VRケーサツ24時
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにゲーム配信の手軽さとモラルの崩壊がある。
ゲーム配信。プレイヤーが実況や雑談を交えながらゲームの模様を配信する行為である。
昨今ではそれなりに周知された娯楽の一つであり、ちょっとした趣味で配信を行うプレイヤーから、本格的に取り組み魅力的なコンテンツを提供することで視聴回数を稼ぎ、広告収入などを得るストリーマーまで幅広く存在する。
配信内容はプレイヤーやゲーム内容によって多岐にわたる。
日常風景を垂れ流すもの。高難易度ゲームを初見で配信してリアクションを楽しむもの。様々なテクニックを駆使して魅せプレイを披露するもの。手に汗握る対人もの。種々雑多なゲーム配信が溢れかえっている。
NGOでも当然のようにゲーム配信機能は搭載されている。専用デバイスと動画投稿サイトのアカウントを事前に紐づけすることで、ゲーム内メニューから配信開始のボタンを押すだけでお手軽に配信できる。
配信できてしまう。
リンク→『出会い厨全力で釣ってみる』
NGOというゲームについて詳しくなくても、この配信ならば知っているという人は大勢いるだろう。一時期ニュースで取り沙汰され、ゲーム内のモラルについて一石を投じることとなった配信の一つだ。
簡単に説明すると、ゲーム内でナンパをしてあわよくば現実でもと幻想を抱いた男の空回り玉砕ノンフィクションである。
気合の入ったホスト風のキャラクタークリエイト、痛いとしか表現できない言動、自ら本名をバラすというネットリテラシーに喧嘩を売る暴挙、話の流れをぶった切った唐突な連絡先交換の提案など全編通して見どころしかない配信である。
一連の騒動は海外にまで波及し、一大ムーブメントを引き起こした結果、再生総数は一億を超えた。
莫大な広告収入と熱烈なフォロワー、相応のアンチを得た配信主は今でも色々な配信を行っており、ストリーマーとしての成功者の例としてよく挙げられる。
一部だけを抜粋すれば、一配信者のシンデレラストーリーと哀れな男の物語なのだが、事はこれだけで終わらなかった。
後釜を狙った底辺配信者達の殺到である。
一連の騒動は現実にも大きく波及したため多くの衆目に晒されることとなった。
NGOの悪評を見て見送りを決め込んでいたプレイヤー達が『このくらいなら自分でもやれる』『NGOというゲームで注目を浴びれば有名になれる』といった見当違いの希望を胸に、イナゴのように群がった。
真面目な攻略をする気もなく、ひたすらインパクトのある画だけを追い求めた彼らは、このゲームの虚無っぷりに慄き淘汰されていった。
しかし中には、話題がないなら作ればいいという気骨のあるものもいた。
それらの多くは日の目を見ることは無かったが、ある時一つの配信が驚異的な伸びを記録する。
リンク→『廃人たちの狩り邪魔してくるwwwww』
簡単に説明すると、モンスターと戦闘中の廃人に対して横槍を入れるという嫌がらせ企画であった。
「今から廃人の狩りを遠距離狙撃で邪魔しようと思いまーす!」という軽いノリから始まったその配信は、ガチギレした廃人四人に人外ムーブで追われる配信者がマジビビリして叫びながら逃げ回るも捕まり、簀巻きにされて崖から蹴り落とされるというインパクトのある結末で話題をさらった。
この『廃人に嫌がらせしてみた』系の動画はコンスタントに再生数が取れるコンテンツとして定着し、いかに趣向を凝らせた嫌がらせをするかが注目されるようになった。
しかしある時、底辺配信者達は気付きを得た。
これ、別に廃人相手じゃなくてもよくね?
