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決戦前夜

 民度浄化計画実施要綱と記載された紙をぺらぺらと捲り、計画についての段取りを確認していく。


 このゲームでは活版印刷やデジタル印刷といったテクノロジーが存在しないので、プレイヤーがせっせと(したた)めた一つのしおりを回し読みしている。

 技術が未発達な世界のはずなのに紙やペンはメニューから購入できるため、酷くちぐはぐな文明が入り乱れていることで評判だ。ペンは羽根ペンなのに紙は真っ白でツヤのあるA4のコピー用紙ってどうなんだろう。


 取るに足らないことを考えつつ、差し入れの薬草プリンを口にしながら計画書を読み進める。

 作戦開始時間。プレイヤーの配置。トラブル発生時の連絡手段。各勢力の妨害予測と対策。何をもって作戦終了とするのか。エトセトラエトセトラ。


 よくもまぁ短時間でここまでまとめ上げたものだと感心する。

『花園』プレイヤーは生産職が多く引き籠もってるプレイヤーが多いので、こういった出来事に飢えていたのだろう。途中から文化祭みたいな雰囲気になってきたから僕は遠巻きにして眺めているだけだった。


 テンション上がっちゃったのか、キャイキャイしながら「私はここ爆破するぅ〜」みたいなノリになっていたのはどうかと思う。正義のための行動だって理解してるの君ら?


 冒頭は堅苦しい文章で書かれていたが、途中から砕けた文章になり可愛らしい挿絵なんぞを添えてくれちゃった計画書を読み終えて一息つく。


 この場にいるプレイヤーが固唾をのんで僕の読了を見守っていた。曲がりなりにも作戦の頭であるらしい僕の意見を聞きたいのだろう。

 僕は計画書を両手で持ち、トントンと机に当てて整えてから言った。


「いいんじゃないかな。凄くよく考えられてると思う。僕から言えることはないよ」


 満足気な僕の言葉を聞いてワッと歓声が上がった。いや、ほんとよくやってくれたよ。僕とシリアだけだったら絶対にこうまでうまく段取りを組めなかった。


 途中から合流したプレイヤーを合わせるとこの場にいるのは百名近くになる。この大人数がはしゃいでいるのを見るとまるで女子校の教師になったような気分だ。

 人ってのは徒党を組むといろんな分野のブレーキが錆びつく。この緩みが致命的なほつれにならなければいいが……。


 浮かれ気味の『花園』を見てそれっぽい感想を抱いていたところ、協調性皆無で輪に馴染もうとしないボッチ生徒のシリアが絡んできた。


「私はライちゃんの護衛かぁ。廃人連中釣れるかなー?」


 シリアの役割は北西区画の溜まり場を爆破次第、噴水広場で僕の護衛につくことだ。噴水は壊すとリスポーン地点として機能しなくなるので、死亡したプレイヤーは街の外か自宅からリスポーンすることになる。噴水広場はリスキルポイントから安全地帯に早変わりするので、僕はそこで囮役を務める、


 このゲーム内では大規模な爆発イコール僕の仕業みたいな風潮が広まっているので、その認識をダシにして廃人連中や『ケーサツ』をおびき寄せることで爆破組の妨害を防ぐ算段だ。


 こすっからい思考のレッドネームプレイヤーは、危機を察知したらデスペナを回避するために即座に離脱するだろう。それこそ強制ログアウトを使ってでも逃げ出すに違いない。


 そうなると目下の脅威は廃人達、とりわけトップスリーの存在となる。彼らを迎え撃つために『花園』の戦闘役とユーリを動員した。あとはユーリが用意するという秘策がうまく決まるかどうか、といったところだろう。


「確実に来るでしょ。彼らいつもログインしてるし」


 長時間ログインしっぱなしだったりシステムが脳疲労を検知するとログアウトを促されるのだが、VRに適応しきった廃人達は当然のように最長ログイン時間制限である12時間プレイをやってのける。

 12時間プレイ後は絶対に1時間休憩を挟まされるので、運良く休憩時間と作戦決行時間が被ってくれていれば御の字だ。


「それよりも、レベルダウンしたシリアはあっさんに対抗できるの? 今レベル17なんでしょ? 厳しくない?」


「勝ちを狙わず遅延に徹するだけなら余裕余裕」


「そこまでいうなら信じておくよ」


 格下キラーのシリアはあっさんから白星を取ったことは無いが、それはほぼ全てのプレイヤーに言えること。なんだかんだ言ってシリアは強い。余裕とまで豪語するなら任せるとしよう。


