僕は正義の爆弾魔
うららかな昼さがり。自宅でせっせと爆弾作りに精を出していると玄関の鍵がピッキングされ、ユーリとシラギクがズカズカと上がり込んできた。
さも当然のような顔をして不法侵入してきたシラギクが両手のひらで机をバンとぶっ叩く。半円状の容れものが反動で浮き上がり、中に詰めてあった爆薬がパラパラと溢れて机の上に広がった。せっかく僕が時間を掛け、まごころ込めて詰めたのに台無しだ。
「何するのさ」
「何ッ! するのさじゃ! ないッ!」
ヒステリックを発症したシラギクが続けて三発、都合四発も机をぶっ叩いて吠える。ごきげんなドラミングのおかげで容れものが机から転がり落ち、中身が床へとぶち撒けられた。なんなのさ。
「何で貴方がここにいるのよ!?」
「何でって……ここは僕の自宅なんだから当たり前でしょ。むしろそっちが何でここにいるのさ」
「ふざけてるの!?」
騒がしいなぁ。貴重な午後の穏やかなひとときを邪魔されて僕は辟易した。
声を荒げるシラギクの顔がりんごみたいに真っ赤になっている。強い怒りの感情。こんなにも穏やかな日に何をそんなにカリカリしているのか。
「少し落ち着きなよ。あんまり言いたくないけど、今のシラギクはちょっと普通じゃない。理性的に話し合おう」
「どの口が、普通じゃないなんて言葉をッ!」
こちらが対話の姿勢を見せているというのに一向に埒が明かない。固く握られた手はぷるぷると震え、まぶたがピクピクと痙攣している。このゲームは脳波を読み取るという謎技術を使っているのでストレスの表現も細かい。
これは話にならないな。しばらく無視してれば勝手に出ていってくれるだろうか。
理性をリアルに置いてきてしまったシラギクの扱いに困っていたところ、黙っていたユーリが一歩前に出てきた。放置していた生ゴミに沸いたハエでも見るような目。
「……言いたいことは色々ある。……けど、一つだけ、聞くわ。なんであなたは引退していないのかしら?」
「は? 引退? 何言ってるの? するわけないじゃん」
雁首揃えてやって来て何を言い出すかと思えば……僕は呆れた。一体この二人はいつの話を引きずっているのか。
「あんな大層に語っておきながら、状況が変わったら手のひらを返すつもり? このゲームでの目的はもう果たしたんじゃないの?」
「二人共もしかして……無かったことになった世界のことを引きずってるの? もう切り替えなよ」
民度浄化作戦。その顛末は……ひどいものだ。作戦に携わった全ての人の気持ちも、下準備も、努力も、そして結果すらも全てが徒労になるという形で幕を下ろした。
なんのことはない。神の手により全て無かったことになったのだ。
ロールバック。運営という名の神が、ちょちょいと時間軸を捻じ曲げてしまう現象だ。
城を爆破し、ポリゴンの奔流に身を委ねた直後、僕の意識は不意に途切れた。次に目を覚ましたとき、そこは自室のベッドの上だった。
不審に思って調べたところ、運営が公式ホームページにてロールバックを行ったというお知らせを公開していることが明らかとなった。
ロールバックは滅多に行われることではない。当然だ。なにせ、それは人の時間を奪うに等しい行為だからだ。
狩りの成果も、作った物も、得た物全てを例外なく虚空へと葬り蓋をする禁じ手。必死こいて積んだ石を蹴り飛ばす賽の河原に棲む鬼の如き所業。反感を買うのは至極当然のことだろう。
その鬼札を運営は切った。
街に花火が咲き乱れたあの夜は無かったことになり、街も、プレイヤーの状態も、銃器解放直後の瞬間まで巻き戻ってしまったのである。実に一日分以上の時間が水泡に帰すこととなってしまった。
我らがクソ運営はこの処置に対する補填は行わないことを宣言した。代わりに、と言っていいのかは知らないが、街の中では銃器の使用が一律で不可能となった。魔法と同じで、プレイヤーが少々やりすぎた結果の末に規制された形だ。
この仕様変更は当然だろう。銃器が規制されなかったら、『ケーサツ』連合もレッドネームも猿みたいに同じことを繰り返していただろうし、そうなったら僕も全く同じことをするつもりだった。ロールバックした意味も無くなるというものだ。
だけど、もう世界は変わったんだ。それも条件の一部が書き換わった世界へと。ならば次に起こすアクションも変わって然るべきだろう。
カオス理論とか、バタフライエフェクトとか、パラレルワールドとか、まぁよくわからないけどそういうやつだよ。
だというのに、終わった世界の話を掘り返して個人にネチネチと粘着するってのは……どうかと思う。そんな性格悪いことしてる暇があるなら何か別の作業をしてたほうがよほど建設的なんじゃないかな? 僕はそんな所感を諭すように述べた。
「ッ……! ……! …………」
「…………」
シラギクが、僕の正論に返す言葉が見つからなかったのか、机に手を置いたままヘナヘナと座り込む。ユーリの目があっさんみたいな目になっている。感情の欠片も読み取れない死んだ魚のような目だ。どしたの? 話聞こうか?