面白さと過激さを履き違えた配信者はどれだけ頭のネジをはずせるかを競うことに終始し、エンタメ性のない迷惑行為に腐心することとなった。
リンク→『手当たり次第にプレイヤー○す』
リンク→『ブサイクキャラが女キャラに抱きつくだけの配信』
リンク→『人混みで爆弾を使ったらどうなる?』
リンク→『モンスター討伐直前にパーティーメンバーキルするドッキリ配信!』
リンク→『新規プレイヤーリスキルし続けて発狂させようぜww』
それらの動画は出始めこそイロモノ枠として注目を浴びたものの、配信者の闇の深さが垣間見えるに連れて衰退していった。着いて行けなくなったリスナーが大半だったのだろう。
日毎に目減りしていく再生数にコンテンツの限界を悟ったイナゴ集団は、食い荒らした土地を顧みぬまま新天地を目指し旅立っていく。
あとに残されたのは『プレイヤー全員キチ○イ』、『異常者の隔離施設』という拭い去れない悪評に塗れたNGOの姿であった。
狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり。
VRMMOというジャンルに濃く昏い影を落とした騒動のツケを清算する方法は未だ発見されていない。後に道連れ草事件と呼ばれる、NGOというゲームの地位を強固に押し潰した出来事であった。
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うららかな昼下がり。玄関の鍵がピッキングされ、男が三人ズカズカと上がり込んできた。
転職一つで他人の家に踏み入る技能を習得できるこのゲームにおいて、プライバシーの価値はヘリウムよりも軽くなる。さも当然のように侵入してきた連中は揃って濃紺の制服を着用していた。
『ケーサツ』か。一体全体なんだというのだろうか。
『ケーサツ』というギルドに所属する彼らは自警団ロールプレイを徹底しており、巷では自治厨と呼ばれ親しまれている。
人の家にグレーの壁紙を勝手にペタペタと貼り付けた彼らは、電気スタンドと縞模様のどんぶりを取り出してテーブルに並べた。どこでも取り調べ室セットだ。
二人が左右に控え、いかついおっさんが家主の許可も得ず対面に腰を下ろす。名前はショチョー。何かというとケチをつけてくるプレイヤーだ。
両肘をつき、指を絡ませてそれっぽい雰囲気を作ったあとに一拍溜めて言う。
「ライカン。お前には初心者狩りの容疑がかかってる」
全くもって意味の分からない話だった。ケーサツ連中はいつもこうだ。有象無象の私怨たっぷりの虚言を鵜呑みにして罪なき人に突っかかる。僕はやれやれとかぶりを振った。
「誰に何を吹き込まれたのかわからないけどさ、また騙されてるよ?」
「すっとぼけてんじゃねェ! 既にネタは上がッてんだよ!」
真に迫る演技でダンとテーブルをブッ叩いたショチョーさんがむんずと電気スタンドを掴み顔に押しつけてくる。恫喝に拷問のダブルコンボだ。時代錯誤も甚だしい。
「可視化法とか無いんですか?」
「安心しろ。カメラは回ってる」
どう安心しろというのか。
この茶番に付き合わされるのは一回や二回ではきかないため慣れてきているが、未だに芸風が分からない。
「ショーゴとタクミー。聞き覚えのある名前だろ?」
なんで今その二人の名前が出てくるのだろうか。まるで意味がわからない。
正直に答えてもいいのだが、そうして話を聞き出して最終的に僕を無理矢理悪者に仕立て上げるのが彼らのやり口だ。付き合う義理は無い。
「黙秘権を行使しても?」
やってられないと言外に主張すると、何が面白かったのかショチョーさんはニッと口端を釣り上げてから座り直し、どんぶりを差し出してきた。なんなのさ。
「まあ、食えや」
「箸が無いんですけど」
「いいからいいから」
促されるままにどんぶりの蓋をとると中には薬草が詰まっていた。うーん……うん? 中身間違えてない?
