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頭隠して

 花火玉の納品に来ている。


 チュートリアルクリアによって追加された様々なアイテムは僕の創作意欲をこの上なく掻き立てた。シフォンという存在が現れたことも大きい。切磋琢磨する相手が出来たおかげで凝り固まっていた価値観に変化が起きた。


 湖面に石を投げ入れたように波紋が立ち、ぶつかってきて反響していくそれを目で追う。意識が外を向く。そうして新たな発見をすれば取り入れずにはいられない。物を作るというのは奥が深い、どころか底の抜けた深淵のように果てが知れないと改めて思うばかりである。


 思いふけながら目録への記帳を済ませる。城の一角に借り受けた部屋はとっくにキャパシティをオーバーしたので新たに二つの部屋を用意してもらった。


 八百個。いやはや、溜まりに溜まったものである。


 年末の大掃除事件ですっからかんになった在庫がよくここまで回復したなぁ。僕は感慨に浸りながら本日最後の納品分の花火玉をポンと叩いた。

 目録を片付けたらやることは終わりだ。ぐっと背伸びをしてから城の出口へ向かう……途中、ぴょんと一つの影が割り込んできた。


「パイセーン! どうっすかー?」


 シフォンだ。今日は一段と上機嫌そうにニコニコとしている。きっと何かいいことでもあったのだろう。


「やぁ。ちょうど納品が終わったから帰るとこだよ」


「…………? それだけっすか……?」


 軽く返したところ、一転して不満そうな表情になったシフォンに睨まれた。なんだというのか。


「気付かないんすか? ほら、キャラクリし直して触覚足してみたんすよー! パイセン的に、どうっすか?」


 そう言ってシフォンは顔の横に垂らした二対の髪の房をちょいちょいと摘んでみせた。ああ、そういうこと。それならそうと言ってくれればいいのに。

 しかしせっかく金を払って再キャラクリをしたというのにたったそれだけしか直さないのか。ほとんど変わってないようなもんじゃないか。どうって言われてもねぇ。僕は率直な感想を述べた。


「目尻のシワ隠しに役立ちそうな髪型だよね」


「むー。パイセン、デリカシーゼロ」


 えー? ゲームじゃん。現実の顔とは一切関係ないゲームのアバターに対する感想じゃんね。それに対してデリカシーなんて言葉を持ち出すかなぁ。


「そういうときは打算ありきでもいいから褒めるのが通例なんすよ?」


「心にもない世辞で褒められて嬉しいものなの?」


「そういうことを面と向かって言うのはなおのことNGです!」


 シフォンはたまにめんどくさい。ホワイトデーのチョコの感想を聞かれ、少し甘かったと返した時もむすっとしていたな。それ以外に何と返せばいいというのか。嘘を吐くよりもマシでしょ。

 首を軽く傾げて遠回しに抗議する。ふーっとため息を吐き出したシフォンが周りに誰もいないのを確認してからすすっと近寄ってきた。小声で囁く。


「……やっぱ、この前の放送のあれ……AかBだったんすか?」


 不届き者め。僕はデコピンを見舞った。


「あう」


「個人の情報を楽しそうに探るんじゃないよ」


 デリカシー云々を人に説いたその口でマナー違反をするなんてちゃんちゃらおかしいね。こういうところを諫めるのも師匠としての役目だろうか。人を教え導くとは難儀なものである。


 ここでの用は終わったし、シラギクやユーリに難癖つけられる前に帰るとしよう。デリカシーのなんたるかについて講釈を垂れているシフォンを軽くあしらいつつ出口に向かうと一人のプレイヤーと鉢合わせた。オレンジ寄りの茶髪を緩いウェーブで流したプレイヤーが僕を見て一言。


「あ、お久しぶりです。来てたんですね」


「その声……まさか、メアリス?」


「元、ですけどね」


 再キャラクリに手を出したメアリスは、装いだけではなく見た目まで量産型ゆるふわ女子へと変貌を遂げていた。プレイヤーネームは『まりーごーるど』。何から何まで裏返ったかのように別人になってしまったな。まるで面影が見当たらない。


