『検証勢』
「これより、プレイヤーを一段階上へと引き上げるための検証を開始する!」
引退する前にツラを貸せ。
そう言われて拉致されてきたのは『検証勢』のギルドハウスだ。
『検証勢』のギルドハウスは少し広めの家の壁をぶち抜き、実験に適した広間的な構造に改築されている。そこに居並ぶのは所属ギルドもジョブもバラバラのプレイヤーたちだ。
彼らも具体的な実験内容を知らされていないらしく、ソワソワした様子で近くのプレイヤーと言葉を交わしている。
まあ十中八九突拍子もないことだろう。なんだよプレイヤーを一段階上へと引き上げるって。ラグスイッチを扱えるプレイヤーがそれなりに増え始めた今より更に上となると、あとは限界突破くらいしかない。
でもあれはやめたほうがいいと思うけどなぁ。自分で使っておいてアレだけど、限界突破はどう贔屓目に見てもバグだ。というか脳疲労を早める時点で普通におかしい。
そもそも限界突破って何なんだよ。脳波とは。このゲームのシステムには謎が多すぎる。
「では被検体ライカン、中央へ」
「え? 僕?」
「君以外に誰がいると思っているんだ」
「やっぱり限界突破の検証? あれはオススメしないよ」
「あれも大概ふざけているが……ダイブペナを誘発する時点で論外だ。今回は別件になる。さぁ、アマ鳥氏、やれ」
ヨミさんの指示に従ってアマ鳥さんが姿を現した。手には黒光りする回転式拳銃が握られている。システムの補助を使わず、素材を一から切り出して作られたそれは単純な物理現象のみで完結しているため、システムの銃規制に引っかからないという特徴を持つ。即ち、街中での射撃が可能ということ。
銃口を僕の眉間に向けたアマ鳥さんがぼやく。
「もう誰もプレイヤーネームを呼んでくれない……もはや呪いじゃないですか……」
「あたおかオークション一発目でインパクト十分だったからな」
「……ま、そのおかげでコイツをゲットできたんで悔いはないんですけどね。じゃ、ライカンさん撃ちますよー」
「え? なんで? 何も聞かされてないんだけど?」
拉致されて呼び出されたと思ったら唐突に射撃訓練の的にされるって、そんなことある? やはりこのゲームのプレイヤーは頭がおかしい。
僕の抗議も虚しく終わる。アマ鳥さんが見せつけるように撃鉄を起こし、そして引き金を引いた。炸裂音と銃弾が弾ける。危ないなぁ。
収納――慣性保持――方向反転――射出
「うっ、おッ!?」
引き金を引くと同時に体を躱したアマ鳥さんのすぐ横を銃弾が掠めて飛んでいく。仕留め損ねたか。
「いきなり何するのさ」
「それだ。それを見たかった」
大きく目を見開き、どこか熱を帯びた声のヨミさんがペラペラと口を回す。
「まるで……意味がわからない。どうしてそうなる? インベントリ操作の極地……あるいは拡大解釈。やはり脳波か? どうシステムを欺けばこんな結果を出力できるんだっ!」
あぁ、これは駄目な日のヨミさんだな。僕はぼんやりと思った。
「以前見た爆弾の範囲展開……あれよりも意味が分からない。悪辣な謎解きをさせられている気分だっ! くそっ! 最高じゃないかこのゲームはッ! その技……仮称を、そうだな、コンバートとでもするか。コンバートには無限の可能性が秘められている。拡張性はどれほどだ? 敵の攻撃は跳ね返せるのか。インベントリ内のものを射出することはできるのか。更に加速させることは? 課題が、山程あるぞッ! さぁライカン。全て吐け。吐くんだ。コンバートはどうすれば扱えるようになるのかを」
キマった表情のヨミさんにずいと迫られる。周囲に助けを求めようとするも、絶対に逃さないと言わんばかりに目を血走らせているプレイヤーしかいなかった。なるほど、これは強行突破も視野に入れるべきか。
この技術……仮称コンバートはみずっちから教わった技だ。ふとした瞬間に成功することはあったが不安定だったテクニック。しかし、花見イベントで酒に酔った際に使い方をはっきりと思い出した。
果たして、言いふらしていいものなのか。コンバートはみずっちの隠し玉みたいなものだ。それを奪うことになるのではないか。
ギルドハウス内にいるレッドにそれとなく視線を向ける。小さな頷きが返ってきた。公認、か。ならためらう必要はないな。僕は種明かしをすることにした。
