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底の底

 爆薬が底をついた。

 結局、大型爆弾二つと中型爆弾一つしか作成できなかった。大きく戦力を伸ばすことは出来なかったが、無い物ねだりをしてもしょうがない。割り切って今ある手札で勝負することとしよう。


 当面の目標はレッドネームプレイヤーの殲滅だ。

 狡っ辛く立ち回る奴らは、犯罪者同士で独自のコミュニティを形成して『ケーサツ』の摘発やキルしたプレイヤーからの報復を逃れている。


 おまけに、レッドネームのプレイヤーは腕の立つ者が多い。

 サービス開始当初の殺伐殺し合いオンラインに脳髄を汚染されたプレイヤーは、人のことを動く経験値袋としか認識できない病に罹っている。


 モンスターを倒す感覚で人に刃を突き立て続けた経験はそのままプレイヤースキルに直結する。血の味を覚えた獣の如く執拗にプレイヤーキルし続けた狂気の賜物だ。病巣は根深い。


 レッドネームのプレイヤーはキルされることで全職業のレベルが1下がる特大のペナルティを抱えているが、未だに高レベルのレッドネームが蔓延っているのはひとえにプレイヤースキルの高さ故だろう。


 そんなレッドネーム連中の中には、対人戦に限れば廃人とタメを張れる猛者も少なくない。ただしあっさんは除く。あれはちょっと頭おかしい。


 そんなわけで真正面から突撃するのは得策じゃない。自慢じゃないが、僕はVRのセンスが無い。初心者とタイマンしたら、善戦した後に負ける程度の能力しかない。


 上達のコツをまとめた動画を数十本ほど漁ったが、ついぞ治らなかった筋金入りのVRオンチだ。

 脳をコントローラーに見立てるとかいう謎の手続きが前提なので、そこでつまずいて一向に先へと進めないのだ。意味がわからないよ。


 なので選択肢はゲリラ戦に限られる。犯罪者どもの根城に忍び寄り、広範を灰に還す大型爆弾を見舞う。これが僕が有する唯一の勝ち筋だ。


 これを一通り繰り返し、レッドネームプレイヤーのレベルを大幅に下げることを最終的な目標とする。

 苦労して積み上げたレベルがリセットされたことで萎え引退してくれれば良し。引退しないにしても、レベルが下がれば身体能力は落ちる。これまでのようにやりたい放題するのは厳しくなるだろう。『ケーサツ』連中でも狩れるようになれば上々といったところか。


 ただ、作戦遂行にあたって大きな懸念点が一つある。解放されたばかりの銃器の存在だ。


 これまでは遠距離攻撃の手段といえば弓がメインであった。

 弓は、矢を番える、弦を引く、照準を定める、発射というのがプロセスであった。

 しかし、銃は事前に弾を込めておけば照準を定めて引き金を引くだけだ。構えてからキルするまでの時間が大幅に短縮されている。作戦を遂行するにあたって大きな障害になるだろう。


 いっそ相手方の爆薬が切れるのを待つか?

 ……いや、以前まで爆薬は投げ売りに近い価格で売られていた。用途が少なかった上、鉱山で採掘するとゴミのように集まったからだ。

 行動の早い奴らは既に不良在庫をかき集めて回っているかもしれない。爆薬切れの可能性は低いと見たほうがいいか。


 まあ、いい。消極的なのは好きじゃない。うじうじと考えていても解決の糸口は見つからないものだ。こちらから打って出るとしよう。


 善は急げと僕は家のドアを開いた。銃弾が脳天をブチ抜き、赤いポリゴンが飛び散った。出待ちかよ。今回は随分と粘着してくるじゃないか。


 改めてレッドネームプレイヤーを根絶やしにする覚悟を決めつつ、僕は噴水広場にリスポーンした。


 ▷


 僕は少しこのゲームの民度を見誤っていたのかもしれない。正確には見通せていなかったと言うべきか。

 今いるここが底辺だと思っていた。これ以下は無いと思っていた。


 二重底だったよね。ベニヤを割るかの如く底辺をぶち抜いていったよ。


 噴水広場はひどい有様だった。

 銃痕が街中の至るところに刻まれ、絶え間なく乾いた銃声が飛び交っている。家の中に隠れたプレイヤーを炙り出すために小型爆弾が放り込まれ、姿を現せば情け容赦のないヘッドショットが見舞われる。