「なんていうか、モブっぽくなったね」


「いや私はそこら中にいる普通の人間なんで」


「普通の人は自分のことをわざわざ普通の人間って言わないと思うけどなぁ」


 リアルバレが元メアリスに与えた影響はよほど大きかったらしい。まあ、分からなくはないんだけどね。ひっそりと書いてたポエムを友人知人の前で朗読されたようなものと思ったらとても居たたまれない気分になる。


 このゲームにはフレンドリストのようなシステムがない。アバターの見た目とネームを変えたら簡単に他人へと生まれ変わることができ、それ以前の痕跡を消すことができる。

 さすがに声と体型までは変えられないが、それでも隠れ蓑としては十分機能する。デジタルタトゥーとして刻まれていた姿から脱した元メアリスは随分と快活になったようだ。


「いやぁ、ほんとよかったっすよねーまりっち。今は手芸と料理にハマってるんすよー」


「まだまだレベルは低いんですけどね」


 キャラクリでクソのような行為に走るプレイヤーが居れば、悩みから解放されるプレイヤーもいる。それは喜ばしいことなのかもしれないが。


「メア……いや、まりーごーるどはそれで満足なの? もう未練は無い?」


 感性を改めようとして背伸びをしていると言えばいじらしく聞こえるが、それは今まで伸び伸びとさらけ出していた自分をしまい込むことと同義なのではないか。僕はそう思う。

 現実世界では必要なことだろう。世間の荒波に揉まれ、削られ、角が取れて丸くなっていく。それは集団に馴染むために必要なプロセスだ。我を貫くのは時としてカリスマ性として発揮されるが、多くの場合は空気を読めないという烙印を押される。自分を律するのは必要なことなのだ。


 でもゲームの中でならはっちゃけてもいいと思うけどね。ネトゲの恥はかき捨て。マナー違反でなければ何をやっても許される世界ならなおのこと。それを我慢するのはむしろストレスなんじゃないだろうか。


 だけどまぁ……。チラとまりーごーるどを見る。一瞬走った苦い表情はリアルバレというダメージの後遺症か。それがどれ程の威力を有しているのか知らない僕は軽々な発言をしたくない。


「未練なんて……無いですよ」


 故に全て見なかったことにする。その声色に嘘が混じっていたとしても。


「ならいいんじゃないかな」


 個人的な感想としては残念だが、それを口にするのは憚られる。いらぬ波風を立てる必要はないだろう。僕はデリカシーのある人間なのだ。


 じゃれつくシフォンに対してぎこちなく笑みを浮かべるまりーごーるど。見た目と名前を変えるだけでこうまで変われるならば、それは喜ぶべきことなのかもしれない。


 キャラクリか。


「僕も見た目変えてみようかな」


 ちょっとした気分転換になるかもしれない。お布施として百円を払ったし、ちょうどいい。そんな軽い気持ちで呟いたのだが、なにやらシフォンが食いついた。


「マジっすか!? いや絶対その方がいいっすよ! なんていうか、パイセンは無難すぎるというか、その、言葉良くないかもしれないっすけど……無頓着というか、そこらへんを歩いてる通行人Aみたいな見た目なんすよね。なのに笑うと凶悪な面っていうのが、ちょっとアレというか」


「服もメニューから千Gで買える安物ですしね」


「ランダムキャラクリにしただけなんだけど? それに服なんて着れればなんでもよくない?」


「駄目っすよ! 無関心と無感動は美意識喪失の第一歩! 心のアンテナは一度折れると治らないんっすから!」


 む。今のは少しグサッと来たな。弟子にたしなめられるとは不覚の至り。まだまだ価値観が凝り固まっていたようである。


「そこまで言われたらやるしかないなぁ」


 苦節一年半付き合ったこの顔ともお別れする時が来たようだ。成りすましのクソが十人ほどに増殖していたのでいい機会かもしれない。キャラクリ権を死蔵させておくのももったいないし、ちょっと生まれ変わるとしようか。