「別に、そんな難しいことじゃないよ」
僕は十Gをコイン化させてピンっと弾いた。ヨミさんがそれをパシッと受け取る。
「それ、あげる」
「ん……?」
「いいからインベントリにしまいなよ」
「あ、あぁ……」
ヨミさんがコインをインベントリにしまったのを確認してから再度十Gをコイン化させて弾き渡す。ヨミさんは再びコインをインベントリにしまった。
「ほら、それだよ。僕は二枚目のコインをあげるなんて一言も言ってない。なのにヨミさんはインベントリにしまえた。それが、システムを、世界を騙すっていうことだよ」
「……!!」
物権の移譲。双方の合意が必要不可欠であると思われていたが、それは違う。必要なのは譲られたという強い思い込み。もしくは、物権が放棄された瞬間の目撃といったところか。
自宅の登録と同じだ。これは自分のモノである、という強い認識がトリガーになっているのだろう。
自宅は登録した時点でメニューのカスタマイズ機能と連携するからか物権を奪取することができなかったが、一アイテムにそんなシステムは搭載されていない。ロックが緩いからやり方次第では物権の保護を突破できるのだ。お決まりの脳波である。
「そんな……た、単純なことなのか……?」
「そうだよ」
「物権の譲渡……システムのロックは、受け取る側が自由に外せる……? そんな、これは……私たちはいま恐ろしいことを耳にしているのでは……?」
まあ、荒れるだろうね。
これを本格的に悪用しようと思ったら色々と際どいこともできそうだ。特に被害妄想でペナルティを押し付ける連中が本気を出したら人の物を自由に奪えたりするかもしれない。あくまで可能性の話ではあるけども。
「なるほど、なるほど! それが無主物であるという認識がロック解除の鍵……! だからライカンさんは矢も弾も収納できたのか!」
『検証勢』の一人が興奮気味に叫ぶ。名前は『ようじょつかわせろくそうんえい』。相変わらずひっどい名前だなぁ。キャラクリし直しなよ。
「飛ばした矢も弾も回収しようと思うプレイヤーはいない……それを物権の放棄とみなす……やれるか? いや、やれる。やる! アマ鳥さん! 自分に銃を撃って下さい! システムの壁を……いま、超えて見せる」
超えちゃいけない壁は超えないようにね。超えることが許されない塀の中に入れられても知らないよ。
僕のそんな思いをよそに銃弾が放たれる。当たれば即死は免れない銃弾は、ようじょつかわせろくそうんえい氏の目の前で、神隠しにでもあったかのようにフッと消えた。
おお、一発成功か。少しモヤッとするな。
「で、できた……!」
「マジかよ!」
「待て待て! 環境が一変するぞコレぇ!」
「修正もんだろ? 戦争が成り立たねーぞ」
「待て! まぁ、待て。ライカン、物権の奪取についての基本的な原理については、分かった。あまり公にしたくない事実ではあったが、やむなし。こうなったら突き進むところまで突き進もう。諸々の対策はその後だ」
ヨミさんは新技術の流布によって発生するであろう諸問題を棚の上にぶん投げた。どうやらアクセルをベタ踏みする方向で舵を切ったらしい。盛大に事故らなければいいんだけどね。
「問題はまだある。慣性保存とベクトルの変化、そして遠距離展開だ。あれは一体どういう理屈のもとで成り立っている?」
「順に答えていこうか。まず一つ。慣性保存、というよりは、収納前の状態の保持って言ったほうが正しいかな。着火した爆弾の状態も保持されるしね」
僕はインベントリから剣を取り出した。身を乗り出してきたギャラリー連中をジェスチャーで下がらせる。十分な間合いを確保した後、ブンと剣を振るう、途中でインベントリ操作を混ぜる。収納と展開。剣は僕の手の中にある。
「これが普通に剣を振った場合ね」
次。僕は同じように剣を振るった。
しかし今回は一手間加える。剣を展開する寸前、僕は剣を振るう手を開き、そして動きを止めた。するとどうなるか。
「おっ、と!」
ぴょーんとすっぽ抜けた剣がギャラリーのほうへとすっ飛んでいく。僕は剣を投げていない。しかし剣は飛んでいった。これは何故か。
「推測になるんだけど、ものをインベントリにしまった直後って、データが直前の状態で保存されてるんだよね」
