ラスト・アタッカー
「体表は一切の攻撃が通らないと思えッ! 耳と、っ! 目が、狙えればいいが、被弾しやすい! 無理せず飛び越してから、ケツを掘れ! 行動パターンは、突進だけだ! 跳べ! とにかく跳ぶことを念頭に置けば負けは……ねェッ! 倒れてきた木に、巻き込まれないよう、注意を欠かさなければなァッ!」
ドブロクさんが簡潔な攻略法を大声で伝えながら跳び回る。
ジャキンと展開されたブレードのような牙が妖しく光り、鬱陶しい敵を撥ね飛ばさんと猪が地鳴りを従えて駆ける。
足の裏に衝撃が伝わるほどの疾駆。強力ながらも靭やかな四脚が爆発のような推進力を生み出している。硬質な鼻面で撥ねられたら何メートルもふっ飛ばされることになり、横に避けたら胴体と下半身をバッサリとカットされるだろう。
故に跳ぶ。【空間跳躍】。足場を形成して空を踏みしめることにより、一時的に翼を得るスキル。それは【踏み込み】と組み合わせることにより絶大な威力を発揮する。
直上に身を踊らせたドブロクさんが身体をひねる。【空間跳躍】が、単なる二段ジャンプという評価から必須スキルと呼ばれるまでに至った理由がそこにある。空中戦の展開。足場の展開方法を工夫するだけでベクトルを強引に捻じ曲げることができるのだ。
横向きに足場を形成し、【踏み込み】を付与した脚力で蹴り飛ばす。猪に負けず劣らずの速度で飛び出したドブロクさんが猪のケツに剣を突き入れる。ひどい光景だ。だが、それが一番安全なのだからタチが悪い。
猪が雑なモーションで咆哮を上げる。必中攻撃だ。一撃離脱で距離を離したというのに、謎の原理で攻撃を食らったドブロクさんが宙を舞う。
落下地点を割り出した猪が右前足で地面を掻く。何気ない仕草に見えるが、滾る殺意は十二分。フシューと鼻息を荒げ、再び爆発のように駆ける猪。撥ねられたら死ぬ。そんな一撃。
しかしさすがはドブロクさん。吹き飛ばされつつも迫る猪を冷静に目視し、【空間跳躍】で飛び越し事なきを得た。
「吹き飛ばされながらの【空間跳躍】うまくならないんすよね。タクミーはどうやってんの?」
「んー……スイミングのターンみたいな感じ?」
「わけわかんね」
「ほんとにね」
VRゲーム、取り分けNGOではセンスが物を言う。現実の肉体の動きに囚われない柔軟な発想力とでも言えばいいのか。まずはアバターを己自身から切り離す必要があるとかなんとか。
そういうふわっとした情報を自分の中で噛み砕いて理解出来れば上級者になれる。僕は無理だった。正直、ショーゴと同じくわけわかんねといった心境だ。
世知辛いことだが、努力では超えられない壁というものはある。スポ根もののように精神力だけで困難を突破できるわけではないのだ。悲しいね。
ドブロクさんが【踏み込み】で強化したバックステップを連発し、雑談に興じる僕らの元へと舞い戻る。インベントリから取り出したポーションを握り潰して言った。
「と、まぁこんな感じだ。周辺の木はあらかた切り倒されてるから巻き込み事故は起きにくいだろ」
切り倒された木はしばらくするとポリゴンに変わる。これは、プレイヤーが動きやすくするための配慮ではなく、猪が暴れ回りやすい環境を維持するためだろう。
このゲームの運営にプレイヤーへの配慮などというものを期待してはいけない。周知の常識だ。
鬱陶しい木が消えてそれなりに視界が開けてきたので随分と戦いやすくなっただろう。反転してこちらに狙いを定める猪を前にショーゴ、タクミー両名がいきり立つ。やる気は十分だ。
「いけるな、二人とも?」
「っす!」
「うす!」
凄まじい既視感を感じた僕は咄嗟に二人へ問い掛けた。
「草食べた?」
「あっ……はい……」
「……っす」
何故かテンションが冷え込んだ二人。前回の醜態を思い出してへこんじゃったのかな? これは悪いことをした。僕は木の幹に背中を預けて体育座りをした。
「じゃ、頑張ってきてね」