 ▷


「で、なんでこうなったの?」


「まぁまぁいいからいいから」


 城の一室に拉致された。自宅でじっくり考えながらキャラクリしようと思ったのに、『花園』メンバーが集まっている部屋で実行するよう勧められたのである。なぜなのか。


「なんかちょっと面白そうだし」

「自分の顔だとネタに走るの抵抗あるけど、他人ならね?」

「それにここなら安全だしー。なんか外でキャラクリすると無防備になるからすぐキルされるらしいよ?」


 酷い理由である。特に最後は何なんだ。ありとあらゆる要素がプレイヤーキルに収束するってどんな魔境なんだよ。今更か。


 うだうだ言っていても埒が明かないのでキャラクリに移るとしよう。キャラクリ権を購入することでメニューの一部が活性化するので、そこからキャラクリ画面へと移動することができる。


 視点が飛ぶ。一人称視点から、自分の顔を見つめるような視点へ。まんま液晶型ゲームのキャラクタークリエイト画面である。

 懐かしいな……僕はランダムクリエイトを一回ポチった顔にしたんだよね。正直、一人称視点って自分の顔を見ることが少ないからこだわる必要が薄いように感じてならない。頻繁に鏡を見ることもないし。


 いやいや、それじゃ駄目だろ。僕は自分の考えを否定した。

 これは感性を取り戻すための手続きなんだ。心のアンテナを立てるための修養である。しっかりと考えて作り上げなくては。


 どこから手を付けていいか分からなかったのでまずはランダムクリエイトをポチる。そのあとに手を付けていこう。椅子に座っている僕の顔が再構成される。さぁ、いじるか。

 …………ん? この顔良くない? 均整も取れてるし派手すぎず、違和感もない。非の打ち所がないのでは? これだ。これだね。僕はうんと頷いた。一発で当たりを引くとは素晴らしく運がいい。


「これよくない? 手直しする必要がないくらいまとまってると思うんだよね。どうかな」


 僕は周囲に同意を求めた。


「はぁ〜〜〜……」

「ないわー」

「五点」

[NG!]

[ハァ?]


 惨憺たる評価である。なんで?


