嵐の前の騒々しさ
『撃てッ! この機を逃すなッ! レッドネームを根絶やしにしろぉ!』
『今こそ積年の恨みを晴らす時!』
『全員レベル1にしてやるぜぇ! ハッハァー!』
どっちが悪人なのか分からねぇなこれ。僕は『ケーサツ』の配信を見てドン引きした。
銃撃戦でコテンパンに伸された彼らは相当に鬱憤が溜まっていたらしく、リスポーン地点でレッドネーム狩りに勤しんでいる。
噴水広場がリスポーン地点としての機能を喪失したので、自宅を登録していない、もしくは自宅を爆破されてリスポーン地点に選べないプレイヤーは全員街の外に放り出されることになる。そこは多くのプレイヤーが入り乱れる激戦区と化していた。
遮るものが無い戦場では数が物を言うようだ。状況は『ケーサツ』連合に軍配が上がる。レッドネーム達を囲んで叩くリンチ映像がネットの海に放流されているという事実に空恐ろしいものを感じる。
『ケーサツ』程度では猛者たちには練度の差で勝てないかと思ったが、どうやら狩られているのは中堅から下っ端の連中だ。
危機管理に長ける高レベルのレッドは、訳も分からず爆殺された瞬間にリスキルされる危険性を察知して即座に強制ログアウトしたのだろう。殺し合いオンラインで研ぎ澄まされた感覚は衰えていないらしい。
大物を獲れないのは残念だが、大半のレッドのレベルを大幅に下げることができたのは朗報だ。治安の向上は作戦の第一目標である。これはその足掛かりになるだろう。
順調な成果を上げているようでなによりだ。うんうんと頷いていると、頭に軽い衝撃が走った。どこからか狙撃されたらしい。
シリアが獣のような低姿勢で【踏み込み】を使用して駆け出す。爆発のように飛び出し、一瞬でトップスピードに到達したシリアは続く発砲を跳び上がって回避した。
しかし姿は空に無い。跳ぶと同時に身体を捻り、脚を空に向けて【空間跳躍】を使い急転して接地、間を置かずして再度駆け出す変態機動だ。
銃撃程度では行く手を阻むどころか足止めにすらならない。轟音を伴って咲く華の光が短剣の刃を鋭く照らす。白刃が煌めく。あわれ襲撃者はポリゴンとなって空に還るのであった。
「相変わらず見てるこっちが酔いそうな動きだなあ」
「ほんとね〜。私なんて踏み込みからの空間跳躍すらも厳しいのに」
「わかるよ。そもそも脳みそをコントローラーに見立てるっていうのが意味不明なんだよね。僕もそれやると視点が追いつかなくて転がっちゃうし」
「わかる〜! あの景色がぐわっと流れていく感覚なんなの? 制御できるわけないでしょ」
「あのぐわっ、が手強いんだよね。初速が早すぎるんだよ」
壊れた噴水前で僕はユーリとVRオンチあるあるに花を咲かせた。僕のVRオンチは筋金入りだが、どうやらユーリも負けていないようだ。襲撃の対処を部下に任せ、自分は兎の着ぐるみを着て突っ立っている。いいご身分である。
「どっちもペナルティ無視した反則技使えるからねー。常人と比べて脳波とか感性がどっかおかしいんじゃないの?」
頭おかしい奴筆頭がなにか言ってる。自分を客観的に分析できない人間はこれだからいけない。僕は呆れた。
「私はただ現実では存在しないくらいに可愛い女の子キャラクターを思う存分愛でたいだけですぅ。人斬り大好きのシリアちゃんに人の事どうこう言われる筋合いなんてありませ〜ん」
どっちも大概だな。まともなのは僕だけのようだ。
気色悪いクネクネとした動きでシリアに抱きつこうとした兎の着ぐるみが前蹴りを受けてゴロゴロと転がる。ドツキ漫才かな?