 屋根の上は激戦区だ。噴水を基準に東西に分かれ、レッドネーム対『ケーサツ』と一般プレイヤー連合の銃撃戦が行われている。


「撃て! 撃ったら下がれ! 的になるぞ!」


「二陣下がれ! 右翼注意! 小爆行くぞ!」


「ヒット。正面ケアよろ」


 状況はレッドネーム連中が優勢のようだ。『ケーサツ』は所詮ロールプレイ芸人集団なので練度が低い。一般プレイヤーの動きも統率が取れておらず連携もへったくれもない。


 対するレッドネーム側はほとんど被害を出していない。

 死の代償が重い分、必死さが違う。死なないことを前提に立ち回る必要がある彼らは動きに無駄がない。


 地の利を得られるポジション取り。ここ一番のエイム力。撃ったあとの戦列の入れ替わり。どれもこれもが軍隊じみている。おそらくFPS好きな連中だろう。


 レッドネームがこんなに多いのはおかしいと思ったが、なるほど、銃器解放の影響でタガの外れたプレイヤーが多数いたらしい。

 もともとFPS好きだった人らの潜在的な需要を掘り起こしてしまった結果、人の頭を撃ち抜きたいプレイヤーがレッドネームに寝返った、と。

 別ゲーやれよ君ら。


 一番悲惨なのは復帰勢だ。銃器解放をどこかで知ったのであろう彼らは、ログインするなり紛争地帯に放り込まれている。


 物々しい雰囲気の噴水広場から逃げるために走り出したところを戯れに撃ち抜かれ、リスポーンしたところを同様に狩られる。もはや動く的としか思われていない。


「ざけんな! 殺すぞクソ共!」


 痺れを切らした復帰勢と思われるプレイヤーが【踏み込み】と【空間跳躍】を駆使して屋根上のレッドネームプレイヤーの集団へ切り込んだ。盾を顔の前に構えてヘッドショットを警戒している。初速が疾い。おそらくそれなりの経験者だったのだろう。


 レッドネームの集団はこれを冷静に迎え撃つ。【空間跳躍】の弱点は一度発動してしまうと地に足が着くまで再発動できない点だ。使用後の軌道を読むのは容易い。

 復帰勢のプレイヤーは盾を構える左手の肘を撃ち抜かれた。ガードが下がる。部位ダメージ蓄積による行動阻害判定だ。


「はいおつっしたー」


 レッドネームのプレイヤーが一人【踏み込み】で空へと躍り出る。下がったガードの隙間を縫うように走る短剣が首を捉えた。即死だろう。復帰勢のプレイヤーの体がだらりと垂れた。


「逃がすな! 撃ち殺せ!」


 呼応するように『ケーサツ』連合が動く。中空で無防備の体を晒すプレイヤーに向けて一斉に発砲を浴びせかけたが、レッドネームのプレイヤーは殺したプレイヤーの身体を盾にするように担ぎ直して銃撃を防ぐと、【空間跳躍】で悠々と自陣へと復帰した。


 こうなると無防備の体を晒した立場が逆転する。獲物を狩ろうと躍起になる者は、得てして狩りの対象となる。

 無駄弾を放った『ケーサツ』連合のプレイヤー達に斉射が浴びせ掛けられる。一糸乱れぬ連携。撃墜スコアのように朱が散る。


 厳然とそびえる実力差がもたらすのは一方的な蹂躙だ。素人目でも『ケーサツ』連合に勝ち目がないと分かるくらい絶望的な戦いだ。これだから芸人は。


 僕は都合二十回くらいになるだろうリスキルを受けて戦力分析を終えた。

 死んでからリスポーンまでの十秒は首を動かす要領で視点を動かせる。さすがに視点を飛ばすことはできないが、ある程度の視野は確保できるためどちらが有利不利かは一目見て分かった。


 さて、どうするか。

 大型爆弾を取り出して一帯を吹き飛ばそうにも、流れるようにリスキルされるためままならない。

 インベントリの操作は一瞬だが、リスポーン後は硬直があるので一流のリスキラーはそこを巧みについて一切の行動を許さぬままキルし続ける。


 こうなると自宅にリスポーンするしかなくなるのだが、自宅前には出待ちがいる。八方塞がりだ。どうしたものか。


 侮っていたわけではないが、今回はちょっと例を見ないほどのゴミ民度だ。僕は実際に経験したことはないが、これがサービス開始当初の世紀末環境の空気なのだろうか。人の皮を被ったケダモノしかいない。