 ぐっと伸びをする。蓄積した疲労が抜けていくような感覚が広がる。このゲームは変なところで現実に忠実だ。首を軽く回せばそれだけで少し体が軽くなった錯覚に陥る。


 弛緩した空気が充満しつつある中をユーリがそろりと抜け出し、シリアに背後から抱きつこうとしたところ体を躱されてつんのめった。つれない態度に不満げなのか頬を膨らませている。


「触んな変態」


「いけずぅ。減るもんじゃないんだしちょっとくらいいいじゃないの」


「んなこと言うなら野郎に身体差し出しとけっての。それより全員浮かれ過ぎじゃない? こんな調子で明日役に立つの?」


「私達が主体になって進めたイベントはそれこそ展覧会以来だからね〜。ちょっと舞い上がっちゃってるみたい」


 会議室は今なおざわつきが収まらない。

 このゲームはやる気の無い運営のせいでやりたいことを自発的に見つけられない人間はすぐに辞めていく。

『花園』プレイヤー達は現実だと金や設備が入用になるので作れないようなモノ、作ったらジャマになりそうなモノなどを気兼ねなく作って楽しんでいることが多いらしい。


 それだけで十分楽しめてはいるが、普段と毛色の違うことをやるというだけでここまで羽目が外れるということはやはりマンネリ感はあったのだろう。


 はしゃぐプレイヤー達を眺めながら微笑みを浮かべていたユーリが表情を一転させて僕を見る。先ほどと比べたら険は取れているものの好意的とは呼べない視線。


「正直、まだあなたを許したわけじゃない」


 だからそれは逆恨みだって。反論しようとしたけどここで拗れるのは面倒なのでやめておく。僕は他人のために泥を被れる人間なのだ。


「けど、皆がここまで楽しそうにしてるのはあなたのおかげでもある」


「僕としてはもう少し真剣であってくれたほうが助かるんだけどね」


 これから行うのはイベントでもなければテロでもない。銃器を手に入れたことで見境がなくなったプレイヤー達への制裁だ。そこだけは履き違えてもらいたくないところである。


「あなたが引退まで決意してるのに、こっちがいつまでも引きずってるのは主義じゃない。それは、美しくない。だから、明日で全部チャラにしましょう」


「美的感覚はよくわからないけど、僕としても気持ちよく引退したいからね。明日で全部終わりにしよう」


 小さく頷いたユーリがそのまま身を翻して騒動の渦中へと去っていった。そのまま手頃な距離にいたプレイヤーの背後から抱きついて体を弄っている。よくペナルティくらわないなほんと。カタギじゃない。


「しっかしライちゃんほんとに引退するのかぁ。ねぇ、最後にプレイヤーキルペナルティ踏み倒す方法教えてよ。あれほんとズルいよね。カタギじゃないよ」


「だから正義だって。何度も言わせないでよ」


 正義の心を欠片も持ち合わせていないシリアは僕の回答に不満であるらしく、長々とぶつくさ文句を言ってきたが僕は無視して窓から外を眺める。


 快晴の空がいつの間にか夕焼けに染まりつつあった。城の上階から見る景色は街を超えて遥か遠くまで見渡せて気持ちがいい。

 地平の彼方では鮮烈な薄紅を群青が塗りつぶしていく。あと数時間もすれば、空は闇と月に似た光を放つ衛星と数えるのも億劫なほどの星の海で覆われるだろう。


 このゲームでは六日に一回夜が来て丸一日続く。現実の時間に準拠すると夜しか経験できないプレイヤーが出てしまうからだと言われている。特定の曜日にしないのも同様だろう。

 昼に比べて夜の時間が圧倒的に短いが、夜なんて視界不良だしなんならストレスになって不人気だから六日に一回くらいでいいかというゲーム的な都合を感じざるを得ない。公転周期とかどうなってるんですかね。


 しかし、なんの因果があるのか明日はちょうど夜の日か。狩りを生業にするプレイヤーからはすこぶる不人気であるが、爆発の光が映えるので僕はむしろ好きである。


 ふと視線を落とせば、街の至るところで千々の光が散り、硝煙と赤いポリゴンが立ち昇っていく。ひどい光景だ。頭が痛くなる。


 だけど、それも明日で終わる。

 彼らは更地になった世界で、逃げも隠れも出来なくなった世界で、雪ぎきれぬほどの業を抱えた己の浅慮を呪うことになるだろう。


 民度浄化作戦。

 決行は明日十八時半。作戦目標は『花園』ギルド周辺を除く街一帯の爆破。

 もろもろの条件は整った。脳裏に焼き付くほどの大輪の正義を咲かせようじゃないか。

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