初心者講習、費用は五千G
このゲームがクソと呼ばれる理由の一つに職業間の格差がある。
職業。キャラクターメイク時に選択できるそれはなんと脅威の五百種類超。
NGOが全面に押し出している『自由度』の骨子となるものであり、世界観に彩りを添える重要なファクターである。
職業はレベル制であり、上限は20である。職に就いた段階でスキルを一つ習得し、以降は4、7、10、13、16、19、20レベルの刻みで新たにスキルを習得する。
職業レベルの上げ方は職によって異なるが、戦闘職はモンスターの討伐、生産職はモノ作りで上げるというのが大まかな方法である。
ファンタジーを基幹に据えるNGOでは、剣士や魔法使い、僧侶といった定番の戦闘職はもちろん、鍛冶師や裁縫師、料理人といった生産職も充実している。
一風変わった職業では破壊屋、暗器使い、占星術師といった捻りを加えたものから、ヌンチャク使い、破落戸、寿司職人といった捻りを加えすぎてネタに振り切れたような職業もある。
あまりに膨大な選択肢を前にして、自由度に胸を高鳴らせたのは昔の話。
ある程度の検証が済んだ現在、職業間のバランスの杜撰さが露呈し九割以上の職が就く価値無しのゴミと評価されるに至った。
一例を挙げると
・あらゆる前衛職は剣士の下位互換なので剣士以外はクソ
・魔法職は詠唱するとモンスターのヘイトを買って死ぬのでクソ
・タンクはモンスターのヘイトを奪えないのでクソ
・遠距離攻撃職はモンスターへの攻撃に対して謎の威力減衰補正が働くためゴミ火力にしかならないのでクソ
・ダンサーは踊ったら一分間踊りをキャンセルできず、歩くような速度でしか動けなくなりモンスターのヘイトを買って死ぬのでクソ
・錬金術師は錬金石なるアイテムが必須なのに未だ発見されていないため何も出来ないクソ
・パティシエは砂糖が必須なのに未だ発見されていないため何も出来ないクソ
・メカニックは魔力増幅回路が必須なのに以下略
・ネクロマンサーは以下略
・テイマーは以下略
このように、強い弱いを論ずる以前にまともに機能していない職業が大半という始末である。
サービス開始してから一年以上が経過してなお覆らなかった評価だ。今さら運営のテコ入れは期待できない。
また、強力な職業……というよりは剣士という職業が他戦闘職に比べて頭三つ分は抜けているという格差もクソゲーに拍車をかけている。
戦闘職の大半はレベル1で「〇〇を装備しているときに〇倍の威力補正が掛かる。この効果は職業〇〇の時にのみ有効となる」といった効果のスキルを獲得する。
大剣士を例にすると
「大剣を装備しているときに1.2倍の威力補正が掛かる。この効果は職業大剣士の時にのみ有効となる」
といった具合だ。倍率は殆どの職業が1.2倍であるが、これが剣士となると話が変わる。
「剣カテゴリーの武器を装備しているときに2倍の威力補正が掛かる。この効果は職業剣士の時にのみ有効となる」
全ての戦闘職を過去にした一文である。設定ミスですか?仕様です。
優遇職と不遇職との差は歴然であり、キャラクターメイク時に不遇な職業を選んだ場合は負け組確定なのかといえば、そんなことは無い。
職業はメニューからいつでも変更可能であるため、肌に合わないと感じたらいつでも転職することができる。
なお、獲得したスキルは転職後も一部例外を除いてそのまま使用することができる。
これらの要素が組み合わさるとどうなるか。無個性オンラインの開幕である。
職業というシステムはスキルを得るための手段に貶められ、用意された大半の職業は日の目を見ることはない。
戦闘職は有志の研究により必須スキルが発掘され、取得次第剣士に転職することが推奨された。
ことネットゲームというのは二言目には効率の二文字が飛び出してくるものである。
「え? 細剣士? 剣士の下位互換ですよ?」
「獣戦士? 【踏み込み】スキル取ったあとは武器に倍率掛からないゴミ職業ですよね?」
「魔法使いはやめておいた方がいいスよ。僧侶……もやめておいた方がいいスよ。剣士なんてどうスか? 魔法職やりたいんスか? あー……ちょっとフレに呼ばれたんでパーティー抜けますね」
加速する同調圧力。右に倣えの精神。崩壊したバランス。これらが渾然一体となった結果、狩り場には紋切り型の剣士が溢れ返り、生産職は剣士を補佐するための鍛冶師が多くを占めた。
運営が掲げた自由度はメッキの如く剥がれ落ち、画一化された装備と戦法が環境を支配した。
不遇職に就く者達は爪弾きにされ、それでも自分達が楽しければいいとそれらしい理由で自分を納得させて似たような境遇の者と遊んでいたが、効率の差がそのままモチベーションに直結した。