「後方注意! なんかやべぇ! ガンマ隊がやられてる!」


「それじゃ伝わらねぇよ! 何があった!」


 なすがままリスキルされ続け、そろそろ自宅に戻って一段落するまでログアウトしていようかと悩みだしたところ、西に陣取るレッドネームプレイヤーの一角がどよめき出した。


 緻密に組まれた陣形に穴が空く。屋根の上、その後方から舞い散る赤のポリゴンの数が被害の程を物語っている。犠牲になっているのは一人や二人じゃない。おそらく十人近くはキルされただろう。


「今だ! やれ!」


「この機を逃すなッ!」


 すわ仲間割れかと動揺が走り、陣形が乱れ始めたところを見逃さず『ケーサツ』連合が畳み掛ける。攻め時とみたのか遮蔽物から身を晒し、確実に狙いをつけて数人のプレイヤーを撃ち抜きポリゴンへと変える。


 突然のアクシデントが呼んだ形勢の変化。その恩恵が僕にももたらされた。延々と粘着してきていたリスキルの担当者の注意が逸れたのだ。

 次のリスポーンで大型爆弾を使うことができれば六十人……いや、七十人近く爆殺()れるかもしれない。


 まあ半分くらいは『ケーサツ』連合の被害になるだろうが、悪の駆逐の礎になれるなら誉れというものだろう。僕は犠牲になるであろうプレイヤーの冥福を事前予約で祈った。


 リスポーンする前にふと視線をレッドネーム集団に向けたところ、アクシデントの原因となったであろう人物を捕捉した。


 白髪と白装束を返り血でまだらに染めた女。四足の獣のような低姿勢で戦場を搔き乱し、凶相を浮かべて屍を積み上げる凶人。


 思わずうへぇと声が出そうになった。

 シリア。あいつがいるとなると計画を白紙に返さざるをえない。大型爆弾で巻き込もうものなら、いつものようにどこまでも粘着してリスキルしてくるだろう。今日はもうリスキルは食傷気味だ。


 やはり自宅に帰るべきか。刹那の迷いがリスポーン位置更新を遅らせ、そのまま噴水広場に舞い戻ることとなった。


 まぁいいや。次に死んだら自宅に戻ってログアウトしよう。

 悪に屈したようでシャクではあるが、何事にも限度がある。一晩経た彼らが人としての理性を取り戻している可能性にかけよう。


 案の定リスキルの手が止んだので、しっちゃかめっちゃかに掻き乱された屋根の上の陣をボケっと観察していると、シリアが地上へと降り立った。


「シリアだ! 殺せ! 絶対に逃がすなッ!」


「シリアだと!? 全員、赤ネよりシリア優先で撃ち殺せ!」


 ここへ来てこの場にいる全員の目的がシリア殺害の方針で一致した。レッドネームからも『ケーサツ』からも嫌われる彼女は戦場のヘイトを一瞬で塗り替える。


【踏み込み】の連続発動による鋭角を描いた反復移動。民家の壁や【空間跳躍】を織り交ぜた立体移動。でたらめなアルゴリズムを組んだ回避行動。

 無数の銃弾を引き連れてなお無傷のシリアは、気のせいだろうか、こちらへ向かって猛進して来ている。


 ログアウトしよ。

 僕は厄介事に巻き込まれる前にメニューを操作してログアウトを実行した。


 僕の身体から白い光が立ち昇っていく。ログアウト演出だ。このまま十秒近く経過することでNGOの世界から離脱することが出来る。

 地獄から脱出するという意味で昇天などとも呼ばれる演出である。


 僕の身体が半分ほど光に包まれ、身体の輪郭がぼやけてゆく。さらば世紀末。こんにちは天国。


 ログアウト完了する寸前、急加速したシリアにレッドカード級のタックルをくらった僕は天国への顔見せもそこそこに元の地獄へと引きずり込まれた。

 立ち昇った光の粒が十倍速逆再生のようにギュルンと収束してアバターを形作る。脱獄失敗だ。くそが。


 腕力ゴリラに抱えられながら、本日二度目の街中ジェットコースターを堪能する。あっさんよりも雑な運転に首が取れそうになってくる。


 流れるように拉致された僕はしばらく街中を引きずり回された後、空き家に放り込まれて軟禁されることとなった。


 ▷


「ライちゃん。ちょっとここら一帯塵に変えたいんだけど、協力してくれない?」


 ほう。詳しく話を聞こうじゃないか。





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