クソゲーの終わり
オンラインゲームとチーターは切っても切れない関係にある。
違法な手段でゲームデータを書き換えたチーターは、真面目にプレイしている人間を嘲笑いながらゲーム性を破壊して悦に入る者が大半だ。
対戦形式のゲームでは、無敵や即死攻撃といったあからさまなものから、壁透過や急所判定緩和、移動速度上昇などの優位性を高めるものがよく使用される。
ルールを守ってゲームをしているプレイヤーは、これらのチートを使用された時点でほぼ詰む。立っている土俵が違うのだ。チーターがよほどヘタクソでもない限りは勝ちの目が消える。無敵チートなど使われようものならプロでも為す術なく敗北する。
ゲーム性を根底から否定する害悪。それがチーターという存在だ。
他に有名で悪質なものといえばプレイヤーデータの改ざんだ。
チョイとデータをいじって所持金や有償のアイテムを最大値に変更したり、ガチャをせずにキャラクターを入手したり、キャラクターのパラメーターを書き換えて無双したりと、悪行の数々は枚挙にいとまがない。
MMOもチーターの被害に遭ってきた歴史がある。とりわけ有名なのはマクロを使用した業者の蔓延だ。
全自動で採取と狩りを繰り返す仕組みを作り、得た素材を現実の金銭と交換するRMTを生業とする業者の存在は多くのプレイヤーを辟易させた。単純に邪魔なのだ。
市場が汚染されるしマップは重くなる。業者が業者を呼び、真面目にゲームをやっていたプレイヤーは馬鹿らしくなってやめていき、過疎化が進んだ結果業者すらいなくなる。あとに残るのはサービス終了を発表した過疎ゲーの姿、というのは珍しいことでもなんでもない。
もちろん運営会社もチート対策は怠っていない。不正行為を働いたプレイヤーのアカウントはBANするし、あまりに悪質なプレイヤーは逮捕されたこともある。裏技感覚でチートを使用する者は多いが、チートとは会社に損害を与えた時点で犯罪なのである。
ツール対策を導入するゲームもあったが、プログラムの発展はすなわちツール開発の発展を意味していた。それは細菌とワクチンの関係に喩えられる。対策をすればするほど相手は進化を繰り返し、こちらの穴をついて被害を与えてくるのだ。
アカウントBANをしたところで、新規アカウントを作られて同じことをされたら結局は無意味である。それはチーターが飽きて消え失せるまで延々と続くいたちごっこなのだ。
チーター問題は当然VRゲームでも勃発した。
VR格闘ゲームでは定番の無敵化やワンパン即死に始まり、攻撃判定の延長や食らい判定の縮小、中には自身のグラフィックをグロ画像に差し替えて相手に精神的なダメージを与える悪質なものまであったとか。
VRFPSではオートエイムに壁抜け。VRスポーツゲームではオート得点、消える魔球。VRレースゲームでは車が空を飛ぶ。
プレイヤーの大多数を萎えさせるチーター問題は舞台を仮想現実に移してもなお解決されることはなかったのである。
しかし、NGOにはチーターが現れることはなかった。厳密に言えば、チーターは全員ろくな動きができなくなるので猛威をふるうことがなかったのである。
もとよりMMOはキャラクターのデータをサーバーで管理しているため、データの不正な改造は非常に難しかったのだ。ゆえにツールを用いたマクロが主流として幅を利かせていたのである。
この流れを汲み、NGOにも全自動で採取や討伐を繰り返すツールを導入しようとした者がいたが、その試みは尽く失敗に終わることとなった。
専用デバイスに手を加えるとアバターがバグったような挙動を繰り返すためゲームにならないのである。技術力だけは手放しで褒められることの多い開発の面目躍如といったところだろうか。
このチート対策により、NGOからはチーターが消滅した。チーターすら寄り付かないクソ環境であったことも一因として挙げられるだろう。
脳波悪用組とかいうチート紛いな行為に手を染めている連中もいるが、BANされていないということはチーターではないということだ。にわかには信じがたいことだけども。
