仲直り企画vol.2
自宅を出たところ『ケーサツ』連中に淀みない手際で身柄を拘束された。
即席裁判の結果、ドブロク氏監視のもとでショーゴ、タクミー両名の狩りを手伝うよう言い渡された。いつだったかの企画のリベンジといったところだろう。
もちろん控訴したがまともに取り合ってくれなかった。立場の弱い人間にはめっぽう強気に出る。それが『ケーサツ』という組織の実態なのである。腐敗は既に中枢まで食い込んでいる。
恐らく彼らの中ではここまでが予定調和だったのだろう。あまりにうまく事が運びすぎている。本人の与り知らぬところで僕の予定が決まっているという謎の現象に頭を抱える。
視聴者に向けた企画説明を『ケーサツ』の下っ端に任せ、ショチョーさんがカメラ外で僕に麻の袋を押し付けてきた。手慣れすぎている。もはやルーティーンの一つだ。
少し正義が軽視されてるのではないか。疑問を覚えた僕はショチョーさんを問い質すことにした。
「ショチョーさんさ、アイテムを渡せば僕が素直に言うことを聞くと思ってない?」
袋が三つに増えた、僕はそれらをインベントリにしまった。
「最高の企画にしよう」
ニィと口端を歪めた笑みを浮かべるショチョーさんに努めて柔らかな笑みを返す。
僕としても、不甲斐ない結果に終わってしまった例の企画をどうにかしたいと思っていたところだ。失敗の責任は情報共有を怠ったドブロクさんにあるのだが、それでも僕にだって一割……いや、二パーセントくらいの責任はあるかもしれない。汚名は早いうちに雪いでおくとしようか。
▷
草原を少し逸れればそこは鬱蒼とした森だ。
大量に生い茂った枝葉が陽光を遮り、仄暗い空間が見渡す限りに広がっている。並び立つ木々や腐葉土にまみれた地面をよく観察すると、木の実やキノコ、薬草などといった森の恵みが点在していることが分かる。
自然が息吹き、虫が音楽を奏で、猪の体当たりで木がへし折れてものすごい音を轟かせる。いつもの光景だ。
「今回のターゲットはアイツだ。通称猪。アイツはぶっちゃけ経験値効率が不味いから今後狩ることはないと思うが……まぁ、猪と覚えときゃいいだろ」
「猪……いや、姿は確かにイノシシっすけど、オプションパーツおかしくないっすか!?」
「違法改造車かよ」
今回のパーティーメンバーはこちらの三人。
『食物連鎖』所属のドブロクさん。壮年の冒険者風カスタムだ。
例の事件を未だに引きずっているプレイヤーの一人であり、気さくな挨拶をした僕を無視するという暴挙に出た。
酷い話だ。初心者に悪い影響を与えたらどうするつもりなのか。隙を見て爆殺っておいたほうが二人の教育に良いかもしれない。
職業は剣士。
初心者一号ショーゴ。量産型チャラ男カスタムだ。
ペラペラ喋りよく動くさまはどうやら治っていないらしい。タクミーと共に『食物連鎖』に吸収されたらしく、時たまふらっと鬼を狩りに行ったり鬼に轢かれたりしているようだ。
今回の相手は初討伐らしいので、運営の悪意の一端を知る良い経験になるだろう。
職業は剣士。
初心者二号タクミー。アンニュイかつクール系カスタムだ。
いつだったかの初心者向けユーザーイベントで優勝した彼は着実に実力をつけているようだ。佇まいが落ち着いており、軽口を叩きながらも油断なく猪の挙動を見張っている。極論、彼とドブロク氏に投げておけばなんとかなりそうな気がする。頑張ってもらうとしよう。
職業は剣士。
討伐目標は猪。最も弱いとされているモンスターだ。
体表を覆う茶褐色の剛毛は針金のように逆立っていて、愚直に剣を突き入れてもろくなダメージにならない。鼻面は金属コーティングされたかのような鉄の色。あれで撥ねられたら重傷は必至だ。
口元から突き出た牙は折り畳みの展開式になっており、突進とともにジャキンと音を立てて変形する。クワガタのツノのような形をしたそれは、大木も人の足も容易く刈り取り、森の栄養源の仲間入りを勧めてくる。
両側水平に伸びた牙はちょっとしたことで木に引っ掛かるため、イラついた猪がよく体当たりをかます。故に、五分と間をおかずに木のへし折れる音が響き渡る。ここはそんな魔境だ。
草原とは違い見晴らしが悪いためか、カメラマンとして着いてきているのは熟練の腕を持つショチョーさんだ。起伏が激しい森を歩くにあたり、カメラが大きく動いて視聴者が酔わないよう配慮した歩き方をしている。その才能を他に活かしてほしいものだ。
ドブロクさんが剣を肩に担いで笑った。仲直り企画第二弾というコンセプトのもと再結成されたこのパーティーの核は、なんだかんだで戦闘経験が豊富なドブロクさんだ。狩りが成功するかは彼に懸かっている。
僕を含めた三人の注目とカメラが向く。不敵な笑顔を浮かべて言った。
「あいつぁ一撃は強力だが、攻撃の軌道は単純だ。広がった牙が厄介だが、【踏み込み】と【空間跳躍】で空に逃げれば簡単に躱せる。慣れれば大縄跳びよりも簡単だぜ? 今のお前らなら必中攻撃だって受けきれるし、苦戦する理由がねぇよ」
それをフラグというのだ。簡単に躱せる? 苦戦する理由がない? 見通しが甘すぎるな。僕はシュッと手を挙げた。
「躱せる気も善戦できる気もしません」
自慢ではないが、僕のVRオンチは筋金入りだ。現実での大縄跳び程度なら熟せる自信があるが、スキルなどという異物が混じった途端にダメになる。大縄跳びのように、文字通りパーティーの足を引っ張りかねない。