ちょっとばっかし予想外だったのでショチョーさんとアイコンタクトをとったところ小さく頷かれた。わからないんだよね、芸風が。これカメラ回ってるんでしょ? 大丈夫? 画的に。
まあ差し出されたら食べるけど。僕は草をモシャった。これであと二時間は草をモシャらなくて済むだろう。
律儀に食事を待っていたショチョーさんが、僕の嚥下を確認してから言う。
「本日午前十一時、お前は何も知らないショーゴ、タクミー両名を爆弾でキルした後にドロップした金銭を着服した。間違いは、無いな?」
またこの流れだ。このゲームのプレイヤーはどうにも頭がおかしいため、正しい行いに対しての弾圧が酷い。
僕が行ったのは初心者狩りではない。いわば講習のようなものだ。その証拠に、僕のプレイヤーネームは純白を保っている。
このゲームでは悪意を持ってプレイヤーをキルした場合、プレイヤーネームが赤色に染まる。危険人物がひと目でわかるようになっているのだ。
裏を返せば、善意や正義の心でもって相手プレイヤーを正した場合、プレイヤーネームが赤く染まることはない。
脳波。このゲームでことあるごとに出張ってくるシステムだ。
高い精度を誇るシステムは善悪の境界に割って入り、それぞれに相応しい処置を下す。
因果応報。その摂理を受け入れられない悪徳プレイヤーはこぞって善人に石を投げるのだ。嘆かわしいね。
我が物顔で無理筋を通してくる相手に説得は愚策か。ならばせめて早めに飽きて帰ってくれることを祈ろう。
「黙秘権を行使します」
ふんと鼻を鳴らしたショチョーさんが控えている一人の男に目配せする。目礼をした男がツカツカと歩み寄り、どんぶりに薬草を盛り付けてから持ち場に戻った。まさかのおかわりだった。
「これ僕はどうすればいいのさ」
「食えよ。正直に吐きたくなるまでな」
まあ差し出されたら食べるけど。僕は草をモシャった。これであと三時間は草をモシャらなくて済むだろう。
間が持たなくなったのか、まだ食事中なのにショチョーさんが口を開く。
「爆発の目撃証言は相当数上がってる。中型を使ったな? それに、リスポーンしたルーキー二人が泣きついて来たんだぜ? 意気揚々とゲームを始めたら訳分からんうちに殺されたってよぉ。オメェさん、それを聞いて何も思わねぇのか?」
「不法侵入しておいて被害者面するのは無しでしょ」
カッと目を見開いたショチョーさんを見て失言を悟る。我が意を得たりとばかりにいかつい面を歪めると両手でテーブルを打ち鳴らして吠えた。
「ほう! 容疑について否定しない! それはつまりキルしたことを認めるというだな! おい! 調書を取っておけ! 容疑を一部認めたってな!」
流れるような拡大解釈で調書が偽造されていく。
「ラァイカン! ようやくゲロったなぁ〜! だがまだまだ余罪があんだぜェ? 昨日もド派手にやらかしたじゃねぇか。建造物爆破に火事場泥棒! 被害額は幾らになるかわかったもんじゃねぇ! くくっ。叩けばぼろぼろ埃が出てきやがる。こんだけ悪事に手を染めやがって、オメェさん今度はどう言い逃れする腹積もりなんだァ?」
ノッてきたショチョーさんがお茶の間に流せないような凶相を浮かべて事実無根の罪状を並べ立てる。もちろん電気スタンドぐりぐりも忘れていない。これもう遠回しな国家権力に対する侮辱でしょ。
「捏造はやめて下さいよ。むしろ僕は被害者です。そして……声なき声の代弁者でもある。食物連鎖の横暴なやり口に不満を抱えていた人たちは多いんだ。それを僕が正した。僕は無実だ。むしろ僕は……正義だよ」
僕は自らの正当性を毅然とした態度で主張した。
悪質な取り調べの場において一番やってはいけないのは迷うことである。言葉尻を捕まえるのが三度の飯より大好きな彼らは、曖昧な表現や弱気な態度を見せると凄い勢いでつけあがる。どっちが悪なのか判断に困るね。
僕の主張を聞いたショチョーさんがスッと表情を消した。そっと電気スタンドを置き、ゆったりとした動作で座り直した。怖いよ。情緒不安定なのかな?