ともあれ、NGOはチート対策が完璧だったと評していい。噂では、このチート対策の技術を他社へと売りつけることで運営費を賄っているのではと囁かれている。真偽の程は定かではないが、それくらい優秀だということだ。
だが、やはりいたちごっこからは逃れられなかったらしい。
逆毛金髪のチート使用プレイヤー。
ネーム隠蔽機能を使用しているのか、プレイヤーネームは表示されていなかった。そのチーターは無敵化、空中浮遊、任意のスキルの使用、任意のアイテムの生成、制限を無視した街中での魔法使用、上級魔法の即時発動などなど、あらゆるバランスをブチ壊すほどの悪辣なチートを扱えるようであった。
一体、何が面白いのだろうか。それはたびたびゲーマーの間で論じられる話題の一つだ。
チートを使えば勝てるのは当たり前である。無敵化や敵即死なんて使用したらゲームをする意味がない。ボタンをポチポチするだけのクソに成り下がる。それのなにが面白いのか。
試合を有利に運ぶためのチートもそうだ。相手よりも圧倒的に有利な立場から始まるゲームなんて公平性に欠ける。勝てて当たり前の試合を当たり前のように勝つだけ。本当になにが面白いのか理解に苦しむ。
きっと彼らには『ゲームを楽しむ』という前提が無いのだろう。
勝つためにゲームをするのではなく、『無条件で勝てる何か』を求めた結果、ゲームでチートを使うという結論に辿り着いたというだけ。
あるいは単なる目立ちたがりか、満たされることのない幼い欲求を解消するための代償行為か。ムシャクシャしたという理由だけで奇行に走る犯罪者と根底のところで同じなのだろう。
理解しようとも思わない。文字通り無敵と化した彼らに対し、僕らができることなど何もないのだから。
チーターが姿を現してから約十分。街は上級魔法で吹き飛ばされて更地と化した。
▷
旧火山島エリア、現雪山エリアで爆弾を作っている。
一度このエリアの地を踏むとリスポーン地点として選択できるようになるのだ。
寂れた寒村はダンジョン前の前線拠点として作り変えられている。ここはどうやらもう一つの街という扱いであるらしく、素材を投入することで再建可能な家屋が沢山あるため復興の最中だ。僕はその一室を借りて作業をしていた。
しかしながら、家屋の量はいつもの街ほど多くはないので収容できる人数に限りがある。不本意なことに相部屋だ。
「通れっ! 俺のJOKER!」
「はいスペ3返し」
「オアアアアアッ!!」
やかましいレッドの連中である。
彼らは既に諦めモードに入っているらしく、いつもの経験値上げやプレイヤーキルではなくテーブルゲーム祭に移行した。あまり大きくない家に二十人近く詰めていることもあり非常にむさ苦しい。
「おい、ライカンてめぇも混ざれや。どうせロルバされるんだからシコシコ生産作業なんてしてても意味ねぇだろ」
「意味はある。ロールバックされても蓄積した経験まで消えるわけじゃないからね」
チーター出現は運営にとっても予想外であったらしく、即座にロールバックと対象者のBANが通達された。あと数十分もすれば街は元通りで、チーターは消滅し、そして全ての時間が巻き戻る。
あらゆる行動が無かったことになるわけだが、それは所詮データの話。体験や感情が綺麗サッパリ消えてなくなるわけではないのだ。
「ほんとそういうとこ律儀だよなぁ」
「どうせあと二十分しかねぇんだぞ?」
「日課だからね。いいから邪魔しないでよ」
茶々を入れてくるレッドをあしらって爆弾作りを続行する。テーブルはレッドに占拠されているため、床に座り込んでの作業だ。身体が固くなる錯覚を起こすのであまり好きではないのだが、背に腹は代えられない。
ガチャリとピッキングの音。入ってきたのはいつもの騎士風の鎧を脱ぎ捨て、モコモコとしたダウンコートにマフラー、ニット、ミトン手袋という防寒対策装備に身を包んだシンシアだ。雪山エリアは家の外にいると寒さで死ぬ上に動きが鈍るらしいのでこういう格好になるのだとか。
迷わず僕の方へ来たシンシアが言う。
「ライカン、大型をいくつかくれ。あのクソチーターをブチ殺せないか試してくる」