「…………お前、なんで着いてきたんだよ」
「そんなの僕に聞かないでよ」
ドブロクさんの僕を見る目が厳しい。やはり爆殺っておくべきだろうか。初心者二人どころか、視聴者達にも悪影響を与えかねない。
それとなくショーゴとタクミーの顔を窺う。どういうわけか、二人はドブロクさんに劣らないほどの冷たい視線を投げ掛けてきていた。なんなのさ。
「ライカン……さん、なんか、あれ程のことをやらかしておいて堂々としてるの……なんか、逆に……逆に? すごい……っすね……」
「…………」
ショーゴは何かよく分からない賛辞の言葉を吐き出し、タクミーは僕と目が合うと無言で二歩後退った。ふむ。僕はタクミーに照準を定めた。三歩詰めて問う。
「どうしたのさ。そんな邪険に扱うような真似して。タクミーも逆恨みしてる連中に何か吹き込まれたの? それは誤解だよ。お互い話し合ってわだかまりを無くそうじゃないか」
タクミーが【踏み込み】を付与した脚で後方へと跳ぶ。逃さない。あれは正義を疎む悪党の目だ。慣れないながらも【踏み込み】を使用して追おうとしたところ、ドブロクさんとショーゴが割って入ってきた。背に隠すようにしてタクミーをかばう。
「何さ。ちょっと話し合いしたいだけなんだけど?」
「お前なぁ……タクミーに何をしたか覚えてねぇのか? あいつ、ちょっとしたトラウマになってんぞ?」
「は? トラウマ? 何を言ってるのさ。僕が人にそんな思いをさせるわけないじゃん」
トラウマ。トラウマって。火刑に処されたり引き回しの刑に処されたりしてから言ってほしいものである。
僕は首を傾げた。記憶が無いという意思表示。
大きくため息を吐き出したドブロクさんが中空を指で叩く。メニュー操作だ。
数秒後、共有モードで出力された動画が僕たちの前にブンと現れた。普段は非表示になっているそれは、メニューをちょいといじることで本人以外も閲覧できるようになる。
どれ。タイトルは……ギャンブル狂の行き着く先、か。なにこれ。どういうタイトルなんだ。まるで中身が想像できない。
「ロックさん……マジで見せるんすか? 逆上とかして、俺達やられないっすか……?」
「どこかで現実を見せておく必要があるだろ。それが今だ。これ以上……放置はできねぇ」
なにやら物騒な会話だ。お互いに頷きあった両名が意を決して再生ボタンを押した。動画が始まる。
割れんばかりの歓声。それは、初心者向けユーザーイベントの決勝戦の映像だった。覚えている。中央で戦っているのはタクミーと……あー……名前忘れた。大剣使いだ。
ハエのような跳躍で大剣の横薙ぎを躱したタクミーが大剣使いに連撃を与える。懐かしいな。もうだいぶ前のことのように感じる。
『相手に休息の時間を与えてどうする! 責めなくていい! けど距離は詰めるんだよ!』
馬鹿みたいにでかい声が隣から響く。うるさいな。どうやら熱中したプレイヤーが野次を飛ばしているようだ。
『なにしてんの! アドバンテージ確保! 戦闘の基本!』
なるほどな。名人様というやつか。スポーツの中継を見て、何やってんだ、俺ならもっと上手くやれると息巻く連中と同じだろう。哀れなことだ。
『さっきと同じことをやればいい。そこで膝蹴り! おいおい何やってんの! さっきと同じことやってちゃ勝てないんだよ!』
酷い矛盾を聞いた。五秒と経たずに発言を翻すガバガバさ。呆れるね。下手な自覚がある僕はけしてこんな暴言は吐かない。吐こうとも思わない。
『死に体だ。蹴れ! 蹴飛ばせッ!』
野蛮だなぁ。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。
と、ここで耐えられなかったのか録画主が頭のおかしいプレイヤーの方を見た。そこにいたのは……ん? おや、おや……これは……?
『まさか、土魔法【石礫】!? 目潰しか! おい卑怯な真似するなよタクミー! 正々堂々と勝負しろッ! わからん殺しとか恥ずかしくないのかッ! 死ねッ! タクミー死ねッッ! 腹斬って死ねッ!』
……………………。
『あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!』
………………。
んんー? うん。うん、そうか。分かった。完全に理解したよ。なるほど、なるほどね。
「酷い編集もあったものだなぁ。僕を疎んだ誰かの工作だね。え、なに? もしかして三人ともこんな初歩的な工作に引っ掛かったの? どんなネタが飛び出すかと思ったら……こんな子供だましに振り回されちゃだめだよ。リテラシーを鍛えないと」
「ッ……!」
「えぇ……まじっすか……」
「やべぇ……闇、深すぎだろ……」
タクミーが肩を震わせ、ショーゴが一歩引き、ドブロクさんが頭を抱えた。
あはは。なんだ、身構えて損したよ。トラウマっていうから何かと思ったら……下らないなぁ。あはははは。僕は笑った。
「あはははははははははは」
「ヤベ……夢に出る」
「ちょ、タクミー気を確かに!」
「こんなの俺らもトラウマになるわ……」
「さて、仲直り企画第二弾は狩りが始まる前から暗雲が立ち込めています。狩り場で試されるのは強固な絆。果たして四人は無事生き残り、その健闘を称えて笑い合えるのでしょうか。気になる結末はCMの後!」
「あはははははははははははははははは!」