自己投影
NGOには魔法というシステムがある。種類は大きく分けて二つ。火、水、地、風属性の基本魔法と、闇魔法と呼ばれる謎多き魔法の二種類だ。
発売前に公開されたそのシステムは多くのプレイヤーの胸を期待で高鳴らせたが、いざフタを開けてみるとその使えなさに誰もが落胆した。サービス開始から一ヶ月もすれば、魔法を実戦に組み込もうとするプレイヤーはいなくなったという。
二つある魔法のうちの一つ、基本魔法が産廃の烙印を捺されてしまった最たる要因が、労力と対価が見合わないという理由だ。
基本魔法の発動には公式が用意した文章の詠唱が必要になる。最下級魔法程度ならば一言二言で済むのだが、これが上級魔法となると発動に一分近くかかるので非常に手間がかかるのだ。
おまけに、モンスターは魔法の詠唱をしているプレイヤーを親の仇か前世からの怨敵かとばかりに付け狙うので、発動すること自体が困難なのも魔法不遇の一端を担っている。
魔法詠唱中のヘイトの優先順位は相当に高く、ダンサーの踊りに次いでニ位である。タンクを盾に運用するという従来の戦略はまるで通用しないのが現状だ。
そして、これだけ手間がかかるのに、上級魔法の威力は同レベルの剣士の攻撃十発程度なのでいよいよ持って使い所がない。
その上、味方にも当たり判定が適用されるという不遇っぷりは悲惨なものだ。魔法を使うやつはむしろ敵とまで言われてしまうほどである。
それでもどうしても魔法を使いたいというプレイヤーは多くいたため、モンスターに襲われない安全な街の中で範囲魔法をぶっ放すテロ行為が横行した。当時は街を歩いていたら洪水や落石に巻き込まれて死ぬ魔境であったという。
あまりにも治安が悪化したため街の中では中級以上の魔法は使用できないよう調整された。運営が重い腰を上げた数少ない事例である。これにより、基本魔法はいよいよ日の目を見ることは無くなってしまったのであった。
以上が基本魔法の悲しい歴史だ。簡単に纏めると、バランス調整下手くそすぎるだろクソ運営という一言に収まる。『いつもの』とも言う。
そして残るもう一つが闇魔法というシステムだ。
これは存在自体が異質なシロモノで、公式ホームページに掲載された説明文から既に異彩を放っている。
『闇魔法は脳の髄から力を欲した者にのみ顕現する禁忌の法。汝、世の理を塗り変えよ』
拗らせた開発の悪いクセが分かる一文だ。基本魔法は懇切丁寧に発動方法が書かれているというのに、闇魔法になると急にポエムになる。
RPGやってるんじゃないんだよこっちは。詳細を書け。
存在そのものが謎でしかない闇魔法は、案の定それらしいものを発動出来たプレイヤーがおらずに長いこと無いものとして扱われていた。脳の髄から力を欲するというプロセスがまずもって意味不明だったからだ。
誰もが闇魔法などという存在を忘れていた、そんな折、ある一人の初心者プレイヤーが物理法則をまるっと無視した動きでもって既存プレイヤーを蹂躙する事件が起きた。
そのプレイヤーは、対人慣れしたプレイヤーキラーも、運営の悪意の塊であるモンスターを狩りまくっている廃人もみな等しく赤子の手をひねるかのように斬り捨てた。
闇魔法。世の理を塗り替える禁忌の法。プレイヤースキルもレベルも等閑に付す秘奥。遊技盤をひっくり返し、対面の相手に右ストレートをブチ込みノックアウトして勝ちをもぎ取るような横紙破り。
有無を言わさぬ強さに憧れたプレイヤーは、こぞって闇魔法の研究に乗り出した。最強のプレイヤーの装備を、言葉を、仕草を真似し、しかし誰一人としてその後に続くことは出来なかった。
有志の研究と推測により、闇魔法の発動条件の大まかな目処はついている。
脳の髄から力を欲するという一文。ことあるごとに出張ってくる脳波という言葉。最強のプレイヤーの特徴的に過ぎるプレイスタイル。
闇魔法発動の条件。それは自身の脳すら騙すほどの『究極的なロールプレイ』ではないかと言われている。
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星の光を背に闇のような黒衣がはためいた。
外ハネの黒髪。漆黒のローブ。柄から刃まで黒一色の大鎌。偏執的なまでに黒尽くめの装いの中で、その目だけが妖しく金色に輝いていた。
間違いない。メアリスだ。ホシノと一、二を争うほどの知名度を持つ超有名プレイヤー。
その戦闘の模様を映した配信は海外含めて話題になり、とんでもない再生数を獲得した。その話題性で多くの人間をNGOに引きずり込み、阿鼻叫喚に陥れることになった元凶だ。
シンシアとフレイヤたんが苦い顔で空を見上げる。ショチョーさんがカメラ役と思われるプレイヤーへと大声で指示を飛ばす。取り巻き連中が指差しながら興奮気味に叫ぶ。
