マッドサイエンティスト
『検証勢』は変わり者の集団だ。狩りや生産、交流といったMMO的な要素には目もくれず、未知の要素を解明するためにゲームをしている。楽しみ方は人それぞれなのだが、その姿はどうしても奇異に映る。
学者肌というのだろうか。
例えばモンスターを狩る時、一般的なプレイヤーは体を動かすことやうまく立ち回れた時に楽しいと感じるだろう。
しかし彼らは、モンスターの体力や扱う武器の強化状況、レベル毎の能力値などに仮の数値を代入し、試行を重ねて実数値を割り出すことに楽しみを見出している。
彼らが編纂するwikiには各武器ごとの大まかな攻撃力や、モンスターの弱点部位、弱点武器、攻撃の通りが良い部位と悪い部位の比較などが大量の数値で綴られている。
そんな彼らを虜にしてやまないのが、プレイヤーが機能解放制度と呼んでいるシステムだ。それは簡単に言うと、プレイヤーが何かしらの実績を残したときに運営から与えられる褒美である。
武器作成もギルドシステムも最下級魔法のモーション発動も、この制度で解放された要素だ。つい昨日、パイルランチャーだけで岩玉を討伐したことで銃器作成が解放されたのは記憶に新しい。
彼らはサービス開始後から様々な機能を解放してきた。時に大量の人員を導入しておきながら盛大に空振ることもあったが、常に一定の成果を上げてきた。
そんな彼らの最大の成果と呼ばれるのが街の解放だ。
このゲームは時代の波に全力で逆行していたので、親切丁寧なチュートリアルも無ければ、各種設備が充実した拠点のような物も無かった。キャラクリが終わったら原っぱに放り出され、獰猛な原生生物達に囲まれて石器時代の追体験をするという前衛的なゲームデザインであった。
プレイヤーの脳みそまで原始時代に逆行してしまった惨状を変えたのは『検証勢』の力によるところが大きい。
一から噴水を作るという、傍から見れば狂ったとしか思えない所業を、脳みそがチンパンジー並になったプレイヤーからの妨害にもめげずにやり遂げた結果、冗談のようにポンと街が出来上がった。
衣食足りて礼節を知るというように、自宅という確固たるナワバリを手に入れたことで、プレイヤーは原始人から多少は弁える蛮族くらいには進化したのである。
『検証勢』が街を解放するまでには計り知れない苦労があっただろう。もしかしたら一番の思い出であり、誇りであるかもしれない。それを、正義のためとはいえ、僕らは破壊して回っている。もしかしたら逆恨みされてしまうかもしれない。
チラと後ろを確認する。メアリスはまだ戦闘中だった。口封じは使えない、か。
なんと言ってはぐらかすのが平和的に収まるか考えていたところ、ユーリが一歩前に出て口を開いた。
「私達はライカンさんに脅されただけです」
僕は負けじと一歩前に出て口を開いた。
「計画したのはシリアです」
「悪いがそのネタは先程配信内で見させてもらったよ。天丼はあまり好きじゃない」
お笑いに一家言あるらしいヨミさんが大きくため息を吐いてゆるゆると首を振った。ネタのつもりじゃなかったんだけどね。
「君らは誤解しているようだから先んじて言っておこう。私達は……別に街がこのような惨状になっていることに目くじらを立てているわけではない」
おっと、これは予想外の反応だ。てっきり街を壊された腹いせにギルド総出でカチコミに来たものだと思っていた。
『検証勢』所属のプレイヤー達は身体を動かすのが得意でない者が多いが、僕ら二人はそれ以下のクソ雑魚なので数で押されたら余裕で負ける。仮に二対一でかかったとしても怪しい。武力衝突はなんとしてでも避けたかったので助かった。
害されるわけではないと分かり、僕とユーリは互いに相好を崩した。
しかし安心したのは束の間。ヨミさんの眉が不機嫌を表すように吊り上がった。流れつつあった和やかなムードが急速に冷めていく。
