれるって信じてるぜ!」
変な信頼を寄せないでほしいものである。カップル向けのネットの記事に踊らされて参入したプレイヤーなら迷惑行為を働いている可能性は低いだろうし、正直今回は僕の出番はないんじゃないかと思っている。
ただ、強烈な精神汚染によってプレイヤーがまたたく間にクソと化すのがこのゲームだ。人が集まってるとなったら腐敗はたちまち広がっていくだろう。その兆候があったなら即座に焼き払うのが最善策。その役目は僕が請け負おう。
「待ってろよクソども……この世界に降り立ったことを後悔させてやる」
「醜いなぁ」
誰よりも先にホシノを爆殺っておくべきだろうか。そんな疑問を抱きつつも、僕らは海へと足を運ぶことにした。