運動力や燃えているという状態。それがゼロへと書き換えられる前に即時展開することで状態の保持は可能となる。
「二つ目のベクトルの変化ってのは、要は組み合わせかな。剣を取り出すときに順手か逆手か選べるでしょ? あれだね。状態を保持したアイテムを任意の方向に向けて展開する。それがベクトルを変えてるように見えるってわけだよ。慣れればこんなこともできる」
僕はインベントリから投げナイフを取り出した。振りかぶり、ヨミさんに向けて投げる、直後――収納――慣性保持――方向転換――射出。ナイフは天井へと衝突し、そのまま重力に従ってカランと落ちた。天井に突き立てるつもりだったんだけどな……難しいね。
どよめくギャラリーを無視して続ける。最後は遠距離展開だけど、これはどう説明したものか。
「遠距離展開については……うーん、正直説明できないな。できるからできる、としか言えないね。呼吸の説明を求められてる感じだ」
「おいおい、最後の最後でそれはないだろう……」
「いやほんとそうとしか言えないんだって。ほんの数センチ離れた位置にものを出すことができるでしょ? それと同じ感覚で、こう、遠距離にも出せるんだよ。目の届く範囲ならなんとかってとこかな。さすがに壁を超えた向こうとかには無理だけど」
目の見えない人に空の青さを説明するのは難しいなどと聞いたことがある。まんまそれだ。念じる、という謎の原理でスキルの発動もメニューの呼び出しもインベントリ操作すらも可能なこのゲームで、すべての現象を論理立てて説明するのなんて不可能だ。それ以上はもう開発に聞くしかないよね。
「むぅ……いや、逆に考えよう。これだけ分かればむしろ上出来もいいところだ。よし! 各員、聞いていたな? 早速検証開始だ! 散れ! そしてひたすら試行錯誤だ! この技術の有る無しで戦略の幅が確実に広がる! なんとしてでも原理を解き明かせ!」
「おう!」
「しゃあッ!」
「わかりましたぁ!」
ヨミさんの号令で集まったプレイヤーが散り、各々なりの工夫を凝らしながらインベントリの操作を究めんと行動を開始した。
試行錯誤を重ねるプレイヤーは、訳分かんねー有り得ねーなどと愚痴をこぼしながらも至って真剣だ。セルフ蘇生やラグスイッチがそうだったように、仮称コンバートというバグのような現象もそのうち確固とした技術として取り入れられるのだろう。
『検証勢』。彼らの努力が今日のNGOの基盤になっていることは疑いようもない。酸いも辛いも苦いも噛み分け続けた彼らは、それでも一粒の甘露に虜にされ、このクソゲーと正面切ってぶつかり合う覚悟をキメた剛の者たちだ。
へそ曲がりの神の鼻を明かす。ヨミさんはそう言っていた。また、ロマンであるとも。
ロマン。ロマンかぁ。いい言葉だ。
「理解った!」
一人感傷に浸っていると底抜けに明るい声が一室を満たした。ふわちゃんだ。
「こうやって、こうですね〜!」
相変わらずふわっとした雰囲気の彼女は闇魔法を発動して剣を浮かせた。そしてふわ~っと遠距離へと飛ばす。軽く十メートルは離れた位置に浮いている剣を見つめ、むむっと唸ったふわちゃん。そして――
「えいやっ!」
気の抜けるような掛け声の後、両者の距離がゼロになる。遠距離の剣をインベントリ操作で引き寄せた……のではない。
移動したのだ。ふわちゃんが、遠く離れた剣の方へ。それも、一瞬で。
え? ワープした、いま? えぇ……?
「ちょ、ちょっと待て! なに、は? い、今のは、何だ!? カモン機能じゃないよな!? バグか!? バグなら仕方ないな! ヨシ!」
ヨミさんがバグった。新たな検証項目がニョキッと生えてきて処理限界を超えたのだろう。ギャラリーがぎゃあぎゃあと喚くなか、いつも通りのポワっとした雰囲気のふわちゃんがコテリと首を傾げる。
「え……? だってロンちゃんがさっき、できるからできるって……そうですよね? このくらいできますよね? ねっ?」
「え、できるわけないじゃん……なにそれ、怖っ」
「えぇーっ!?」
こうして『検証勢』の検証項目に新たな謎が加わった。闇魔法の原理すら定かになっていないところにこれである。いやはや、ほんと何が起きるか分からないなこのゲームは。
頑張れ『検証勢』。負けるな『検証勢』。
脳波とは何なのかを突き止める、その日まで。