「街などどうなろうと構わない……が、どうしても許せないことがある。本当に、取り返しのつかないことをやってくれた……君らは千載一遇の機会を棒に振った。全くもって度し難い愚行……それがなにか、分かるか?」
ヨミさんの口から聞いたことがない恫喝するような声が漏れる。普段平静な態度を崩さない人がキレると怖いってのはホントだね。感情が読めない分、何しでかすか分からない、リアル凸とかしてきそうな凄みがある。
リアル凸は駄目だよ。ネトゲにおける最上位の禁忌だ。
後ろに控えている『検証勢』の面々の表情も厳しい。僕たちは知らないうちに彼らの地雷を踏んづけていたらしい。
しかしながら……街を壊したこと以外に彼らが憤慨する理由というのが皆目見当もつかない。
僕はユーリをチラと見た。ユーリがふるふると首を横に振る。彼女も心当たりが無いらしい。僕は正直に答えることにした。
「え、と。ちょっとわからないですね」
ハッキングとかして住所を突き止めてリアル凸してきそうな勢いのヨミさんに圧されてつい敬語になってしまう。
僕の返答に対して呆れを顕わにしたヨミさんがフゥーと獣のように大きく息を吐き出し、一拍置いて言った。
「……街を壊す、順番だ」
「……は?」
思いもよらぬ回答に僕とユーリの声が被る。
街を、壊す、順番。言葉を頭の中で反芻するが、すみません、ちょっと何言ってるかわからないです。
「公式怪文書306話に兵器の暴走によって街が壊れていく描写がある。それも、街がどういうふうに壊れていくかの過程が事細かに書いている。これをなぞれば、あるいは、新要素が解放されたかもしれなかったものをッ!」
「……」
「そもそも、だ! 何故こんな検証し甲斐のある作戦を私達に黙っていた! 度し難い! クソっ、二度とないぞこんな好機は! 私達ならもっと上手くやれたものを! 年代物のワインにドブの水を垂らされたような気分だッ!」
「……」
『検証勢』は変わり者の集団だ。心底悔しそうな顔をして地団駄を踏むヨミさんと、共感するように頷く控えの面々を見て僕らはどうしていいかわからなくなり、眉を八の字にして平謝りすることで何とか事なきを得た。
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崩壊した噴水広場でせっせと爆弾を作っている。
『検証勢』の方達から提供してもらった爆薬に特殊爆薬調合のスキルを使って威力特化のカスタムを施し、それを容れものに詰めてぐるぐるとテープを巻きつける。速度重視ということで作っているのは中型だ。
僕の隣では『検証勢』が総出で小型爆弾を作成している。なんでも、公式怪文書には街の九割が更地と化したという一文があるらしい。街を壊す順番は今更どうにもならないのですっぱりと諦めて、街の九割を更地にしてみようという方向で話が纏まった。街を壊す順番ってなんなんだ。
僕とシリアと『花園』で立てた計画も街の九割程は更地になる計算だったが、すべてが万事うまくいく事も無く、レッドネームや廃人の妨害もありポツポツと未破壊地域が点在している。それをブチ壊して行こうというわけだ。
しかし、自分らが建てたに等しい街を進んでぶっ壊すとは『検証勢』も大概狂った組織だな。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。
諸々の思いを胸に秘めて黙々と中型爆弾を作っているとヨミさんが声を掛けてきた。
「考えを改める気は無いのか」
「この短時間でもう三回目だよ、その言葉」
「前にも言ったが、君には価値がある。高レベルの火薬師……替えが利かない人材だ。どれほど有用でも、プレイヤーキルしか出来ない闇魔法なんかよりもよほどな。それをみすみす逃すなど、愚の骨頂も甚だしい」