荒れた言葉を吐き出したシンシアの目はキマっていた。どうやら相当お冠のようである。
廃人連中にとってチーターは憎さも憎し不倶戴天の敵。いたずらに環境を掻き乱し、プレイヤーを萎えさせ、時間を無駄にさせる。本当に百害しかもたらさないのだ。
よほどあのチーターの行為が腹に据えかねるようだが……僕はあえて協力しなかった。
「無敵になった相手に何をしても無駄だよ。チーターなんかに構っても虚しくなるだけなんだから放っておけばいい。感情的になること自体が下策だ」
僕の言葉に賛同したレッドがはしゃぐ。
「そうだぞシンシア。まぁまずは落ち着いてから脱げよ」
「厚着なんてしてんなよな。脱げ」
「黙れクソども。死ね。殺すぞ。……チーターに構うのは無駄だってことくらい分かってる。だけど可能性があるなら試してみたい。お前らだって為す術なく殺されて腸が煮えくり返ってるんじゃないのか? チーターをできるだけ苦しめて嬲り殺しにしたいってのは全ゲーマーの夢だ。それに無駄かどうかは分からない。もしかしたら無敵化ではなく判定が極端に小さくなっているだけかもしれないだろう。もしそうなら爆弾で殺せる。一矢報いれる可能性があるならそれに賭けてみたいんだ。協力してくれ」
物騒な夢を全ゲーマーの名を借りて掲げるんじゃないよ。それほとんど私怨じゃんね。
しかし今の宣言にレッド連中も思うところがあったらしい。先程までのふざけた雰囲気を霧散させて呟く。
「……ま、そりゃ気に入らねーわな」
「借り物の力でイキってんじゃねーよっつーね」
「どう転んでも後味が悪くなるだけの害悪だわな」
「ほら、コイツラもこう言ってる。コイツラは正真正銘のカスだが、チーターは喩えるなら痰壺に湧いたウジのような存在だ。不快度の次元が違う。このままヤツがBANされて終わっても何もスッキリしない。試せることは試す。害虫駆除に協力してくれ」
シンシアは他のゲームでチーターに煮え湯でも飲まされたのかな?
口汚く罵ったシンシアの目には光がない。まずいな。断ったら斬られそうな雰囲気だ。
まあ……説得しても無駄だというなら爆弾くらい提供しよう。どうせロールバックされることは確定してるしね。僕はインベントリから爆弾を取り出し――
どぉん、と。
認識できたのは轟音と、視界を覆う紅蓮の炎。
暴風に煽られて転がった僕らが見たものは、遥か上空でこちらを見下すチーターの姿であった。嗅ぎつけられた、か。
「ハハーハァッ! フ○ック! ファァァ○クジャァ○ァップ!!」
Fワードを臆面もなく連発したチーターが指先を地面に向ける。紅蓮の光が収束、のち、破壊の嵐が吹き荒れた。火の上級魔法。広範を灰燼に帰す悪辣な魔法を無詠唱で何十発とブチ込まれた僕たちは為す術なく揃って死んだ。
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その後、ロールバックはつつがなく実施された。チーターのBANも発表されて万事解決。NGOはいつもの平和……平和? 平和、を取り戻すこととなった。
とはならなかった。
NGOはアカウントを脳波で紐づけするという訳のわからない技術を使用しているため、一度BANされたプレイヤーは二度とこの地を踏むことができない。そのはずなのに、一体どういう抜け道を辿ったのか、件のチーターはその後何度もログインしては破壊活動に明け暮れた。
朝。昼。夜。決まった時間に現れたチーターは癪に障る大声で喚き散らしながら上級魔法をひたすらぶっ放すことに終始した。どうやらプレイヤーを一方的に嬲るのがツボに入ってしまったらしい。
風魔法で家屋を吹き飛ばし。
炙り出したプレイヤーを水魔法で押し流し。
火魔法で爆散させ。
最後は土魔法で埋葬する。
全プレイヤーが一人のチーターに等しく殺されるだけのクソゲーの姿がそこにあった。
運営はロールバックとBANを繰り返したが、それでも根本的な解決には至らなかった。チーターは何度でもNGOに出没し、ロールバックされる時までひたすら破壊を繰り返す。
そんな日々がもう一週間も続いている。
そしてNGOの同時接続者数は300を割った。