「触んな変態」
「ひどいなぁ、もう。そんなに暴れたいなら、うちの子達を助けてきてちょうだい?」
兎の顔が『花園』プレイヤー達が戦っている方向を向く。彼女達は押し掛けてきた数人のプレイヤー達の足止めのため刃を交わしている。
街を爆破した時点で他プレイヤーを巻き込んだためレッドネームと化した『花園』プレイヤーは多い。開き直ってしまったのか、はたまたブレーキがぶっ壊れたのか、プレイヤーキルに躊躇いが無くなっているようで赤いポリゴンを量産している。
レッドネームになるのは正義の心が足りていない証拠である。悪質なプレイヤーを数多葬り去ってきてなお白ネームである僕がその証明だ。
彼女らは……やっぱり遊び気分だったに違いない。おおかた、ギルドハウスに篭もればキルされないからレッドになっても平気とでも思っているのだろう。まったく、つくづくまともなのは僕だけのようだ。
シリアが戦闘風景を眺めている。やや不快そうに目を細め、ポツリと呟く。
「連携がぬるいなぁ。相手は『食物連鎖』かな。あんなのに手間取ってちゃだめでしょ」
言い終わるやいなや駆ける。消えたと錯覚するほどの初速。
接敵寸前で鍔迫り合い中のプレイヤーに投げナイフを見舞い一人。
駆け付け一杯代わりの撫で斬りで二人。
迎撃の袈裟斬りを、身体を回転させながらの【踏み込み】連続使用の鋭角なターンで躱しつつ背後を取り延髄に短剣を突き入れ三人。
背後から繰り出された突きを、風に揺れる木の葉のように半身になって躱し、心臓へカウンターの一突きで四人。
僅か数秒で陣形を崩された襲撃者たちは死に体だ。さすがシリアだ。雑魚狩り専門の面目躍如である。
あとはもう消化試合だな。そう油断していたら、やけになった一人のプレイヤーがこちらへと捨て身の吶喊を繰り出してきた。
でたらめな【踏み込み】の連続使用。不格好だが、速度は申し分ない。豪速で迫るどこか見覚えのある壮年の冒険者風カスタムの男……それはドブロクさんであった。
「ライカアァァァン! テんメェェ! この、クソイカレ野郎があああぁぁぁ!」
狼少年装束にはネーム隠蔽の効果があるのだが、ドブロクさんは中に僕が入っていると疑っていないらしい。般若のような形相からは強い怒りが漏れ出ている。いつぞやの企画で爆殺してしまったことをまだ根に持っているのだろうか。
いつか見た剣を大きく引いた構え。突進の勢いそのままに暴力が十全に振るわれれば、いかに防御に優れた装備を着ているといっても致命傷は免れないだろう。いつだったか、僕はそうしてドブロクさんに負けた。
だがあのときとは違う。今の僕には仲間がいる。
僕からすれば勝ちを諦めるような疾さだが、更に高位の存在にとっては児戯に等しいのだろう。
ドブロクさんがいつの間にか並走していた白き影に気付き目をひん剥く。硬直が隙を生む。致命の一瞬を晒したドブロクさんの脚が狩られる。ドブロクさんは勢いそのままに僕の間近までごろごろとすっ転んだ。
「ライカン、テメェ余計なことしやがって……! なんでもう少し待たなかったんだこの馬鹿! 俺たちぁ既に先駆の奴らとッ!?」
這いながら叫ぶドブロクさんの首筋に短剣が差し込まれる。そのまま嬲るようにグリグリと掻き回され、勢いよく赤いポリゴンが噴出した。
完全な死体蹴りだ。マナー違反を進んで行う異常な精神性。ほんとイカれてるなこいつ。
「弱いなぁ。いつまでもぬるま湯に浸かってるからだよ。殴り込みに来るならもう少しやる気出してよ」
殺人鬼の思考回路というものは全くもって度し難い。なぜか急激に不機嫌になったシリアが鼻を鳴らして立ち上がる。
ポリゴンになって空に昇っていくドブロクさんを足蹴にして言った。
「雑魚ばっかしか来ないじゃん。今日中にレベル20に戻したかったのにさぁ。どうなってるのユリちゃん」
「高レベルのレッドネームの撤退が早かったのと、『ケーサツ』連合が予想以上に善戦してるのがきいてるね〜。もう少しこっちに流れてくると予想してたんだけど、アテが外れたみたい。『先駆』は狩りで出払ってるはずだから来るのはまだまだ後だろうし、しばらくは暇かも?」
「チッ。まだレベル1しか上がってないのになぁ」
シリアの助太刀によって事なきを得た『花園』プレイヤー達が続々と戻ってきた。礼でもしようと思ったのかシリアに近づき、ピリピリとした雰囲気を感じ取ったのか一歩後ずさった。
一瞬で空気変わってたらそりゃ困惑するよね。なんでこいつキレてんの? っていう。
シリアのせいで微妙な空気になりつつあったので、僕は軌道修正を試みることにした。僕は空気が読める人間なのである。