「…………引退は、しないってこと、なのね?」
「さっきも言ったけど、するわけないじゃん。引退宣言した僕は、もう存在しないんだから」
プレイヤーの状態が巻き戻るというのは、何もマイナス要素ばかりではない。消費した金もアイテムも同様に無かったことになるからだ。
僕がコツコツと作ってきた爆弾はあの日に全て使い果たした。しかしながら、神の御業により僕の努力の結晶は再びインベントリへと舞い戻った。
それは取りも直さず夢の続きを歩めるということだ。喜ばしいことに、銃器規制の影響で爆薬が再びゴミのような値段で投げ売りされている。追い風が台風並みに吹いてるっていうのに、引退してる暇なんてないよ。
それに、僕はまだ花火の出来に納得していない。
後になって城の最上階から撮った動画を見返したが、やはりというか、出来栄えは本職の人のものに比べて二段か三段は落ちる。地面に咲く花も風情と言えば聞こえがいいけど、やはり空に打ち上がる満開の花が見たいのだ。
それに演出も良くない。計画の都合上仕方ないことなのだが、最初にドカンと盛り上がり、後は尻すぼみというのは少々みっともない。盛大なフィナーレが必要不可欠だと強く実感した。【一世一代】スキルでどうにか出来るのではないかと想像すると今から楽しみだ。
なんと言えばいいのか。映画監督が、自分の作品を見返すと粗が目立って見ていられなくなるという話を聞いたことがあるが、感覚としてはそれに近いかもしれない。
僕があの日の花火を採点するならば15点……あまく見積もっても20点といったところだ。綺麗だった。迫力もあった。だけど、それだけだ。
街の破壊とか民度の浄化とか様々な不純物が混じった結果、追い求めたそれとはかけ離れたものが出来上がっていた。一言で感想を言うと、これじゃない。
「協力してくれた花園の人たちには申し訳ないけど、そういう訳だから。納得したなら出ていってよ。今なら不法侵入の罪を許してあげるからさ」
未だに無かったことになった世界のことを引きずっている二人に懇切丁寧に説明したところ、二人はそのまま固まってしまった。フリーズかな?
フリーズしたならしょうがない。僕は無視することにした。
落ちた容れものを拾い、再び爆薬を詰めようとしたところ玄関の鍵がピッキングされ、ホシノがズカズカと上がり込んできた。フリーズしてる二人に目もくれず鼻息荒く捲し立てる。
「おいおいやべぇぞ! お前が作った花火がSNSでバズり散らかしてやがる! ありゃとんでもねぇ隠し玉だなぁおい! 思った以上に流れが来てるぜ。NGOが再評価される流れがな! 夏休みシーズン……少しでも流行りに乗りたい奴らが来るかもしれねぇ。あるぜ、これは。またとない好機だ。既に目ぼしいアカウントには目をつけてる。サブ垢使ってそれとなくゲームを始めるよう誘導する工作も今んとこ順調だ。懸念点だった銃器が街中で使えなくなったのは追い風だな。台風並みに吹いてやがる。今なら花火をダシにワンチャン掴める可能性が出てきた。この機は逃せねぇ。逃せねぇよ。……で、そこで問題なんだが、お前から貰った幽世渡しが無くなっちまったんだよ。クソ運営のロールバックのせいでな。だから一つばかり花火を融通しちゃもらえねぇかって話なんだわ。いや、我ながら図々しいとは思うよ? 何言ってんだって思うかもしれねぇ。けどさ、お前言ったろ? 約束したからあげるって。ならよう、その約束を果たした事実が無くなっちまった今、代わりの花火を一つ俺にくれるって形で事を収めるのはどうかって提案なんだわ。どうよ。そしたら俺もお前に爆破された恨みとか人質に取られた事実とか冤罪ふっかけられて銃殺されたこととかを綺麗さっぱりドブ川に流すのもやぶさかじゃないってとこだな。花火一つで全て手打ち。どうだ? 悪い取引じゃないだろ?」
うるさいなあ。僕はそんな感想を抱いた。
相手を無視してペラ回すからいつもナンパに失敗するし、ポロッと個人情報を漏らすんだよ。リテラシーの欠片もない。だが指摘はしない。それが彼の芸風だからだ。
何と言い返すか迷っていると、フリーズから復帰したユーリが死んだような目もそのままにホシノへと突っかかった。
「なんて浅ましい。気持ち悪い。邪魔よ。出ていって。目障りなの」
「あ? いたのかババァ。悪いけど年増はフィルターで除外されてっから目にはいらねンだわ。こっちは今大事な話してんだからテメェはログアウトして昼ドラでも見てろや」
「『私に触らないで』」
「っ!? おい、やめ」
イキったホシノは黒いポリゴンになって消えていった。ホシノォ! 何しに来たんだお前ぇ!