鍛冶師が剣以外の装備を作ろうとしなかったことや、痒いところに手が届かないゲームシステム、一切の要望を聞き入れようとしない運営の態度など、細かいストレス要素が積み重なった結果彼らはひとり、またひとりと姿を消していった。
唯一可能な自由とは、引退に対する自由である。サービス開始の惨劇からおよそ一ヶ月後、後に職業選択の不自由事件と呼ばれる、同時接続者数激減の第二波となる出来事であった。
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自宅にて、半円状の容れものにせっせと各種爆薬を詰めている。
職業火薬師の基本スキルは爆弾作成だ。小型の爆弾は五分とかからずに作成出来るけど、大型の爆弾はそうもいかない。
先のうちこわしでは小型爆弾一つ、中型爆弾五つ、大型爆弾一つと蓄えを結構消費してしまった。戦力の補充は急務である。
切らしていた爆薬も心を入れ替えた『食物連鎖』の人達が快く販売してくれたので在庫は潤沢にある。経験値稼ぎも兼ねて頑張ろう。
作業に没頭すること暫し。半円状の容れもの二つを重ねて一つの円形にする。そのままぐるぐるとテープを巻き付ければ僕のメイン武器である爆弾の完成だ。
まるで現実のようなリアリティを謳うNGOの世界では、集中して作業をすると本当に疲れているような錯覚に陥る。グッと伸びをすれば凝り固まった筋肉がほぐれていく感覚が広がる。
脳波。NGO運営がことあるごとに強調するオーバーテクノロジーの根幹にあるものだ。
一体どんな超技術が用いられているのかは想像出来ないが、それは身の回りの物の殆どに言えることだし、僕はただ恩恵に浴するだけだ。このひと仕事終えたあとの達成感はなかなかどうして癖になる。
心地よい気分に浸っていたら玄関の鍵がピッキングされ、男が二人ズカズカと上がり込んできた。
僕の自宅は部屋が一つだけの機能性を重視した小さな家だ。必然侵入者二人と顔を合わせることになる。
……見たこと無いな。プレイヤーネームはショーゴとタクミー……やはり知らない。となると強盗か?
このゲームの民度は下限というものを知らないので常に最悪を疑ってかかる必要がある。
爆殺るか? いや、早計か。なによりキャラクタークリエイト直後の粗末な初期装備というのが気にかかる。もしやとは思うが……。
ショーゴというネームの男がポリポリと頭を掻いて言った。
「あれ、プレイヤー……っすか? っかしーな、絶対イベントがあると思ったんだけどなぁ」
なんと。僕は驚愕した。この二人はもしかしたら絶滅危惧種かもしれない。
いや、どうかな。このゲームのプレイヤーは新規のフリをして人心を弄んだあげく、先輩風を吹かしている様子を配信して悦に入る人種がいるゲームだ。油断一つで芸術的なデジタルタトゥーが出来上がる。
やはり爆殺るか……? 一度疑いだしたら切りがない。
何よりあの躊躇いの無いピッキングだ。常識に期待はできない。先手を打つか。僕は二人に問いかけた。
「君たちもしかして初心者のフリしてる? 【解錠】使ってたよね? 実は強盗だったりするんじゃないの」
【解錠】。職業盗賊に就くことで得られるスキルだ。
これ一つで家のセキュリティを突破できる強盗PK御用達のスキルである。
なお戦闘には向いていないため、スキルを取得したら無用の長物となるNGOではごくありふれた一般的な職業だ。
牽制のジャブを入れつつ話題を誘導する。
「いやいや、ちげーっすよ! ついさっき始めたばかりっす。スキルは事前に下調べしたんっすよ。初心者向けのブログ記事参考にして最低限のものを揃えたんっすよ。なんか【解錠】とか【空間跳躍】は取っておけって書いてあったんで、それっす」
「ふぅん。なんて名前のブログ?」
「え? ーっと……何だっけ、タクミー」
「あー……たしかンゴ速?」
「そーそー! それそれ!」
「あぁ……あのブログね。なるほど」
適当に相づちを打ちながら二人の様子を観察する。
VRゲームを始めて間もないプレイヤーというのは動きに無駄が多い。それは例えば身振り手振りが芝居がかってたり、表情がコロコロ変わったりといったものだ。
スポーツを始めたての人間の動きが洗練されていないのと同じだ。どうやったって無駄なロスが生じる。
この二人はシロだな。
ペラペラ喋るショーゴの動きは典型的なVRゲーム初心者のそれだ。レースゲームに熱中する余り体を傾けてカーブを試みる初心者のような安心感がある。
対してタクミーは口数は少なく動きは小さいものの表情がよく動く。