とんだ過大評価だ。闇魔法のほうが圧倒的に価値があるでしょ。
興が乗ったのか、三十分経ってもなおログアウトしないで延長戦と洒落込んでいるメアリスを遠目に見ながらそんな感想を抱く。なんとか攻略法を見つけ出そうとしている廃人と、もはやノリで斬られに行ってるだけの『ケーサツ』連合が仲良くポリゴンとなって空に昇っていく。ほんと懲りないなぁ。
「僕には闇魔法のほうが羨ましく思えるけど、隣の芝生はなんとやらってやつなのかね」
「私達は感情ではなく有用性に重きを置いているのでね」
「身も蓋もないなぁ。そもそも、そんなに高レベルの火薬師が欲しいなら身内で育てればいいのに」
「簡単に言ってくれる。誰もがプレイヤーキルペナルティを踏み倒せるわけではないというのに」
「必要なのは正義だよ」
「くくっ。そのふざけた口上を聞くのも今日で終わり、か。なかなか趣深いじゃないか」
喉を鳴らしたヨミさんが作った小型爆弾を手のひらの上で弄んだ。ひとしきり遊んで満足したのか、小型爆弾をインベントリに仕舞って言う。
「考えを改める気は無いのか」
「ループしてるって」
「詮方なし、か。ならせめて、ふらっと顔を出すくらいしろ。大型爆弾を百個ほど融通して貰えれば、当面の検証には困らなさそうだ」
「ふらっと戻ってこようとしたらサービス終了してたりしてね」
「縁起でもないことを言うなと言いたいが、ありえんと言い切れないのが困るな」
僕の見立てではあと一年持てばいいほうだ。ここの運営はあまりにもやる気がなさすぎる。
「今はもう千人くらいしかやってないでしょ。それも半数くらいは惰性でインしてるだけだし」
「配信の盛り上がりを分けてほしいくらいだ。やるよりも見るほうが楽しいという評判を何とかして覆さないことには始まらん。隠し要素が全部解放されたら回復の目はあると思うんだがな。特にNPCの実装が待たれるところだ」
「NPC? それでなんか変わる?」
「治安向上に繋がる。少なくとも無差別に破壊を齎す傍迷惑なプレイヤーは減るだろう。プレイヤーしかいないことでタガが外れてるアホが多いだろうしな。なぁ、ライカン?」
「あーそういうこと。確かにNPCがいたらケーサツあたりは街中でFPSごっこなんて馬鹿げた真似をしなかったかもね」
「……あぁ、そうだな」
ヨミさんとの雑談に花を咲かせていたところ、放置してたら可哀想とのことでメアリスの側に付いていたユーリが駆け寄ってきた。
「メアリスちゃんが気分転換は済んだからそろそろ戻るってさ。最後の仕事、頼んだらオッケーしてくれたから準備よろしく〜」
「了解した」
地べたに座り込んでいたヨミさんが立ち上がり、手を叩いて注目を集める。小型爆弾を作成していた『検証勢』メンバーが作業をやめて傾聴の姿勢をとった。
「これより検証勢は花園麾下に入り、民度浄化計画の総仕上げに掛かる。南端の城の爆破許可が下りなかったのは遺憾ではあるが、やむなし。最近はギルドハウスに詰めていることが多かったからな。久々に派手なフィールドワークと行こうじゃないか」
音頭を取ったヨミさんの言葉を受け、『検証勢』メンバーが歓声を上げた。あとからやってきたのになんの違和感もなく陣頭指揮を握っているのはヨミさんのカリスマが為せる技か。
やる気十分の『検証勢』と共に最後の仕上げに入る。なんとなしにメニューを見ると、そろそろ二十時に差し掛かるかといったところであった。わりと長いこと爆弾作ってたな。
花火の音も既に絶えて久しい。『花園』連中はすでに爆弾を使い切ってログアウトしているのだろう。これで本当の……終わりだ。
もはや何人抜きしたのか分からないほどキルを重ねたメアリスが僕らの頭上、はるか上空にやって来て鎌を振り上げる。そして僕らは空を飛んだ。