「しばらく暇なら花火でも眺めて心を清めなよ。いつでも配信で見返せるとはいっても、生で見れるのは今だけなんだし」
そう言って僕は狼少年装束を脱いだ。身の安全が確保できるのは良いが、視界不良だけは頂けない。
僕につられてユーリも着ぐるみを外し、鑑賞の構えを取った。他の皆も続き、シリアも不快そうに鼻を鳴らしたもののそれ以上何も言わなかった。
不意に訪れた静寂を心地よい音が掻き消す。光条が闇に焼き付く。
ここに居る皆が見入っている。その事実に少しだけ誇らしさを覚える。感動を言葉で表現しようとすることのなんと無粋なことか。
更地が増えてこざっぱりとした街中は随分と見晴らしが良くなっている。作戦が順調に進んでいる証だ。それすなわち引退が近付いているということでもある。
らしくないな。また感傷に浸っている。なんだかんだ言って、僕はこのゲームに思い入れがあったらしい。
誰が見てるわけではないが、内心を悟られたくなくて空を見上げた。月に似た衛星が地上をほんのりと照らしている。いつもは輝いて見えたそれが、今日に限っては弱々しく見える。地上で咲く華の光に圧されている。心なしか、いつも決まって真円のそれが欠けてしまっているようにすら感じる。
……いや。違う。欠けている。歪んだ黒点がじわりと染み出すように広がっていく。
最初は粒のようだったそれがあっという間に形を取る。それは、信じ難いことに、人を肩に担いだ人の形をしていた。
逆光を背にして影が迫る。地上に咲いた華の光がほんの一瞬その怪物の姿を照らし出した。馬鹿な。いくらなんでも早すぎる。
「……来たよ。まさか、空からとはね」
僕の言葉に反応できたのはシリアのみだった。シリアは咄嗟の機転を利かせて僕とユーリを掴み、大きく飛んで後退した。
轟音と砂煙を伴って怪物が降り立つ。職業暗殺者のスキル【濡れ烏羽】の落下ダメージの軽減を利用した無茶苦茶な強行軍。生き急ぎ過ぎなそのやり方に、僕は心当たりがあった。
「やって、くれたな」
爆風が砂塵を晴らす。強風に煽られ、しかしその身体は不動。はらはらと揺れる前髪から覗く双眸が剣呑な光を放っている。
誰もが動けないでいた。纏う気迫がいつもとは比べ物にならない。
準最強。廃人の中の廃人。一文字様。あっさん。
誰も襲いかかってこないと見ると、あっさんは肩に担いでいたホシノを打ち捨てた。ぐったりとして動く気配のないホシノがゴミのように転がる。僕はホシノに駆け寄った。ホシノォ!
「密告があった。お前が着ぐるみを着て何か企んでいると」
ホシノ密告ったのかお前ぇ! やけに到着が早いと思ったらホシノの仕業だったようだ。僕はホシノの顔をひっぱたいておいた。
あっさんは視線を僕からユーリに移し、底冷えするような声で言い放った。普段の口数の少なさが嘘のようによく喋る。それが何を意味するのか、サンプルが少なすぎて判断できない。
「今すぐこの茶番をやめさせろ」
「ん〜。嫌だって言ったらどうする?」
「この破壊工作が何になる」
「見境なく暴れるプレイヤーへの牽制。更地になればFPSごっこも出来ないでしょ? 誰もゴミ掃除しないから私達がやったの」
「対策は……していた。今も鉱山に来た奴らを狩っていたところだった」
廃人連中はなぜ動かないのかと思ったら補給路を断っていたのか。直接的な制裁に打って出なかったのは……ガス抜きか?
新コンテンツを体験できなかったらモチベーションは下がる一方だ。モラルの低下を容認し、まずはプレイヤー達に好き勝手遊ばせる。
その後レッドネーム連中の爆薬が尽き次第、イベントなりを開催することで復帰勢や新規にアピールする、そんな流れを考えていたのだろう。
良く言えば中立的。悪く言えば。
「遅きに過ぎる」
二兎を追う者は一兎をも得ず。いいとこ取りしようなどと賢しらぶっても、やってることは悪に迎合した日和見だ。それは断じて正義ではない。
裁きというのは迅速でなくてはならないのだ。
あっさんが剣の柄に手を掛けた。問答無用を悟ったのだろう。
「もう一度だけ言う。やめさせろ。従わないなら容赦はしない」
それは形式上の問い掛けだった。もはや何を言っても止まらないことは明白だった。何より本人がやる気であった。
あっさんの両脚がブレる。ラグスイッチ。あっさんを強者たらしめる唯一無二の戦闘技術。
取り囲むのは『花園』戦闘職十名及びシリア。数の上では圧倒的有利だというのに、何故だろう、まるで勝てる気がしない。
馳走を前にしてタガが外れた獣のようにシリアがあっさん目掛けて突っ込んだ。