「被害妄想に誇大妄想。強烈な自己暗示……いびつな精神構造がプレイヤーキルペナルティ踏み倒しのトリックか? 物権の奪取も同様、か。チッ。実況見分は無理だな。イカれてやがる」
純度の高い悪意が蔓延るこのゲームにおいて正義は異形にしか映らないのだろう。仮にも自警団ロールをするなら上っ面だけでも正義の味方をしてほしいものだ。
ああ、ああ。中指の腹と親指の腹が痒い。
「……ッ!」
控えていた二人が息を呑んで後ずさった。なにやら怯えているように見えるが、一体どうしたのだろう。ショチョーさんの態度の変わりように引いてるのかな。
中指と親指を擦り合わせながら観察しているとショチョーさんが吠えた。
「やめろやめろ! おい! 二人とも安全圏まで退避! ここは俺が持つ! 急げ!」
にわかに騒がしくなった『ケーサツ』連中は、ショチョーさんを置いて一目散に家を飛び出していった。結局一言も喋らなかったなあの二人。
ギャラリーがいなくなった途端、ショチョーさんは放心したように中空を見つめている。相変わらず切り替えの早い人だ。恐らく配信画面を見ているのだろう。
このゲームはフルダイブ中も別枠で配信を見れるので、魂が抜けたような表情をしている人はほぼ例外なくながらプレイ中だ。
僕は中型爆弾を取り出してゴトリと置いた。
「そろそろいい?」
「まだだ。画角が悪い」
このゲームの配信画面は一人称視点で映される。カメラ役のプレイヤーの位置取りが悪いのだろう。
あの二人のうちどちらか……多分一歩も動かなかった方がカメラ役かな。なんにせよ急いでもらいたい。
「ねえまだ?」
「いま実況が盛り上がってるからもう少しだ。っと、中型かよ。大型にしてくれや」
「えー。お金取るよ?」
「爆薬もくれてやるから派手なヤツにしてくれ。色付きのな」
「しょうがないなぁ」
一流の芸人は自身の散り際の演出選びに余念が無い。派手に殺してくれと要望を受けたので不承不承ながら大型爆弾を取り出した。
腹の底へ響く轟音と爆炎の瞬間的な広がりを重視した魅せものとしての色合いが強い一品だ。火の色は桃。
「銘は初恋。ハートに響き、まぶたと脳裏に焼き付く魔性の光だよ」
「いいな。シャレてやがる。待て、待て、そろそろだ…………今!」
合図に従い僕は指を打ち鳴らした。
NGOでは最下級魔法の行使にあたってワンアクション挟む必要がある。
人差し指で二回円を描けば【冷水】が出て、腕を往復で大きく払えば【突風】が出る。片膝立ちになり地に両手のひらを打ち付ければ【石礫】が飛び、指を鳴らすことで人差し指から【着火】が出る。
オーダーに応えたシステムが火を熾す。
点火一秒。爆炎が華と咲く。体の芯まで響く轟音は心臓が鳴らす早鐘に似て、遠雷のようにまぶたに焼き付く光が春の訪れを告げるかのようだ。
ハートブレイクしたショチョーさんが撒き散らしたポリゴンが散りゆく桜のようで趣深い。
思ったよりも芸術点高いね。配信画面に映る光景を見て僕は自分の仕事に満足した。
配信はお約束の展開に盛り上がっており投げ銭が飛び交っている。こんなの人が爆死する事故映像じゃんね。世の中何がウケるかわからないもんだ。
リスポーンしたショチョーさんが大歓声のなか合流した。カメラを向けられ、一目でふざけていると分かる真面目くさった表情をして言う。
『次回までに……爆発物処理と危険物取扱者の資格の勉強をしてこようと思います』
鉄板の爆死ギャグだ。年季の入り方が違う。
VRMMOでは命ですらコントの道具に成り下がる。熱湯風呂もアツアツおでんもインパクトに欠けるから、身体では無く命を張るのだ。
痛みを伴う笑いの規制に中指を立てる光景ではあるが……大衆に娯楽を提供するのもまた正義の役目だ。僕はドロップしたコインを拾い上げた。ギャランティーってやつだね。
臨時収入も得たことだし、今日はショッピングと洒落込もうか。締めくくりに入った配信画面を閉じつつ足取り軽く家を出た。