四人で相談した結果、僕はラストアタックの栄誉を授かることになった。猪が弱るまでは大人しくしていよう。出しゃばったら死ぬし。
この三人では、極まった廃人連中のように僕を庇いながら戦うなどという真似は出来ないだろう。あれは廃人連中が異常なのだ。彼らはリアルを捨てなければ辿り着けない境地にいる。それを要求するのは酷というものだ。
ショーゴ、タクミー両名はじとっとした視線を一瞬よこし、だが何も言わずに【踏み込み】を発動して駆けていった。行ってらっしゃい。
「おい。お前、いま配信で寄生扱いされてんぞ。悔しくねぇのか?」
「言わせておけばいいよ。僕は僕の実力を正しく評価してるんだ。足を引っ張るよりはマシでしょ」
「メンタル最強かよお前……」
「なんということでしょうか。一応は先輩にあたるライカン氏はどうやら討伐に参加しないようです。後輩であるショーゴとタクミーに任せて自身は傍観の姿勢を貫く。仲直り企画の趣旨を理解していないのでしょうか? この狩りが終わった後の関係がどうなっているのかが今から心配でなりません」
うるさいな。ラストアタックは請け負うんだから寄生じゃないよ。多分。
▷
「ッ! カバー頼む!」
「おまかせぇ!」
三度目の必中攻撃を受けたショーゴが叫ぶ。呼応したタクミーがゴキブリのようなカサカサ移動で猪の背後にまわり、ねじり込むようにケツに剣を刺す。
ヘイトを奪ったタクミーは軽快なバックステップで距離を取り、猪を自身の元へと引き付けた。
ドシンと墜落したショーゴがインベントリを操作してポーションを取り出し、安全を確認してから握り潰す。体力の回復を済ませたショーゴがタクミーに合流。あとはもう流れ作業だろう。
「なかなかやるね、あの二人」
「リア友ってのはデケェよな。意思の疎通が速やかだ。遠慮がねぇ」
「そういうものかね。自分の経験談?」
「冗談やめろや。こんなクソゲーやってるなんてリア友に言えるわけねぇだろ。狂人扱いされるわ」
「そっか。そうだね」
そうなのだ。
検索サジェストがマイナスなワードで埋め尽くされるこのゲームを話の種にすることはちょっと難しい。
頭のおかしい配信を動物園のチンパンジーを眺める感覚で見てる人は多いが、自分もその輪に混ざっていると告白するのは並ならぬ勇気がいる。つくづく罪なゲームだよ。
「あいつらのレベルだと、あと……十回ってとこか。ライカン、小型を用意しとけ。間違っても外すなよ?」
「善処するよ」
ドブロクさんが駆け出す。猪を瀕死にしたら僕の方まで誘導する手筈になっているのだ。
三人に引き寄せられて突っ込んでくる猪に小型爆弾を投げつけて討伐完了。力を合わせて厳しい狩りを成し遂げた僕らは過去のわだかまりを水に流し、永遠の友情を誓い合う。それが今回の企画の筋書きだ。
「ついに、ついに最後までライカンはその重い腰を上げることはありませんでした。おんぶに抱っこ。我々は今、介護プレイの極地を目の当たりにしています。彼はああ見えてレベル12。初心者たちよりも高いレベルなのにこれは如何なものでしょうか? 溝が広がる一方なのではないかと懸念しているのは私だけではないでしょう」
さっきからナレーションがうるさいな。僕は小型爆弾に点火してショチョーさんに放った。躱された。しぶといなぁ。
「ライカンさん! そっちいきますよ!」
「やれ! 外したら死ぬぞッ!」
猪を引き連れた二人が【踏み込み】の連続発動のゴキブリ機動でグンと迫り僕を追い抜いた。強烈な風が吹き抜け、思わず目をすがめる。その先に映るのは、憤怒の表情でこちらへと駆けてくる猪だ。
外したら死ぬ、というのは脅しでもなんでもない。空中で受け身が取れない僕は、跳ね飛ばされて無様に転がったところを轢かれて死ぬ。雑魚がはめ殺ししてくるとかゲームデザインとして終わってるよ。
だが。
一発で決めればいい。それだけの話だ。
僕は指を鳴らして小型爆弾に着火した。爆発までの猶予は五秒。……この位かな?