「パイセンってマネキン買いするタイプっすか?」


「なんの関係があるのか分からないし、リアルの情報は落とさないよ」


「没個性の極みなんですよね。……ちょっと一回試しに私の言う通りのレシピで作ってみてくださいよ」


 そう言ってまりーごーるどはキャラクリメニューを呼び出した。膨大なレシピを選別しながら言う。


「髪は893番で、カラーは4、ツヤは85で、目は――――」


 大不評を食らって半ば投げやりになった僕は言われるがままに各部位を変更していった。そこまで言うなら僕以上のセンスというものを見せてもらおうじゃないか。


 アバターが別物へと生まれ変わっていく。シワや肌の質感、眉の形状や位置までこだわり抜いた結果、要した時間は約三十分。

 そこにいたのは艶のある黒髪をオールバックで固めた、ピシッとしたスーツが似合いそうな渋めのイケオジであった。


「あぁ〜……ナイスミドルぅ……」

「仕事できそう」

「これ! これにしようよ!」

「これは推せる」


 いやいや、こんなのどう見ても僕のキャラじゃないでしょ。違和感しか生まれない。


「髪がなぁ。オールバックはやめない?」


「じゃあ325番なんてどうですの?」


 シラギクのアドバイスに従って325番の髪型を選択する。

 艶のあるオールバックがモサッと体積を増やし、クルクルとウェーブを描き、バネのような形状になってみょんっと広がった。ドリルじゃないか。


「ぷっ!」

「んふっ……」

「それ、それでいきましょう!」


 やだよ。まったく、ふざけた連中だ。人の顔で遊ぶんじゃないよ。

 きゃいきゃいとはしゃぐ連中を意識の外に追いやり、集中して一からパーツを選択していく。もう他人の戯言には惑わされない。


 ドリルは論外。パッと目についたものへと変更する。

 眉も目付きもこんなに鋭くなくていいんだよ。僕の穏やかさを反映させたようなものがいい。お、これだな。採用。

 顔の輪郭も調整する。口と耳と鼻を整えて、ちぐはぐになった肌の質感をちょいと調節すれば完成だ。よし、これで行こう。


 キャラクリを終えた僕はふうと一息つき、そこではたと気付いた。これいつもの僕の顔じゃん。


「え、なに今の? 逆再生?」

「普通そうはならないでしょ……」

「これが宿命論ってやつですか」


 ギャラリーがうるさい。もうこれでいいよ。はい決定。僕は心のアンテナをへし折った。

 ノイズしか集めてくれないなら受信拒否だ。僕は僕の道を行く。他人にセンスをどうこう言われてコロコロとたなごころを返すなんて僕らしくない。


 だが虚仮(コケ)にされるとなると話は変わる。


「なんというか、貴方は爆弾と花火以外のセンスは壊滅的ね〜。いっそ悪趣味というか……かえって芸術家肌だったりするのかしらね。尊敬するわ」


 それまで黙っていたユーリがポツリと呟く。褒めているように見えてその実、見下している態度を隠そうともしない一言。

 僕のセンスが壊滅的だって? ふざけた話だ。シフォンに言われるならまだしも、常人と比べたら致命的なところでズレているユーリにだけは言われたくない。


 正直、僕はユーリ手製の作品を認めている。だがそれだけだ。他に見習うべきところは何も無い。頭おかしいし。


 だが一廉の人物足り得ている。その生産の腕と、根気だけで。普段は頭のネジが外れているくせに、創作にかける熱意とプライドは本物だ。

 同じ生産職として同格未満だと思われたくない。そういう同族嫌悪に似た競争心がある。お前は僕の下に居ろ、ユーリ。


「僕のセンスが壊滅的だって? それはなんの冗談なのかなぁ。少し……いや、だいぶ自分のことを棚に上げ過ぎじゃない?」


 挑発する。

 同族嫌悪。そう、同族嫌悪だ。認めたくないが、そう仮定した場合、彼女も必ず乗ってくる。我慢ならないはずだ。譲れないプライドに爪を立てられてすごすご引き下がるほど小物じゃないだろう?


「……へぇ、随分強がるのね。図星を当てられて癇癪でも起こしたのかしら?」


 そうだ。それでいい。そうこなくっちゃ面白くない。


 ユーリ。僕は前から疑問だったんだ。

 百人近い純生産職に満遍なく素材を行き渡らせるための金を何処から捻出しているのか。廃人との交渉。『検証勢』への情報売却。色々と手を打っているはずだ。


 だが足りない。普通足りないんだよ。戦闘職を数人抱えていたところで焼け石に水だ。最高級の素材を、道具を、湯水のように費していたら資金は必ず底を払う。何か他に尋常ではない手段を用いて工面する必要がある。


 だったら、それが答えだ。僕の口から言葉がするりと出てくる。


「ウルト・オーダー」


 びくり、と、ユーリが震える。


「エル・ドラード」


『花園』メンバーがキョトンとした表情を浮かべる中、ユーリだけが強張った顔でゴクリと唾を飲んだ。


「ツァルトフリューゲル」


 わざと大きな音を立てて椅子から立つ。注目を集めるために大きく両手を広げる。

 分からせなくてはならない。どちらが上で、どちらが下なのか。今後一切ナメた口を利けないように。真綿で作った首輪を嵌める。


「壊滅的なセンスで、悪趣味なのは、一体誰なんだろうね? ユーリぃ……!」


 僕はいつもの顔で、いつものように、努めて穏やかな笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神のセンスは神では?
[良い点] やはりゴッドであらせられたかw 信者たちへの販売は苦肉の金策なのか、はたまた傑作を評価されたいという生産職としての渇望なのか…。 ただ確実なのは、発想の源は己の欲望だということ。 問い詰…
[良い点] ちょっと待ってくれ、一つだけ言いたい ウルト・オーダーは良い趣味してる [一言] シフォン氏のこの感じ、気ぶり爺になってしまいそうだ
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