僕が疑いの視線を向ければ眉間にシワを寄せ、考え事をするときは視線を上に向けた。まだまだリアルに引っ張られている証拠だ。
その点廃人連中は流石の一言だ。
一挙手一投足を支配下に置いて極限までロスを減らした彼らのアバターは能面か何かと勘違いするくらい表情筋が死滅しており、壁か人形と話しているかのような違和感を植え付けてくる。ああはなるまいと強く決心させてくれる防波堤のような存在だ。
僕は警戒を解いた。努めてにこやかな笑顔を作って続ける。
「そうか、疑って悪かったね。でも、だとしたらなんで僕の家に入ってきたのかな?」
「そう! いやぁなんかこの家の周り? 周囲? やけにさっぱりしてるじゃないっすか。街ん中にぽつんと家が立ってたら絶対イベント的な何かがあると思ったんっすよー。なぁタクミー?」
「まあ、不自然ではあったよな」
なるほどね。確かにRPGだったら気になるスポットに見えるかもしれない。重要アイテムの一つが転がっててもおかしくない立地に見える。
だけどこれはMMOだ。それも運営のやる気が微塵も感じられず衰える一方の寂しいネトゲだ。
ちょうどいい機会かな。イベントなんて浮かれた感想を抱いている初心者二人にちょっとしたレクチャーをしてあげよう。
本人達ですら知らぬ間に歩んでいる間違った道を正すために。僕は正義の心を燃やした。
「いろいろ知りたいなら教えてあげるよ。掛けなよ、立ち話もなんだろう」
「あ、いいんすか? っざーす!」
「どーも」
二人が席についたのを確認してから続ける。
「僕がこんな変な立地に住んでるのは、僕の職業柄かな。火薬師っていうちょっとばかり危険な物を取り扱う仕事でね。他のプレイヤーが気を使ってくれて避けてくれてるんだよ」
「っはぁー、そうだったんすか」
「だからまぁ、イベントとかそういうの期待しないほうがいいよ。このゲームの運営そういうところ無頓着だから」
「そこらへんはこのゲームのこと検索したときに色々と悪評見まくって覚悟してたんっすけどねー。な!」
「糞運営とか治安最悪とかボロクソだったよな」
ケタケタと笑い合う二人。
なんとなく予想はついてたけど恐らくはリアフレだろう。やり取りを見るにどうやら気のおけない間柄らしい。
だとしたら、駄目だよなあ。
友人ならば。真の友人であるならば。互いの悪行を黙って見過ごすなんて事はあってはならない。諭し、諌め、しかして認め合う。真の友情かくあれかし。
僕はインベントリから中型爆弾を取り出した。ゴトリとテーブルの上に置いて言う。
「治安最悪、ね。君たちは自覚してないみたいだけど、不法侵入は……ノーマナー行為だよ?」
キョトンとした顔の二人の視線が爆弾に注がれる。数瞬の後、理解が追いついたのか泡を食って飛び上がった。
「は、え? なにしてんすかアンタ!?」
「冗談、だろ?」
「学びの機会だよ。これに懲りたら迷惑行為はやめようね」
僕は心を鬼にした。
指を鳴らして着火する。爆炎が地を舐める。高らかに響く爆音ともうもうと立ち昇る煙が初心者の二人の正しい門出を祝福しているかのようだ。
爆発の只中にあって、僕も、僕の家も、家具その他諸々もなんの影響も受けていない。
このゲームはリリース直後、自分の剣を肩に担ぐとダメージ判定に引っかかり死亡するという冗談のような仕様が存在していた。
他にも、包丁で誤って指を切ると死亡、大工が金鎚で指を叩くと死亡など笑えない現象が多発していた。
そこで運営はダメージ判定に関する調整を施した。自分の肉体や自身の所有物に対しての干渉が刷新されたのだ。運営が重い腰を上げた数少ない例である。
この調整により、爆弾を爆発させたら余波で死ぬ火薬師が救われたり、自傷行為によって攻撃倍率を引き上げるスキルを持つ阿修羅という職がスキルの発動が不可能となりひっそり息を引き取ったりした。概ね良調整と言われている。
爆煙が晴れてきた。初心者二人の座っていた場所に輝くコインが落ちている。デスペナルティにより半減した所持金がドロップしたアイテムだ。これは拾った人物のものになるので当然拾う。
五千Gが二つで一万Gだ。初期キャラクターの所持金が一万Gなのでまだ一度も死んでいなかったのだろう。まあ安い授業料だったんじゃないかな。
悪に堕ちかけた初心者二人は救われ、僕は爆薬代を回収できた。なんということだ。Win-Winじゃないか。また正義が勝ってしまったな。
煙の合間から太陽に似た星の光が木漏れ日のように差し込み、大地には華のように火が燻っていて目に優しい。
今日はいい日だ。ひとしきり余韻に浸った僕はこの平和な時間が長続きするよう、ささやかに祈りながら爆弾作りを再開するのであった。