適当なタイミングで投げ付けた爆弾は――なんと、ドンピシャの時間で炸裂した。
完璧だった。自分でも驚いている。僕は対人戦、対モンスター戦問わず戦いが苦手なので、頼りにならない勘を頼りにするしかないのだ。何度この勘に裏切られてポリゴンになったことか、数えだしたらきりがない。
それが、今、帳尻を合わせたかのように炸裂した。
まるで今まで外してきた全てはこの瞬間のためにあったのだと言わんばかりのタイミング。事象の収束。見えざる手が働いているのではと勘繰ってしまうほどの都合の良さ。
惜しむらくは、猪が寸前で直角に曲がったため爆発が掠りもしなかったことだ。
「……は?」
「えっと……え?」
合流したタクミーが呆気にとられた表情をしている。ショーゴも理解が追いつかないらしく、キョロキョロとドブロクさんと僕の顔を眺めている。
あー……タイミングが悪かったな。爆弾のタイミングは完璧だったけど、それ以外の悪い時期に重なった。まったく、運がない。
ドブロクさんを見る。彼は苦い顔をしていた。どうするべきか迷っているのだろう。僕は尋ねた。
「どうする? アレ、見せる?」
「……見せたくねぇな。ドン引きして辞めちまわねぇか?」
「可能性としては、あると思うよ」
初心者にはなかなかに刺激が強いかもしれない。この先にあるのは、このゲームの闇の一端。心胆寒からしめる光景だ。
「いや、二人とも何いってんすか!? 猪逃げちゃいましたよ? 追わないと!」
「先に行く!」
もたもたしていたらタクミーが先行して猪の後を追った。ショーゴが釣られるように飛び出し、森の奥へと消えていく。あーあ。しーらない。
「チッ。もうヤケだ! 俺たちも追うぞ!」
「やむ無しだね」
【踏み込み】でグンと駆けていくドブロクさんの後を必死に追う。ショチョーさんは僕に気を遣ってゆっくりと着いてきていたが、やがて耐えられなくなったのか【踏み込み】でグンと駆けていった。すっとろくてすみませんね。
▷
猪は基本的に直進の突進しかしない。では何故あの時、不自然とも言える軌道変更をしたのか。
答えは『魔法の詠唱』だ。
このゲームは行動別のヘイト上昇値が中々に狂っている。タンクが機能していないのはそのせいだ。タウントスキルがまるでモンスターの注意を引けないのである。
しかし、ダンサーの踊りや魔法の詠唱といった行動をすると、モンスターは親の仇を前にした復讐者のごとくプレイヤーに突っ込んでいく。その吸引力は凄まじく、別パーティーと戦っていたモンスターが一目散に標的を変えるほどである。
今回はそれに運悪く引っ掛かってしまったのだ。森という美味しくない狩り場でわざわざ魔法を詠唱する奇特な人物。それを、僕は一人しか知らない。
先行した四人にようやく追い付いた。
顔を引きつらせる初心者二人。あちゃーと言わんばかりに頭を抱えるドブロクさん。非常に難しい顔をしているショチョーさん。陰鬱としてるなぁ。まぁ、無理もない。
辿り着いた先に居たのは一人の男だ。
虚ろな目。だらりと垂れ下がった両腕と猫背は生気を感じさせない。足を引き摺りながらゾンビのような足取りでフラフラと歩いている。アンデッドモンスターと言われたら納得してしまいそうな形相だ。
あっさん。廃人連中の頭を張っているトッププレイヤーだ。