俄に騒々しくなった噴水広場をメアリスはチラと一瞥し、すぐに興味を無くしたかのように視線を切ると、左手をゆったりと挙げた。
胸の高さまで挙げたところで手のひらを空へと向ける。勿体ぶるように小指から薬指、中指、人差し指と順に折っていき、親指を曲げると同時に握りこぶしを軽くクイッと曲げた。
体が泳ぐ。地面が離れていく。空へと吸い込まれていく。メアリスの能力は動画で見たので知っていたが、直接巻き込まれるのは初めてだ。周りの連中も、文字通り浮足立っている様子の者が多い。
「おっと、危ない危ない」
闇魔法の影響下になく、地に足をつけたままのユーリが空へと吸い込まれていきそうな僕の足をつかんで止めた。
中途半端にぷらぷらと浮いている様はまるでヘリウムを詰めた風船だ。非常にしまらない格好をさせられているが、このままだと危なかったので素直に礼を言った。
「どうも。しかし、驚いたな……この力、想像以上にやばいね。原理が全くわからないし、抵抗もできないや」
「最強の名前は伊達じゃないってことだね〜。反則に片足どころか全身突っ込んでるけど。っと、そろそろ始まるみたい。今夜は何人抜きするのかなぁ?」
身体の自由を奪われたプレイヤー達が地上から十五メートル程の位置で停止する。抵抗を試みて暴れたプレイヤーは勢いを止めることができずにくるくると回転している。全員がいきなり宇宙空間に放り出されたような光景。
重力操作。正確には違うらしいが、概ね似たようなものだ。闇魔法は、そんな馬鹿げた現象を可能にする。
シンシアが顔を顰めて空を蹴ろうとして失敗している。フレイヤたんが動くのを諦め、剣を正眼に構えて迎撃の姿勢をとる。ショチョーさんが泳ぐ体に四苦八苦しながらその姿を視界に納めようとしている。三者三様の反応だ。
痺れを切らした『ケーサツ』連合の一人がメアリスに向けて発砲した。メアリスに当たる直前、不自然に反れた弾が標的を見失い夜の闇へと消えていった。
攻撃を歯牙にもかけない様子のメアリスが不遜な態度で敵対者を睥睨した。黒衣をバサッとはためかせ、作ったような低めの声色で告げる。
「媚びよ。諂え。然すれば持たざる愚者に赦しを与えん」
闇魔法に詠唱は要らない。彼女はどの動画でも言ってることがめちゃくちゃだ。たまに文法や言葉の意味を間違えていることもある。
だが起こす現象は一貫している。徹底的な蹂躙だ。
メアリスが身体の自由を奪われたプレイヤーの群れへと突っ込んだ。シリアやあっさんの空中機動に迫る勢い。離れた場所で見ている僕が見失うほどなのに、間近で反応できたプレイヤーはどれだけいたのか。
つや消しされた鎌が縦横無尽に振るわれ、ろくな抵抗も出来ずに収穫された命がポリゴンとなって空へと還っていく。【空間跳躍】と違って継続的に空を駆けることが出来るメアリスの動きを捉えるのは至難だ。予測すら許さない。
急降下と急上昇を織り交ぜたVの字軌道で銃弾の雨を躱し、ヤケを起こしたプレイヤーが投擲した剣をバレルロールで避けてすれ違いざまに振るった鎌で首を落としていく。
職業鎌使い。鎌で対象の首を攻撃したときに2倍の威力補正が掛かる職業。剣士ならデフォルトで掛かる倍率のうえ、取り回しが難しい鎌という武器で正確に狙いを付けなければゴミ火力にしかならないので、見た目重視でもなければ選ぶ価値は無いとされていた職業だ。
それがメアリスの手に掛かると無慈悲なギロチンへと変化する。
彼女と相対するプレイヤーは、闇魔法という反則技の前に無様に膝を屈し、まるで自ら首を差し出したかのように静かに首を落とされる。
中には激しく抵抗する者もいる。しかし訪れる未来は皆同じだ。腰の入っていない剣は虚しく空を泳ぎ、見当違いの方向を向いた肉体を御することに苦心していると刃に首を刎ねられる。
【踏み込み】を活かした地を這い回る鬱陶しいゴキブリのようなムーブはプレイヤーの基本の動きだ。そこに【空間跳躍】を利用した鬱陶しいハエのようなムーブで緩急をつけ、敵の隙に一撃を入れる。それがこのゲームの対人戦のあるべき姿だ。
闇魔法はそんな低レベルな争いを鼻で笑うかの如く人間の手足を、羽を奪う。そもそも同じ土俵にすら立っていない。それは、圧倒的上位者が戯れに虫を潰すようなものだ。
シンシアが背後から斬られた。フレイヤたんの鋭いカウンターの一撃は急浮上で躱され後隙を狩られた。ショチョーさんがまだ撮り足りないから見逃してくれという命乞い虚しく斬られた。
猛禽の捕食。狙われた獲物は等しく死を待つのみ。
未だ無敗を誇り、最強の名をほしいままにするメアリス。彼女は、姿を表してから三分という短時間でこの場にいた百人近くのプレイヤーを光の粒へと変えた。
あっさんですら三分で十人ちょいだったのに。なんかもうあいつ一人で良かったんじゃないかな。