48時間の間ログインできなくなったホシノの死を悼もうとしたら玄関の鍵がピッキングされ、ヨミさんがズカズカと上がり込んできた。
「検証だ! 検証をするぞライカン! ロールバックされたのは天啓だ! 今度こそ街を正しい順番で壊すんだ!」
開口一番トチ狂ってるなぁ。街を壊す順番ってなんなんだよ!
「まだそんなこと言ってるの? もう街を壊す理由なんてないでしょ」
「理由なんて新機能が解放される可能性があるという事実のみで十二分だろう。それに、銃器が規制されたというのに爆弾が規制されていない現状こそ、街を破壊することで得られる機能がある証左である! わかったら行くぞ!」
「行かないよ。それに爆弾が規制されないのは……正義のために振るわれた力だからだ」
「くくっ、まさかそのふざけた口上がまた聞けるとはな」
ふざけてない。真面目な話だ。
全員無視しようとしたら玄関の鍵がピッキングされ、あっさんとシンシアとフレイヤたんの廃人トップスリーがギュンと上がり込んできた。
あっさんがドブ川の片隅でひっそりと死んだ魚みたいな目をして歩み寄る。僕とユーリにピリッと緊張が走った。
僕らはあっさんに対してセクハラペナルティの押し付けを敢行した。持てる時間の全てをNGOにつぎ込むような生き方をする廃人にとって、ログイン制限が課されるそれがどれほど屈辱だったか……想像できない。ロールバックされたことによりペナルティは解消されたようだが、廃人は一般人の常識の型に嵌まらない。思考回路は深淵よりもなお昏い。
リスキルとかされるのかな。僕はぼんやりと命を諦めた。
幽鬼のような表情をしたあっさんが椅子に座っている僕を見下ろす。テーブルに手を添えて身体を屈め、視線の高さを合わせた。逃さないという意思なのか。汚泥のように濁った瞳。言う。
「スキルは」
「――――」
これだから廃人は、と思う。
これでこそ廃人だ、と思う。
察している。僕があの日レベル13になったこと。新たなスキルを獲得したこと。
この廃人は、つまり全ての私情を下に置き、己にとって有用な人物に対して粉をかける通常営業に戻ったということだ。
何という切り替えの速さ。すべてが終わった今、感情を秤にかけるなんて無駄なことはしないという合理性。
これが先駆者。人間性をこそぎ落として誰よりも身軽になった彼は、自身の感情すら置き去りにして先陣を切る。他の追随を許さない精神性。バケモノめ。僕はあっさんをAIであると断定することにした。
慄く僕を余所にシンシアがユーリへと詰め寄る。
「メアリスは次いつログインしてくる。このまま醜態を晒したままでは……終われないッ!」
「……」
彼女らはどうやらリベンジに燃えているようだ。シンシアの言葉に賛同するようにフレイヤたんがコクコクと頷いている。
シンシア達の話をぼんやりと聞いていると、ぽんと肩に手を置かれた。力はさして強くないのに、不思議と抵抗できない。汚泥のような瞳がすぐそこにある。
「スキルは」
スキルはbotと化した殺戮AIに気圧されていると玄関の鍵がピッキングされ、シリアがズカズカと上がり込んできた。
「ライちゃーん! 放送で私に罪をなすりつけようとしてた件についてお話があるんだけどぉー? ッ!? あっちゃん! 今度こそッ! 殺してあげるッ!」
「邪魔だ」
人斬りの狂人が、人の家の中だというのに構わずヤッパを振り回す。高性能AIが迎撃システムに従い徒手で迎え撃つ。テーブルがひっくり返り、椅子が壊れ、調度品が散らかる。おいおい勘弁してくれよ……。
「ライカン! 花火を使ったイベントをやろうと思うんだが……っておい! 何してんだお前ら! こんな面白いことやってんなら俺を呼べよォ! 配信開始ィ!!」
ショチョーさんも加わりいよいよ状況が僕のキャパシティを超えてきた。ギャーギャーと騒ぎ出す一同。荒れていく自宅。うららかな昼下りを邪魔された僕は堪忍袋の緒が切れた。
インベントリから大型爆弾裁き焔を取り出す。
ギョッとして動きを止めた一同。シリアとあっさんが逃げようと駆け出す。シンシアとフレイヤたんが斬りかかってくる。ユーリが目を見開く。シラギクが叫ぶ。ヨミさんが諦めて肩をすくめる。ショチョーさんが悪人面で笑う。
僕は指を打ち鳴らした。
「不法侵入は、犯罪だ!」
次ページは、本作が一時完結した際に書いたあとがきという名の作者の自分語りになります。
ありがたいことにたくさんの労いの感想を頂いたので、話を消さずにそのままにしております。
スルーして次の話にお進み下さい。