「ロックさん……あれ、なんすか……?」
「あれはなぁ……なんというか、行き着くとこまで行き着いた先だ」
「あっさんはね、寝ながら狩りができるんだよ。信じられないだろうけど、彼はいま寝ながら経験値稼ぎをしているんだ」
「いや……は?」
「ぱねぇ……」
初心者二人も困惑している。そりゃそうだ。あんなの見せられて素直に受け入れられる人のほうが稀だろう。
類稀なるVRセンスが冗談のような所業を可能にする。脳疲労を検知されないよう、脳を休めながらゲームをプレイする。もうわけわからないよ。効率って、何なんだ。
「……めく、……の精よ。我が……わせ。其は……」
魔法の詠唱。ゾンビのような風体から紡がれるそれはもはや魔法というよりは呪詛の類いだった。
ドドドという地鳴りが響く。猪だ。広範に強烈なヘイトを撒き散らす魔法の詠唱は、遠くにいるモンスターを惹き付ける技としても機能する。
闘牛士にマントで挑発された牛のような荒々しさで猪があっさんに突っ込む。硬質な鼻面が無防備なあっさんを捉えた。宙に放り出されるあっさん。しかしそこは廃人。これは撥ねられるまでが一連の流れなのだ。
彼は空中でギュルンと身を翻して猪の突進に追い付いた。おそらく、何千回と繰り返した動き。見てるコチラとしては複雑な動きに見えるが、彼の中ではもはやルーティーンの一つだ。呼吸のようなものだろう。
勢いを乗せた串刺しが猪の耳から入って頭蓋を貫く。横転する猪。一部モンスターの必中攻撃は特定の条件を満たすことで発生しなくなる。石人形や猪の条件は転倒状態に持っていくことだ。
インベントリからもう一振りの剣を取り出したあっさんが猪の眼窩へと剣を突き刺す。両手がブレる。ビクンと痙攣した猪はそれを最後にポリゴンへと変わった。
討伐時間は魔法の詠唱から数えても三十秒あったかどうか。経験値がまずい猪とはいえ、これだけの効率で狩り続ければその総数はどれほどになるか。化け物め。
ヌゥッと立ち上がったあっさんはポーションを取り出して握り潰した。体力を回復したあっさんがボソと呟く。
「煌……、炎獄……。……前に姿を現……。……炎天に君臨す」
あとはひたすらこれの繰り返しだ。
魔法の詠唱に反応した猪があっさんを撥ね飛ばした。あっさんの反撃。また一匹の猪がポリゴンへと変わる。
おぞましい光景だ。ライン工のようにモンスターの命を奪っていく様はMMOなら見慣れた光景だが、それをVRでやるとここまで肌骨を驚かすものになるとはね。
「……やば」
「マクロかよ……」
ドン引きする初心者二人。このゲームの闇の深部を垣間見た二人の目から光が消えていく。
どうなの、これ。特級の事故映像だよこんなの。僕はショチョーさんに目配せした。
「…………」
苦い顔をして胸の前でバツを作るショチョーさん。まあお蔵入りだよね。配信だから手遅れだけど。
まったく、せっかく上手くいってたのに台無しだよ。僕は指を鳴らして小型爆弾に着火した。ポイと放り投げる。あっさんは死んだ。あんまり初心者を怖がらせるんじゃないよ。
「さて、これで邪魔者は居なくなったことだし続きといこうか」
僕は努めて柔らかな笑みを浮かべた。
何故か顔面蒼白になった初心者二人に配慮して仲直り企画はお開きとなった。まったく、全部あっさんのせいだな。廃人はこれだから。




